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竜国の姫らしいですが、田舎で静かに暮らしたい~指輪をはめたら竜になって、魔獣好きの第二王子に溺愛されています~  作者: コフク
第二章 竜になれなかった者――闇と竜の血

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第16話 闇を解くと誓った夜

 日が暮れる頃、村へ戻ると、夕餉の匂いがしていた。

 私たちは村長の家へ案内され、まず報告をすることになった。広い部屋には、アンドロメダと、知らない女性が待っていた。食卓には既に、村の人達が持ち寄ってくれた料理が並び、煮込みの湯気が温かく揺れていた。

 

「こちらは、ミルナ。村の結界を張っていて、昔、私がこの村に来た時もお世話になった人。一緒に話を聞いてもらうわ」

 アンドロメダが紹介した。

「で、どうだった?」

「象と話せました。夫象たちを連れていかれて、悲しんでいたみたいです」

「どこに?」

 私は短く答えた。

「たぶん帝国。……闇の匂いがしたって言ってました」

 私は順番に話した。急に帝国の人や黒烏たちがきて、夫象たちが操られたように連れていかれたことを。

「連れていかれた象は、闇の支配を受けてる。そういうことだね」

 ミルナが頷く。

「……解除できますか?」

 私が聞くと、ミルナはアンドロメダを見た。

 アンドロメダが、少し間を置いて答える。

「私ができるのは、予防だけ。……夫象たちにすでにかけられた強い闇魔法は、解けない」

 静かな声だった。言い訳ではなく、ただ事実を言っている声だ。

 ミルナも言った。

「私も、結界を張って防ぐことしかできないね。岩の結界を厚くする。壊れたところは、また張り直しておくよ」

 アンドロメダが柔らかく言った。

「歌魔法も少し、かけていくわ」

「戻ったら、ビュートゥにも聞いてみよう。じゃあ、今日はお疲れ様。食事を楽しもう」

 マックスが、両手をぱちんと打った。

 


 夜の食事会は、村の人たちも参加して、にぎやかだった。

 木の盆に並んだのは、山菜のスープ、川魚の香草焼き、根菜の煮込み、香草を練り込んだ素朴なパンなど。被害を受けた中で揃えてくれた、村人たちの心遣いが感じられる。

 そして、小さな皿が一つ。


「ささ、旅の方はこれでも食べて」

 乾いた焦げ茶色の欠片みたいなものが盛られている。

「……これは?」

 私が首を傾げると、運んできた村人が、なぜか少し得意げに笑った。

「巨岩象の“落とし物”を使った発酵食品。昔からの珍味ですよ」

 マックスが咳き込みかけて、手元の杯を置いた。

「……え、象の……?」

「草だけ食べてるから綺麗だよ。色んな薬草が混じってて、身体にも良いと言われています。」

 一瞬、皆が沈黙した。


「いただきます」

 マックスが、箸を伸ばそうとすると、

「待ってください。ならば……殿下が食べる前に、毒見を……」

 結局、最初に挑戦したのはウィルだった。

「……意外と、香ばしい」

「そうでしょう」

 村人が誇らしげに頷く。

 マックスも、口に入れる。

「……面白い味だ。土みたいな香りと、酸味。リリちゃんも、気になるなら食べてみたら?」

「今日会った象たちのフンだと思うと複雑な気分になるので、やめておきます」

 皆ちょっと残念そうな顔をした。申し訳ないけれど、こればかりはしょうがない。


「アンちゃん、久しぶりに歌ってー!」

 村人の声に、アンドロメダが立ち上がる。

「それでは、皆さまの期待に応えて、歌姫アンドロメダが歌を披露させていただきます」

 歌が始まり、アンコールも続き、宴はなかなか終わらなかった。



 その夜は村長の家に一泊することになった。

 部屋割りは男女で分かれた。


 私は布団に入る前、水差しを取りに廊下へ出て、星のない空を見上げた。

 歓迎会のあと、村長宅はすっかり静かだ。


 マックスが廊下の隅のベンチに一人で座っていた。

「眠れない?」

「ううん。……少し、涼みに」

 私は隣に座った。夜風が、森の匂いを薄めていく。

 しばらくして、マックスがぽつりと言った。

「前より、しっかりしてきたね」

「……そうですか?」

「うん。今日、僕たち、要らなかった」

 胸が、きゅ、とした。嬉しいのか、寂しいのか、自分でも分からない。

 マックスが私を見て、柔らかく笑う。

「竜の姫らしく、なってきた」

 私は、目が泳ぐのを止められなかった。頬が熱い。息の仕方が分からない。

「……そ、そんなこと……」

 言い終わらないうちに――


「――あっ」

 廊下の向こうから、やけに明るい声が飛んだ。

「リリさーん! 水差しですかー?」

 村長宅のお手伝いさんが歩いてくる。少し酔いが残っているようで、機嫌が良い。

マックスが、ため息をついた。

「あ、すみません。お邪魔でしたぁ?」

 さらに反対側の廊下から、別のお手伝いさんの声もする。

「明日の朝、森へ行くなら早いほうが――」

 私は立ち上がり、笑って誤魔化した。

「うん、大丈夫。もう寝ます」

 マックスが、ほんの少しだけ残念そうに笑った気がした。


 静かな夜。昨日まで騒がしかったという噂が噓のように、森もシンとしていた。



 部屋は二人分だけ布団が敷かれていて、火の匂いが残っていた。

 暗がりに目が慣れてきたころ、私は寝返りを打って、隣の影を見る。

 アンドロメダは、灯りの消えた天井を見ていた。


「……この村、来たことがあるんですか?」

 声をかけてみると、アンドロメダは一瞬だけ瞬きをして、笑った。

「ええ。……この国に来た最初にね、この村で、助けてもらったの。生かしてもらった」

 珍しく重い感じがして、私はそれ以上聞けず、いつの間にか眠りに落ちていた。


 アンドロメダは一人、今日のミルナとの会話を、思い出していた。



 ミルナは家に入ると、薬草茶を二人分用意して、テーブルの向こうに座った。


「九年ぶりだね」

 ミルナが静かに、話し出した。

「大きくなったねえ。……身体だけじゃなくて、魔力の話よ」

 アンドロメダが、ふふっと笑った。それから、両手でカップを包んで、少し下を向くと、ぽつりと返す。

「九年前。……逃げてきた私は、ここで助けてもらった。本当に、感謝してる」

 ミルナが、お茶をすすった。

「あの時は、本当に、大変だったね。血も足りなくて、歌う力さえ残ってなかった」

「森で弱って倒れていたのを拾って、食事と寝る場所をもらえて、子供も無事に産めたのは、ミルナと村の人たちのお陰」


 短い間があった。

 アンドロメダの指が、かすかに震えた。

「あの子が連れていかれたときも、精一杯守ってくれようとした」

「当然だよ。アンちゃんも、村の仲間だから」

 ミルナは目を伏せる。

「あの時は、あんたが弱っている隙を狙ってきた……あんたも、あの子も、生き延びて、良かった」


 アンドロメダは唇を噛み、窓の外、森の向こうの空を見る。

「……あの子、遠いところで元気にしているのは分かっている。それが、小さな希望なの」


 ミルナは、アンドロメダの隣に座り、そっと背中に手を添えた。

「手伝うよ。いつかきっと、取り戻そう。そして、次は奪わせない」


 遠く、森の方から低い音が聞こえた。象が、どこかで鳴いている。

 それは誓いの声に聞こえた。


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