タクされたお客さん
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「あ、ありがとうございます」
アカリは、目の前にあるティーカップへ紅茶を注ぐリーアへお礼を伝える。
アカリは、前髪が目元を隠すほど長く、極度の人見知りのため口元も常にこわばっており、表情が読みにくい。
幼いころからの付き合いであるダリアにとっては、些細な変化からアカリの感情を多少は感じ取ることができる。
例えば、今もほんの少しだけ口角が上がっているため、紅茶を淹れてもらって喜んでいることが分かる。
リーアもダリアには及ばないにしろ、付き合いが長いため、アカリの気持ちを汲み取れたのだろう。ニコリと穏やかな笑みを返していた。
「......ありがとう」
リーアはアクアのティーカップにも紅茶を注いだ。
アクアについては、常に無表情に近いため、アカリよりも表情が読めない。
それに加えて、まだ知り合って1ヶ月ほどであるため、まだダリアにはアクアが何を思っているのかを感じ取ることが出来ない。
ただ、アクアの性格は多少なりとも分かり始めているので、今の感謝はおそらく本心からのものだろうと感じてはいる。
リーアも汲み取れたのだろう。アクアに対してデレデレと口元を緩ませていた。
「ん~、やっぱりりぃちゃんが淹れた紅茶はおいしいねぇ~」
そして、先に注いでもらっていたダリアは紅茶を一口飲み、リラックス効果のおかげでいつも以上に落ち着いた様子で感想を伝えた。
それに対しリーアは、少し頬を赤らめながら「当然でしょ」と言い、リーア自身の席に着き、紅茶を少しだけ口に含んだ。
「紅茶は淑女の嗜み。領主の娘として、人様に出せるレベルのものを淹れて当然よ」
「.......嬉しそう」
アクアはリーアの隠しきれていない嬉しそうな表情を見て言った。
「そ、そそそんなことないわよ!」
「りぃちゃんは相変わらずわかりやすいねぇ~」
「ダ~リ~ア!」
リーアはまた、ダリアの頬を両手で挟みぐにゃぐにゃとこねた。
「なんえ、わたひあへぇ~(なんで、私だけぇ~)」
「でも、表情がわかりやすいのは悪いことじゃない......少しだけ羨ましい」
アクアは少し俯きながら紅茶をちょびっとだけ啜った。
「大丈夫だよ~あくあく~。まだ、知り合って日が経ってないだけでぇ、ここからお互いにいろいろ理解し合えばいいんだよぉ~」
「ダリアの言う通りよ。私たちはアクアのことをもっと知りたいって思ってるもの!」
「......そう」
さらに深く俯いたアクアに、ダリアとリーアはどうしていいか分からず困惑していた。
すると、アクアの横に座っていたアカリは、アクアの透き通るような水色の髪を撫でながら、口調はオドオドとしているが、優しい声色で言う。
「だ、大丈夫ですよ。たぶんダリアさんとリーアさんに分かりたいって思ってもらえることに、て、照れてるだけ、なので」
アクアは心を見透かされたのか、耳を赤くしながら、紅茶をさらに啜った。
その反応を見たダリアたちは安堵し、
「んぁ~、かわいいやつめぇ~」
「本ッ当にかわいいわね!クッキーも焼いてきたから食べなさいよ!」
ダリアはアクアの頬に人差し指でちょんちょんと突き、一方リーアの方はポケットから手作りクッキーを取り出して、アクアの口元に運ぼうとしていた。
「うぅ~、ダリア、突かないで。リーアも1人で食べられるから.......」
「そんなこと言わずに、あ~ん♡」
拒絶されてもなお、リーアだけニヤニヤしながらクッキーを差し伸べる手を引っ込めようとはしなかった。
「りぃちゃん、相変わらずあくあくのこと溺愛してるねぇ~」
「そ、そうですね」
アクアの小柄で可愛らしいところと、純真な性格に弱いのだろう。アクアの前になると、普段しっかりしているリーアが妙にだらしなくなってしまう。
その姿を見るたびにダリアとアカリは、少しだけ呆れていた。
「それにしても、あかりんは本当にあくあくのことわかってるよねぇ~」
「え、えっと、もう1月以上同じ屋根の下で暮らしてますから、だいたいのことは、たぶん......」
「そかそかぁ~、あくあくがクローバー家に迎えられてからそのぐらい経つのかぁ~。めぐママとは打ち解けてるのぉ~?」
「う、うまくやれてると思います。リ、リーアさんほどではないですけど、かなり可愛がってますね」
「そかそかぁ~」
紅茶を一口飲むダリア。それにつられたアカリも一口。
今しがたダリアが言っていた『めぐママ』とは、アカリの母親のことである。
本名は「メグ・クローバー」。温厚で優しく、包容力があり、時折めいぷるへ様子を見に来ては、みんなを気に掛けてくれている―――特に実の娘であるアカリに対しては、異常なまでに甘い。
「それはいいことだねぇ......そういえばあかりん、あくあくに対しては最初からあんまり人見知りしてなかったよねぇ~」
「た、確かにそうですね......ま、まぁ、出会った当初はそれどころじゃなかったですし、介抱を続けていたら自然とお話しできてましたね」
「もしかしてぇ~、ついに人見知り克服かぁ~?」
「そ、そんなわけないですよ。アクアさんが特別なだけと言いますか......わ、私が人見知りを克服するなんて、人が月に行くぐらい不可能ですよ」
「そんな堂々と言い切られてもぉ......初対面の人は厳しいかもだけどぉ~、そろそろ町の人ぐらいは接客できるかもよぉ~?」
ダリアがそう言い終えたと同時に、店の入り口からカランコロンと音が鳴りだした。
その音を聞いた途端、アクアがクッキーを頬張る様子を眺めていたリーアは、しばらくぶりのお客さんに目を輝かせながら飛び上がり、「いらっしゃいませ!」と声を上げた。
ダリアとアクアもリーアに続いて客を迎えていたが、アカリはというと―――。
「びゃッ!!」
短い悲鳴を上げ、目にも止まらないぐらいの速さでテーブルの下に隠れ、体をプルプルと震わせていた。
その姿を見たダリアは、
「———月に到達できるといいねぇ......」
と言いながら、遠い目をしていた。
「相変わらずですね。アカリちゃんは」
その様子を見ていたお客さんはクスっと笑っていた。全体的に落ち着いた雰囲気の女性だ。
「エレノーラ!久しぶりね」
「お久しぶりです、リーアちゃん。この前の雪かき以来ですね。ダリアちゃんとアカリちゃんもお久しぶりです」
「お久しぶりで~す」
「お、おおお久しぶりでしゅッ!」
エレノーラはダリア、リーア、アカリに挨拶をした後、アクアの前に立ち少しかがんだ。
「それと、あなたが噂のアクアちゃんですね。私はエレノーラと言います。以後お見知りおきを」
「エレノーラは、この町の町長の娘なのよ」
「......よろしく、お願いします」
アクアはもじもじとしながら挨拶をした後、ゆっくりとテーブルの下にいるアカリの後ろへ隠れ、アカリの服をぎゅっと掴んだ。
「あらら、逃げられちゃいましたね」
「私たちのときも最初の頃はあんな感じだったわ。そのうち慣れてきたら普通に話せるはずよ」
「だといいですね......ふふ、こう見るとアカリさんと姉妹みたいですね」
「......羨ましい」
「リーアちゃん?」
「な、なんでもないわ。それより、今日はどうしたの?」
「今日はですね、腰痛用の貼り薬を買いに来たんです。父が昨日の漁でやっちゃったらしく」
「セバスっち、この前の雪かきでも痛めてなかったっけぇ~?」
「有り余るエネルギーに体が追い付いてないんですよ。もういい歳なのに無茶ばかりして。こちらの身にもなって欲しいものです」
「のーらんも大変だねぇ~」
「そういうことなら、アカリ、用意できる?」
「ひゃ、ひゃい!」
薬担当であるアカリは、注文の薬を調薬するため、そしてこの場から逃げ出したいのだろう。凄まじい速度で店の裏に入っていった。
取り残されたアクアはというと、まるでカルガモの親子のように後を追おうとしたが、ダリアの抱擁によって阻止された。
「だめだよぉ~、お仕事の邪魔しちゃ~。ここで待とうねぇ~」
「.......わかった」
少し不服そうにしながらも、ダリアの言う通りに追うのをやめるアクア。
アクアがシロップに来た当初は、アカリから一切離れようとせずに、四六時中くっついていた。当時と比べたら、今はマシになった方だと言えるだろう。
「アクアちゃんはアカリちゃんのことが大好きなんですね」
「......羨ましい!!」
「リ、リーアちゃん?!」
あまり見ることがないリーアの羨望の眼差しとだらしない表情を見たエレノーラは、若干引き気味になっていた。
「......そ、そういえば、ダリアちゃん宛に父から伝言があるんでした」
「ほぇ?」
急に名前を呼ばれたダリアはきょとんとした顔になり、エレノーラの方を向いた。
「今年も『聖槍祭』で歌って欲しいらしいです」
「んぁ~、いいよぉ~」
「......せいそうさい?」
「そっかぁ~、アクアは初めてだもんねぇ。聖槍祭っていうのはねぇ~、毎年春にするお祭りのことだよぉ~。いっぱい出店が並んだり、いろんな催し物もやったりして、町全体が大盛り上がりするんだぁ~」
「出店、催し物......」
「そうじゃないでしょ」
リーアはダリアの説明を聞き、ため息をついた。そして、咳ばらいをして続けた。
「聖槍祭はね、いつまでも平和が続くように願うために出来た催事なの。フリディア王国が建国する前、この地はまだ発展途上で、多くの小国が乱立していたの。その小国間で争いが絶えず、疲弊していく中、フリディア王国の初代国王が立ち上がって、国を統一し、平和をもたらしたの。その功績を称え、そして掴んだ平和が続くように、当時初代国王が愛用していた『聖槍エクスランサー』にちなんで『聖槍祭』が生まれたのよ」
「初代国王、すごい......」
「ほぇ~、そうなんだぁ~」
「ダリアは知ってるでしょ」
ダリアの冗談にリーアは半目になっていた。
「それに今年は特別ですからね。勇者と魔王が戦っていて、さらに勇者はエクスランサーを携えていますから。まさに初代国王の伝承と近い状況です。父も今年は例年以上に気合を入れて盛り上げないとって言っていました」
「気合入れすぎて、腰痛が悪化しないといいんだけど」
「セバスっちらしいねぇ~。わたしも気を使って粛々とやるよりも、そっちの方がいいと思うよぉ~」
「......勇者」
「あくあく、どしたの~?」
少し俯きながら胸元に手を当てるアクアの様子に気付き、ダリアは心配そうに声をかけた。
「ううん、大丈夫。たぶん、気のせいだと思う......」
「それならいいんだけどぉ~」
「......く、薬できました......」
突如、ダリアとアクアの間に現れたアカリにビクッとする2人。
「もぉ~あかりん~、急に現れてびっくりしたよぉ~」
「心臓に悪い......」
「す、すみません!驚かせるつもりはなくて......存在感がなくてすみません......」
申し訳なさそうにしているアカリの手には、エレノーラが注文していた貼り薬があった。
リーアはそれに気づき、アカリの方へ歩みより受け取る。
「ありがとうね、アカリ」
「相変わらず、アカリさんのお仕事は早いですね。それによく効きますし」
「わ、私なんてまだまだ......」
「父なんて、アカリさんの貼り薬にお世話になりすぎて、時折『アカリ様』って呼んでますよ」
「あ、アカリ様?!!......はぁ.......」
アカリはエレノーラの話を聞き、急にふらつきだし倒れそうになったが、近くにいたリーアが辛うじて支えた。
「あかり~ん、だいじょ~ぶ~?」
「おおかた、自分が村長に崇められている光景でも想像したんでしょ」
リーアがアカリの体を支えていると、アカリの壮大な双丘がリーアの広大な平原に当たった。その瞬間、リーアの目から光が消えていた。
「えーっと、なんだかすみません」
その状況を作り出した張本人であるエレノーラは、ばつが悪そうにしていた。
「あっ、そういえば、リーアちゃん宛に出張修理の依頼があるんでした」
「修理?なんの?」
「えっとですね、確かオルゴールの修理だったと思います......あった、これですね」
エレノーラはポケットから1枚の折りたたまれた紙きれを取り出し、リーアに渡した。
それを受け取り開いたリーアは内容を目でなぞった。
「依頼主の家は......漁港の南側ね。依頼内容もエレノーラさんが言った通りオルゴールの修理、と......ディスク式かしら、それともシリンダー?櫛歯の本数はどのぐらいあるのかしら、それと作者は......」
「りぃちゃ~ん」
「......はっ!ごめん、私ったら.......」
「いいんですよ、それだけ関心を持ってもらえたら依頼を持ってきた甲斐がありました」
「いやはや~、りぃちゃんは小物とか魔道具のことになるとすぐ周りが見えなくなるんだから~」
「あんたも大概人のこと言えないでしょ。本の虫め」
「えぇ~、わたしはりぃちゃんほどじゃないよ~」
ダリアは確かに本が大好きで、常に何かしらの本を携帯していないと落ち着かないほどだが、先程のリーアのように周りが見えなくなるようなことはないと思っている。
不満そうな顔をリーアに見せると、呆れたように溜息をつかれた―――アクアも一緒に。
「私はまだ自覚があるけど、無自覚って......」
「心配になる......」
「あれぇ~?」
その後、うなされているアカリを椅子に座らせたリーアは、エレノーラとの会計を済ませた。
その間も、ダリアはさきほどのやり取りに納得いかず、ブーブー言い続けていた。
「......それでは、私は行きますね。早く帰らないと父が腰を痛めながらでも仕事しそうですから」
「町長ならやりかねないわね......」
「ダリアちゃん、聖槍祭の件よろしくお願いしますね」
「はぁ~い」
「それではみなさん、お元気で」
そう言うと、エレノーラはめいぷるを出て行った。
「いや~、それにしても聖槍祭楽しみだね~」
「そうね、いろいろ掘り出し物が見つかるから、私も楽しみだわ」
「去年は~、あの悪名高いピジョン・パールが書いたとされる魔導書を見つけたしねぇ~」
「ピジョン・パール?」
「数百年前にいた残虐非道な魔法使いの名前よ。『魔法国・ミューラン』史上最大の禁忌を犯したといわれているわ。これはミューランへ短期留学していた時に聞いた噂なんだけど、確か人体実験で数百という命を奪ったりしたとか?」
「......怖い。そんな本買って、大丈夫?」
リーアの恐ろしい話を聞いたアクアは、少し顔を青ざめながら、ダリアのことを心配するよう見つめた。
「大丈夫、大丈夫~。市場に流れてくるやつは、大抵は複製本で安全なものばかりだから~。本当にマズいものは、ミューランで厳重に保管されてるらしいしねぇ~」
ダリアの説明を聞き、胸をなでおろすアクア。
「だからといってそんな怪しい本を買うのは、よほどの奇人か、酔狂なコレクターぐらいよ」
「えへへ~」
「いや、褒めてないから」
リーアは呆れながらそう返すと、先程までお茶をしていた円卓に戻っていった。
「ほらアカリ、起きて。お茶の続きをしましょ......少し冷めてしまってるわね」
「あれ、オルゴール修理の依頼は~?」
「午前中は用事があって留守にしてるから、お昼過ぎに来てほしいって」
リーアは先程エレノーラに貰った紙切れをダリアに見せた。
「なるほど~、りょ~か~い。それなら、もう少しゆっくりできるねぇ~」
ダリア、リーア、アクアの3人はそれぞれ席に戻り、中断していたお茶の続きをしていた。
アカリはというと―――。
「様付けは、やめて、ください......」
目が覚めるのにもう少し時間がかかりそうだ。




