第116話(計)
「巷では、一度は王宮で過ごしてみたい、という方も多いと聞いているわ。シアムさんもこの機会にどうかしら?」
「どどどどどどどうして王宮に僕っ? い、いやいやいや! 無理! 絶対に無理!」
軽いぐらい軽く飛び出した、有り得ない提案に、動揺しない人がいたら見てみたい。
というわけで僕は、動揺のあまり、叫びながら、持ってたカップを叩き付けるように下ろして、いい音がしてまた慌てて…割って、ないよね? この、高級そうなカップ、割れて…よ、よし! 大丈夫!
「そこまで喜んでくれるとは思わなかったわ」
「喜んで……? あ、えっと! 王宮なんて恐れ多いし怖いから、フリギアのお屋敷で十分でっす!」
色んな成分含んだ冷や汗かきながら、遠慮してみれば、静かにカップを戻したカトレア様、目だけは申し訳なさそうにして、微笑んで。
「ごめんなさい。シアムさんには悪いけれど、フリギアを動かしたいの」
「フリギアを…? でも…」
フリギアがいなくても、お屋敷には関係ないんじゃ? という僕の疑問を先回りして、頷いてみせるカトレア様。
「そうね、けれど、別件でアンスリム家にも動いてもらっているから、あのお屋敷は空になってしまうわ。シアムさん一人では、色々不便でしょう」
「フリギアは別にいいけど…ところで、アン…なんとか…?」
「シアムさんには、クラヴィアさんの家と言えば分かりやすいかしら」
「あ、はい…そっか、クラヴィアさんか…なんか、商売してるとかっていってたっけ」
なりほどそりゃあ、ナントカ国の事情だし、フリギアやクラヴィアさんがカトレア様たちに協力して働くのは分かるけど…
「でも、あのお屋敷に僕一人って? 執事のサフォーさんとか、アザレアさんたちがいるから、僕一人にならない、はずだけど…」
「フリギアに動いてもらうということは、彼らにも動いてもらうということよ。だから、しばらくの間、あのお屋敷は空になってしまうわ」
「ほうほう。あ、そういえば…」
ちょっと前、アザレアさんの旦那さん、シオンさんの裁縫道具たちが言っていたこと、思い出した。
確か、アザレアさんもサフォーさんも、元々前線で活躍する騎士で、暇な時に女中や執事っぽい仕事をしてるとか。槍をぶんぶん回して、拳であらゆる物を貫いて敵を粉砕するのが生きがいで…とかなんとか。
それで、ある時シオンさんがガラの悪いオッチャンたちに絡まれてるところを、颯爽とアザレアさんが助けに入ったのが最初の出会いで…とかなんとか。
「なるほどなるほど」
「それに」
「それに?」
納得してると、カトレア様のお声が。はて、まだ何か理由が? と思って、なんとなしに聞き返せば。
「私、心を許せる方が少なくて。そのせいで、最近寂しい思いをしているの」
「うっそだあ! あいやそのこれはその僕の心の声がついぽろりとじゃなくっ!」
言ってしまった。思い切り言っちゃった。
慌てて誤魔化してみるけど、カトレア様は僕の暴言を楽しそうに受けとって、うふふふと笑うだけ。怖いでっす。
とても寂しそうには見えない…むしろ、心を許せない人間を叩き落すぐらいのこと、嬉々としてやりかねない雰囲気がそこはかとなく。
「シアムさんのように、そう言ってくれる方も少なくて、とても寂しいのよ」
「……でもなあ…さすがに、まずいと思うけどなあ」
「なぜかしら?」
見た目には、僕が王宮にいて何が悪いのかしらん、みたいな顔をしてるけど、絶対分かって聞いてる、と思う。
「なんでって、まず、僕、身元不審な鍛冶だし、地位とか権力とか無縁だし、態度も身なりもなってないってフリギアたちに散々怒られてるし、礼儀作法も分からない一小市民だし」
「ええ、ええ」
「こんなのを王宮に入れたら、それこそカトレア様の迷惑…どころじゃなくて、評判とか、人柄とか、その辺りに傷がつくだろうし」
「ええ、ええ」
「そういうわけで、僕なんかが王宮にいるだけで、カトレア様がアレでソレで、困るんじゃあないかと…」
あれ? なんで僕、自分でこんなこと言ってるんだろ? ちょっぴり悲しくなってきた。
なにはともあれ、僕が王宮だなんて、ナイナイ。そこは、きっぱり宣言しておかないと。
「とにかく! 僕はカトレア様にとって疫病神以外の何者でもないんで王宮は止めましょう、王宮は!」
「ミノアちゃん、ちょっと来て」
「…ってあの?」
完全無視でございますか。
きっと僕の話を聞いてなかった、もしくは聞き流してたっぽいカトレア様の手招きに、庭からミノアがドラゴンを連れて戻ってくる。
その小さな手にはいくつもの白い花が握られてたり。
………で、僕の主張は?
「あら、沢山集めたわねえ」
ドラゴンは置いといて、一応見た目には微笑ましい光景。
カトレア様に見守られつつ、部屋へ飛び込んできたミノアは、棚に飾られてた瓶の一つにソレを入れ…というより情緒なく勢い良く突っ込みマシタ。
そのまま両手で瓶を掴みあげるとテーブルの上へ置いて、無表情ながら満足そうに椅子に座って………と。
「きれいねえ。ミノアちゃん、有難うね」
「うん」
「えっとさ……いいのミノア? それ、勝手に使っちゃって」
カトレア様、全く気にしてないから、大丈夫だとは思うけど。いつもながら本当にミノアの行動は読めない。
(……この魔法師…素質がある)
「素質? 突然どうしたの?」
鳥っぽいドラゴンが翼を畳み、床へ寝そべる。そのまま満足そうに目を細めて、僕の問いに応じる。
(………魔法を見たが………我らには及ばぬものの……中々良い…)
「そりゃあドラゴンの魔法と人間の魔法は展開までの機構が……って君たち、王宮の庭でそういうことしてたの…?」
「楽しかった」
「ウン、ソウダネ」
王宮の、芝生が綺麗なお庭で、ミノアはドラゴンを前に魔法を展開して遊んでましたとさ。
…これ、カトレア様に言わなくていいよね? その前に、庭、破壊してないよね? 地形、変わってたりしないよね?
「と、ところで! その、カトレア様、ミノアを呼んだわけは…?」
誤魔化すように問いかければ、花を嬉しそうに眺めていたカトレア様、顔を僕に向け、ミノアへ向ける。
「そうだったわ。ミノアちゃんもしばらく王宮で過ごすのだから、仕立て屋を呼ぼうと思うの」
「服」
「どうかしら? 沢山作ってもらいましょうね」
「うん」
服かあ……ってあれ? なんだろ、なにかこう、嫌なことを思い出しそうで、そうでないような…
なんか引っかかる僕の横で、カトレア様とミノアの会話が続く続く。
「靴も新調してあげたいし、髪飾りも付けてあげたいわ」
「うん」
髪飾り。そういえば、僕の頭についたままだっけ。
「出来れば、私とお揃いの色がいいわね」
「うん」
頭に手をやり、髪飾りの感触を確かめ…よしよし、壊れて、ない。多分。
そんな僕を正面に、最後に笑うカトレア様。
「これから、王宮で過ごしてもらうシアムさんにも、服を作らないといけませんね」
「はいっ?」
「ミノアちゃんと私と、三人でお揃いにしましょうね」
「うん」
「はいいっ?」
やっぱりそうなるのっ?
僕の心の声が聞こえたかのように、カトレア様は、にっこりと、そりゃあもう、にっこりと微笑んで。
「うふふふ…ミノアちゃんにシアムさん…これから楽しくなりそうだわあ」
「ひいいいっ?」
どうやら、もうしばらく、頭と心臓と胃が痛む日々が続きそうデス…
というわけで、表示でお分かりになるかと思いますが、絶讃~(計)、中途半端ながらここで完結とさせていただきます。
前回、前々回以上の鈍足更新にお付き合いいただき、有難うございます。
…本当に、今までにないほどの鈍足更新であったにも関わらず、毎回更新のたびに目を通して下さった方々、有難うございます。鋼鉄と忍耐の心を持った方が、予想以上にいたことに、驚いています。本当に。
ちなみに、続きを期待している奇特な方がいましたら…あまり期待しないでくださいませ。これ以上の鈍足更新になりそうなので、今のところは考えておりません。
…としていましたが、続き、始めました。
それだけでございます。
以上、一読、有難うございました。




