第115話(計)
「はい、どうぞ」
「ありがとうございまっす…」
湯気立つ茶器を持ってきたカトレア様、僕の前に置かれた空のカップに中身を注ぐと、席に戻って中断した話を再開したり。
「ええと、どこまで話したかしら…そう、レティシアちゃんとレガート君がこの騒ぎに動じず、冷静に対処してくれたお陰で、出席者の皆さんも、ミノアちゃんの杖と魔法を存分に観察できて、満足したと思うのよ」
「…ソウデスネ」
「シアムさんにも、そう思っていただいて嬉しいわ。幸い、負傷者も出なかったようで、無事にお披露目会が済んで良かったわ」
「…ソウデスネ」
ミノアの杖と魔法だけ軽く見せて、なんか異常事態が発生したからとっとと解散させた、って聞こえるんだけども。
…最近、耳がちょっと変になってきてるのかもしれない。
「うん、そうに違いな…ああっ!」
「どうしたのかしら?」
「あ、その、大したことじゃあないんですけど、今、僕らがのんびりお茶会してるのも、何か裏があるんじゃないかなあ、だなんて」
つい、思いついたことそのまま喋っちゃったけど、まさかそんなこと無い、と思いたい。
でも、なんか恐ろしい存在に見えてきたカトレア様が、ただ僕らと楽しくお茶会するためだけに、自分の部屋に、それも転移魔法で連れてきたわけがないよなあ…だなんて思うわけでございます。
穿ち過ぎだっていうのは分かるんだけど、こう、なんというか、ソレで、アレで、仕方ないんじゃないかなあって。
だってカトレア様、何を考えてるのか分からない笑み、浮かべてるし。
「裏、だなんて。まあ、まあ」
「ただの独り言なんで、聞き流してくれたらいいなあ、だなんて」
「ふふ、シアムさんったら面白いことをおっしゃって。私は純粋にお茶会をしたかっただけよ」
「そりゃあ、そうですよね! でも……一つ質問とか、いいですか?」
「ええ、どうぞ」
さて、何を聞いてくれるのかしら、と嬉しそうに質問を待つカトレア様。
なんでか、試されてるような気がするような…いやいや、そんなわけ。第一、僕、ただの一小市民だし。
「……その、なんか明らかに濡れ衣っぽいけど、一応の犯人にされてるっぽいシグなんとか…お貴族様って、一体どうなるんですか?」
「うふふふ」
その瞬間、カトレア様はより一層深い笑みを浮かべて……って怖い! なんか背後に黒い何かがもわっと! もわっと出たから!
「ひえええっ…あいたっ」
反射的に立ち上がろうとして、椅子に足をぶつける僕。そこで、ここから逃げようとしてたことに気付いて、冷や汗だらだらで。
足を擦りつつ、腰を下ろす僕から視線を外したカトレア様、一見すると、遠く、どこかに思いを馳せてるような視線を外へ向けて…ただし、深い笑みが張り付いたまま。
「シグムントの屋敷とその周辺は、今、カーライルが部隊を率いて制圧しているわ。そうね、あの家は爵位剥奪の後、国外追放になるのかしら」
「国外追放って…」
「夫はそういうことに厳しいから、もしかすると、死罪も…あら、ごめんなさい、物騒なことを」
「…………」
カトレア様曰く、召喚魔獣を喚ぶための魔法道具に細工して、その後の、謎の襲撃者たちをけしかけた、らしい犯人、の末路。
…だっていうのは分かるけど。分かるけど、なんか上手く行き過ぎてない?
そもそも、証拠が…魔法道具は燃え尽きたって言ってたし、謎の襲撃者たちは全員ドラゴンとミノアの餌食になっちゃったし。
なのに、カーライル派遣しちゃうって、平気なのかな……?
「他に聞きたいことはあるかしら?」
「…むむ……」
とりあえず、カトレア様はまだ質問に答えてくれるらしい。
質問、質問、何か質問は…と、横へ視線をずらせば、お菓子に満足したらしいミノアが立ち上がって、窓開けて庭へ飛び出していくところで。鳥っぽいドラゴンがそんなミノアの後に続いて。
窓が開いて、気持ちい風が部屋に入り込んで、部屋に置かれた物が揺れる揺れる。
…とかいう、のどかで平和的な光景見てたら、ふと、疑問が一つ。
「ところで、シグムなんとかっていうお貴族様がいなくなると、どうなるんですか?」
「ふふ、シグムント家が担っていた役割を、他の方にお願いする必要があるわね」
「とういことは、いなくなったお貴族様の穴埋めがあるってことで、それって誰が…あ、僕に教えていい話じゃな」
「筆頭貴族であるランカスト家」
「いですよね…って…」
ぽろりと零した僕の耳に、歌うように流れてくる声。
……まさか、カトレア様、そこまで考えてたの?
「代々王家に使える、由緒正しき清い心をもった家で、私たちと毎日のようにお茶会をする仲よ」
「…………」
「そんなランカスト家から、最近、国内だけでなく、周囲の町や村に魔法と魔法を用いない医療を普及させている、善良な一族がいることを聞いて」
「…………」
優雅に杯を傾け、お菓子を摘むカトレア様。
「その一族の筆頭者を、近々連れてくるそうなの。聞けば、一度は廃れた貴族の傍系のようで」
「…………なるほど」
「あら、まだ決まったことではないのよ」
「そうですよね! そんな重要な情報、僕なんかに、ほいほい教えないですよね!」
「どうかしら?」
「あはは…」
「うふふふふ」
「はははは……」
どうしてか喉が渇いて、随分冷めた紅茶を飲み干す。
…すんごくいい香りがしてるのに、楽しめないのは何故だろ?
「私からも、いくつか聞いて良いかしら?」
「はいっ! あ、でもお手柔らかにして欲しいかなあって、その…」
ついでにミノアが取り分けてくれてたお菓子も食べてたら、今度はカトレア様からの質問が。
「お手柔らか、だなんて。そう難しいことは聞かないから安心して頂戴」
「は、はい! ささ、どうぞどうぞ!」
「ふふ…シアムさんはグランカッセに来たばかり、という話を聞いたのだけども、本当かしら?」
「グラ…? ああ…うん、僕、この国には初めて来たけど」
一瞬、グラなんとかって何かと思ったけど、すぐにこの、ナントカ国の名前だと思い出したり。
…流石にコレ忘れたら、カトレア様でも怒るんじゃあ……危なかった。本当に危なかった。
「ここだけの話よ?」
ひっそり胸を撫で下ろす僕の前で、楽しそうに前置きして。
カトレア様は、ミノアと一緒に庭を飛びまわる鳥っぽいドラゴンへ目を向ける。
「蛇竜とは異なり、あのポンディラックなどの知性を持つドラゴンを、私たちは神聖視しているわ」
「ふむふむ。言葉を理解できるドラゴンを…ってことだったら、僕らも同じですけど」
「まあ、嬉しいわ。けれど、最近他所の国から来た一部の方が、そういったドラゴンの幼生を彼らの巣から奪ったという話があって」
一転して、困ったわ、と眉を下げるカトレア様。
それにしても、はて、ドラゴンの幼生って、さっき聞いたような?
「それって当然、悪いこと、ですよね?」
「勿論、罰する必要があるわ。特に、幼生が国内に入り込もうものなら、迅速に対処しなければならないわ」
「まあ、そうですよね」
なにせ、ドラゴンの幼生なんて盗もうものなら、そのドラゴンの一族全員で報復だとか、一夜で一つの国が滅ぶとか、そういう伝承あるぐらいだし。
「けれど、困ったことに、その方たちは一見すると、とても善良な他国の民で、とてもドラゴンの幼生を捕まえる悪人には見えないの」
「うわあ…って……うわあ…そういうこと…」
「その方たちが、とある貴族の家と、幼生を取引するという話も聞こえてきたのだけれど、やっぱりどうみても、彼らは善良な方々で、その話が嘘か本当か判断がつかなくて、困ってしまって」
ただいま、色々と察しちゃった僕の言葉を耳にした、カトレア様は謎めいた笑みを浮かべております。
誘導されたような気がするけど、さすがの僕でも、ワカリマシタ。
「でも、偶然、杖のお披露目会で、幼生を探していたドラゴンに出会うことが出来たから、良かったわ。しかも、シアムさんもいたから、詳しい話も聞くことが出来て、本当に感謝しているわ」
「いやいや、僕、そんな大したこと、してない…」
…きっと、カトレア様、お披露目会の話を聞いたときから、こんな筋道立ててたに違いない。
まずは、ミノアが、召喚魔獣として呼び出された本物のドラゴンを排除する、と。
でもって、その遺体から調べたとかなんとか言って、証拠を捏造したりしなかったりして、表向きは善良な一部の方々をしょっぴくつもりだったんだろう。多分。
だけど、ドラゴンは僕に宝珠を破壊されたから、人間の命令聞くことも無くて生き延びた。
だからこそ、カトレア様はドラゴンへ、攫われちゃった幼生を探すように『望み』を言わせた、と。
それによって、遠慮なく他国の、一部の善良な方々を牢屋へ叩き込むことができるわけで。
もし、何か文句が来たら、『神聖なドラゴンの言に従ったまで。それよりドラゴンの幼生を捕獲していた事実をどう説明するのか』とでも言っちゃえば、相手は黙るしかない。
文句つけようものなら、戦争にでもなりかねないし、多分この国、強いだろうし。
……ってこと? そういうこと? このお披露目会、実は、とっても黒々とした背景があったってこと?
「ひいい……怖い…本当、この人怖いって…ナントカ国怖い……もう帰りたい……」
「ええ、本当に、シアムさんには怖い思いをさせて、ごめんなさい。けれど、この騒ぎも数日中に治まるはずよ」
「…でもフリギアは…もっと怖い……」
「ですから、しばらくの間、この王宮で過ごしてはいかがかしら?」
「…クラヴィアさんも怖い……って、はいっ?」




