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「──とりあえず、何とか金を稼がないとな」
「じゃ、とりあえず何か食べようぜ。おれ腹減っちゃって」
「今までの話はどうなった? そもそもタケシは既に食べたじゃないか」
「じゃ、ケンジは食べないんだな」
「おい、そんなこと言ってないだろ。 待てよ」
あわててタケシの後を追い、結局二人は定食屋に入った。
今日の食事ができないところまでではないらしい。もっとも二人が宿に泊まるほどの金はないそうだが。
「えーと、この地図によると、この町は………… どこだろう」
一番安いランチを二人前注文して一息つくと、ケンジは手持ちのガイドブックを取り出し、ページをめくる。
「まさか、現在地も分かんないのか」
さっきの意趣返しもかねてからかうが、タケシはその言葉にひるまず、素直に「うん」と、うなずいた。
「それなら、ケンジはここがどこら辺か分かるのか」
そう切り返されるとお手上げだ。自分が方向オンチだとは思わないが、なにぶん初めて訪れた世界。今まで街道沿いに歩いてきただけだ。
結局、隣に座っていたおばさんに尋ねた。おばさんは呆れたように
「あんたたち、そんなことも知らないでこのサルファーまで来たの? まったく、最近の若い子は何を考えているのかしら。よく聞きなさいよ。この町は古くから湯治場として有名で…… ねぇ、ちょっと、どこ行くのよ。また話の途中よ!」
長くなりそうなおばさんの話にケンジらは慌てて逃げ出す。
「うちの息子も近頃はわたしの話を聞かないし。全く、嘆かわしいわ。だから最近の若い子達は教育が成っていないって言われるのよ」
おばさんは別の席に座っていた同年代のおじさんに絡んでぶつくさ文句を続けていた。 道の片隅に座り、ガイドブックを開く。
サルファー
──もともとは鉱山の町として栄える。約百二十年前、偶然温泉脈を掘り当て、温泉町としてのとく特色も出す。その後、鉱山は採掘量が減少し十年前に閉鎖されてしまい、本格的に温泉の町へと変貌。そして、良き湯治場・観光地として定着。今に至る。
「温泉町か~。温泉は入りたいな~」
「金はないぞ」
「……貧しいって、罪だよな……」
「っていうか、メシ食ってない」
思わず逃げてしまったので、まだ何も食べていない。だからといって、あのまま店にいたくはない。いくらなんでも、あんなおばさんの世間話には付き合っていられない。
まだ金を払っていなかったのが救いだ。店にとっては嫌な客だろうけども。
「金を払ってないから、客ですらないけどな」
少し離れたところにあった別の店に入る。昼食時を過ぎてしまったのでその店はほとんどガラガラ、二人の客がいるだけだった。
「RPGみたいにモンスター退治とかないのか?」
食べながら今後の方針、お金の稼ぎ方について考える。
「無理無理。そういうのは実績のある奴らが請け負うから。身元不確かな流れの旅人に頼むなんてないよ。と、いうことでそれもらい~」
「あっ、タケシ。オレの肉取るなよ」
「良いじゃないか。肉の一切れぐらい」
「なら、それよこせ」
「ヤダ!」
二人は浅ましい食べ物の取り合いを始める。
「タケシは、さっき焼き鳥食べただろ」
「──あの~、旅のお方」
「そんな昔のことは忘れた。そいつ頂きっ」
「そっちがその気なら、こっちだって」
「……あの~、あ~の~!」
横から声が聞こえたが、気にせず、タケシの皿にフォークを伸ばす。
「もしもし、旅のお方!」
苛立った声と共にでかい顔が二人の間に割り込んできた。
「ゲッ、化け物だ!」
タケシは思わず声を上げ、イスごと後ろにひっくり返った。 化け物と呼ばれた人物は額に青筋を浮かべつつ、不機嫌さを隠そうと努めて冷静に
「……誰が化け物かね」
タケシは起き上がりながら、目の前にいた中年オヤジを指差す。
やめとけって。ケンジは目配せをしたが、通じない。
「あんた」ずばりと言い切った。
「…………」
あまりの暴言にそのオヤジは言葉を失うが、気を取り直して空いているイス二人の間に座った。ただし、こめかみに青筋は走ったままだ。
確かにこの中年オヤジ。恐ろしいまでのブサイク顔だった。ぎょろっと目、分厚い唇、大きく丸い豚鼻。醜男の条件をすべてクリアしているといっても過言ではないだろう。
しかし、初対面で化け物とまで言われたのは彼にしても初めてだった。 例え思ったとしても、普通の人なら言葉にするのはためらってしまうだろう。
ケンジも顔を近づけられてかなりびびったが、口にはできなかった。 だが、この少年、タケシには『ためらい』『遠慮』という文字はないようだ。思ったことはズバズバ言ってしまう。しかも基本的に断定的でキツイ言い方が多い。
本人曰く、「これがストレスをためない秘訣」だというのだか…… 慣れてしまったケンジは気にしないが、時にそのせいでトラブルも引き起こしてきた。
時には全く無関係のケンジを巻き込んでいたのは思い出したくもない記憶だ。
「オッホン。私の名はボウジィ。一応、この町の町長を任されている」
胸を張り食堂中に響く声でボウジィは言った。気を取り直したらしい。
もっとも、いつの間にか二人いたはずの客は係わり合いになりたくないのだろう、姿を消している。
この声を聞いたのは二人のほかに食堂のオヤジだけだった。
「ところで、『モンスター退治』と先程耳にしたのだが、貴方らは腕に覚えがあるのか。若いようだが、いかほど旅を続けているのかな」
「──三年くらいかな」
即座にタケシが答える。
「おいおい、何言うんだよ」とテーブルの下で足を蹴るが、タケシは歯牙にもかけない。
ボウジィは気づかず、
「ほぉー、三年か。若いのに大したものだ。で、腕に自身はあるのか」
「もちろんあるけど、……それがなにか?」
全くの嘘に訂正の声を上げかけたが口をふさがれた。タケシは自身にみなぎった顔でボウジィを見返す。
ケンジの声は「モガッ、モガッ」としか聞こえない。 ボウジィはいぶかしげにケンジを見る。
「連れはどうしたのかね」
「いえ、何でもない。こいつは情緒不安手負いで、いきなり妙なことを口走る癖があるので…」
タケシは肩をすくめる。 そんな癖はない。そう主張しようとするが、ボウジィは納得して逆に哀れみの目を向けられてしまう。
「それより、おれたちにモンスターかなにかを退治してほしいわけだろ」
「うむ、そうだ。実は一月前、この町に世にも醜い化け物が現れるようになったのだ」
「それって、あんた?」
バキッ!
ボウジィは無言で拳を振るい、何事もなかったように続ける。心なしか声を潜め
「その化け物はこともあろうに、町の若い娘を生け贄に要求してきた。生け贄を出さなければ町を滅ぼすと。
──ここは見ての通り、温泉をメインにした観光地。若い娘は少なく、ほとんどが年取った婆さんばかりだ。 この町が化け物に荒らされ、観光客に悪い噂が広まるよりはと、生け贄を出すことになったのだ。数少ない若い娘たちのなかから…… ……ところが、運悪く私の娘が生け贄に出されることに決まってしまった。あの子は私の一人娘で目に入れても痛くないほど可愛がってきた娘だというのに……。
どうかその化け物を退治してくれないか」
「顔を近づけるな」
興奮して迫ってきた厚い唇に慌てて身を引く。 しかし、彼の娘って、……絶対ブスだろ。
「自分たちで退治しようと思わなかったのか」
「化け物自体はそれほど強いものではないし、決して対抗できないものではないのだが、訪れるものを含めて町人の大半が老人だ。町中に若者がいれば討伐もできようが、現状は難しい。よその町から腕の立つ者を派遣してもらえば簡単なのだろうが、それでは悪い噂がたちこの町のイメージを損ねかねん。かといってここは純粋な観光町で冒険者がふらりと立ち寄るような町でもない。 もちろん報酬は弾むつもりだ」
『報酬』という言葉にタケシの眼光がキラリと光る。
「どの程度用意できるんだ」
「もし、退治できるなら一万」
「いや、それじゃ少ない。前金二万に成功報酬十万ぐらいは貰わないと」
「それはいくらなんでも、多すぎるぞ」
タケシとボウジィは金額交渉に入ってしまう。ケンジには相場というものが分からないが、その激しい金額交渉に呆れてしまう。
そもそも、本当にその怪物を退治するつもりなのだろうか。この世界に来て三ヶ月足らずの二人で。 ケンジは小学校のときからずっと剣道を続けていて、素人に比べれば剣には多少の心得がある。強さとしては以前、町のゴロツキ二人程度なら勝てるが、三人だと苦戦するというレベルだ。十六歳の少年が大人二人に勝てるのだから充分といえるかもしれないが、退治を依頼されている化け物はゴロツキより強いだろう。
一方のタケシはもともとインドアの人間だ。戦闘能力は無いに等しい。もっとも逃げ足だけはこの世界に来てから発達したが。
「それでは、後で私の家まで来てくれ。約束の金を支払うから。それから、この件はくれぐれも内密に」
金額が妥結したのか、そういい残してボウジィは食堂を出て行った。 内密も何も、さっきまで大声で話していたくせに。食堂のオヤジには知られているはずだ。それとも町の住人は既に知っているのだろうか。
タケシはニタニタ笑いながら手を振って見送る。
そしてボウジィがいなくなると、うれしそうに肩をたたいてきた。
「やったぞ、ケンジ。これで金の心配はなくなったぞ」
「ちょっと待て。本当にその化け物退治を引き受けるのか」
タケシの陽気な顔をケンジは不安に満ちた視線で見つめる。
「大丈夫、大丈夫。おれに任せておけって」




