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S級パーティが決死の覚悟でダンジョン最深部に到達したら、作業服のおっさんが蛍光灯を換えていた  作者: ざわん
第一章

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第10話 面会要求

協会本部の聴取室で、俺は同じ質問を、三度受けていた。

大剣は、受付にあずけてある。丸腰で座る部屋は、あの通路より、すこし落ちつかない。

「第99層で、何を見ましたか」

何を見たか。

14時間の戦闘については、何時間でも話せる。装備、消耗、判断の分岐。全部、説明がつく。

説明がつかないのは、最後の3分だけだ。

「……作業服の人が、歩いてきて、蛍光灯を換えて、歩いて帰りました」

聴取の担当が、ペンを止めた。三度目のペン止めだ。

「武器は」

「工具袋だけ」

「防具は」

「作業服と、ヘルメット」

「魔物は」

「道を、あけました」

あのとき、俺の口が勝手に動いた。お疲れさまです、と。そうしたら、お疲れさまです、と返ってきた。あの14時間で、まともにできたやりとりは、あれだけだ。

担当は長いこと黙って、それから「所感があれば」と言った。所感。所感なら、あの日からずっと、ひとつしかない。

俺たちは14時間かけて、あの人の通勤路を歩いたんじゃないのか。

書類に、どう書くのだろうと思う。俺には書けない。見たのに、書けない。

だから、決めた。

「面会を申請したい。正式なルートで」

メンバーには止められた。会ってどうすんだ、と。どうもしない。確かめるだけだ。

申請書の氏名の欄に、剣崎迅、と書いた。ヴァンガードではなく、剣崎迅、と。正式な申請に、通り名は書けない。

職業の欄には、探索者。ペンが、あの通路のどの一歩よりも重かった。

聴取室を出ると、廊下のテレビが、また例の会見を流していた。「存在いたしますが」。世間は笑っている。俺は、笑えなかった。

あの人が何者か。いちばん知りたがっているのは、たぶん世間じゃない。俺だ。

本人に会って、確かめる。それ以外に、あの3分を確かめる方法が、俺には残っていない。


◇


本日の作業伝票、番号3318。第63層、給水設備の点検、1件。

指差し、確認。

「——経路よし」

途中、第55層方面の連絡通路。甲三型の群れは、壁ぎわ。数、22。変わりなし。

——いや。

いちばん大きいのが、今日は二度、位置を変えた。先週見たときは、一度だった。

変わりなし、とは書けない。「位置変え2回」と、そのまま書いた。

第63層の給水設備は、機嫌がよかった。

水圧、よし。継ぎ手のにじみ、なし。ろ過槽の圧力差、規定の範囲。

ろ過槽のふたを開けて、格子のごみを取る。とめ具を、対角の順にしめ直す。

水の音は、正直だ。無理をしている配管は、水の音が濁る。今日の水は、澄んだ音をしていた。

この水がどこから来てどこへ行くのかは、規程に書いていない。おれの仕事は、ちゃんと流れているかどうか、そこまでだ。そこまでを、ちゃんとやる。

地上がどれだけ騒がしくても、水は、水の都合で流れている。


◇


その地上は、書類が飛びかっていた。

「協会から、面会の申請が来た」と課長が言った。「例のS級の、大剣の人だ。おまえに会いたいそうだ」

「断っていいですか」

「本部は断った。おまえより先にな」

めずらしく、上と意見が合った。今月で2回目だ。

「で、協会が名目を変えてきた。——『業者用経路の安全性に関する、実務検証』。これは、断れない名目だ」

安全の検証は、断れない。おれにも分かる。安全は、だれの申請でも通していい、唯一の荷物だからだ。

机の上に、往復した書類がならんでいた。協会の申請書には、印が3つ。うちの本部の断り状には、印が5つ。断るほうが、印が多い。

断り状のいちばん上の印は、テレビで見た名前だった。テレビの人は、判も押すらしい。

課長は、書類を机に置いて、頭をかいた。

「灰田ぁ……すまん、また上がな。業務命令だ。応接室で、話をするだけでいい」

「作業予定は」

「午前で切り上げられるよう、組み直した。定時内で終わらせていい。というか、終わらせろ。長引いたら、おれが引き取る」

課長のすまなそうな顔は、28年で数えるほどしか見ていない。そんなに悪い話なのだろうか。話をするだけなら、工具も要らない。

あしたの持ち物を、考えてみた。考えても、何も出てこなかった。ヘルメットは、応接室ではかぶらないものらしい。かぶってはいけない、とは、どこにも書いていないのだが。

「先方は、何を聞きたいんでしょうか」

「……さあな。おれが思うに」

課長はそこで、めずらしく言葉を選んだ。

「答え合わせ、じゃないか。あっちだけが問題用紙を持ってて、答えを持ってるのがおまえだ」

問題用紙は、見たことがない。おれが毎日見ているのは、作業予定表だ。


◇


帰りぎわ、明日の伝票を確かめた。予定は夕方のうちに、組み直されていた。

一枚目。番号3319。第8層、通路灯の点検。半日ぶん。

二枚目。

作業種別の欄に、見慣れない印字があった。

——応接。

番号3320。場所、本部応接室。数量、1件。

使用工具の欄は、空欄だった。空欄の工具欄というものを、はじめて見た。工具の要らない作業を、おれは28年、やったことがない。

空いている欄は、書きにくい。何を書けばいいかを、書く人に決めさせる欄だからだ。

応接。

おれの仕事ではないと思うのだが。


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