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S級パーティが決死の覚悟でダンジョン最深部に到達したら、作業服のおっさんが蛍光灯を換えていた  作者: ざわん
第一章

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第1話 本日の作業は、第99層

定時で帰る。おれの仕事の目標は、28年前からそれひとつだ。

本日の作業伝票、番号3301。第99層、非常灯の球替え、1件。

指差し、確認。

「——経路よし」


ダンジョン設備管理公社、設備点検第三課。出勤は8時半。

第三課の事務所は、地上の詰所の奥にある。机が4つ。うち2つは書類置き場だ。

「灰田ぁ、99層の非常灯、1本切れてるそうだ」

課長が受話器を置いて言った。

「予定に入ってます」

「そうか。じゃあ、頼んだ」

朝の会話はそれで終わりだ。ちょうどいい長さだと思っている。

作業服に着がえる。公社支給の、くすんだ青。ヘルメット、ヘッドライト、腰の工具袋。

点呼板の自分の札を裏返す。「入坑中」の面を表にして、脚立を担ぐ。

板に札は4枚ある。表になっているのは、おれの1枚だけだ。


業者用の通用口は、探索者が使う正面ゲートのうら手にある。

探索者はフロントから入る。業者はバックヤードから入る。ホテルと同じだ。

業務用エレベーターに乗り、行き先のボタンを押す。表示は「B99」。

下までは、およそ40分。この40分も労働時間に入る。組合が勝ち取った。いい組合だ。

箱が下がりはじめて3秒で、携帯の電波が死ぬ。地上の音も、いっしょに死ぬ。

点検表を読みかえし、水筒の茶を一杯。それで着く。

この箱のなかでは、なにも起きない。なにも起きない40分というのは、いいものだ。


◇


第98層、連絡通路。

壁に、古い爪の跡が並んでいる。深さは、指の第二関節ぶん。コンクリートにだ。

通路の先に、影が30ばかり。甲三型の群れだ。公社ではそう呼ぶ。探索者が何と呼んでいるかは知らない。

規程どおりの位置に、規程どおりの数だ。数が合わないときは、報告する欄がある。

立ち止まらない。歩幅を変えない。ヘッドライトの光量もそのままだ。

保守規程第2章第4条。入坑前、経路の安全を指差し確認すること。確認の声出しを省略してはならない。

だから、おれは省略しない。28年、一度も。

甲殻のこすれる音の間を、脚立を担いで通る。

いちばん大きいのが、こちらへ頭を向けた。

第4章第1条。生物が作業を注視する場合、作業を継続すること。

注視、されている。継続する。

指を差す。

「——経路よし」

頭が、戻った。

通路の幅いっぱいにいた影が、両側に寄った。規程どおりだ。

30を数え終えるころには、通路は元の静けさだった。


◇


第99層。

天井の高い、広い層だ。ヘッドライトの円の外は、音のない闇が続いている。

壁沿いに非常灯の列。手前から7本目が消えていた。伝票のとおりだ。

脚立を立てる。開き止め、よし。軍手。ヘルメットのあごひも。

球は公社支給の旧式だ。坑内の非常灯は、施設の指定でこの型と決まっている。理由は知らない。指定は指定だ。

外す。つける。点く。

点灯確認、よし。

外した球は袋にしまう。坑内にごみを残さない。置いていっていいのは、明かりだけだ。

明かりがひとつ増えただけで、通路の闇はすこし行儀がよくなる。

いい職場だと思う。静かで、涼しくて、だれも話しかけてこない。


◇


第99層の連絡通路で、人に会った。

4人組だった。鎧が割れ、マントの裾が焦げている。先頭の大剣の男は肩で息をしていた。杖の女は男の腕につかまって、やっと立っている。

そばに手のひらほどの機械がひとつ浮いて、赤いランプを光らせていた。カメラだろうか。

そういえば、ここで人に会うのは、ひさしぶりだ。ええと、いつ以来だったか。思い出せないくらいだから、そうとうだ。

たしか、年に一度、上の視察が入ると聞く。見たことはないが、聞いたことはあるのだから、あるのだろう。

見学の人たちだろう。ずいぶんくたびれて見える。ここまでの階段はきついと聞く。

道の真ん中に固まっていたので、声をかけた。

「——あ、すみません。ここ今、点検中なんで。足元、お気をつけて」

間があった。

杖の女が、ちいさく言った。

「……うそでしょ。手ぶら……?」

手ぶらではない。脚立がある。

それから、大剣の男が、かすれた声で言った。

「……お疲れ、さまです」

「お疲れさまです」

礼儀は体力が尽きても残るらしい。育ちがいいのだろう。

会釈して、わきを通った。

背中で、なにかがくずれる音がした。だれか座りこんだようだ。

気持ちはわかる。ここは深い。


◇


17時10分、退坑。点呼板の札を表に戻す。

伝票を書く。番号3301、第99層、非常灯交換1件、異常なし。

ボールペンを置いたのが17時55分。

おれの一日は、この書類5ミリの厚みで終わる。ちょうどいい厚みだと思っている。

「課長、お先です」

「お、おう。……おつかれ」

課長は詰所のテレビの前で固まっていた。なにかの生中継らしい。画面から目を離さずに、手だけ振っている。ずいぶん騒がしい放送だ。

騒がしいのは地上の仕事だ。おれの仕事は下にある。

玄関を出たところで、思い出した。

……今日、あいさつされたな。だれだったんだろうな。

まあ、いい。定時だ。

帰り道、いつもの銭湯に寄る。湯船につかって、目をつぶる。今日も、どこも痛くない。


◇


その夜。おれが湯船で目をつぶっていた、その40分のあいだに——ひとつの動画の再生数が、400万を超えた。


> :ねえ、今の作業服の人、何……?


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