第一話:トロ子
昭和62年8月。
4月生まれの一也は19歳。
この春、青森から念願の東京、しかも誰もが知る有名メーカーの ソフトウェア会社に就職した。
都会生活への憧れもあったが、地元ではちょっとしたスター気分だった。
そして、そんな一也が新人研修で「よしこ」という同期に出会った。
短大出のよしこは21歳。
とにかく、何をするのも、遅かった。
制服に着替えるのも
掃除をするのも
弁当を食べるのも
まず話ながら何かをする、ということが全くできない。
昼食中に話しかけようものなら、 箸をもつ手が永遠に止まるのではないかとさえ、思えた。
新人研修で一日の講義が終わると、最後に必ずプログラミング課題が出る。
完成して講師のチェックを通った者から、その日の研修は終了だ。
だから夕方になると、一人、また一人と研修室から消えていく。
そして、いつも最後まで残っているのが、よしこだった。
「まだできてないの?」
「うん。なんか動かんのよ」
一也は帰り支度をしていた手を止めた。
「どれ、見せて」
別に一也まで残る必要はない。
それでも放って帰れないのが、一也という男だった。
「ここ。条件おかしいだろ」
「どこ?」
「ここさ。さっき説明したべ」
思わず青森の言葉が出て、一也は咳払いした。
「……だから、こここう直して、動かして」
「わかった」
しばらくして。
「かずや」
「今度は何?」
「コンパイルが通らんくなった」
「……綴りちがうべさ、英語勉強しなおす?」
そんな毎日だった。
一也は中学、高校と委員長を務めてきた。
困っている人間を見ると、放っておけない。
とはいえ、毎日のように最後まで付き合わされれば、
さすがにうんざりすることもある。
それでも一也が横について教え続けたおかげか、よしこの成績は悪くなかった。
むしろ、試験では上位に入ることが多かった。
そして新人研修の最終日。
さすがに最終日だけあって、最高に難しい課題が出された。
一也でさえ、苦戦する内容だ。
どうせ今日もよしこが最後まで残るんだろう。
そう思っていた。
「できました」
声を上げたのは、よしこだった。
「は?」
一也が顔を上げる。
講師が確認する。
プログラムは正常に動いた。
「はい、終了。よしこさん、一番です」
研修室がざわついた。
一也は、自分の画面と、帰り支度を始めたよしこを交互に見た。
「……珍しいな」
「うん。今日の問題は、簡単やったから」
いつもより皆のペースが遅いのだから、簡単なはずはない。
一也はしばらく絶句したあと、自分のプログラムに向き直った。
どうにも調子が狂う。
よしこといると、いつもそうだった。




