第2話 影との同期
転送ポータルの光が収束する。
白い大聖堂。静寂。祭壇。
——三度目。
「やっぱり来るか」
ネメシは小さく息を吐いた。
偶然ではない。
再現性がある。
ならば、これは“現象”だ。
「……試すか」
ネメシはゆっくりと歩き出す。
一歩。
影が、先に動く。
その瞬間、身体が引き寄せられるように前へ出た。
「……補正、されてる?」
もう一歩。
今度は意識して、わずかにタイミングをズラす。
影に対して、遅らせる。
——違和感。
足が重い。
入力が噛み合わない。
「……逆か」
ネメシは笑った。
影に“合わせる”。
踏み出す直前、影の動きに同期させる。
カツン。
音が、ぴたりと一致する。
《最適化進行中》
視界の端、微かな表示。
「ビンゴ、か」
理解した。
これはバグじゃない。
“誘導”だ。
より正しい入力へ。
より効率の良い動きへ。
システムが、プレイヤーの操作を“最適化”している。
「面白いな」
ネメシは剣を構えた。
目の前には何もいない。
だが——
「来るんだろ」
影が、剣を振る。
先に。
ネメシはそれに合わせる。
遅れず、迷わず。
斬撃。
空を切るはずの一閃が、確かな手応えを返す。
「……当たってる?」
何もない空間に、ダメージエフェクトが一瞬だけ弾けた。
即座に消える。
ログには残らない。
「はは……そういうことか」
ここは、テスト領域だ。
可視化されていない“何か”に対して、
最適な行動を学習させる空間。
プレイヤーを、より高精度にするための——
「訓練場、ってわけか」
《最適化段階:更新》
表示が変わる。
同時に、影の動きがわずかに速くなる。
「……おいおい」
難易度が上がっている。
合わせるだけでは足りない。
“先読み”が必要になる。
ネメシの口元が歪む。
「上等だ」
踏み込む。
影よりも、さらに一瞬早く。
——一致。
斬撃が走る。
今度は、はっきりとした手応え。
連撃。
ステップ。
回避。
すべてが、これまでにない精度で繋がる。
「……なんだこれ」
強い。
明らかに、普段より動きがいい。
無駄が削ぎ落とされている。
「最適化、ね」
悪くない。
むしろ——
「癖になるな」
その瞬間。
ノイズ。
視界が一瞬だけ歪む。
影が、二重にぶれる。
《観測負荷:上昇》
「……?」
初めて見る表示。
同時に、足元の感覚が揺らぐ。
「ちょっと待て、これ——」
強制転送。
光が弾ける。
現実に引き戻される。
——フィールド。
敵が目の前にいる。
ネメシは無意識に剣を振った。
速い。
正確。
普段よりも明らかに洗練された動き。
敵が一瞬で崩れる。
「……残ってるのかよ」
最適化の“結果”だけが、現実に持ち帰られている。
ネメシはしばらく無言だった。
やがて、小さく呟く。
「……これ、使えるな」
その目は、すでに次を見ている。
再びポータルへ向かう。
躊躇はない。
——繰り返せば、もっと上がる。
その確信があった。
***
そして同時刻。
運営ルーム。
モニターの一角に、微かな異常が灯る。
ログは正常。
負荷も正常。
すべてが“問題なし”を示している。
数値としては異常ではない。
だが、妙に引っかかる。
「……なんで上がってるの?」
一人の女性が、眉をひそめた。
表示されているのは、プレイヤーの操作精度。
通常ではあり得ない上昇曲線。
「このID……ネメシ?」
彼女はキーボードを叩く。
ログを追う。
だが——
何もない。
完璧な正常値。
「……おかしいでしょ、これ」
誰に向けるでもない呟き。
しかし、その視線はモニターから離れない。
「……見逃しじゃないわよね」
画面の奥で、数値がわずかに跳ねた。
それは誤差と呼ぶには、ほんの少しだけ大きい。
彼女は息を吐く。
「……調べるか」
その判断が、すべての始まりになるとも知らずに。
第2話までお読みいただきありがとうございます。
前話に続き、違和感はまだ断片的なままです。
ただ、その中にもわずかな変化が見え始めています。
今後の展開も楽しんでいただければ嬉しいです。




