第1話 影のズレ
影が、自分より先に動いた。
世界最大級のフルダイブ型VRMMO《Fragment》。
ログイン時刻、21時03分。
視界が開ける。
白い光。遅れて音。
そして、世界が“組み上がる”。
「……いつも通り、か」
ネメシは小さく呟いた。
今さらログイン演出に感動することもない。
UIは正常。レイテンシも問題なし。装備もそのまま。
剣を軽く振る。入力遅延なし。
問題はない。
——はずだった。
「転送するか」
拠点からフィールドへ。
いつもの狩場へ行くため、転送ポータルに足を踏み入れる。
光が収束し、座標が切り替わる。
その瞬間。
違和感。
「……は?」
景色が違う。
石造りの床。
高い天井。
差し込む光。
静寂。
「こんなマップ……あったか?」
大聖堂。
いや、“それに似た何か”。
中央には祭壇。誰もいない。
NPCもいない。
音が、妙に遠い。
ネメシは一歩踏み出す。
カツン、と靴音が響く。
——遅れて。
「……ズレてる」
視線を落とす。
自分の影。
影が、わずかに遅れて動く。
「描画の問題……?」
いや、違う。
次の一歩。
踏み出す前に。
影が、先に動いた。
「……」
ネメシは止まる。
呼吸だけが、現実のまま流れる。
「……なんだよ、それ」
そのとき。
視界の端に、UIが一瞬だけ瞬く。
ログでも、通知でもない。
もっと低レベルの何か。
《最適化対象:確認》
「は?」
次の瞬間。
世界が歪む。
光が崩れ、音が戻る。
いつものフィールド。
いつもの敵。
いつもの環境。
何もなかったかのように。
「……」
ネメシはしばらく動かなかった。
「……転送ログ」
UIを開く。
履歴は正常。
座標も正常。
エラーなし。
「……気のせい、か?」
そう呟きながらも、歩みは止まらない。
再度、転送ポータルへ向かう。
「……もう一回だ」
躊躇はない。
足を踏み入れる。
光。転送。
そして。
「来たな」
白い大聖堂。静寂。祭壇。
今度は、最初から分かっていた。
影が、先に動く。
《最適化進行中》
ネメシは、わずかに笑った。
「……なるほどな」
「お前、見てるのか」
一歩、踏み出す。
影と同じタイミングで。
完璧な入力。
システムが応答する。
今までにない精度で。
——何かが、噛み合った。
第1話をお読みいただきありがとうございます。
まずは違和感から始まります。
まだ小さなズレですが、
ここから少しずつ広がっていきます。
引き続きよろしくお願いします。
*あらすじを調整しました。




