第37話 平穏はどこに? ― 四方向ラブコメ大混乱
――夜の都市ガルドは、昼の喧噪が嘘みたいに静かだった。
屋台の灯りが一つ、また一つと消えて、遠くで犬が吠える。
雨も、戦いも、恋の嵐(?)も、すべて終わった。
平和。静寂。俺の求めていた“普通”。
……ああ、ようやく、戻ってきたな――。
「ふぅ……やっと平穏が戻った……」
石橋の欄干に肘をつきながら、俺は夜空を見上げた。
星が綺麗だ。風が気持ちいい。
もう誰にも会いたくない。
事件もラブコメも、おなかいっぱいだ。
(頼む、今日は誰にも会わずに帰らせてくれ……)
――そう祈った瞬間だった。
「「「「悠真!」」」」
夜空に響く、聞き慣れた四重奏。
ああ……神様、お願い、祈りはもう少し早く届いてほしかった。
「な、なんで全員そろってるんだ!?」
「偶然よ」(ミリア)
「必然ですわ」(クリスティア)
「……通りかかっただけです」(セレナ)
「ストーカーじゃないもん!」(リサ)
おい、最後の一人が一番怪しいぞ。
「悠真さん。少し、お時間よろしいですか?」
振り向けば、月明かりを背にしたクリスティアが立っていた。
白銀の髪が夜風に舞い、手には花束。
……おい、まさか、夜の橋の上でそれ持ってくる!?
「改めて正式に……私、あなたにお礼と、気持ちを伝えたくて。」
「き、気持ちって……!? いや、俺、ただの一般人だから!」
「知ってますわ。でも――あなたは、私の中で“勇者”なんですの。」
やめてくれ。そんなキラーワード、俺のライフはゼロだ。
「ちょ、ちょっと待ったあああああ!!」
叫びとともに、背後から突進してくるリサ。
まるで嫉妬の彗星。
「先に言うとかずるいでしょ!?」
「ずるい、とは?」
「ずるいに決まってるでしょ!? 順番守って!」
順番!? 恋の告白に順番とかあるの!? なんだこの混沌!
「いい加減にして、リサさん。ここは真剣な話を――」
「真剣なのはこっちよ! 悠真、はい、手!」
「うわっ!? 引っ張るな! 腕が、腕がもげるぅ!」
橋の上で引っ張り合う二人。
平和な街並みに、俺の悲鳴だけが響く。
「おーい、静かにしなさいな。崩れるわよ、その橋」(ミリア)
ほんとに崩れそうだよ、物理的にも精神的にも。
「……いいですか?」
静かな声。
けれどその一言で、場の空気が一瞬で変わった。
セレナが傘を閉じて、俺たちの間に立つ。
その瞳は、あの雨の日のままだ。
「私はもう伝えたから。けど――悠真さんの返事、まだ聞いてません。」
「っ……!」
クリスティアとリサが同時に振り向く。
ミリアは壁にもたれながら呟く。
「……あれはもう恋愛戦争どころか宗教戦争ね。」
やめろ。俺を信仰の象徴みたいに言うな。
「ふぅ……青春って、ほんと燃費悪いね。」
ミリアがため息をつきながら、橋の欄干に腰をかけた。
月明かりを背にしてるのに、なんかサブキャラ感ない。ずるい。
「で? この修羅場、実況でも始めようか?」
「実況すんなああああああ!!」
「だってさ。セレナは本命ルート確定、クリスティアは貴族ルート、リサは幼なじみルート。……ねえ悠真、あなた、どのルートに進むの?」
「そんなゲームみたいに言うなっ!」
「私は別に、興味ないけどね。……ただ、あんたのそういう不器用さ、嫌いじゃないわ」
「い、今!? 今それ言う!?」
クリスティアとリサの声が同時に炸裂する。
「今は私のターンですわ!」
「ちょっと黙って! その“別に興味ないけど”って一番ずるいやつだから!」
「うるさいなぁ……騒ぎすぎて、橋落ちるよ?」
言いながらもミリアは笑っていた。
その笑みが少しだけ優しくて、俺の心臓が不意に跳ねる。
(おい、やめろ。ミリアまで意識したら俺のHP残り1ケタだぞ)
「……悠真さん。」
セレナが一歩前へ出る。
リサとクリスティアが同時に身構える。
嫌な予感しかしない。
「私は――悠真さんを愛してます。」
あ、やっぱり爆弾落とした。
夜空に花火でも上がったかのような沈黙。
次の瞬間。
「わたくしも、負けませんわ!」
「ちょっ……! 私だって、あんたのこと……愛してるにに決まってるじゃない!」
「私も“ちょっと”くらいは気になるし(ぼそ)」
「『“ちょっと”じゃないだろ!!』」
全員でツッコんでしまった。
なんだこの連帯感。ラブコメ戦争中に団結すんな!
「みんな落ち着け、話し合えば――」
「じゃあ悠真、誰が一番なの!?」
「え!? い、いや、その……!」
「順番を決めましょう。貴族式デュエルで!」
「拳で語ろうよ!」
「観察記録取っとこ。後世に残せる名勝負。」
「やめてくれえええええええええ!!」
四方向から迫る熱と視線。
まるで魔物の群れに囲まれた気分。
いや、魔物のほうがまだ優しいかもしれない。
だって火球とかで済むから!
「俺は! ただ! 平穏に暮らしたいだけなのにぃぃぃぃ!!」
叫んだ。夜空に響く俺の魂の叫び。
……橋の下で犬が吠えた。
同情してくれてる気がする。
沈黙。
さっきまでの騒ぎが嘘のように、静かな夜風が吹き抜ける。
セレナが小さく微笑んだ。
「……それが一番難しいですよ、悠真さん。」
「え?」
「平穏を守るってことは、みんなの気持ちに向き合うことです。逃げないでくださいね。」
「っ……!」
リサも、クリスティアも、ミリアも黙ってセレナを見る。
いつもの小競り合いとは違う。
まるで、それぞれの想いを確認するような――
不思議な“静けさ”。
「……でも、だからって、私は諦めないわよ」(リサ)
「同感ですわ」(クリスティア)
「ま、私も降りる気はないけどね」(ミリア)
そして、みんな一斉に俺のほうを見る。
「ひっ……!?」
四人の視線。
まるで審判台の上に立たされてる気分。
「……もう、我慢できません!」
セレナの声が夜に響いた。
俺は思わずのけぞる。
やばい、このトーン。冷静沈着系ヒロインが限界突破した時の声だ。
「私は、悠真さんを――愛してます! 昨日も今日も、ずっと!」
「えっ、ちょ、まっ――!? ここ街中だぞ!? 通行人見てるぞ!?」
「いいんです。伝えたいものは、今、ここにありますから」
「どこの詩人だよ!」
リサが真っ赤な顔で割り込む。
「そ、そんな堂々と……っ! 私だって、愛してるに決まってるじゃない!!」
「リサ!? 君まで!? ていうか今さらそんな直球!?」
「今さらでも言わなきゃ、誰かに取られそうなんだもん!」
「取られそうって誰に!?」
「……全員よッ!!」
(わかるけど叫ぶなぁああ!)
「ふふ、可愛いですわね、庶民の恋心というのは」
優雅な声。
振り向けば、夕暮れの残光を背にしたクリスティアが花束を抱えて立っていた。
まるで舞台用に照明仕込んできたかのような完璧さ。
「わたくしも譲りませんわ。
悠真様、あなたを支えられるのは、わたくししかいませんのよ」
「いやいやいやいや、支えるとかそんな大層な――!」
「ですから、いずれはわたくしの屋敷に――」
「プロポーズ早すぎるわッ!?」
リサが湯気を噴き出す。
「ちょっとクリスティア! どさくさに紛れて婚姻届出す気!?」
「書類なら既に準備してありますわ♡」
「準備早すぎるゥゥ!?」
「……あーあ、もう収集つかないね」
橋の欄干に寄りかかるミリアが、完全に観客モード。
でも次の瞬間、ふと目が合って――彼女はニヤリと笑った。
「でも、私は嫌いじゃないよ。こういうドタバタ、ね」
「ミリア……頼むから傍観しててくれ……!」
「傍観? ふふ、やだな。私だって、少しくらい本気出してもいいでしょ?」
「出さなくていいぃぃぃ!!」
「じゃあ言うね。……私も、悠真のこと、好きだよ」
「お前までぇぇぇ!? なにそのサラッと爆弾落とす言い方!?」
ミリアが髪を耳にかけながら笑う。
その仕草が、いつもの軽口と違って妙に色っぽい。
(やばい、俺の防御力ゼロだこれ)
セレナとリサとクリスティア、三方向から同時に詰め寄られる。
「悠真さん、返事を」
「どっちが好きなの!?」
「選びなさい、今ここで!!」
「ちょっ、落ち着けって! 人には順序が――!」
「「「今がその順序よ!!」」」
「ひぃぃぃぃ!?」
バランスを崩して欄干に足をかける俺。
ミリアが慌てて腕を引っ張る。
「危ないってば、もう……ほんと、あんたってトラブルの神様だね」
「神様はお前らだろ!?」
どたばたが続いた末、全員が息切れして、その場に座り込んだ。
夜風が冷たく、星がゆっくり瞬いている。
「……結局、俺、何も答えられてないな」
思わずつぶやいた俺に、リサが小さく笑った。
「いいのよ。今日のあんた、めちゃくちゃだったけど……ちゃんと悩んでる顔してた」
「……うん、そういうとこ、ズルいんだから」(セレナ)
「わたくしも負けませんわ。次の勝負は――勇者試験、ですわね」(クリスティア)
「ま、どのルートでもバッドエンドにはさせないよう努力するよ」(ミリア)
「俺の人生、ゲームじゃないからぁぁぁ!!」
全員、くすっと笑う。
橋の上に、穏やかな夜風が流れた。




