少女・再登場
中々に濃い1日から幾日か、私は案外平穏な学園生活を送っている。
錬金術の先生がうざったかろうが、相変わらず視線が五月蠅かろうが、平穏は平穏である。
無視できる程度なら平穏と言っていいのである。
……平穏と言いすぎて嘘くさくなっているが無視である。
「<自分に言い聞かせてるの間違いじゃね?>」
「<だまらっしゃい>」
「<あー分かっててやってるわけね。そりゃ悪かったなー>」
「<クロイツ。知ってる? 正論は時に人の心を傷つけるんだよ?>」
「<正論って認めてるじゃねーか>」
「<ぐぅ>」
念話でクロイツとじゃれあいつつ(じゃれあいのはずである)廊下を一人歩く。
そう、一人で次の教室に向かっている私は誰がどう見てもぼっちである。
「<オマエ、友達できねーなぁ>」
「<しみじみ言わないで? 心が傷つくから>」
タイミングが合わないので仕方無いです。
後、入学して分かったのは、私は同世代と話が合わないって事である。
貴族は子供らしくいられる時期が短い。
それはお兄様や殿下達を見ていれば間違った考え方ではないと思っている。
思ったのだが、どうやら少しだけ違うのかも? とも思い始めている。
私の周囲が大人過ぎたらしいのだ。
貴族だろうと年齢相応に、下手すると年齢よりも幼くない? という子供が存外多いと学園に入学して初めて知った。
「<年齢の割に大人びている人もいるし、庶民よりはその割合が大きいの事実。だけどねぇ。それを考慮しても子供っぽい子が多いんだよねぇ>」
発言の一つ一つが家にまで影響を及ぼす、という自覚が薄い。
確かに学生であるうちは多少は見逃される。
だが、だからと言って完全に気を緩めていいわけではないのだ。
学園は社交界の縮図……は言い過ぎだが、利害の合う人や価値観の違う人との対話。
そういった外交力や社交性を学ぶ場なのである。
その自覚程度は持っておくべきなのだが。
「<まさか、あそこまで無責任だとは>」
「<感情のままに喚くガキも多いもんなー>」
初めて遭遇した時は衝撃だった。
まさか身分を盾に他者を脅す輩がいるとは。
しかもあんな人の多い所で。
「<悪い事をしている自覚が一切ないのが一番問題じゃないかな?>」
「<講師に対して「宿題を出すな」「休憩させろ」なんて言い出すバカがいるとはな。学園ってのは数少ない学びの場じゃねーの?>」
「<この世界ではそうだよねぇ。少なくとも危険もない、設備も充実している。熟練の先生達もいるっている最高の環境なのにねぇ>」
挙句、研究者や学者を目指す生徒よりも跡取りが決定している長子にその傾向が見られるっていうのが情けない。
ある意味たるんでるよね。
気を付けないと卒業の後跡継ぎ候補が変わってるんじゃない?
まぁそういう未来がきても自業自得だけど。
「<やっぱりお兄様は立派な方だよね>」
「<まー。研鑽を惜しまないってのはスゴイことなんじゃね?>」
素直じゃないクロイツの誉め言葉に私は内心クスっと笑う。
こうは言うがクロイツもお兄様を嫌ってはいないのだ。
素直じゃないのは魂に刻まれているので治らないだろうけど。
「<けどなー。だからと言って友達ゼロってのもどうよ?>」
「<うっ。話を戻さなくてもよくない?>」
折角無理なく話題を移行できたと思ったのに。
なんて話をしながら歩ていると後ろから廊下を走る軽い音と少女の声が廊下に響いた。
「あのっ!」
貴族の多い学園でここまで走っている音が響いているってすごいなぁ。
後、かける声が大きいのも珍しい気がする。
いやまぁ、子供ばっかりだし、案外大きな声でしゃべっている人多いけどね。
「あ、あのっ!」
これって可哀そうだけど、無視するしかないんだよねぇ。
だって誰を呼び止めようとしているか分からないし。
そもそも呼び止めるために声をあげているかも分からないからさ。
危険だったら、それ相応の声掛けがあるし、違うと分かる。
声に覚えがあれば振り返るくらいするけど、聞き覚えないし。
ってか誰に声をかけているのだろうか?
「待って! ――――キースダーリエ……ちゃん!」
「……はぃ?」
待って?
今、この人、私の事、なんて言った?
驚きのまま振り返ると、数日前罵詈雑言を吐いていた少女がいた。
表情が違いすぎるが、多分本人のはずだ。
どうやら厳重注意で済まされた模様。
……一応こちとら公爵令嬢なのだが、いいのだろうか?
と、色々逃避しつつ待っている(驚いて足を止めいただけだが)と少女が走り寄ってきた。
「あ、あのね! あたし……」
少女は名乗りもせず、されども先日とは違う表情で私を見たかと思うと、突然ガバッと音が出そうな勢いで頭を下げてきた。
色々略しすぎではないかと思うのは私がこだわりすぎているからだろうか?
あと、名乗った事もない相手に「ちゃん付け」で呼ばれると思う所があるだが。
呼び捨てにしようとしてかろうじて付けた感じだったのでなおのこと。
「ごめんなさい! あたし、早く謝らないといけないと思っていたのだけど、キースダーリエちゃんがどこにもいなくて。ずっと探してて――」
見つからない私が悪いと受け取るのは流石にうがちすぎだが、この少女は一体何を言っているのだろうか?
いやまぁ、一応言葉通り謝罪したいのだろう。
謝罪、謝罪かぁ。
だが……。
周囲に視線を走らせると、誰もがありえないといった表情で少女を見ていた。
うん、私の感性が間違っているわけではないらしい。
私が何とも言えない感情を持て余している間に謝罪の言葉? とやらは終わったのだろう。
無言で頭を下げ続けている。
態勢を変えない少女に私はひそかにため息をつく。
……謝罪の言葉以前の話なのだが、この場合わかってないんだろうなぁ。
とはいえ、このままでいいとは言えない。
いやいやだが、声をかけるしかないのだ。
「頭をお上げになってくださいませ」
私の言葉にパッと顔を上げて笑顔になる少女。
もう謝罪を受け取ってもらった気でいるらしい。
何だろう。
この人とは合わない気がする。
ほとんど接した事もないのに、直感的にそう思った。
「ありがとう! それでね! あたしと友達になってくれる?」
質問の体系をとっていはいるが、断れると微塵も感じていない。
あまりに無垢な傲慢さに眉を顰める。
だが、どうやらこの少女、無言を肯定と受け取るらしい質らしい。
少女は「よろしくね! えーとキースダーリエだと長いよね。じゃあキースって呼ぶね」などとほざき出したのだ。
話はそれ以前だというのに。
私は今度こそ隠さずため息を付く。
すると少女はキョトンとした顔の後、こちらをうかがうような表情に変わった。
どうやらこれに込められた感情に気づく程度には敏いらしい。
その割には最初はノンデリカシー全開だったが。
「ワタクシは顔を上げなさいといいましたけれど、許すとは一言も言っておりませんわ」
「えっ?」
許されないなどと考えもしなかっただろう。
目を開き、口も開いた間抜けともいえる顔を晒す少女。
「そもそもぶしつけにも人を呼び止め、自身は名乗りもしない相手の話を根絶丁寧に聞いてあげる必要がありますの?」
「そ、れは」
「しかも話を早急に進め、挙句友人認定なんて。少々ワタクシをなめすぎですわ」
あーやだやだ。
こういうひと様をきつく言い嗜めるのって面倒なんだよね。
公爵令嬢という地位は必要以上に相手に強く響く。
同格じゃなければ余計に。
だからこそ、そんな面倒な事はしなくていいように回避してきた。
だってのに、こうも真正面からくる人間がいるとは。
「貴族ならば己の言動の一つで家にまで害が及ぶ事を自覚すべきですわ」
まぁ、学園の生徒を見ている限り、一部はその覚悟もなさげだが。
私の言葉に顔色が曇る少女。
「あ、あの。あたしは元々庶民だったから」
ヴァイディーウス殿下の顔を知らない所そうではないかと思ったが、やはりそうだったようだ。
と、元々という事はどこかに養子に入ったという事だろうか?
「(……ん? ああ、そっか。この子って『ヒロイン』か)」
元平民で現貴族。
金髪に金色に見える琥珀色の瞳。
神々の恵み子。
ならばあの時の暴言も原因が分かる。
『ヒロイン』だから、あの時、「自分の居場所」を私が取ったと叫んだのだ。
ヒロインに転生するとは、中々ハードな転生先である。
「(その割には今のこの子は転生者に見えないのだけれど)」
そっくりな別人?
いや、それならば先ほどの謝罪の内容が変わるはずだ。
主体的に謝っていた以上、彼女がヒロインであり、転生者のはずだ。
と、ツラツラと考えて見たが、私にわかるはずもない。
今は目の前で色々しでかしている彼女をどうにかするべきである。
「庶民だったとしても礼儀作法の講義は受けるはずですわ。心配ならば先生方に申し出れば補講をしてくださるはずです」
家格の低い貴族の家の子も普通に受けられるはずだ。
流石に高位貴族や王族に粗相があっては困るという観点から先生方もよほどの事がない限り断りはしない。
目の前の少女はどう考えてもそういった補講が必要そうだ。
「そうなの? けどあたしは今は男爵家の人間だから」
「ならば家に頼んで再教育してもらうべきですわ」
と、そろそろ移動したいのだが。
周囲も私の意見に同意してくれているような雰囲気を感じるし、そろそろ引いてほしいものだ。
家と距離があるのかもしれないが、ならば学園に頼めばいいだけだ。
その道をしっかり示したのだから「家とは色々あって」なんてお家事情をこんな所で暴露しようといないでほしい。
別に利用しようとする輩ばかりではないが、普通にスキャンダルになるかもしれないのだ。
信用できる相手に他者の耳が無い所で話す内容である。
「ともかく「リーゲル!」……話がややこしくなりそうですわ」
思わず心の声が漏れたのだが、許されたい。
役者の追加である。
クロイツが念話で「<大変だな>」なんて心の底から同情されて泣きそうなったのは秘密である。




