復帰
なんとかかけました
構成力のなさに挫けそうですが、書き続ければどうにかなると思って頑張ります
「う、うそ……」
リリの心は未だかつてない驚きに染め上げられた。
渾身の力を込めて放った『風の刃』が銀熊の体毛を切り飛ばすだけで終わったからだ。
幼い頃から森に親しみ、出会う獲物をこの技で仕留めてきたリリにとって、これほどまでに動じない相手がいるなど想像もできなかった。
リリと同様に、フィンも目を見開いていた。
リリが放つ、必殺必沈の風の刃を受けて痛痒程の影響も受けないものがいるとは思ってなかったのだ。
彼らは銀熊の力を見誤っていた。
グラトニアスの力ありきということはわかってはいたが、猛獣との戦い自体初めてだったルルが倒せるくらいのものだと思っていたのだ。
ここで彼らにルルを見下す意図はない。
ただ、戦士として(フィンも最低限の教育は受けている)教えを受けたダナ村の人間は、まずはじめに過不足なく相手の力量、脅威を分析しろと教育される。
それに従って分析した結果が、『銀熊は素人でも相対できる程のものである』という間違った認識であった。
彼等の若さ、戦士としての経験の少なさの弊害と言えた。
ルルは鉄の防御力と、グラトニアスの攻撃力を使って銀熊に勝利した。
ならばフィンが防御や諸々を担当し、攻撃をリリが受け持てば、同じ結果が得られると考えた。
そう思い込んでしまった。
必勝の思いが裏切られた時、途端に形勢は逆転する。
緊張の糸が僅かに切れていたフィンは咄嗟に動けず、自身が誇る最高の一撃がなんら効果を示さなかったことにただただ驚くリリも動けない。
全身を震わせ、土を弾き飛ばした銀熊が機を逃さずリリに飛び掛った。
立ち竦むリリに凌ぐ方法はない。
フィンはなんとか土壁を形成しようとするが間に合わない。
リリの身体が銀熊の鉤爪で切り飛ばされんとしたそのとき。
影がリリを突き飛ばし、結果リリは死神の鎌の如き一撃を躱すことができた。
「ボサっとすんな!」
その影の正体は、ようやく戦線に復帰したルルだった。
リリが助かり、ルルも戻ったことに安堵したフィンだったが、その心の平穏は長くは続かなかった。
返す刀で再び前腕を振り出した銀熊。
リリを突き飛ばした為に体勢を崩したルルに、それを整える時間は与えられなかった。
森の王者の鉄をも抉る一撃が、ルルの頭に激突した。
ぱしゃんと、水が弾けたような音をフィンは聞いた。
♢♢♢
猛烈な勢いで文字通り飛んでいったリリを見送った後、ルルは脚に力を込めて立ち上がった。
フィンに翻弄されている銀熊を見やり、そこへ向かって歩き出そうとした。
「いかなきゃ……」
『おいおい、ムチャすんな。 ナカミがユらいでんだろ。 んなジョウタイでボウズどものヤクにタつとでもオモってんのかよ』
ふらつくルルを珍しく慮ったグラトニアスが制止した。
「でも……オレにはわかるんだ。 いくらリリでも、あの銀熊は仕留めきれない」
いくらか立ち直ってきた様子のルルは、揺れる頭で冷静に分析していた。
そしてそれにはグラトニアスも同意見だった。
『カゼをアヤツるんだったか? カゼじゃああいつはどうにもなんねぇかもな。 んで、だからオマエがイくってか?』
「そうだ……グラトニアスじゃないと、仕留めきれない」
この場の最大戦力たるリリの攻撃が通用しないのならば、あとに残された手段は防御不可のグラトニアスだけだ。
しかしそれはあくまで銀熊の討伐を目的としていたならば、である。
『バカヤロー、テメーの目的はナンだ。 キヨミズとやらをバアさんのトコにモってくことだろーが』
「そうだよ。 でも、あんなのが近くにいたらおちおち水汲みもできやしない」
『まずユウセンすべきことはなんだ。 あのデカブツをブチコロすことじゃねぇだろう』
グラトニアスにそう言われ、ルルは考えを改めた。
口ではどう言っていようが、いつの間にか銀熊を仕留めることを最上の目的に置いてしまっていたことを自覚したのだ。
「……確かにそうだな」
『ならどうすんだ? ニげるホウコウにウゴくしかねぇだろ。 まさかあのバーサンもイノチカけてミズをクんでこいなんていわねぇだろう?』
逃げるだけならどうにでもなる。
銀熊の一撃が致死とならないルルが殿につき、注意を引きつつ撤退すればいい。
先頭にフィンがいれば逃走経路を間違えることはないだろうし、リリがいればその辺りの獣は障害にならない。
ルルがそう考え始めたところで向こうの戦況が変わりだした。
土塊から這い出した銀熊が、近い間合いでフィンとリリに相対していたのだ。
のんびりと話している暇はなかった。
ふらつきも、もはや気にならない程度までには回復している。
「わかった。 ならそうしよう」
そういって戦場へ走り出そうとしたルルに、グラトニアスが少し待ったをかけた。
『マちな。 カクジツをキすぞ』
「な、なんだよ」
『いいか――』
♢♢♢
「ルルうぅっ!!」
フィンの絶叫が響き渡った。
リリが銀熊の爪から逃れられた安堵も束の間、体勢を崩したルルが銀熊の薙をまともに受けたのを見たからだ。
そして響いた、瑞々しい果実を砕いたような音。
地面に倒れ込み、茫洋としながら見上げるリリも、喉が張り裂けんばかりに叫ぶフィンも、ルルの死を確信した。
しかし二人の絶望はそう長くは続かなかった。
それを打ち砕いたのは、烈迫の気合が込められた雄叫びだった。
「はあぁぁぁっ!」
もはや聞こえるはずがないと思っていたその声に二人は顔を輝かせた。
頭を砕かれたとばかり思われていたルルは、何をどうやったのか生きていたのだ。
「グルルルゥオオオ!!」
銀熊が吼えた。
先ほどのまでの戦いなどお遊びだと言わんばかりの猛攻をルルに加える。
大気が震えるほどの怒りを一層濃くし、執拗にルルを狙う銀熊をあしらいながらルルが叫んだ。
「フィン!」
あの凄まじい怒気を叩きつけられていたのがもし自分だったならば、足が竦んでしまって時間稼ぎも出来なかっただろうと背筋を震わせると同時に、あのようなものを向けられてよくもまぁ冷静に戦えるものだと場違いにも感心していたフィンは、ルルに呼ばれて我に返った。
「逃げるぞ! 戦うなら! 考えろ!」
ルルが叫んだまともな体を成していない言葉の意図を理解するのにフィンは数瞬の時間を要した。
依然動き回るルルの左腕――グラトニアスを見てみるとその形状は、ルルの元の左手に近い、されど爪や甲殻、鱗などはグラトニアスのままといったものに変化していた。
ルルが『地獄の一週間』と呼ぶ彼の訓練期間に、フィンは一度この形状へと変化したグラトニアスを見たことがあった。
(あれは確かグラトニアスが満腹になったってことだ)
満腹となったグラトニアスは口を閉じてしまい、何物も捕食できなくなってしまうのだ。
それの意味するところは、ルルにはもはや銀熊打倒に足る攻撃手段が残されてはいないということだった。
そこまで思い立ったフィンは、先ほどのルルの言葉を理解するに至った。
つまりは、『仕留められる手段を考えろ。 なければ逃げる準備をしろ』ということだ。
いくらフィンが聡い少年であるとはいえ、すぐに有効な策は思いつかない。
時間が必要だった。
そんな思いを見透かすように、ルルは再び叫ぶ。
「こっちのことは気にするな! 時間は幾らでも稼いでやる!」
その間にも繰り出される銀熊の腕撃咬撃を見事に避け続けるルル。
ときおりぱしゃっと水が弾けるような音が聞こえるが、フィンは気にしないことにした。
(今は出来ることに集中する……!)
まるで嵐かというような様相を呈する戦場を尻目に、この現状を打破すべく、フィンは行動を開始する。
(まずはリリと一緒にここから少し離れないと)
ルルの時間稼ぎに頼り切る訳にはいかないと、フィンは気合を入れ直した。
♢♢♢
時は少し遡る。
銀熊にはリリの風刃は通じぬと断じ、早くフィン達と合流しようと走り出したルルがグラトニアスに制止させられたところだ。
『カクジツをキすぞ』
「……どうやって?」
『ミズをノませろ』
グラトニアスの言葉をルルは熟考した。
意図を読み取ろうとしたのだ。
しかしルルには、水を飲んでどうすれば現状を打破できるのか、何も思いつかなかった。
「水の……何を〈付与〉するんだ?」
『〈流動性〉だ』
「……そんなことできるのか?」
『〈鉄の頑丈さ〉とホウコウがチガうだけだろうが。 さっさとやれ』
出来ることなら、ルルはこれ以上グラトニアスには何も食べさせたくはなかった。
ルルの左腕に宿る異形、グラトニアスにはその強力な特性と引き換えに、いくつか制限が存在する。
そのなかでも最も重い制限は、『三つ捕食すれば消化しきるまでの間、なにも食べられなる』というものだ。
当初これを聞いたルルは、食べられなくなる程度大した問題ではないと高をくくっていた。
『食べられない』ということを、『捕食しても飲み込めず、それゆえ〈付与〉にも使えなくなる』ことだと考えたのだ。
だが実際にはそうではなかっあ。
文字通り、『食べられなくなる』のだ。
満腹となったグラトニアスは、掌にぽっかりと開いていた口腔が、もとの掌に戻ったかのように閉じ、そして四指の正反対に位置していた大牙が元の親指に戻るという変化を起こした
。
さらに悪いことには、グラトニアスの絶対的な破壊の力は、口腔内に生え揃っていた小さく鋭い牙によりもたらされていたという点だった。
ゆえに、満腹となったグラトニアスは鉤爪のついた頑丈な左腕と何ら大差のないものとなってしまい、攻撃力という面では数段落ちることになるので、ルルは村人達から『グラトニアスに何を食べさせるのかはきちんと考えろ』と口が酸っぱくなるほど言い聞かされていた。
だからこそ、森豚や鉄片を食べたせいで残り一度となったグラトニアスの『捕食』を銀熊に使おうと考えていたのだ。
倒すことができるのならば、逃走を選ぶよりもよっぽど良い。
「……『三つ』になっちまうぞ」
『シカタねぇ。 ツメでヒっカかいただけでテツをエグるようなのがアイテだ。 クビなんざカまれりゃどうなるかわかったもんじゃねぇ』
しかしグラトニアスは許さなかった。
何よりもまず、三人の身の安全を確保しるのが先決だと判断したらしい。
妹、友人、そして自らのことを考えてくれるグラトニアスを軽んじることは、ルルには出来なかった。
『ま、コンカイはホジョにテッしろよ。 あのデカブツはテメーをネラってんだから、テメーが〈水の流動性〉をテにイれちまえば、センキョウはコウチャクする。 そうなりゃジョーチャンやボウズがどうこうされることはねぇだろ。 あとはシトめるなりニげるなり、あのボウズにマカせりゃいいんじゃねぇか』
「そうだな……」
グラトニアスはフィンをボウズと呼ぶ。
戦いの行く末を任せられる程度には、フィンを信用しているらしかった。
そしルルは銀熊と相対した。
襲われかけていたリリを突き飛ばし、その隙にルルの頭を銀熊の腕が叩いた瞬間は肝が冷えたが、きちんと〈水の流動性〉が発動したらしく、ルルには全く効果がなかった。
不可思議な現象に首を傾けることもなく、次々と襲い来る銀熊の前腕をルルは危なげなく回避した。
『ベツにヨけなくてもイいじゃねーかよ』
「怖いだろ……それに服は破れるし」
軽口を叩く余裕すら見せるルル。
銀熊の大振りの一撃を再度躱したルルは、脇腹に向けてグラトニアスの鉤爪を繰り出した。
しかし――
ぱしゃんっ
〈水の流動性〉が如何なく発揮されていふルルの左腕は銀熊に接すると同時に揺らぎ、まさしく水で打った程度の衝撃程度しか銀熊に与えることができなかった。
「お、おいぃぃ! 攻撃は受けないけど、こっちからも攻撃できないじゃないか!」
と言いつつも回避に専念し始めるルルに、グラトニアスは呆れたように言った。
『ミズになるときとテツになるときくれぇツカいワけろよタコスケ』
「なにそれ!? どうやんの!?」
『シらねぇって……やればできんだろ』
「む、むむむ……」
ルルはグラトニアスの言うことを信じ、戦闘中にも関わらず器用に念じ始めたが、鉄の頑丈さを再度得ることは叶わなかった。
「できないけど!?」
『あー……ちっ、そういうレンシュウもさせるべきだったな』
すぐさま弱音を吐いたルルにグラトニアスが折れた。
普段なら罵詈雑言の嵐がルルの心をへし折りにかかるが、グラトニアスとて時と場合を考えるのだった。
『シカタねーな……ん、よっと。 ……ほれ、オレサマのオオキバだけテツにしといたぞ』
「グラトニアスはできるんだ……」
『オレサマのチカラをオレサマがツカいこなせねーわけあるかボケ』
そうこうしていると、銀熊が一歩後退し、距離を置いた。
訝しく思ったルルではあったが、時間稼ぎに乗ってくれるならそれに越したことはないと追撃を選ばなかった。
しかし、次の銀熊の行動にルルは度肝を抜かれた。
一度二足で立ったかと思うと、間髪入れずに全体重をかけて前足を地面に叩きつけ、砂埃を舞わせたのだ。
おそらく、叩いた感触が水のようであったことからルルの身体が水で出来ているのだと見当を付け、それを捕捉しようとしたのだろう。
水は土に染み込むということを、銀熊は知っていたのだ。
ルルは慌てた。
今〈水の流動性〉が失われれば、〈鉄の頑丈さ〉との変換を行えないルルは、銀熊の攻撃をまともに受けることになるからだ。
土埃を頭から被り顔を青くしたルルに、銀熊の爪が叩き込まれる。
『ボケ。 ツチにシみコんだところでミズがカタまるわけじゃねえだろうが』
結果として、ルルのそれは杞憂だった。
土埃を被るまえとなんら変わらず銀熊の攻撃を透過させた己の身体を見て目を白黒させていると、グラトニアスがそう罵り始めた。
『コオるくれーにツメたくされたり、ジョウハツするくれーにアツくされたりしなけりゃあ〈水の流動性〉はウシナわれねぇ。 ジョーシキでカンガえろ』
「そんな常識は知らない!」
『ちっ、アホめ』
軽く罵ることは忘れないグラトニアスに辟易しつつ、ルルはほっと胸を撫で下ろした。
とりあえずは銀熊に対する有利は揺らがないと認識できたからだ。
「しっ!」
思惑が外れ、またもや大振りをかわされることになった銀熊の腹にグラトニアスの大牙を突き立てるルル。
更なる怒りを喚起させて、万が一にもフィン達に目を向けさせないためだ。
「ギァァルルルゥゥ!」
案の定一層にルルへ注視し始めた銀熊に、ルルはほくそ笑んだ。
『コイツ、ボウズタチからハナれさせたほうがいいんじゃねぇか』
怒りを煽ると同時に物理的に距離を離すのも良い手だとしたルルは、グラトニアスの言うように動き出した。
大きく迂回し銀熊の背を取ろうという体を見せ、それに食いついた銀熊を後方へ誘導する。
「さてと、いつまでかは分かんないけど、付き合ってくれよな熊君」
そういってルルは不敵に笑った。
『さっきまでガクブルしてたクセにナマいってんじゃねーぞクソガキ』
グラトニアスの言うことは聞こえない振りをしたルルだった。
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