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泉について

説明回になっちゃったかなぁ……という感じです




 おにーちゃんをいじめるなとぷりぷり怒るリリを宥め、フィンの言葉でルルが立ち直った後、四人は移動し村の端に置かれてた材木の上に腰を降ろして話続けていた。


『つーかなかなかやるなボウズ。 しばらくタちナオれねぇとオモったが』


「おまえ……」


 いけしゃあしゃあとそんなことをのたまうグラトニアスに絶句しているルルは気にせず、フィンは頬をぽりぽりと掻きながら言った。


「森豚を食べるといいって言ったのは僕だし、ルルが居たから落ち着いて考えることができて、リリも集中できたんだしね。 本当のこと言っただけだよ」


 ようはグラトニアスにからかわれているルルをみて、フィンはいたたまれなくなったのだ。

 そんなフィンの気持ちを察したのか、アナは違う話題を振った。


「でも、あれだよね。 リリが銀熊を仕留めたってことは、リリも銀熊の革鎧を貰えるのかしら?」


「えぇー、あたしには似合わないよ」


 脱ぐ機会を逃したせいで未だに着用しているルルの革鎧を見ながら言ったアナに、リリは贅沢なことを言った。

 とはいえ、たしかに十歳の少女には銀熊の革鎧は(いかめ)しすぎるというものだろう。


「あたしは服とか髪飾りなんかがいいなぁ」


 銀に艶めく銀熊の毛皮で作った服ともなれば、とても可愛らしいものができるに違いないと、アナは顔を綻ばせた。

 とはいえ、そういった感情は少女――女性特有のものなのか、フィンやルルにはいまいちわからなかったようだ。


「鎧も意外と似合うと思うけどなぁ」


「というかもったいなさすぎるだろ、服って」


 しかし、あまり大声で言うと彼女たちの反感を買うことは目に見えているので、声量は控えめだった。


『そういやぁよ、ケッキョクのとこボウズはナニしにイズミくんだりまでイったんだよ』


 グラトニアスの言葉に、アナを除いた二人はそういえばと思い出してフィンを見た。

 

「なに? どういうこと?」


 と話の流れがわからなかったアナには、ルルが軽く説明しておいた。


「ああ、それね」


 六つの目に見据えられたフィンは軽く身じろぎし、少し区切って話しだした。


「泉に向かう途中にも言ったんだと思うけど、泉には魚がいないっていう話おぼえてるかな?」


 頷く一同。

 アナは知らないでしょと思いつつもフィンはそれを訂正させることはなかった。

 面倒臭かったのだ。


「村の皆は、清水が綺麗すぎて魚の餌が少なかったりするんじゃないかって言うんだけどさ、納得できなかったんだよね」


「なんで?」


 そう問うたのは可愛らしく小首を傾げたリリだ。

 魚の食べ物がないのなら、魚がいないのは当然ではないかと考えたのだ。


 それに対してフィンは少し考え、説明した。


「だって泉の底には水草がいっぱい生えてるんだよ? だったらその水草を食べる水棲の虫なんかかもいるはずなんだ」


 いまいち分かっていない様子で曖昧に頷く三人を見て、フィンは続けた。


「それに泉から南に流れる川には魚が棲んでるだろう? 高低差なんて殆ど無い川なんだから泉まで遡って棲み着く魚だっていてもおかしくないのに、それもいない」

 

 泉から溢れた水は地面を削り、南の海にまで続く蛇行した水路を形成している。


 そこには巡回行商が持ってくる、海のものとは違った種類の魚が多数棲み着いていて、それを捕まえるためにルルも父達に同行したことがあった。

 

 ダナ村では読んで字の如く泉魚と呼ばれているそれは、海の魚とはまた違う独特の風味をもっていて、荒く削った岩塩をたっぷりと振りかけてから表面をぱりっと焼いてかぶりつくと、爽やかな脂の香りとともに口いっぱいにひろがるのだ。

 たまに食卓に並ぶそれらはダナ村の人々の大好物だった。


 そのことを思い出した三人は、フィンの主張をやっとのことで理解したのだった。

 確かに泉から続く川には魚がいるというのに、その大本である泉にいないというのは不自然な話だった。


「なるほどね、確かにおかしな感じはするな」


「だろう? 昼間にも言ったとは思うけど、今まで何度か川の魚を泉に放したこともあるんだよ。 でも、一度も繁殖はしなかった」


 ルルの相槌に喜色を示したフィンは話を続ける。


「皆は泉の深いところまで行ってみたことはあるかい?」


「深いところ? そんなのあるか?」


 ルル達はまたもや首を傾げた。

 彼らにとって、泉とは十歳のリリにも入れる程の浅いものであり、相当奥まで入ったとしてもルルの腰に届くかどうかという程度のものだ。

 ゆえに彼らにはフィンの言うことがわからなかった。


 ルル達の反応を見たフィンはにこりと微笑んで続けた。


「実はね、あの泉は中央あたりで急激に水深が深くなってるんだよ。 底が見えないくらいにね」


『んで、ボウズはそこにナニかがあるとオモってんだな。 それがイズミにイきたかったリユウっつーわけだ』


 三人はフィンの探求心にただただ感心し、そしてグラトニアスが締めくくった。


「そ。 広すぎるから、一人で調べただけじゃあかなりの虫食いがあるとは思うけど、周辺の浅い部分には特になにもおかしなところはなさそうだったんだよね。 あとは中央部分をずっと調べてみたかったんだけど、底が見えないせいでなんだか潜るのが怖くて」


 フィンが感じた恐怖を臆病だと嘲るものはいなかった。

 息ができず、思う通りの移動もままならない水中というだけで人によっては並々ならぬ恐怖を感じるのだ。

 それに加えて、何があるのか予想もつかない奈落の底に怯えるのは無理からぬことだった。


 三人はふんふんと頷いたが、その中に一人だけ、違う反応を示したものがいた。

 グラトニアスだ。


『なるほどな、そいつのチョウサをオレサマタチにタノみたかったと』


「そうなんだ。 グラトニアスの力なら、どうにかなるかもと思ってさ」


「おいおい……」


 自分が恐怖を感じるようなところにオレを送り込む気かと戦慄したルルだった。


「でも、なにがあるかわからないんでしょう? いくらグラトニアスとルルでも、危ないんじゃないの?」


 顔を顰めて心配そうにアナが言った。

 

「もちろん無理にやってもらおうとは思ってないよ。 安全を確保しつつ調査できるかどうかを聞きたいのさ」


 フィンとしても、幼き頃からの親友を危険に晒してまで自分の好奇心を満たしたいなどといったことは考えていないので、そこは弁明しておいた。

 優先すべきは安全だ。

 グラトニアスならば、ルルの身に真の危機が迫るようなことは良しとしないだろうという思いもあった。


『スイアツにカンしちゃモンダイねぇ。 ただ、スイチュウでコキュウできるようにするのはキビしいな』


 ルル達四人は、聴き慣れない言葉に数瞬のあいだ眼を白黒させた。

 そこから初めに復帰したのはリリだった。


「魚を食べても水の中で息はできないの?」

 

『サカナがスイチュウでコキュウできるのは、ヤツらのコキュウキがニンゲンとはチガってトクシュだからだ』


「……?」


 リリには少し難しいようだった。

 彼女はグラトニアスの持つ力を『食べたものの力を使えるようになる』ものと解釈していたので、グラトニアスの説明を聞いてもいまいちその違いがわからなかったのだ。


 ルルが相手だったならば、既に罵声の一つや二つ浴びせかけているはずのグラトニアスだったが、リリにはそうする様子も見せず、それどころかより丁寧に説明し始めた。

 

『オレサマにできるのは、あくまで〈性質〉の〈付与〉であって、クソガキのカラダのコウゾウをカえられるわけじゃねぇからな。 サカナをクったところでエラをツクらんねぇから、スイチュウでイキをできるようにはならねぇな』


「ほー、そっかー」


 まだ少し曖昧ではあったが、それでもなんとはなしに理解することができたリリだった。


 リリの疑問が一段落したのを見て、今度はフィンが疑問を呈した。


「スイアツ……ってなに?」


 グラトニアスは簡潔に答えた。


『そのナのトオり、ミズのアツリョクのことだ』


 しかしそれは簡潔過ぎたようでだった。

 次はアナの質問が飛んだ。


「アツリョクってなに?」


 面倒臭そうな雰囲気をありありと出しながらも、グラトニアスは律儀に答えた。


『……オサえつけるチカラみてーなもんだ。 あのクマヤロウをぶっタオしたとき、ジョーちゃんもツカってたろ』


 ルルとアナは実感が湧かず、いまいち理解しがたいようだったが、グラトニアスにそう説明されてフィンとリリには理解出来たらしかった。


「あぁそうか、アレは空気を押さえつけてた……んだよね、リリ? なんだかおかしなことになってたけど」


「そーだよ! ぎゅーってしてたらあぁなったの」


 空気を押さえつけるだのなんだのと言われても理解はできなかったが、水で考えるとグラトニアスの言いたいことはルルにも分かった。

 

「つまり、水底に潜ると泉の水が全部オレにのしかかってくるってことか?」


『そういうこったな』


「あ」


 と、不意にフィンが声を漏らした。

 

「どうしたの?」


「そういえば、昔読んだ漁師の手記かなにかで、たまに目玉が飛び出してたり、口から胃が出てたり異様に膨らんだりしてる魚が網に掛かってたってあったよ」


 思わず尋ねたアナに、フィンが答えた。

 今までに読んだ数多くの本の内容から、『水圧』に関連すると思われるものを思い出したようだった。

 一を聞いて十を知るということは、フィンの十八番と言っても良かった。

 そんなフィンの言葉を聞いたグラトニアスは、感心したような声色で頷いた。


『そういうこった。 ウミのソコにフダンからスんでるヤツらにとっちゃ、ミズにオさえつけられるのがフツウのジョウタイだからな。 それがなくなればフクれちまう』


「……水って怖いんだな」


 ルルは自らの肩を抱いて、大げさに震えてみせた。

 

「じゃあじゃあ、泉の底にいったら、おにーちゃんぺちゃんこになっちゃうの?」


 とんでもないことを考えていたらしいフィンを心なしか睨みながら心配そうに言ったのはリリだ。

 そんな視線に晒されたフィンは気まずげに眉を下げながら言った。


「……水圧に関しては大丈夫なんでしょ? グラトニアス」


『イズミがフケぇっつっても、まさかウミほどじゃあねぇだろう? なら〈鉄の頑丈さ〉でも〈付与〉すりゃダイジョウブだろ。 〈水の流動性〉ならナオサラだな』


 そこまで言って一拍起き、


『まぁフソクのジタイをカンガえりゃ、〈水の流動性〉がダトウだろうよ。 それならミズんナカでのアンゼンは、ほとんどホショウされたようなもんだ』


 と付け足した。


 グラトニアスがそういうならそうなのだろうと納得したリリだったが、すかさずにルルが口を挟んだ。

 

「息ができないことには変わりないんだろ!?」


 先ほどグラトニアスは確かにそういった。

 呼吸が出来ないというのは、いまいち実感しづらい水圧の問題よりも現実的で絶望的な障害だ。

 ルルは、このまま話が進むと水中で呼吸ができるようにならないままに潜らされることになるのではないかと危惧したのだ。

 

 そのルルの問いに対するグラトニアスの回答は率直なものであり、ルルの予想に過不足なく合致していた。


『ガマンしろ、クソガキ』


「楽しんでやがるな……」


『カッカッカ、おもしろそーだろーが』


 暇を何よりも嫌うグラトニアスが、未踏の地へ行くか否かと問われて、後者を選ぶはずもなかった。

 

「ふふ、ありがとう。 泉の底は一体どうなっているのか、ずっと気になってたんだよ」


「底にまでは行けないけど、今度は私もちゃんと連れてってよね」


「あたしもっ!」


 二人のやりとりを見て、泉の調査への助力を得られると判断したフィンは、満面の笑みで礼を言い、それに追従してアナとリリも口を挟んだ。


 身の安全はグラトニアスによって保証されているうえ(グラトニアスの判断が間違っているかも知れないという考えはルルにはなかった)、ここまで言われて断れるほどルルは薄情ではなかったし、ルルとしても誰も行ったことのない、見たこともない光景を見るとなるとわくわくとした気持ちはあった。


 それゆえルルは、はやくも腹を括ることにした。


「善は急げだな! よし、じゃあ明日いくか!」


「善ってなによ」


 アナに笑いながらそう突っ込まれ、頬を掻いたルルに待ったをかけたのは、ことの発起人であるフィンだった。


「えらく急だね? 今日の疲れもあるだろうし、そんなに急がなくてもいいんだよ?」


 あまり無理はよくないだろうと考えたフィンに、ルルが何を言うよりも早くリリが答えた。


「おにーちゃん、あさってから街にいくからねー」


「え、いいな。 私もいきたい」


 目を擦りながら眠たげな間延びした声を出したリリの頭をあやすように撫でながら、アナが反応した。

 ダナ村の人間が『街』と言った際に指すのは〈前線都市〉のことだ。

 〈前線都市〉は国の東部地域の中では最も規模の大きい街であるので、〈前線〉に相応しいものでもそうでないものでも、様々なものが集まってくる。

 それは年頃の女の子が興味を示すような、きらびやかな服なども例外ではなく、アナの目当てはそういったものであった。


 アナの細く長い指で髪の毛を梳くようにして頭を撫でられていたリリは、気持ちよさそうに目を細めながら続けた。


「ヴァー爺と」


「おみやげよろしくね!」


 リリの呟きを聞いてすかさず前言を翻したアナの一言に、ルルは今朝のモーリアンとの会話を思い出し、顔を引き攣らせた。

 ヴァー爺というのはヴァイスのことだ。

 

「え、なに? やっぱそんななの? じっちゃんってば」


 そう言うルルを憐れむように見ながらアナは言った。

 

「私は知らないけどね。 お父さんによると相当とんでもないらしいよ」


「うちの父さんは何も言ってなかったんだけど……」


 ヴァイスは御年五十七歳であり、アナの父やキアヌといった世代は三十後半かそこらだ。

 つまり、アナの父やキアヌ達が今のルル達と同じ年代の頃、彼らを鍛えていたのは丁度ヴァイスの世代だったのだ。

 ゆえに、アナの父は誰よりもヴァイスの鍛え方に詳しい人間の一人と言ってよかった。


「あ、僕にもおみやげよろしくね。 読んだことのないような本が良いな」


「あたしもぉー」


 自らを待ち受けるであろう苦難の未来に思わず肩を落としていたルルに、毛ほどの配慮もしない親友達であった。


『カッカッカッカッ』


 そして、そんな苦難に揉まれているであろう未来のルルを想像したグラトニアスは、思わず愉悦の篭った笑い声をあげるのだった。


「……」


 じろりと己の左腕を睨む少年の目は、今にも呪詛を吐き出しそうなほどに暗かった。








 



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