兄は面白くない
風呂に入ろうかと下着を抱えてドアを開けると、風呂場から音がした。仕方がないので、ドアを閉める直前、脱衣籠の中に奈津の下着が見えた。カワイイといえばカワイイが、清楚とは言えないポップな色遣いだ。真澄がつけているような、繊細なレースの下着とは程遠いが、これはこれで嬉しいかも……って、誰を嬉しがらせるんだ。
深く考えるな。奈津はまだガキだ。
夏にタンクトップ一枚で歩いていた時、思いの外ボリュームのある胸に驚いたのは、内緒である。幼稚園児みたいに二つに結んだ髪と、その身体つきのギャップは、男の目を引くかも知れないと、若干の危惧はあった。そうか、ガキだからこそ見る目もないし、騙され易いとも言えるのだ。
居間で携帯電話を片時も離さずにメールに勤しんでいる奈津に、思わず親父臭い小言を言う。
「携帯、手に張り付いてんじゃねーか?他に何か、自分のタメになるようなことでもしろよ」
「敦彦の方が、よっぽど目に余ったわ。あんたはメールじゃなくて、帰ってこなかった」
母親から余計なちゃちゃを入れられ、面白くないことこの上ない。部活動のあとにゲームセンター、そしてファーストフードかラーメン屋、記憶にあるので反論できない。イマドキのガキって意味では、敦彦も大差ないことをしていたわけである。
「練習しなきゃ。結局、キーボードやることになっちゃってぇ。ヒロ君、出ないのに」
携帯電話の液晶を見たまま、奈津が呟く。
「だから、ちょっと不機嫌なんだよね。奈津だけコンサートに出るから」
「小せえヤツだな、止めとけば?」
「なんでよっ!ヒロ君、優しいんだからね!」
ふんっと鼻で笑う。その年頃の自分と照らし合わせて考えると、それは間違いだ。一番は自分の感情と欲求だったさ、その頃。
また携帯の着信音が鳴り、慌てて液晶を確認する奈津の顔が、一瞬ぱっと輝く。嬉々として返信してから、敦彦に向かって勝ち誇った顔をしてみせる。
「自分は出ないのに、明日練習が終わった頃、スタジオまで迎えに来てくれるってー」
「はいはい、お幸せに」
「あっくんも、真澄さんによろしくー」
真澄は、今頃合コンだ。しかも、あきらかに率先参加だ。最近敦彦の口から出るのは、奈津についてばかりだったから、おかんむりなのである。
だって、今一番の懸案事項はそれなんだから。
『仕事の愚痴なら聞くし、落ち込んで黙り込むのも結構!だけど、会うたびになっちゃんの話ってどうよ?立派なシスコンよ!ヘンタイ!』
「いや、そんなつもりは全然まったく。奈津に欲情したことなんてないし」
『そういう問題じゃないっ!今一緒にいるのが誰なのか、わかってる?』
「えっと……真澄サン」
『じゃあ、あたしが何を求めてるか、知ってる?』
「えっと……ホテル、行く?」
『ばかっ!』
このやりとりは先週のことで、やっと機嫌をとったばかりだ。真澄に奈津の話は、しばらく厳禁。そして嬉々としてメールに勤しむ奈津は、敦彦の顔なんて、当然お構いなしなのであった。