第7話 ご飯の前に精算だ
その日の夕方。迷宮街の裏路地にある、アッシュのアジト。
ロゼの『特別報奨金』受給要件達成を知り、興奮冷めやらぬおっさんたちが、声を潜めながら順番に部屋へと滑り込んできていた。
「ほら、おっさんたち。約束通りの銅貨四枚だ。証券と引き換えだ、静かに並べ」
アッシュがテキパキと手形を回収し、報酬を払い出す。冒険者たちにとって、この美味すぎるビジネスの主催者はあくまで『アッシュ』であり、裏で糸を引く影の薄い文官の存在など、知る由もなかった。
「信じられねぇ、カネが増えたぞ!」
「レンの指揮は本物だな!あの破壊神が本当に何も壊さず帰ってきやがった!」
「レン!次はいつ売り出すんだ!?次は銀貨1枚を丸ごと賭けてもいいぞ!」
興奮に顔を紅潮させ、手に入れた硬貨を愛おしそうに懐へ隠すと、彼らは夜の酒場へと消えていった。アッシュのアジトは、嵐が過ぎ去った後のような静寂に包まれる。
「これでひと仕事終わったな。さぁ、祝勝会の準備だ!」
アッシュは椅子に座ってのんびり待っていたロゼに声をかけた。
「うん、初めて自分で狩ったお肉だから楽しみだよぉ!!」
いつもであればアッシュは狩った魔物を全てギルドに売ってしまう。しかし、今日は特別だ。ロゼが初めて魔物を『形ある状態』で仕留めたことを、彼なりに祝いたかったのだ。アッシュは、ジャイアントブルの肉で一番カネになる良い部位を売らずに持ち帰ってきたのだ。
アッシュが肉を食べやすいサイズに切り分けていると、玄関ドアが勢いよく開いた。
「おつかれさま!ブルの肉を持って帰ってきてくれたってことだったからエールと赤ブドウ酒を買ってきたぞ!」
現れたのは、満面の笑みを浮かべたカブトだった。
「カブト遅いよぉ! お肉食べようよぉー!」
「ごめん、ロゼ。……アッシュ、先に今回の決算報告だ」
アッシュは手を止め、カブトをテーブルへと誘う。並べられた三つの革袋が、今回の『収穫』の重みを物語っていた。
アッシュは、テーブルの上に一つ目の革袋を置く。
「まず、ジャイアントブル討伐報酬が銀貨二枚だ。お前には釈迦に説法かもしらんが、『冒険者生存権保護法』に基づき、お上は債務者の取り分の三十パーセントを強制相殺する。だから、今回ロゼの取り分は、銅貨七枚、俺は銀貨一枚。二人合わせた討伐報酬の合計は銀貨一枚と銅貨七枚だ。
「わあぁぁ! 私の手元にお金があるよぅ!」
本当にこれまで大変だったことが手に取るようにわかるようにロゼが涙ぐむ。
アッシュは続けて二つ目の推進院のロゴが入った立派な革袋の中身をテーブルの上に置く。
「これは、俺たちの『プロジェクト』の利益だ。特別報奨金が銅貨二枚だ。」
さらに、三つ目の革袋を取り出す。
「ジャイアントブルの素材が思いのほか高く売れた。肉の一部は持って帰って来ちまったが、食用肉が銀貨五枚、皮の素材が銀貨二枚と銅貨五枚、角と骨が銀貨二枚のしめて、銀貨九枚と銅貨五枚だ!」
カブトは呆れ顔で笑う。
「冒険者生存権保護法も馬鹿だよな、強制相殺の対象を報酬等と規定すればいいのに。どうぜギルドが素材の買取とかもやってんだから、売却代金からも取れば良いのにさ」
アッシュは笑いながら首を振る。
「そう言うな。そのおかげで俺達冒険者に有利なんだ。俺は立法者に感謝だな。冒険者あがりだったんじゃないのか?」
「うーん、確かにそれはありそうだな。すまん、脱線させた。続きの説明を頼むよ」
「あぁ。次は支出だ。償還金が銅貨四十枚、ポーションなどの消耗品類が銅貨五枚で総支出は銅貨四五枚だ。」
アッシュが指先でテーブルを叩きながら告げると、カブトは意外そうに眉を上げた。
「思っていたより出ていくカネが少なかったな。もっと出ていくと思ってたわ」
「今回は三層だったからな。あそこは魔物の生息エリアとかを把握しているからこれだけあれば必要十分だったさ」
アッシュが自信ありげに胸を張るのを見て、カブトは目を細めた。
「さすがはアッシュ!」
「…茶化すな。あと、今回はロゼがおっさん達から集めた銅貨三十枚を全て焼肉に使っている。ロゼ、この分はお前の取り分から引かせてもらうぞ」
アッシュが厳しく釘を刺すと、カブトは目を丸くして口をあんぐりと開けた。
「え?ロゼ、全部使っちゃったの?」
「うん!お肉美味しかったよぉ!必要経費って、やつだねぇ」
ロゼは全く悪びれず、ニコニコと頬を緩ませる。アッシュは深いため息をつき、頭を抱えた。
「最終損益はこうなる。約束通り、収益は均等に三等分するぞ!」
アッシュは革袋から硬貨を一つずつ取り出し、テーブルの上に並べていく。カチリ、カチリと硬貨が触れ合う音が、小気味よく部屋に響いた。
「総収益から経費を引いて、残りは銀貨十枚と銅貨二枚。これを三人で割ると、一人あたり銀貨三枚と銅貨四枚だ。……だが、ロゼは焼肉代を先払いしている。お前の最終的な取り分は――銅貨四枚だな」
アッシュが最後に硬貨を四枚、ロゼの前にスライドさせると、彼女は信じられないものを見るように目を輝かせた。
「お肉食べたのに、まだ銅貨が四枚もあるのぉ!?」
「ロゼ、本当に良かったな。ほら、ちゃんとアッシュに感謝しろよ?」
カブトに促され、ロゼはアッシュに飛びつくように身を乗り出した。
「うん、アッシュぅ!ありがとねぇ!」
「まぁ、ほとんどロゼのおかげなんだがな 」
アッシュは苦笑いを浮かべている。
「まぁ、これも受け取ってよ」
カブトは銀貨二枚と銅貨四枚をちょうど半分にしてロゼとアッシュの前に両手でスライドさせていく。
「おい、なんのつもりだ?」
アッシュは心底驚き、テーブルの上の硬貨とカブトの顔を交互に見比べた。
ロゼはキョトンとしたままだ。
「いいかい?そもそも今回は試験的に『ロゼ株』というものを使ってみたかっただけなんだ。それに俺が間に入らなければ、俺の話を聞いた時点でロゼとアッシュが組んでクエストへ行くことだってできただろ?」
アッシュとロゼはお互いの顔を見合い、『言われてみれば確かに』という表情を浮かべて頷く。
「だから、今回はコンサル料として銀貨一枚を俺にくれよ」
「お前はそれで本当に良いのか?」
アッシュは改めてカブトの目を見つめる。そこに憐れみや疑念はなく、ただ純粋に山分けでなくていいのかという問いがあった。
「あぁ、十分だ!」
カブトは迷いのない笑顔で即答する。
「お前がいいなら、これはありがたくいただくぜ。ロゼ、お前も受け取れ!」
「カブト、本当にいいのぉ?」
「もちろんさ!これは二人が稼いだ金だよ。俺は『仕組み』を試しただけ。それに、カネに執着して二人の信頼を損なうほど、俺はまだ落ちぶれていないよ。」
カブトは笑顔で自分の分け前をポケットに放り込んだ。
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