エピローグ4 春宮さなの幸せ
「大丈夫ですか!?」
力強い声に目を覚ます。身体が冷たい。
「わた…ここは…。」
背中が痛い。頭も重いような気がする。
あたりを見回すと屋根に穴が空いている。吹雪で吹き飛んだのだろうか。
「あなたの家です。雪の重みで屋根が崩れたんでさぁ。古い家なんだから、ちゃんと整備しないと…。」
そこは間違いなく私の家だったが、さっきまでいた和室ではなくリビングだった。大量の掛け布団と毛布の上に寝かされている。一部だけ温かいと思ったらねこんが私のお腹の上に乗っていた。
「とりあえずあんたがいた和室を塞いで雪が入らんようにした。すぐ救急車が来る。」
救急車…。その言葉に飛び起きる。ねこんが驚いて走り去る。
「やめてください!!私は病院になんか行きません!!」
「ど、どうしたぁ?別に病院は悪いやつなんかおらんぞ。あんたがどれくらい雪ん中におったかわからんしちゃんと診てもらった方がええ。」
「だめなんです!!」
人と会っちゃいけない。今までの二の舞になる。
しかしその時目に入った彼の顔は私の思考を停止させた。顔全体に大きな傷がある。大きすぎる爪痕。
「おっと驚かせてしもうたな。熊にやられた。普段はマスクで隠しとるんじゃが緊急事態でな。あんたを雪ん中から掘り出す時に外れた。病院にも世話になった。ええ人ばかりじゃ、だからあんたも…。」
「だめなんです…。私は…。」
頑なな私に彼も疑問を持ったようだ。
「…理由を聞いてもいいか?」
どうしてだろう?なんだかこの人は他の人と違う。なんだこの違和感は?
「どんな話でも笑わん。ちゃんと聞くから。納得できたら救急車は追い返す。」
「…あなたは誰なんですか?」
「わしは美濃部いう者じゃ。この辺りで配送をしとる。あんたのおかげで仕事ができて助かっと
る、じゃから何でも言うてくれ。」
改めて彼を見る。長身にたくましい筋肉。雪に埋もれた私を助け出して毛布で温めてくれていたらしい。大量の布団はこの家を探し回って集めたのだろう。その口調から高齢かと思っていたがよく見るとまだ若い。30代半ばといったところか。
「私のおかげっていうのは?」
「わしはこの顔の傷で目がよう見えん。見えんことはないがうっすらとじゃ。耳もな、聞こえるは聞こえるがどうも熊にやられる前とは聞こえ方が違う。おかげでろくに仕事ができんでな。明日の飯にも困っとったんじゃが、ここなら狐くらいしかおらんから安心して配達の仕事ができよる言うわけじゃ。あんたは毎日なんかしら頼んでくれるけんやりがいもできた。今日も元気に仕事と思ってきてみたら家が半分崩れておるんじゃ。驚いたわ。」
「目も…耳も…?」
そうか…そういうことか。彼の反応が他の人と違う理由がわかった。
「おう。まぁ仕事には困っとったがこの障害は生活するには大して困らん。生まれつきではないからなんとなく経験でわかるし、人の顔色なんか見てもろくなことにならんしな。まぁ困んのはこの顔では嫁が見つからんことくらいじゃ。」
顔色を伺わなければ危険を伴う私とは遠い状態のようだ。私は不思議な気持ちのまま彼の正面に立った。
「私の姿が見えますか?」
「おう、ぼんやりじゃがな。」
「私は…美人ですか?」
「ん~難しい質問じゃな。」
首をかしげる青年。
「とてつもなく簡単な質問ですよ。」
「そうかい?わしには難しいのぉ。ヒントをくれんか?」
眉をへの字に曲げ人差し指で一つでいいから、のポーズを取る。いちいち動きが大げさで面白い。思わず口角が上がってしまう。
「ヒントですか…。そうですね…。」
私は考えうる最高のヒントを見つける。
「私は救急車を呼ばれると困ります。」
「ますますわからん。」
顔のパーツをすべて中心に寄せ大げさに悩む素振りの青年。その顔を見て久しぶりに口を大きく開けて笑ってしまった。
「アッハハハ!!ごめんなさ…!!」
最後まで言い切れない。
「わしの顔はビビられることはあっても笑われることはないんじゃがの…。」
照れているのか頬を掻く青年。その仕草もなんだかマンガのようだ。
こんな人もいるんだな…。私は見落としていた。いろんな反応をする人がいるということは、その中になんの反応も示さないという反応をする人もいるということだ。
なにが美の力だ。そんな物に振り回されて…先生も私も滑稽だ。
「じゃあ答えをお話しますね。少し長くなりますが、構わないですか?」
私は彼の目をしっかりと見つめる。走り去っていたねこんが今度は彼に飛びつく。
「病院は遠いし、この吹雪じゃあ救急車も2時間はかかる。それまでには終わるかい?」
ねこんをあやしながら彼も私を見つめている。
私は初めて出会った私より数倍強い人に話す。たった一つの私の物語。一人の女がなにかを得てなにかを失いそれでも残ったなにかと共にここまで生きてきたこと、そしてそのなにかを破壊したのがあなただということ。
「はい…。救急車が来るまでの、丁度いい暇つぶしになりますよ。」




