その扉の向こう側には
「そろそろ寝ようかな……ん?」
寝ようと思い照明を消そうとした時、何となく壁に違和感を覚える。目を細めてよくよく観察してみるとやっぱり何だかおかしい。
壁の一部の質感が違うみたいだ。
「これはいったい……?」
壁を触ると何かスイッチみたいな物を押した感覚がした。それと同時に壁の一部がスライドして壁紙が吹っ飛んだ。
「ふんふんふんふん……ふん?」
そこはスライド式の扉になっていたらしく開いた先にいたのはご機嫌な様子で鼻歌を歌うバスタオル一枚姿のフィオナだった。
本来であれば部屋の壁によって隔たれ、プライベートな姿など目にすることが不可能なはずの二人。
しかし何の悪戯か壁には扉が仕込まれていて突然開いて油断しきった互いの姿を目の当たりにしてしまう。
フィオナは浴室から出てきたばかりらしく頬は桜色に染まりプラチナブロンドの長い髪はしっとりと濡れていた。
彼女が身につけているのはバスタオル一枚のみで豊かな双丘による谷間や肉付きの良い太腿がこれでもかと言わんばかりに露わになっている。
そんな極上の光景が突然目の前に出現し戸惑いはしたものの、本能がこの映像を記憶に残そうと一瞬で判断を下し彼女のあられもない姿を凝視してしまう。
「これは……セクシーすぎる!!」
「あ、は、か……カナタ!? ちょ、何やってるんですかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
フィオナの絶叫が轟くと同時に扉は閉まり一瞬だけ繋がった二つの部屋は再び隔絶された。
「…………」
僕は今しがた眼と記憶に焼き付けたフィオナのセクシーな姿を思い返しながらトイレへと向かう事にした。
すると背後で再び扉が開く音が聞こえ、半裸のフィオナがもの凄い剣幕で僕を追ってきた。
「カナタァァァァァ!! この扉は一体何なんですかっ!?」
「うおわっ! フィオナ、そんな姿で男の部屋に入ってきちゃ駄目じゃないか……っていうか走ると色々とこぼれちゃうよ」
「こぼれません! それに自分が今恥ずかしい格好なのは重々承知してます!! それよりもこの扉! どうなってるんです?」
「壁の一部に違和感を感じて調べていたら急に開いたんだ。そしてその先に半裸の君がいたんだよ。眼福ですありがとう、今日は良い夢が見れそうです!」
半裸と言われてフィオナの顔が真っ赤になる。うーん、何だろこの彼女の怒りと羞恥心が混ぜこぜになった複雑そうな表情は……実に良い! 非常にそそる!
自分の中で新しい何かが目覚めた気がする。
「と、とにかくこれはどうやら以前の住人が勝手に改造したもののようですね。二つの部屋の壁にこんな物を作るなんて……これじゃ、プライバシーの侵害です」
「ソウダネェ、コマッタネェ」
「カナタは全然困った顔していないじゃないですか! ――そう言えば、この扉を放っておいて何処にいくつもりだったんです?」
「……生理現象だよ」
「どうしてこんな扉が見つかったタイミングで……あ、もしかして……」
何かを察したフィオナが自信の胸元や太腿を手で隠し始めた。
その恥ずかしそうな仕草が余計に情欲をかき立てるのだが、彼女はそんな事に気が付いていないご様子。
「……とにかくあの扉については明日報告しよう。それにお互い扉を開けないように気をつけていれば大丈夫だよ」
「……また急に開けたりしません?」
完全に疑いの目で見ている。これは全く信用していない人の目だ。
「フィオナ……まずはお互いに信頼する事が大事だと思わないかい?」
「だって……カナタはもの凄くエッチじゃないですか」
「それはまあ認めるけど、さすがに相手が嫌がることをしたりしないよ」
「自分がエッチだって全く否定しないんですね……」
僕は自分には年相応にスケベ心があると自覚している。今さらはぐらかす気は無い。
でも一言いわせて貰えるのなら身近にこんなナイスバディの美女がいたら誰だってこうなるよと言いたい。
「……へくちっ!」
フィオナがやたら可愛いくしゃみをした。両腕で自身を抱きしめて震えている。
「うう、寒い……」
「そんな薄着でいたら風邪引いちゃうよ」
「そうですね。部屋に戻って寝ます。カナタも夜更かししないで寝るんですよ」
「了解」
フィオナは謎の扉から自室に戻り僕は野暮用を済ませるとベッドに横になった。
暗がりの中、見上げる天井は見慣れないもので最初は落ち着かなかったが疲れていたのか割とすぐに僕は眠りについた。
翌日の朝、時間ぴったりにアメリア副長が迎えに来てくれた。
昨日宿舎に送ってくれた時と同じく軍服に身を包み長い髪を綺麗にアップにした出来るキャリアウーマンの姿だ。
こうしてみると昨夜に居酒屋で遭遇した人と同一人物とはとても思えない。それにあの時は完全に酔い潰れていたのに二日酔いになっていない様子だ。
あれはもしかしたら夢だったのではないかと思ってしまう。
「アメリア副長、二日酔いにはなっていないみたいですね」
フィオナが耳打ちしてきた。一瞬で自分の夢では無かったことが照明された。あれは現実だ。
「カナタ軍曹、フィオナ軍曹、わたしがどうかしましたか?」
「い、いえ、何でもありません。アメリア副長はいつもピシッとしていて格好良いなあと話していたんです」
「軍人として常日頃から自らを戒めるのは当然です。この街は我々と同じ軍属の者が住んでいるのですからね。恥ずかしい姿を彼らの前に晒すことなど出来ませんよ」
……嘘だ! ポーカーフェイスで普通に嘘ついたぞこの人!! 昨晩居酒屋で散々飲んだくれて大声で喚いて店や周りの人に迷惑かけていたのに……。
おまけに店で寝ちゃって誰が部屋まで運んだと思っているんだ。この人……仕事はきっちりこなすけどプライベートはガッタガタのタイプだ。間違いない!
「副長さん、昨晩のこと全然覚えていないみたいですね」
「あれだけ酔っていたからね、記憶は残ってないみたいだ。副長の性格を考えるにその方が本人にとって幸せなのかもね」
プライベートで醜態晒しまくりな事を本人が知ったらどういう反応をするのか怖いところではあるが、アメリア副長がロイ艦長に好意を持っている事は艦内では周知の事実なのでクールに見えても人間味のある人物として皆から認められているのかもしれない。
「では今日から各々自分の配属先にて研修を受けて頂きます。機動戦艦<アマギ>のクルーとして期待しています。――では行きましょう」
工場区に移動するとポンペは操舵手の研修のためアメリア副長と一緒にブリッジに向かった。
その他のメンバーはパイロット及び整備士なので『オノゴロ』のAF工場に向かった。現在そこでは<タケミカヅチ>と<カグツチ>のオーバーホールが行われている。
自分たちの機体の状況を確認するのはパイロットとして大事な仕事だ。
整備班に配属されるアンナとジタンはこれまで二機の整備を行っていた経験を買われてアンナは<カグツチ>、ジタンは<タケミカヅチ>のチームに分かれる事になっている。
そこでフィオナが僕たちと一緒にいることに疑問を抱く。
「そう言えばフィオナは何処の所属なの?」
「ごめんなさい、伝えるのを忘れてました。私はパイロットとしてアマツ部隊に復帰するんです」
「そうだったの!? ……でも、言われてみればそうか。フィオナはパイロットだったんだっけ。すっかり忘れてた」
「ですので同じパイロットとしてよろしくお願いしますね、カナタ、バルトさん」
「うん、よろしく」
「ああ、頼りにしてるぜ」




