戦士たちの正義
ギガフォートレス<ケートス>の甲板付近のハッチを壊して内部に侵入すると広大な空間が広がっていた。
幾つものハンガーが設置されていることから、ここがAFの格納庫だったことが分かる。全ての機体が出撃したらしく、この場には一機たりともAFは残ってはおらずがらんとしている。
それに加えてここには本来いるはずの存在がいなかった。
――人間が一人もいない。
「AFの格納庫だったらメカニックマンがいるはずなのに……」
『こうも静かだと何だか不気味だな。街の整備工場とかなら逆にうるさくて仕方がねえのによ……今はそれが懐かしく思えるぜ』
こんな状況に慣れていない僕とバルトはまるで幽霊屋敷にでも連れて来られたかのように不安感がつきまとう。
それとは対照的にアマツ部隊の三名は慣れているのか冷静だ。
『これが『ノア3』が……いや、<クロノス>が支配した時に待っている世界の在り方だ。人類は肉体を失いデータ化され、奴の管理の下で仮想世界の中で生き続ける。そうすることで現実世界では自然環境が保全されるという仕組みだ』
「……かつて人類が母星の『地球』を汚染したから<クロノス>は人類抹殺を試みたんですよね。それで『地球』から人類は脱出して新天地を目指した。それなのにどうして<クロノス>はわざわざ宇宙に出てまで人類を追いかけてきたんでしょうか?」
生命と呼べるものが一つも存在しない広い空間を進みながらデューイさんは答えてくれた。
『<クロノス>は人類の生活全てを支えるAIだったのは知ってるな? だからこそ、人類がいなくなった『地球』において奴が考えた事が推測できる。奉仕するべき対象がいなくなり自らの存在理由を失った<クロノス>は、それを取り戻すため宇宙に出た人類を追ってきた。そして以前のように自らの支配下に置くことにしたんだろう。今度は環境汚染をさせないように仮想空間に閉じ込めるというオマケ付きでな』
「それって戦争をして環境を破壊している現状とは真逆のことじゃないですか。『ノア3』を乗っ取った<クロノス>のやっていることは矛盾してますよ」
『そうとも言えないわ。カナタ、AFがどんな経緯で開発されたのか知ってる?』
突然セルティさんが質問をしてきた。今では当たり前の存在になっているAFがどうやって生まれたのか、そう言われると知らなかった事に気が付く。
「人類が<クロノス>と戦う為に造ったんじゃないんですか?」
『違うわ。AFはね……娯楽のために生み出されたのよ。――それじゃ、一暴れするわよ!』
「娯楽のため……?」
セルティさんの指示で一斉に破壊活動を始める。僕はライキリでひたすらに内壁を斬っていき、皆は射撃兵器を乱れ打ちする。
<ケートス>の内部で大暴れしながら動力部を目指す。そこを叩けばどんなに巨大であろうと機動兵器は機能を停止する。
破壊活動に勤しみながら<クロノス>に関する話を続けていく。
『<クロノス>は最初、ゲームの対戦用AIだったらしいわ。そこから学習していって人類の生活基盤を支える存在にまで成長した。そして生活に必要なことは全て<クロノス>がやってくれるようになったから人類はまあ、暇になったのよね。その暇つぶしの娯楽の一つとして考案されたのが無人のロボット同士によるバトルだった。それがAFの始まりだったそうよ』
「……知らなかったです」
僕はAFが好きでそれに関する知識には自信があった。でもその存在が当たり前すぎてどういう状況下で生まれたのか知らなかったし知ろうともしなかった。
そんな大事なことに今さらながら気づかされる。
『AF同士のバトルは人気が高まっていき内容は過激化、機体の性能は向上していくもののそれが原因で自然環境の破壊と汚染が爆発的に広まっていった。これが原因で<クロノス>は人類殲滅に動き出したわけよ』
「何だかそれって今の状況と似てますね」
『その通りよ。軍が立てた仮説では<クロノス>はかつてのこの流れを繰り返して人類に奉仕しているんじゃないかって言われてるわ。人類の本質は『闘争』、その欲求を満たしつつ自分の管轄下に置く。――それが<クロノス>が考える人類の補完だそうよ』
理屈で考えれば<クロノス>の思考は理にかなっていると言えなくもない。そもそもは身勝手な考えで生活する惑星を壊した人類の自業自得なのかもしれない。
だからと言って、宇宙まで追いかけてくる呪縛みたいなAIに全てを委ねるつもりもない。
「僕は絶対に嫌ですよ、そんな結末……仮想世界がどんなに素晴らしくて永遠に生きられる場所だったとしても、それは<クロノス>が見せる幻想じゃないですか。――だったら僕はどんなに過酷でも真実の世界で生きて……そして死にたいです」
『へぇ、奇遇じゃない。あたしも同じ考えよ。これ以上自分の生き方に干渉されるような世界はまっぴらだわ。少なくとも今の自分の生き死には自分で決める!』
馬鹿でかい<ケートス>の内部を破壊しながら中心部へと突き進んでいくと遂に目的の場所に到達した。
――動力部。AFとは比べものにならないほど巨大なエンジンが目の前に広がっている。
「凄い大きい……これが<ケートス>のエンジンなのか」
『正確には<ケートス>に三基あるエンジンの一基ね。こいつを破壊すればエネルギーの伝達ラインにそって各セクションが誘爆するわ。足の遅い機体……<カグツチ>と<スサノオ>は先に侵入経路から脱出開始。残り三機でこのエンジンを破壊したら全力で逃げるわよ』
バルトとデューイさんは一足先に出口に向かって行った。僕とルーンそれにセルティさんの三人でエンジンに攻撃すると派手に爆発を始める。
『隊長、そろそろ潮時じゃないですかぁ?』
『……そうね、これだけぶっ壊せば十分でしょ。そんじゃ、出口に向かってずらかるわよ!』
「了解!」
機動性に優れた<タケミカヅチ>、<ツクヨミ>、<アマテラス>の三機はスラスターを全開にして来た道を引き返す。
道中、動力部の爆発と思しき余波が艦内に広がっていき、それに連動するように各所で誘爆が発生する。
『思ったよりも誘爆のスピードが速いわね。ちょーっと計算ミスしちゃったかもね。あはははははははは!』
「この状況でよく笑っていられるな!!」
『こんな事で一々キレてたら脳内の血管が数日で駄目になりますよ。寛容な心を持つ事が大事です』
他人を挑発するのを趣味としているルーンがまともな事を言っている。ただし彼女の目は死んだ魚のように生気を失っている。
これまでにどれだけの被害を受けたのだろうか? 訊いてみたい気持ちがあるが絶対に後で訊かなきゃ良かったと後悔する気がする。
――うん、訊くのは止めておこう。
危機的状態だというのに危機感を欠いたまま出口に到着した。甲板では先行していた<カグツチ>と<スサノオ>が待っていた。
上空には戦闘中退避していた<ヤタガラス>とバンバン攻撃をしていた機動戦艦<アマギ>の姿がある。
『全員飛ぶわよ!!』
全機が一斉に甲板から飛び上がる。
僕とバルトは<ヤタガラス>の後部ハッチから格納庫に入り、アマツ部隊の三名は<アマギ>に飛んでいった。
戦闘の緊張から解放され安堵の息を吐く。するとモニターにフィオナの姿が映った。彼女の後ろには爺ちゃんもいる。
『カナタ、お疲れ様でした。怪我とかしていないですか?』
「フィオナ……うん、大丈夫だよ。僕もバルトもアマツ部隊の皆も怪我はしてないよ。……でも……」
『でも……?』
「この街の人たちを助けられなかったよ。ただの一人も……。こんなに強力なAFに乗っているのに情けない」
『あの、そのことなんですけど……街の住人は無事でした』
その言葉に耳を疑った。AFがあんなに暴れ回る状況でそんな事があり得るのだろうか?
「それは本当なの?」
『本当です。<ヤタガラス>が『オキノミ』から十キロメートルほど離れた場所に大勢の人が避難しているのを捉えたんです。通信を試みたところ彼らが『オキノミ』の住人だと判明しました。彼らの話によるとAFの総攻撃が始まる前に女性口調の男性の声で避難するように指示があったらしいです』
「……フォルネスか。どうしてそんな事をしたんだろう?」
『フォルネス・スズキは大罪戦役時に面識がありますが、彼……彼女……? あの人は好戦的ではあっても戦いに一般人が巻き込まれるのをよしとしない方でした。だから今回も戦いに無関係な人たちを先に逃がして私たちを迎え撃ったんだと思います』
フィオナからフォルネスの話を聞いて驚いた。これまでに戦った敵のパイロット――ジェノバやダイブは卑劣な連中だった。
そのイメージが強くて『ノア3』の人間は凶悪な人物ばかりだと思い込んでいた。
しかし思い返せばフォルネスは強烈なキャラクターをしていたけれど確かに卑怯ではなかった。
むしろ清々しいまでに真っ直ぐ向かってきていた。思い出すと鳥肌が立つが……。
「……『ノア3』のパイロット達も僕たちと同じ人類なんだよね。<クロノス>に支配されていたとしても、全員がジェノバみたいな人間じゃないって事か……だとしたら逆にやりづらいなぁ」
『そうですね。もしも敵が純粋な悪と言える存在であったなら私たちは正義という大義名分の下で戦うことが出来たのでしょう。けれど実際はそうじゃありません。互いの正義をぶつけ合うのが戦争なんです。戦場には絶対的な正義もなければ悪もないんです』
「絶対的な正義もなければ悪もない……か。確かにそうかもしれないね」
人間同士による互いの正義をぶつけ合うことが戦争なのだと改めて実感する。
それは戦いに身を投じたばかりの僕よりも先の戦争を経験していたフィオナの方がより分かっていた事なのだろう。
そのようなことを考えながら、僕は真下で爆発を繰り返し海に沈んでいく巨大なギガフォートレスを眺めていた。
――第一章 白いアサルトフレーム 完――




