クラーケン・スズキ
<スサノオ>の鬼神の如き戦いぶりによって<アーヴァンク>は全滅し残すところは<ディープワン>一機のみとなった。
ダイブの中では恐怖と怒りが同時に湧き上がり、その肉体である<ディープワン>の全身が震えていた。
『どいつもこいつもたった一機にやられるとは情けない! お陰で奴をゆっくり嬲り殺す計画が台無しだ!!』
『……酷い言い様だな。感情の無いAIとは言え、お前のような愚劣な上司の命令で戦わされ全滅した<アーヴァンク>には同情する。最初からお前も戦いに加わっていれば私も苦戦は免れなかっただろうからな』
『貴様如き私一人でどうとでもなる!』
デューイがダイブを軽蔑していると<ディープワン>の脚部とバックパックのミサイルポッドから多数のミサイルが発射される。
しかしそれらはハープーンとレールガンによって撃墜され海中に大量の気泡を出すのみだけだった。
デューイが警戒して距離を取ろうとすると泡に紛れて広範囲に展開された網が飛んできて一瞬で<スサノオ>を包み込んでしまう。
『これは……! 機体が動かないだと!?』
網から抜け出そうともがくもののビクともせず<スサノオ>は身動きが取れない状態に陥る。
その様子を<ディープワン>が黄色い四つのメインカメラを光らせながら見下ろしていた。
『ひひひひひ! バカが! 油断をするからそうなるんだよ。それは特殊繊維で編み込まれたワイヤーネットだ。AFのパワーでも引き千切るのは難しいんだよ。そうだ、お代わりを上げましょうか』
<ディープワン>の前腕部から特殊繊維の網が連続で発射され、<スサノオ>の全身をさらに覆っていく。
その姿を見てダイブは品の無い笑い声を上げるのであった。
『あひゃひゃひゃ!! 無様だなー! 私を愚弄するからそんな目に遭うんですよ。――さて、ここからどう料理してあげましょうかね。ミサイルでじわじわ装甲を吹き飛ばしていくか。それとも……』
<ディープワン>の肩に取り付けてあった爪パーツが前腕部に装着された。その先端を<スサノオ>のコックピットに向けてダイブのテンションは上がっていく。
『この爪でコックピットを一突きにしましょうか? 命乞いをすれば一瞬で終わらせて差し上げますよ? ――さあ見せてくださいよ。いつもクールだったあなたが無様に許しを請う姿をねぇぇぇぇぇ!!』
『本当に矮小な人間だなお前は。そうやって有利な状況に立つとまるで自分が神にでもなったかのように命を弄ぶ。――心から軽蔑するよ』
<スサノオ>の身体をがんじがらめにしていたワイヤーネットに大きく切り込みが入れられ、そこから更に細かく切り刻まれていく。
<スサノオ>は自由に動けるようになり、背部に装着したハイドロジェットユニットの砲口から圧縮された水が剣の如く噴射されていた。
それを一目見たダイブはワイヤーネットが無力化された理由を理解した。
『ウォーターカッターだと!?』
『その通りだ。ハイドロジェットユニットにはこういう使い方もある。――次はお前の番だ、覚悟するんだな』
デューイは止めを刺すべく<ディープワン>に照準を定める。ハープーンとレールガンの一斉射を放とうとした瞬間、ミサイル接近の警告音がコックピットに鳴り響いた。
『これはっ!?』
ミサイルの数は十数発にも及び<スサノオ>は<ディープワン>から距離取りつつそれら全てを回避する。
すると下方から巨大な何かが急浮上してくるのが見えた。周囲方向を探知するソナーでも通常のAFの数倍巨大な反応を捉えていた。
『こいつは……!』
デューイの目の前に浮上してきたのは<スサノオ>の数倍はあるAFだった。
上半身は重装甲の人型で頭部では丸形のデュアルアイが黄色く発光している。異形なのは下半身部分で脚部が何本もの触手のような形状になっている。
バックパックは大型の三角形状のユニットが装備されており、それはまるでイカのエンペラのようであった。
突如出現した怪物をデータ検索するとその正体が判明する。
『型式番号MT―022<クラーケン>。本体の全高四十二メートル、脚部約三十メートル……全部で七十メートル超えのAFか――化け物め』
『あ~ら、いきなり人を化け物呼ばわりするなんて酷くない? こんなプリティーウーマンを前にして失礼なクールガイね』
通信で聞こえてきたのは女性の話し方をする妙に甲高い声の男性のものだった。その発信元を確認すると<クラーケン>から送られている。
『ふん……陰湿な<ディープワン>の次は変態の<クラーケン>か。『ノア3』の連中は随分とバラエティ豊かなパイロットを揃えているようだな』
『こいつ……!!』
『怒っちゃダメよ、ダイブちゃん。そこのクールガイはワタシ達を挑発して隙を狙ってるの。戦いは冷静さを欠いた方が負けるわよん。――裏を返せばそれだけ向こうには余裕が無いってこと』
デューイは<クラーケン>パイロットの看破に心の中で舌打ちをする。おどけた雰囲気を持ちつつも冷静な相手の出現にやりにくさを感じていた。
それに<クラーケン>の圧倒的な存在感とこれまでに見せた火力から苦戦は必至だと考えていた。
『今しがた見せたミサイルによる飽和攻撃……我々が降下してきた時に対空ミサイルを撃ってきたのはお前か』
『イエ~ス! ちょっとした挨拶代わりよ。新しいアマツ部隊の実力を知るために対応力を見せてもらったのだけど……まあまあってとこかしらねぇ』
『……大罪戦役を経験したパイロットということか』
『その通りよ。ワタシは【フォルネス・スズキ】――戦場の酸いも甘いも知り尽くした経験豊富なオカマよ。よろしくね、デューイちゃん。ん~っま!』
<クラーケン>は長い触手脚を自機のフェイス部分に寄せると投げキッスの動きを取った。
デューイは全身に鳥肌が立つほどの寒気を感じながらもポーカーフェイスを維持して何事も無かったかのうように振る舞う。
『私の名前を知っているのか』
『あらまあ、淡泊な反応でつまらないわねぇ。――かつてワタシ達を苦戦させたアマツ部隊。そのチームが再編されて最近では戦場で暴れ始めている。そのメンバーに関して情報を集めるのは当然でしょ? もっともかつてのように機体が全て揃っているわけじゃなさそうだけどね~』
『ちっ!』
痛いところを突かれデューイは思わず舌打ちをする。その感情的な反応を見てフォルネスはご機嫌になる。
『ふふふ、苛ついてるみたいね。そういう感情的な部分を見せてくれると嬉しいわぁ。どうせならあなたが泣いたり喚いたりする姿も見てみたいわね。っていうかワタシがデューイちゃんの新しい反応を引き出してあげちゃう!』
テンションが高まっていくフォルネスに呼応して<クラーケン>は触手状の十本脚をウネウネと動かし襲いかかってきた。




