剣鬼の兆し
バルトがいくら操縦桿を動かそうとしてもビクともせず、<スサノオ>は<カグツチ>をその場に釘付けにしていた。
『抵抗しても無駄だ。このまま大人しくしていろ。――そろそろ<タケミカヅチ>が来るか?』
『<タケミカヅチ>だと……テメーの目的はカナタか!?』
デューイが口にしたカナタの名前を聞いてバルトは目を見開く。
この男とカナタをこのまま戦わせるのは非常に危険だと実際に戦ったバルトは痛感していた。
『お前の実力は大体理解出来た。荒削りだが悪くはない。<カグツチ>が本来の性能を発揮出来るようになれば化けるかもしれないな。――ともなれば次は<タケミカヅチ>だ。リアクターが不調故に出力に制限が掛けられているようだが、その状態でどこまでやれるのか興味があるな』
『っざけんなよ! このままテメーをカナタとやらせるかよ!!』
『言うのは容易いがここまで接近を許した上に身動きが取れないこの状況で何が出来る? お前はそこで大人しく見ていろ』
モニター越しに冷たい視線で見下ろすデューイにバルトの怒りが最高潮に達し、<カグツチ>の切り札を使う覚悟を決めさせる。
『油断大敵って言葉を知ってるか色男? その余裕綽々の顔を恐怖でグシャグシャにしてやるぜ!!』
言うと同時に<カグツチ>の額部の装甲がパージされ、その奥から砲門が姿を現す。すかさずエネルギーのチャージが開始され砲門に光が集まっていく。
『これは……!? ちぃっ!!』
デューイはこの場から離れようとするが<スサノオ>が動かない。
何事かと確認するといつの間にか左腕のレオパルドを外した<カグツチ>が両手で<スサノオ>の盾を掴んで逃がさないようにしていた。
『だから言っただろ。――その顔を恐怖で歪ませてやるってなぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『――貴様ッ!!』
<カグツチ>のコックピットではOSが額の砲門へのエネルギーチャージが臨界に達した事を知らせ、バルトは躊躇なく引き金を引いた。
『このゼロ距離ならさすがのテメーもどうしようもないだろ! これでも食らって蒸発しやがれぇぇぇぇぇぇぇ!!』
<カグツチ>の額から膨大な出力のビーム砲が発射され、自らを押さえつけていた<スサノオ>の盾――ディフェンサーシールドに超至近距離で直撃した。
ディフェンサーシールドの表面には高密度のDフィールドがピンポイントで展開されており絶対的な防御力を誇っている。
盾のDフィールドに直撃した<カグツチ>のビーム砲は拡散され、一部は逆流し自らの身体に降り注ぐ。
徐々に赤い装甲表面は焦げ一部は溶け始め、コックピット内では機体にダメージが蓄積している表示と共にアラートが鳴り響く。
けたたましい警報音の中、そんな事は知ったことかとバルトは攻撃の手を緩めない。
次に戦うであろうカナタの負担を少しでも軽くしようという決意が彼を駆り立てていた。
自らの犠牲をもいとわない決死の覚悟を前にしてデューイは何故か顔をほころばせるのであった。
<カグツチ>の額部からの砲撃は時間にして数秒の出来事だった。
その数秒間、最大出力でビーム砲を発射した<カグツチ>の額は溶け落ち砲門は潰れてしまった。
『額の砲門は完全にイカれちまったな。――奴はどうなった?』
拡散されたビームの乱反射が終わりバルトが敵機を見ると、そこには無傷で佇む青いAFの姿があった。
せめて一矢報いたいと思っていたバルトであったが、この非常な結果に自虐的な笑いが起こる。
『へっ、心の中でこうなるんじゃないかと思っちゃいたが……実際そうなるとさすがにへこむぜ……』
『――そう落ち込む必要はない。お前は私の予想を大きく上回る働きをした。まさか機能不全のその状態で『ホムスビ』が使用出来たとはな。しかもそれをこんなゼロ距離で自滅覚悟で使用するとは……驚かされたよ』
デューイの言葉に嘘偽りはなかった。
仮に自分がバルトの立場だったとして同じように戦うことが出来たのか……何よりも仲間の為にここまで粘り強く敵に食らいつく事ができたのかと考えさせられてしまう。
その時<スサノオ>のコックピット内に敵接近を知らせる警報が響く。
我に返ったデューイがレーダーとモニターとで相手の姿を捕捉しようとすると、既にその機体はすぐ近くまでやってきていた。
美しいと思えるほどの純白の装甲、その一方で凶暴さを感じさせる深紅の双眸。
その両手に持ったビームソード発生器から放たれる雷の如き黄色いビーム刃が凄まじい殺気を乗せて迫り来る。
『ちいっ! いつの間に!?』
デューイは驚きで顔を歪ませながらその場から飛び退き斬撃を躱すと、再び迫り来る白いAFにマシンガンの銃口を向ける。
接近する白い機体の姿がモニターに大きく映りデューイの全身に鳥肌が立つ。
照準が赤色に変わり敵機をロックオンした事を告げると同時に引き金を引こうとする。
しかしマシンガンからD粒子の弾丸は発射されなかった。
デューイが引き金を引く直前に白い機体のビームソードがマシンガンの銃身を斬り落としていたのだ。
そんな不測の事態にも関わらずデューイは焦ることなく、もう一方の手に装備しているマシンガンを敵機に向けて発砲し始める。
しかし白いAFは左手に持ったビームソードを風車のように高速回転させると、発生させたD粒子の力場で無数に発射されるマシンガンの弾丸を弾いていった。
『何だと!?』
本来は接近戦で攻撃に使用されるはずのビームソード。それをこんな風に防御兵装として運用されたことにデューイは驚いてしまう。
さらに白いAFは攻撃されているにも関わらずスラスターを噴射して接近し、防御に使用しているのとは逆の手に持ったビームソードでマシンガンの銃身を切断した。
使えなくなった二丁のマシンガンを敵機に投げつけ斬り捨てられる隙に<スサノオ>は両前腕に装備させているビームソードを稼動させる。
次の瞬間には白と青のAFは互いに装備した二本のビームソードをぶつけ合った。鍔迫り合いの中でビーム刃越しに二機は赤と黄色のデュアルアイで睨み合う。
数秒間の睨み合いの後に同時に切り払うと白いAFは<カグツチ>の前に降り立ち壁のように立ち塞がる。
<スサノオ>のコックピットからその様子を見ていたデューイは会敵から三十秒足らずで濃厚な命のやり取りをしたことに驚嘆する。
そして何よりも自分が喜んでいる事に気が付き口角が上がった。
『強敵と出会えたことに喜びを感じているという事か。――我ながらまだまだ地に足がついていないな。……だが!』
デューイは両腕のビームソードを交差させて接近戦に備える。そこには僅かな油断すら存在しない。
何故なら今目の前にいる白いAFは、かの大罪戦役においてアマツシリーズ最強と謳われた<タケミカヅチ>であったからである。




