蒼い月の下で
「あーーー、このポトフ美味しい! 身体に染みるぅ」
ソーセージ、じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、ブロッコリーといった具材がごろごろ入ったコンソメベースのスープは食べ応えがあって優しい味がした。
フィオナが作ってくれたご飯は美味しいだけでなく心も温まる気がする。
『アハジ』から行動を一緒にしているバルト達もフィオナお手製の食事にすっかり魅了されていた。
「ちょっと待つし。あーしが焼いたパンも美味しいから皆食べるし!」
皆がフィオナの料理を絶賛する中、不服とばかりにアンナがパンの出来映えを見てくれと主張する。
噛んでみると表面はパリッと小気味よい歯触りで中はモチモチしていて美味しかった。市販のパンのはずだが自分が焼いた物とは食感がまるで違う。
「料理は火加減だっていうのをフィオナから教えてもらったし」
「ふふん」と得意げにしているアンナ。以前バルト達と一緒に仕事をした時、彼女は整備担当ということで料理は僕とポンペとジタンで行った。
バルトは味覚音痴なので除外、爺ちゃんはAFの整備を担当していたので料理番からは外れてもらった。
その結果は散々たるもので何とか食べられるレベルのものが完成した。普段インスタント食品ばかり食べている者たちが安易に料理に手を出した結末がそれだった。
そんな黒歴史はフィオナのお陰で繰り返される事無く、美味な食卓によって皆幸福の毎日を過ごしている。
女性同士ということもあってかアンナはフィオナと仲良くなり、少しずつ料理を覚え始めた。
僕も時間が空いている時に料理を教えてもらっているがアンナの方が上達が早い。フィオナによるとアンナは筋が良いらしい。
「――ところで前々から気になっていたんだけど、フィオナの服ってカナタの趣味でそんなエロいのが多いの?」
食事が終わろうとしていた時にアンナが突然フィオナに訊いた。
フィオナは「何のこと?」みたいな感じで首を傾げていたが、僕を含む男連中は口の中に入れていたスープを一斉に吹き出してしまった。
それもそのはず、フィオナはハイレグ水着型スーツを卒業したものの『アハジ』で購入した服の多くは大胆なデザインのものが多い。
特に胸の辺りが強調された物が多く、本人のスタイルが良いせいか非常にエロティックな雰囲気を漂わせている。
それに関しては全員が感じていた事だったのだが、本人の価値観を尊重しようという暗黙のルールが皆の中で出来ていた。
決して眼福だったから黙っていたわけではない……と言いたいところなのだが実際にはかなり目の保養になったので最近視力が上がったような気がする。
この件に関して二週間も経過したこのタイミングで何故かアンナが突っ込んできた。しかもどういう訳か僕の趣味が反映されているという濡れ衣のおまけ付きだ。
ドギマギしながらフィオナの返答を待っていると彼女はニコッと笑って答える。
「『アハジ』で購入した服は自分の好みで選んだものですよ」
「……そっかぁ。あーしはてっきりカナタが無理言ってエロい服を選んだんじゃないかって思ってたんだよ。だってほら、こいつムッツリスケベだし」
「ちょ、いきなり何を言い出すんだよ。僕はムッツリスケベじゃないよ! 僕は――」
アンナの思い込みを訂正しようとすると僕より先にフィオナが反応した。
「そうですよ、アンナちゃん。カナタはムッツリじゃありません。普通にエッチなだけですよ」
「……あの、フィオナさん?」
話がどうも変な方向に行き始めた。嫌な予感がしたのでフィオナを落ち着かせようとすると彼女は意気揚々と話し続ける。
「お部屋に隠しもせず堂々と置いてあった動画データから考えるにカナタは巨乳のお姉さんが好みなだけです。それを参考にして服を選んだというのも多少はありますけど全部がそうじゃありませんよ」
「それじゃ、やっぱカナタの趣味が反映されてるってことじゃん!」
アンナの冷たい視線が真っ直ぐ僕に向けられる。一方のフィオナは相変わらず微笑みを絶やさない。
フィオナが買った服には僕の趣味嗜好が反映されているという話を初めて聞いて恥ずかしくなる。
通りで自分の好みどストライクだったはずだ。
いたたまれなくなった他の男たちは口々に「用事があった」と言って食器を片付け始めた。その時爺ちゃんがふと夜空を見上げる。
「どうしたの爺ちゃん?」
「――ん? ああ、いや、今夜は『ブルームーン』が綺麗じゃと思ってのう」
そう言われて空を見上げると『ネェルアース』の衛星である『ブルームーン』が満月だった。
淡い青色の光が夜空を照らし幻想的な雰囲気を放っている。
「本当に綺麗ですねぇ」
フィオナがうっとりした表情で天空に青く輝く満月に見入っている。彼女の横顔に見蕩れながら僕は彼女について何も知らない事実を改めて考えていた。
彼女は<タケミカヅチ>のコックピットでコールドスリープの状態で百年近くも眠っていた。
だから彼女が<タケミカヅチ>のパイロットだと思い込んでいた。
けれど『アハジ』で戦ったジェノバは<タケミカヅチ>のパイロットは男性だと言っていた。そして僕の事を知ったあの男は何故か狂喜乱舞していた。
様々な事が次々と起こり、彼女に話を訊くことも出来ないままあっという間に二週間が過ぎ疑問は解決していない。
下手に事情を訊いたらフィオナとの今の関係が壊れそうで……彼女が何処か遠くへ行ってしまう気がして、それが怖くてどうしても訊くことが出来なかった。
――ん? あれ? ちょっと待てよ。これって、この感情ってつまり僕はフィオナのことが好きってこと……?
改めてフィオナの方を見ると僕の視線に気が付いた彼女と目が合ってしまう。
「どうしました? 私の顔に何か付いてます?」
「え……あ、いや、何でもないよ! 『ブルームーン』が綺麗だなって思って……!」
「そうですねぇ。すごく綺麗で素敵です」
夜空の中で輝き続ける満月に話を逸らして誤魔化してしまう。
こんな事ってあるのか? フィオナの事をよく知らないのに好きになるとか……。
確かに彼女は綺麗だしスタイルも良いし家事や炊事もお手の物だ。うーん、こんな感情を抱くのは初めてなので難しい。
でも今はフィオナと一緒に見上げるこの『ブルームーン』の輝きを記憶に焼き付けることにしよう。




