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フレイリーフの花言葉  作者: 明星ユウ
第五章 優しい緑の花の詩
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空満たす太陽の君




鮮やかな陽光が、人々や花々に注がれる、眩い朝。

王城近くに建つ真新しい館でも、年若い夫婦が朝食の席にて、窓から射し込む金の光に瞳を細めていた。


満つる気高さ(フィルハイド)繋がる花(フィーリス)に続き、新たに生まれた公爵家――満つる幸福(フィンマリア)の家名と地位を授かったフレイとティリアは、他の公爵家と同じく、王城近くに造られた館にて暮らす新たな日々を、始めたばかり。


「昨日の夜もこうして食事をしたのに、まだこの景色に慣れないわ」

「ゆっくりでいいのですよ、ティリア」


食事の美味しさは変わらないというのに、落ち着かない様子でようやっとカップを傾けるティリアへと、フレイは優しく微笑む。

次いで、空になったティリアのカップへと飲み物を注ぎながら、エフェナが言葉を紡いだ。


「今日の予定は、この後王城の書室へと赴くことと、昼食後にフレリアス・ゼルロース侯爵と陛下方との会談。この二つとなっております」

「フレリアスおじ様のお話って、何かしら?」

「それが、僕も伺っていないのですよ」


告げられた予定に対するティリアの疑問に、フレイが眉を下げて答える。

事実、フレイも、フレイの後方に控えるマイアにも、フレリアスは会談の内容を伝えてはいなかった。

常のフレリアスならば、議題の一部や話題の概要など、何かしらを伝えてくれていたことから、今回のような情報がない状態に対し、フレイもわずかに違和感を抱く。しかしそれも、心優しい叔父の事、何か理由があるのだろうと思いなおし、フレイはティリアに微笑んだ。


「ひとまず、王城へ行きましょう。叔父様からの話しは、すぐに聞くことが出来るのですから」

「そうね! 行きましょう!」


紡がれたフレイの言葉に、ティリアもまた、笑顔と肯定を返す。

素早くなされた支度の後、フィンマリア公爵夫妻は普段の様に、王城へと赴いた。

――そこで、思わぬ人物と出逢うことになるとは、知らぬままに。







磨かれた廊下を、まるで美しき絵画から出でたように、愛し気に寄り添って歩むフレイとティリア。

昼食を終え、これよりフレリアスとの会談の場へ、と足を進めるそのただ中で――それは起こった。


「おお、ティリア!」


前方の角から現れた相手が、そう感嘆に似た声を上げる。

驚き、揃ってパッと前を見やったフレイとティリアは、寸分違わず同じ様に瞠目することとなった。

眼前の廊下、その中央に腰に手を当てた姿で堂々と立つのは、まだ若い青年だ。後方に付き従う従者と比べると、成人して数年であろうその青年は、ひどく輝かしく見える。

――否、実際に青年は、見目麗しいと表現するに相応しい容姿の持ち主であった。


目を惹く色彩は、金と青。流れる陽光の様な長髪は、首の後ろでひとまとめにされて背を流れ、蒼天を思わす深い青瞳は、愉快げに、はたまた懐かしげに細められ、二人を見つめている。

爽やかでありながら甘さも魅せる美貌の上に、しかし浮かぶのはどこか不敵な笑み。豪奢な青の衣服の胸元に、フィンフィール王国の紋章を見つけ、思わずフレイが言葉を零した。


「もしや、王子殿下?」

「お、お異母兄(にい)さま!?」

「おお、その通り! 久しいな!」


フレイの言葉に続いたティリアの呼びかけに、青年は鷹揚にうなずき、そう答えた。

青年の名は、ルクス・レイ・フィンフィール。

王妃の実の息子であり、ティリアにとっては母を別にする異母兄(あに)にあたる者。

ティリアとは幼少期以降の再会、フレイとは初の対面となる、フィンフィール王国次期国王たる、第一王子その人であった。


腰に当てた手をそのままに、その立場に見合う威厳と、ある種の尊大さを垣間見せ、ルクスは再度、二人に言葉を紡ぐ。


「なにはともあれ、おめでとう! と、言っておかねばな」


ティリアとの再会の挨拶から一転、そう紡がれた言葉に、フレイはすぐさまフィンマリア公爵誕生のことだと思い至り、深く礼を行う。


「まさか、王子殿下より祝福の御言葉を賜る日が訪れようとは……。大変、ありがたく思います」


次いで顔を上げ、そう告げた途端、ルクスは奇妙な表情を作って見せた。

その表情を心情で表すとすれば――心外さと居心地の悪さ、か。

フレイは、なぜ当然の礼に対し、ティリアの異母兄(あに)に当たるこの王子がそのような表情を浮かべたのか、皆目見当がつかなかった。

少しだけ焦り、問いかけの言葉を発しようと口を開きかけるも、フレイが言の葉を紡ぐ前に、ひょいと肩をすくめて苦笑を零したルクスが先に声を出す。


「いや、本当にめでたい事だからな。――あの小さなティリアが、ここまで美しく成長することが出来たのも、貴殿のおかげだろうと私は思う」

「そ、そのようなことは……」


思ったことさえない事への賛辞に、恐縮してフレイが返す。そこでようやく、ルクスとフレイの対話においていかれていたティリアが、声を発した。


「あ、あのね、お異母兄(にい)さま? お祝いしてくださるのは、とてもうれしいわ。でも、そもそも、お異母兄さまはどうして今まで、わたしと会ってくれなかったの?」

「んん? 何故、か」


戸惑いと驚きを重ねて、そう尋ねたティリアに対し、ルクスはゆっくりとおとがいに手を当て、その青き瞳を伏せたまま、しばし黙考してみせる。

束の間の沈黙ののち、フッと、不敵な笑みが形作られた。


「そうだな。まあ、私も次期国王としての勉学に励む日々をおくっていた故、単純に忙しかったとも言えるが。――あえて、告げるならば」


開かれた蒼天の瞳が、すっと二人を射抜く。一瞬で場に満ちた緊張感に、フレイとティリアの後方に控えるマイアやエフェナ、護衛の騎士さえも、身を固くした。

そうして、どこか真剣な表情にて紡がれる、ルクスの言の葉。


「仲睦まじく過ごす妹と、その婚約者。……愛らしい妹の傍に、己の目から見ても充分に魅力的な――まあ、姿かたちは年下の少年だったわけだが、それはともかくとして――そう! 魅力的な男が! いる様を! (みな)も想像してみるといい! ――異母兄(あに)として、少しくらい意地悪を――いや! ゴッホン。そう、そっと、陰ながら見守る……それこそが正しい選択だと、私は思ったのだ!」

「ごめんなさい、お異母兄さま。なにを仰っているのか、まったく分かりませんわ」


一瞬の空白さえ無く、思わず反論の言葉を返したティリアを、咎められる者はこの場にはいなかった。

途中から……否、最初から、眼前にて真剣な表情のまま語る王子の言葉の意味を理解できず、瞬きを繰り返すだけだったフレイの瞳に映るのは、王子の後ろに控えていた者たちがそれぞれ頭に手を当て、何とも言えぬ苦汁の表情にて首を横に振る様。

一先ず、フレイに理解できたことは、この輝かんばかりの雰囲気を放つ王子の思考が、自分とは異なる発想を元として完成しているのだろう、という妙に納得できる実情であった。

先とは打って変わり、混乱と脱力感に満ちた空気が、この廊下の一角と言う場を満たす。

一体この王子殿下はどういうお考えの下動かれておいでなのか、とマイアから向けられた視線を受け、この場にて二人しかいない、幼少期のルクスを知る人物の一人であるエフェナは、自らの視線をルクスの後方へと注いだ。

その視線を受け、間髪入れず、初老の男声が響く。


「殿下。いくら殿下と言えども、フィンマリア公爵ご本人がいる手前、このような言葉遊びはお控えするべきと進言致します」

「うむ。なに、気にすることはないぞ、ゾフ。私は間違いなく、フィンマリア公爵家誕生を祝福しているのだからな!」

「……ならばどうか、そう素直に仰ってください」

「おおかた開口一番に言ったではないか?」

「……そういう意味では御座いません、殿下」

「そうか。――なにはともあれ」


と、ここまで続いた忠臣とその主人の会話が、次の一言で再び趣を転じさせて、この場に響く。

それは、それを告げたルクス以外、真にその他の誰もが予想しなかった、理解不能の言葉であった。


「ようやく――ようやく、舞台が整ったのだ。早く、全てを思い出せ(・・・・・・・)、フレイ」


バチッと重なった青の視線に、疑問の声が息を呑む仕草へと代わる。

何故か、この高き空の様に澄んだ紺碧色の瞳を――知っているような気がして。……それよりもなお、深く声の内に込められた、信頼の情を感じ取って。

フレイは、王子からの声かけであるにもかかわらず、返事を紡ぐことが出来なかった。


「お異母兄(にい)さま……?」


フレイが、息をすることを思い出したのは、そう、ティリアが小さな問いかけの言葉を零してから。

瞠目したまま、内心では慌てて呼吸をするフレイに、その様子を見抜いていたであろう青き瞳は、あっさりと外される。

自らへと疑問を投げかけたティリアの傍へと、気品を損なわない程度の大きな歩幅で歩み寄ると、綺麗な白金の髪をひと撫でし、ルクスは無言のまま二人の傍を抜けた。

慌てて追従する王子の従者たちの中、初老の男性の瞳が、エフェナの瞳と交わる。


「あっ、お異母兄さま!」

「ははは! 父上と新ゼルロース侯爵が待っていたぞ! 早く行ってやるといい!」


何一つとして疑問の答えを告げぬまま去ろうとする姿に、慌ててかけたティリアの声へと返された言葉で、フレイもティリアも当初の目的を思い出す。


「えっ、あ! 会談!」

「だ、そうだな! ――また、逢おう」


もう随分と先に見える、曲がり角の手前。

そう不敵な笑みと共に告げて片手を上げたルクスの姿は、あっという間に壁に隠されてしまう。

結局のところ、現在に至るまでティリアの前に姿を見せなかったその真意を不明なままとし、ルクス・レン・フィンフィールは颯爽と立ち去って行った。

――フレイに対する、謎の言葉をも、残したままに。


「……お異母兄さまは、フレイをご存じだったのかしら?」

「知識としては、ご存じであったと愚考いたしますが……あのお言葉は、まるで……」


ティリアとエフェナのやり取りに、フレイはティリアと組んでいない方の手を、ぐっと握り緊めた。

まるで――旧知の友人に語り掛けるようであった、と。

その場にいた誰もが感じた確かな違和感を同じように秘め、フレイはただ、その緑の瞳をかすかに揺らめかせて、ルクスが去った場所を見続けた。





またもやお久しぶりの投稿となりました。

いよいよ、物語が動いてまいります。

お楽しみいただければ幸いです。

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