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ネガティブ戦線  作者: 楽夢智
間章 「きっとまた会える」と君は泣いた
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彼の心は空白が占めている 前

「私達はね、大罪人の一族なの」

ホロ・シュヴァルツの母は彼が幼い頃からそう言い続けていた。


何の罪を犯したのかホロが訊ねても、母は大罪だと、許されない罪だとしか言わずそれ以上の事を話そうとしない。母は仕事ばかりで家にほとんど居らず、詳しく訊ねる時間もあまり無かった。暗に知らなくてもいいのだと言われているようだったので、興味や関心といったものが希薄なホロは追及する事無くそういうものとして受け入れた。

実感が湧かなかったとも言える。

大罪人の一族だと言う割には、周りから後ろ指をさされる事もなければ悪意のある誹謗中傷に晒される事もない。父は居ないが、母がカルディア国の魔道兵団で働いており生活に困窮している訳でもなく、むしろ普通よりも裕福な方だ。

裕福とは言っても豪華な邸宅に住んでいる訳ではないし使用人とかも雇っていない。城下町の中でもカルディア城への行き来に不自由しない程度の位置に建てられた一軒家。読書家の母が集めた本の山で埋もれつつある書斎がある以外は特筆する事のない、狭過ぎず広過ぎない家に母一人子一人で暮らしている。

一族の姓である"シュヴァルツ"を手掛かりにツァラトゥストラ書院の本を気紛れに調べてみたりしたが、歴史書には高名で有名な魔法使いの家系だとしか書かれていない。史実を元にした冒険譚、特に勇者の魔王討伐記には必ずと言っていい程"シュヴァルツ"という名の魔法使いが登場するぐらい有名らしい。諸説ある千年前の"災禍"との戦いについても、"災禍"を封じる術を見つけた者の名前だったり、実際にアヤカと共に旅をした勇者の名前だったりに"シュヴァルツ"という名は登場する。

それ以上の事は分からなかった。

けれど、それ以上の事を調べようとは思わない。

そんなものに時間を割くよりも、自分がまだ知らない魔法を覚えたり作り出したりする方が大切だ。


――やっぱり、本に囲まれてると落ち着くなぁ。


ツァラトゥストラ書院の最上階。

『異世界文献』と書かれた看板が天井から下げられた、薄暗くて埃っぽい階層。ホロは一日の大半の時間をこの誰も訪れる事のない静かな空間で過ごす。

この階層に詰め込まれた異世界の言葉で書き綴られた本は読める者が殆どおらず、読める者がいたとしても解読や翻訳を優先されるのは魔道書や歴史書といった有益な専門書ばかり。ここは誰も読めない、誰も必要としない、無価値の烙印を押された本の墓場といっても過言ではないだろう。

そんな墓場でホロは墓石の如く整然と並べられた本棚の一つに背を預けて座り込み、適当に近場から取り出した本を開く。

そのままでは勿論読めない。

だからホロはいつものように自身の両目へ魔力を集中させた。

そうすれば紙の上で自由気ままに奔流するインクの川は、馴染み深いエステルダスト大陸の共通文字へと形を変える。


異世界の文字を翻訳する魔法。

異世界人や異世界の代物が何故か流れ着く事の多いエステルダスト大陸で遥かな昔から研究され続け、未だに大衆向けの実用化には至っていない魔法である。理由は単純明快、その魔法を行使するに当たって必要となる魔力量があまりにも膨大過ぎるのだ。それこそ"災禍"に纏わるお伽噺で登場するような賢者や勇者でなければ使えない程のもの。

しかしホロにはいまひとつその凄さが理解出来ずにいる。

ホロにとっては"読めない"けれど"読みたい"から"読める"ようにしただけ。そこに複雑な理論なんてものはない。

もしかしたら正しく翻訳されていない可能性も考えて、珍しく仕事が休みだった母に確認してもらった事がある。


ホロの母は異世界人だ。

魔法ではなく呪術が密やかに発達を続けた世界の生まれで、由緒ある呪術師の家系に生まれながら才能に恵まれなかったらしい。エステルダストに流れ着いた際、神に呪術の才能を望み、そこに元の世界では発現しなかった魔法の才が加わった事で、カルディア国の魔道兵団に召し抱えられる程にまでなったという。

そんな母の私物には、母の生まれた世界の言語が用いられた本が幾つかある。母の世界の言語は教えてもらっていないし、血を半分継いでいるとはいえ先天的にその言語を理解する事は出来なかったし、何より母の私物の本は翻訳された物を読んだ事も見た事もない。だから翻訳魔法の精度を確認するには打ってつけだと思い、母の前でその私物の本を読み上げた。

結果、精度は申し分ないものだと母からお墨付きを貰ったのだ。

自分の息子がそれ程の膨大な魔力を持っていると知ったら飛び上がって喜びそうなものだが、ホロの母は一言「凄いね」と言って息子の頭を優しく撫でた。その表情はどこか悲しげで、何故そんな顔をしたのかホロには未だ分からない。

余談だが、ホロが本だと思って読み上げた物は母の日記帳だったらしく、もう二度と持ち出したり読んだりしないでくれと顔を真っ赤にした母から厳命されている。どうりで翻訳された物を見た事がない訳だ。


パラリ、パラリ、と本を捲る音だけが響く。

今日適当に取り出した本はどうやら冒険譚らしい。あてのない旅を続けていた旅人が、ドラゴンを倒すに至るまでの物語だ。

カルディア国の建国史にも似たような話があったなとホロはぼんやり考える。確か、後にカルディアの首都として栄える事になる地は邪竜アジ・ダハーカが支配しており、それに立ち向かい封印したのが、この世界を生み出したと伝えられるエテル神の加護を受けたカルディアの初代国王。悪しき竜を封じた土地にカルディア城を建て、精霊の力が宿ると伝えられる世界樹の苗木を城内に植える事でより封印を強固なものにしたと記されていたハズだ。長年邪竜に支配されていた土地は荒れ果てており、現在のカルディア国に至るまで大変な道のりだったらしい。戦争を繰り返していた時代は他国から"アジ・ダハーカの呪い"だと言われていたとか。

本を捲る手を止めて、前に読んだカルディア建国史の内容をとりとめもなく思い出していたホロは、自分の隣にそーっと忍び寄る影に気付かなかった。


「ね、ねえ、キミ! この文字、読めるの!? 読めるの!?」


そう言って詰め寄るのは突然の来訪者。

予期せず声を掛けられた事にホロはびくりと肩を跳ねらせて、思わず本から顔を上げてその来訪者を凝視した。

薄暗い本の墓場でも煌めくまさに水色と呼ぶに相応しい透き通った髪、闇の中でも負けじとキラキラ輝く琥珀色の瞳は宝石をそのまま埋め込んだかのようで。精霊術の適性だけは皆無である為、決して見る事は叶わない精霊と呼ばれる存在は、もしかしたら目の前の少年のような容姿をしているのではと思わずにはいられなかった。


ここから"アレス・カール"と名乗った少年との長いようで短い、一ヶ月にも満たない交流の日々は始まったのである。


■□■□


それから静寂が支配していた誰も訪れないツァラトゥストラ書院の最上階は騒がしくなった。

アレスはその神秘的な見た目とは裏腹に、良く言えば社交的で賑やか、悪く言えば空気が読めず騒々しい。例えば二度目に会った時。ホロが「おはよう」とだけ言えば、アレスは「おはよう! ホロホロは昨日ちゃんと眠れた? ボクはね、全っ然眠れなかった! これから異世界の本を読んでもらえるんだって思ったらスッゴくワクワクしちゃって、楽しみで! あ、寝ないように頑張るけど、もし寝ちゃってたらゴメンね! ね、ね、今日はどんな本を読むの? 今まで読んで面白かった本ってある? ボクの事は気にしないで、ホロホロが読みたい本を読んでくれていいんだけど、いつかホロホロのオススメの本を読んでくれたら嬉しいな! そういえばーー」といった感じで彼の言葉はとどまる事を知らなかった。司書から静かにするよう注意されてようやく口を閉じた。

アレスが一方的に喋り、ホロは相槌を打つ機会さえ見つけられずに黙って聞き、そして司書から静かにしなさいと叱られる。それの繰り返しだ。

日がな一日、本を読んでばかりのホロには友達と呼べるような存在はおらず、作ろうと思った事さえない。母は物静かな方だし、図書館という場所の関係上わいわいと騒ぐような人なんていなかった。

ホロには、出会って二日で何の断りもなく"ホロホロ"という謎のあだ名で呼んでくるようなアレスとの正しい関わり方の経験値が圧倒的に不足していた。

正直言って、苦手意識さえある。

なのでしばらくの間は、いかに彼の興味を失わせるかにホロは心血を注いだ。全ては静かで平和な日々を取り戻す為に。


どのような作戦を立てるのが良いか悩んだ末、アレスの興味が薄そうな哲学や経済学や社会科学に纏わる本を読む事にした。

ホロは本であるなら、あまり自分の身になるとは思えない武芸書を除いてジャンル問わず読むので、一般的に自分と同じ年頃の子供は好まないものを読む事になっても一切苦は感じない。小難しくて退屈な本ばかり読めば、自分と一緒にいてもつまらないだけだと向こうは勝手に飽きてくれるだろう。

そんなホロの思惑など露知らず、アレスはどんな本でもあの琥珀色の目をこれでもかとキラキラ輝かせて聞いていた。

難しすぎてよく理解出来ずにとりあえず聞いているだけかと思ったが、分からない所はすぐに訊ねてくるし、こちらの世界の本でも似たような記述があったと教えてくれるし、流石にこれは興味を惹かれないだろうと思った帝王学の本はいつになく真剣な表情をしていた。

どんな内容であれ好奇心を微塵も隠さず聞くアレス。次第にホロはつまらないだろうという考え第一で本を選んでいる事が申し訳なくなり、罪悪感に苛まれ始めたのでこの作戦は終了せざるを得なくなった。


「……つまらなくないの?」

そう訊ねてみれば。

「え、なんで?」

と、心底不思議そうな顔で聞き返された。

異世界の本なら何でも良いという言葉に嘘はなかったらしい。


本で飽きてもらうのは到底無理ならば読書以外の事を続ければ興味を失ってくれるだろうと考え、図書館近くの空き地で新しい魔法の研究にしばらく専念した事もある。結果は察してほしい。

大規模なものでも小規模なものでも下らないものでも程度の低いものでも、アレスは興味津々にホロの使う魔法を眺めて「スゴい!」「カッコいい!」と手放しの賞賛を送ってきた。あまりにも真っ直ぐに褒めてくるので嬉しいような恥ずかしいような居たたまれないような気持ちになった為、当面の間は魔法の研究を止める事となる。

ちなみに精霊術が使えるというのはでまかせではなかったようで、魔法の試し撃ちで誤って物を壊してしまった時とか少し怪我をしてしまった時とかに精霊術で治してくれた。魔法で治せるから平気だと言っても、自分にはこの位しか出来ないし本を読んでもらっているお礼だと言って頑として譲らない。

折角の好意を無下にするのも失礼かと思いお言葉に甘えてはいるが、精霊術は精霊と交信する為に荘厳な詠唱を必要とすると本で読んだのに、アレスはまるで知り合いか友達かのように物凄く気軽な感じで精霊に呼び掛ける。ホロはほんの少し精霊術に対して憧れを持っていたのだが、神秘性も何もないアレスの精霊術を見る度に何だか夢を粉々に砕かれたような気分になってしまう。


「精霊術って、そんな気楽な感じで良いの?」

そう訊ねてみれば。

「さすがに知らない精霊さんにはレーセツをワキマエルよ」

と胸を張った。

精霊にも顔見知りとかあるんだと変な所で感心したのを覚えている。


最早出会ってしまったのが運の尽きだったのだと、ホロは無駄な抵抗をやめてアレスに異世界の本を読むようになった。本を読んでいる間は静かにしてくれるから良いかと妥協したのもある。

冒険譚を読めば、物語の展開に表情をコロコロと変えて一喜一憂し。推理物を読めば、ハラハラと不安げな表情でホロの服の裾を掴んで。なんとなく避けていた恋物語を誤って読んでしまった時は自分だけ気まずさを感じ、アレスは乙女の憧れはどこでも同じなのだときゃーきゃー黄色い声を上げていた。

時々翻訳魔法でも直しきれなかった異世界の単語があった時は前後の文脈からおおまかな意味を二人で考えたり、そういった目新しい言葉がアレスは気に入ったのか隙あらば使うようになったり。物語の中に出てくる魔法とは異なる力はこうすれば再現出来るのではないかと話し合ったり、再現に成功した時は一緒になって喜んだり。


いつからかホロは日記や勉強用にでも使いなさいと母から貰っていた真っ新なままだった豪華な装丁のノートに、アレスに話した異世界の名前や特徴を書き留めるようになった。

史実なのか創作なのかは言語を翻訳しているだけのホロには判断がつかない為、とりあえず片っ端から書く事にしている。

この名前の世界はこの題名の本に出てきた事、翻訳出来なかったこの単語は恐らくこういう意味だろう事、物語の中の不思議な力はこうすれば魔法で再現出来た事。そして本の題名を書いた隣に、花丸だったり三角だったりバツだったりのマークを小さく描く。アレスが楽しそうだったかどうかの覚書だ。どんな本でも楽しそうに嬉しそうに聞くので花丸ばっかりだけれど。


止めさせる機会を見失ってしまっていた"ホロホロ"という謎のあだ名も気にならなくなった頃。

カルディア国の端に位置するメトラという小さな村へ引っ越す事になったと母から告げられた。


■□■□


タンタンタン、と軽やかでどこか楽しげな靴音が階段を登る。

「おっはよー!! ホロホロー!!」

ツァラトゥストラ書院の最上階にいつもの元気な声と共に現れたのはアレスだ。今日は普通に階段からの登場である。時々、一足先に最上階へ来て物陰に潜み後から来たホロを驚かせたり、精霊術を使って窓から入ってきたりしていた。あんな精霊術の無駄遣いは後にも先にも見る事はないだろう。

「おはよう、アレス」

ホロは本棚の影から顔を出して手招きした。

アレスはホロの姿を見るや顔をぱあっと明るくさせて小走りで駆け寄る。

「ねーねー、ホロホロ。今日はどんな本を読むの? ボクね、ボクね、前読んでくれた正義の味方が悪者をバッタバッタなぎ倒す感じのお話とか気になるな! あの、なんだっけ? ま、まえ……まえこうじょう? だっけ? あれ、カッコいいよねー! ボクも言ってみたいなって考えたんだけど、中々カッコいいのが思い浮かばなくって……」

駆け寄る間も彼のお喋りは止まらない。最近では司書も諦め気味だ。

けれど、近付くにつれホロが浮かない表情をしている事に気付いたのか、いつもなら注意されるか本を読み始めるまで喋りっぱなしの声が次第に小さくなって途切れた。

「……ホロホロ? なにかあったの?」

「……うん。あの、ね」

胸の前で抱える今日読む予定の本を無意識に強く抱き締める。


「僕、引っ越す事になったんだ。カルディアの端の、メトラっていう小さな村に……凄く遠いから、もう、ここには来れないと思う」


いくら魔法が使えても、いくら持って生まれた魔力が膨大でも、子供一人でエステルダスト大陸随一の広さを誇るカルディア国の端の村から中心部の首都までそうそう行けるものではない。転移魔法を使えば簡単だが、これは母からもう少し練習を重ねて制御出来るようになってからでないと危険だと禁止されている。

ホロの魔力は膨大で、やろうと思えば大概の事は容易く出来てしまう可能性が非常に高く、"読みたい"から"読める"ようにした異世界文字と同じように、"行きたい"から"行ける"ように次元を繋ぐ事が出来てしまう。但し、明確な理論も何もなく願望だけで繋げた次元の先が、本当に目的の場所であるのか、本当に今居る世界と同じ世界なのか、一切の保証はない。

こちらの世界へ来た事で魔法が使えるようになったのとは逆に、別の世界へ行った事で魔法が使えなくなり帰る術を失ってしまうのではとホロの母は危惧したのだ。ホロもその可能性に異論はない。

母と一緒なら図書館まで来る事は出来るだろうが、今回の引っ越しは恐らく母の仕事絡みだろう。魔道兵団員として僻地の警備へ当たる事になったのかもしれない。確かメトラという村は母がこの世界へ来たばかりの時、その村に住む老夫婦の元でお世話になっていた、ある種の故郷だ。老夫婦に子供はなく、残念ながらもう亡くなってしまったそうだが、母が継いだ家はあるし見知らぬ土地でもないからこの仕事を引き受けたのだろう。

ホロはいつも仕事ばかりで忙しくしている母に我儘を言えるような子供ではなかった。

「そ、うなんだ……えっと……いつ、引っ越すの?」

珍しく落ち込んだ声音。

寂しげな目で見つめてくるアレスから視線を斜め下に落として、ホロは言いにくそうに口をまごつかせて言う。

「……明日」

「明日!? スッゴく急だね!?」

「うん……」

アレスの言う通り確かに急過ぎる。

だが、母の働く魔道兵団は諜報活動を担う組織だ。その性質上、仕事の内容をおおっぴらに言う事は出来ない。ホロも母から仕事の話題を聞いた事はないし、そもそも興味がないのでこちらから聞く事もなかった。

母の仕事の関係だから、と言われればホロはそうなのかと深く考えずに納得する。

「そっか……」

ホロの言葉をどうにか呑み込もうとアレスは呟く。

「……そっか……」

もう一度呟かれた言葉は震えていた。

「じゃあ、今日が最後になるんだね……寂しく、なるなぁ……」

手紙を書くよとか、また図書館に来るよとか、掛けられる言葉はあるのだろう。

しかし、やはりこれも母が魔道兵団に所属している関係上、住所はあまり教えられるものではない。うっかり言ってしまったが本来なら村の名前も言わない方が良い。

そういった理由で手紙のやり取りが出来ない状況で、何の連絡も無しに図書館へ来た所で本は読めてもアレスには会えない。

ホロもアレスもお互いの事で知っている事と言えば名前ぐらいだ。何処に住んでいるのかも、両親がどんな仕事に就いているのかも、何も知らない。知ってしまったら、今の関係が壊れてしまいそうで怖いのだ。

出会って数日の内に引っ越しが決まっていたのなら、ホロは諸手を挙げて喜んだだろう。

けれど、もう知ってしまったのだ。一緒に本を読む楽しさを、一緒に言葉の意味を考える面白さを、一緒に魔法での再現に勤しむ喜びを。

ここで折角の縁が途切れてしまう事を惜しく思うぐらいには、この別れを寂しく思っていた。

縁遠かったホロには良く分からないけれど”友達”とはこういう存在を指すのだろうか。

ホロは本を抱える腕にぐっと力を込めて顔を上げる。


「あ、あのさ!」


想定よりも大きな声が出てしまった。

突然の事にアレスは驚いている。自分自身もこんなに大きな声を出せたのかと驚いた。

「えっと、僕、将来、ここで、この図書館で働きたいって思ってて! それで、だから、いつになるか分からないけど、その時まで覚えててくれたら! また……会えない、かな?」

アレスは目をぱちくりと瞬かせて、ホロの言葉の意味を次第に理解したのか段々と暗く沈んでいた表情はいつもの明るい笑顔へと変わっていく。

「うん、うんっ! もちろんだよ! ずっと、ずっと、ずーっと覚えてる! 絶対に忘れない!」

あ、そうだ、と声を上げてアレスは右手の小指だけを立ててホロの前へ差し出した。

アレスの意図が分からずホロは首を傾げる。

「ほら、前読んだ本にのってた、異世界で約束する時に指だけでする握手! なんていったっけ……ゆ、ゆ……」

「……ユビキリ?」

「そうそれ! ユビキリ! ユビキリしよう!」

ずいっと小指を立てた右手をホロへ更に近付けた。

「うん、いいよ」

ホロもアレスに倣い、小指を立てた右手を差し出して小指同士を絡める。

「……なにか、おまじないの言葉あったよね。ホロホロ、覚えてる?」

「えーっと…………ごめん、忘れちゃった」

「ボクも忘れちゃった。ま、いっか!」

アレスが言う。


「これから先、ボクたちが全然違う道を行っても、今みたいに笑い合えなくなっても、月日が色んなものを変えてしまっても。この図書館で一緒に本を読んだ"アレス"も"ホロ"も、消えてなくなったりなんてしないから。だから、いつかまた、会おうね。約束だよ」


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