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ネガティブ戦線  作者: 楽夢智
前編 「もう終わりにしよう」と闇が囁いた
24/60

舞台裏の暗躍

夜。アーニャはいつも通り残りの仕事を片付けにいく。

彼女の歩く先には見張りの騎士団員が立つ扉。

彼女は騎士団員に軽く会釈をし、扉をノックした。

「入れ」

部屋の中から言葉を掛けられてからドアノブに手を掛け静かに扉を開ける。

「失礼いたします」

部屋に入り扉を閉め、この部屋の主へ深々と一礼。

部屋の主――カルディア王は書類に目を通すのを一旦止め、椅子に座ったまま机に肘をついてアーニャを見た。

「本日の報告に参りました」

「分かった。続けてくれ」

カルディア王の了承を得てアーニャは言う。

「本日、勇者クレナハーツは魔物の巣窟として騎士団並びに魔道兵団が要警戒区域と認定している地域を単独で探索していました。おそらく、最近城下町で多発している破壊騒動の下手人を探しているものと思われます。早朝より出立したものの有力な手がかりは得られなかったようで、現在はカルディア城へ帰還しています」

「ふむ……」

「その際、ツァラトゥストラ書院の館長ホロに協力を要請しています。ホロによると破壊行為を繰り返しているのは大型のドラゴンである可能性が強いという見解を述べていました」

「魔道兵団の見解は?」

「ホロと同じく大型のドラゴンであろうとの意見が多いですが、決定的な証拠や裏付けはありません。自分も城下町で町民の情報を探りましたが目撃者すらいませんでした。ですが、その誰にも気付かれないという状況を魔法、特に幻術の類で作り出しているのではないかとの憶測があります。幻術や呪術を得意とするドラゴンは確かに存在しますが、どの個体もここ数十年と存在を確認出来ていません」

「そうか……ところで、君は城下町で魔法を使ったそうだな?」

やはり訊かれるか、と苦虫を潰したような顔になるのを堪えて努めて冷静な無表情を続ける。

「……緊急事態だった為、やむを得ず」

「たかだた異世界人一人の命、捨て置けばいいものを……」

カルディア王の言いたい事は分かっている。

異世界人がどれだけ特異な力を持っていても所詮は異世界の住人であり、この世界での存在を確定するものは何もない、身寄りのない孤児と同等の存在である。

身寄りのない孤児と、確立した地位を持った人、どちらをとるのが賢明か。

言われなくても分かっている、間違いだとも思わない、けれど人としての情もそうだと肯定するかは別である。

「……申し訳ありませんでした。以後気を付けます」

体裁だけの表面的な謝罪の言葉を言う。

命よりも地位をとれというならば、有難く地位を守らせて頂こう。

「それで、その異世界人については?」

「城下町へ買い物と称して連れ出しましたが、特に目立った動きはありませんでした。彼女の拾ってきた人語を解す猫も同じく不審な動きは見受けられませんでした。この一人と一匹に関しましては、さして警戒せずとも良いかと思っております」

「分かった。報告ご苦労、もう戻っていいぞ」

「はい。失礼いたします」

アーニャは一礼し、静かに部屋を後にした。


カルディア王の執務室から出て再び見張りの兵士に会釈をし、自室へ向かって歩き周りに人の目がなくなった頃。

「……王様と話すのって、こんなに面倒くさかったかしら」

ため息交じりに独り言を呟いた。

勇者の世話役として、異世界人の教育係として彼らのすぐ近くで働き、彼らの動向を監視しカルディア王へ報告する事がアーニャの仕事である。

逐一報告しなければならないのは面倒な上、勇者らも異世界人も何かと問題を起こすので事実と相違なく問題点をぼかした報告を考えなければならない。

それで済んでいる内は、まだ少々騒がしい平穏を堪能出来る。

しかし、もし勇者らや異世界人がカルディア国に仇なす存在であると判断された時、その平穏を自分の手で終わらせなければならない。

速やかに対象を抹殺する事、それもまたアーニャの仕事なのだ。

嘘をついて騙している事に多かれ少なかれ引け目を感じてしまうが、そこは仕事だからだと自身を騙す他ない。


――そもそも、報告とかなかったらあの鈍臭異世界人が夜の森まで薬草探しにふらっと散歩へ行くのを止められたっていうのに……。


もう行き場をなくした怒りが沸々と蘇り始め、それにつれて歩き方が荒々しく雑なものになり乱暴に床を踏みつけ歩く。

しばらくしてようやく自分の歩き方が苛立ったデュラン並みに粗雑なものになっている事に気付き、ため息を一つついていつも通りのお淑やかで静かな歩き方へと変えた。

「ため息ついたら幸せが逃げちゃうよ? あーにゃん☆」

突如背後からやたらと明るい声がした。

あーにゃんなどというふざけたあだ名で呼ぶ者は一人しかいない。

「……何の用かしら、お気楽盗賊様」

アーニャが不愉快を前面に押し出した表情を隠さず振り向くと、そこにはいつも通りの屈託のない笑みを貼り付けた勇者一行の盗賊スティがいた。

「お気楽盗賊様でもなんでもなく、そうボクは天下無敵な美少女盗賊☆スティちゃんだよ!」

スティはアーニャの不愉快な表情を見ても笑みを絶やさずご丁寧に名乗り、何か企んでいるかのようにによによと笑っている。

一言二言言葉を交わした程度で今日一日の疲れが倍増するぐらい、アーニャはスティが苦手である。

ふざけた言動もさることながら、飄々としていていまひとつ掴めない性格で、何を考えているのか何を秘めているのか少しも推し量れない事に少なからず恐怖を抱いている。

つい先程、背後から声を掛けられた時だって気配が微塵も感じられなかった為、内心酷く動揺した。

ホロが床に伏せていた時は随分と大人しくなっていたというのに、いっそあのまま静かにしてくれていたらと思う自分がいる。


「それで、自称美少女盗賊様は何の用であたしに声を掛けたのかしら?」

「べっつにー? 王様と面白そうな話してたなーって思っただけだよ?」


笑みをより一層濃くして言ったスティの言葉にアーニャは思わず息をのんだ。

つうっと冷や汗が背中を伝う。

報告を聞かれていた。一体いつから、どこまで目の前に居る盗賊は知っているのか。

いや、動揺を悟られてはいけない。カルディア王の執務室から出てきたのを目撃されただけで話の内容を知ろうとカマをかけているのかもしれない。

「……この呼び方には文句言わないのね、自称美少女盗賊様」

考えた末、話をそらす事にした。

「だって自称だもん。でもでも、自称を付けないで呼んでくれたら、スティちゃんすっごく喜んじゃうなー。嬉しいなー。誰か呼んでくれないかなー?」

自称を付けずに呼んでほしいと目で訴えられ、アーニャはより一層辟易した。

話をそらしたのは自分だが、そのままそれに乗ってくるとは考えてもおらず、スティの真意を探る機会を自分から捨ててしまった気がする。

「むぅ……あーにゃんってば冷たい。一回ぐらい呼んでくれてもいーじゃん」

「丁重にお断りしますわ」

「明日ホロホロに愚痴ってやる!」

「どうぞお好きに」

ツァラトゥストラ書院のしがない館長に愚痴ったところでどうなるのだろうか、適当な相槌が返ってくるだけではないのか。

突き放した言動をしているにも関わらずスティはケラケラと笑い、それを見てどうして自分はこんな馬鹿相手に警戒したり動揺したり冷や汗流したりしているのか分からなくなり、アーニャは額に手を当てため息をついた。


「あんまり、変なこと考えすぎないようにね? ――魔道兵団長のアーニャ様?」


アーニャは目を見開いてスティを見る。

スティはアーニャの視線に気付いてにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべ、彼女が何か言うよりも先にぱっといつも通りの満面の笑顔になった。

「じゃ、ボクはこれからホロホロのところに行かなきゃだから、これで失礼するね! あーにゃん、疲れてるみたいだから早く寝たがいいよー」

そう言ってスティは走り去っていった。

あなたのせいで余計に疲れたわよ、とか色々と文句は浮かんだのだがそのどれも声に出す事が出来ない。

それだけスティが言った"魔道兵団長"という言葉は衝撃だったのだ。

魔道兵団長とは言葉の通り魔道兵団の団長、頂点、指揮官の事。カルディア国内部の諜報を担う為その存在は極秘機密で、魔道兵団長が何者なのか知るのはカルディア国王と騎士団長のみ。

一介の盗賊風情が知りえる情報ではない。

――だから、あの道化師盗賊は苦手なのよ。

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