城下町を行く
薬草の一件の後、疲れているだろうからと希美は今日の仕事は休みをもらい、けれど昨日の怪我も疲労もカカの精霊術のお陰で回復しておりそれほど休養を要していない。
休みと言われても何をすればいいのか途方に暮れてると、見かねたアーニャから「買い物を手伝いなさい」と言われ、今希美は予備のメイド服を着て城下町に居た。
大勢の人が行き交う大通り。
食べ物や服飾品といったより取り見取りの屋台が並び、そのバザールは活気に満ち溢れている。
夜の静まり返った空気しか知らなかった希美はその賑わいに少々圧倒された。
「あなた、城下町に来た事ないの?」
人の多さに怯えてアーニャの一歩後ろに隠れながらも物珍しげに周囲を見渡す希美に思わず目を丸くしてアーニャは訊ねた。
「は、はい」
「じゃあ、どうやってカルディア城まで来たのよ」
「えと……ホロさん、の、て、てんいまほう? で、だと、思います……」
「あー、納得。さすが、魔力馬鹿様はやる事が違うわ」
アーニャは呆れ気味に言った。
この世界へ来た当初から転移魔法なるものに馴染みのあり過ぎる希美には、アーニャが何故そこまで呆れ返っているのか今ひとつ理解出来ずにいた。
『転移魔法ってね、すっごく難しくって大変な魔法なの』
首を傾げる希美にカカが言う。
『魔力を持ってる自分だけなら、ある程度の力を持ってる人は出来るんだけど、自分以外の人を移動させるってなると、もっと大がかりな魔力とか術式とかが必要になってくるの』
そこでふと魔法と精霊術の違いを教えてくれた時のクレナハーツの言葉を思い出す。
「あ、ま、まほう、は、自分に、しか、作用、しない、から……?」
『うん。何も持たないで歩くのは楽だけど、荷物を持って歩くのは疲れるでしょ? 精霊術なら自分も荷物も精霊が持ってくれるんだけど、精霊ってなんでも出来るわけじゃないから、精霊術には転移とか瞬間移動とかはないんだって』
「そ、そうなんですか」
「魔力の素養無しでも簡単に転移魔法が使えないかって色んなトコが研究してるけど、そのお手軽転移魔法どころか、複数人の転移魔法での魔力負荷の問題も解決出来てないのよ。試作のお手軽転移魔法は、範囲は限られるし決まった場所にしか行けないうえ一方通行だし、とてもお手軽とは言えなかったわ。まぁ、罪人を牢屋にぶち込むぐらいには役立ってるけど」
まるで漫画やアニメに出てくる近未来の道具は実現出来るのか研究している科学者の話を聞いているようで、難しい事はよく分からなかったが魔法や精霊術が存在しても希美が元居た世界と似ているのだなと少しだけこの世界に親近感が湧いた。
「いい? 転移魔法で何か移動させようなんて考えないのが普通なのよ? 本でも人でも何でもホイホイ転移させる魔力馬鹿様がおかしいの。分かったわね?」
「は、はい」
凄い剣幕で言うアーニャに委縮しながら希美は返事をし、そういえばカルディア城に来てから魔法らしい魔法は見ていない事に気付いた。
もしかしたら自分が気付いていないだけで、いたるところに魔法が使われているのかもしれないが、一目でパッと分かるような魔法ではない気がする。
魔力馬鹿様ことホロに初めて会った時、魔法が得意だと言いながら本を浮遊させていたが、あれはいわゆる魔力の無駄遣いなのかもしれない。
「――あ、あれ? カカ、さん?」
少し開けた広場に出て、ふと周囲を見渡すとカカが居ない事に気付く。
はぐれてしまったのかと慌てて辺りを見回すと、人の波間に何かを見上げて立ち止まる白猫の姿が目に留まった。
すぐに傍に行こうとしたが人の波を掻き分けて進めるほど希美は逞しくないので、人の波が途切れる隙を狙ってカカの元まで行く。
「カカ、さん?」
名前を呼ぶもカカは視線を逸らさずに何かを見上げている。
希美はカカの視線を辿って、カカが見上げているものに気が付いた。
それは一体の銅像だった。
ゆったりとした柔らかなワンピースを着た腰辺りまで伸びた綺麗な髪の女性は、胸の前で手を組んでどこか悲しげな表情で祈るように空を仰いでいる。
銅像は錆びた様子もなく、銅像の乗る台座までもが綺麗に手入れされており、大事に扱われている事が見て取れる。
この銅像は誰なのかカカに問おうとしたが答えてくれそうな雰囲気ではなく、台座に何か文字が刻まれている事に気付いた希美は近付いてその文字を読んだ。
「彩歌……アヤ、カ……?」
祈りを捧げる女性の名前だろう、しかしこの名前は希美の元居た世界、日本らしい名前である。
――もしかして、彩歌さんって……。
「コラッ!!」
びくっと肩を跳ねらせて後ろを振り返ると腕を組み目の笑っていない笑顔を浮かべたアーニャが居た。
「あなたねぇ、勝手にどっか行ったりしないでくれる? 探す方の身にもなってちょうだい。昨日の事でちょっとは懲りてくれたと思っていたあたしが間違っていたのかしら?」
「ご、ごめんなさい……」
「……まあ、今回だけは城下町に初めて来たからって事で許してあげるわ」
今回だけ、というところを強調して言った。確実に次回以降は許してもらえないだろう。
「それで、何があったの? この銅像?」
「は、はい」
「この銅像の人はアヤカっていうの。千年前、勇者と一緒に災禍と戦って、最後は災禍を鎮める為の生贄になったって言われてる異世界人よ」
「災禍の……生贄……?」
希美には不本意ながら馴染みのある単語だったが、少し違和感を覚えた。
自分は災禍を復活させる為の生贄だと絶対なる天啓の人も言っていたが、それに対して彩歌は災禍を鎮める為の生贄だと伝えられている。
鎮める為にも生贄を使い、復活させる為にも生贄を要する。
どこかおかしいような、いまひとつ釈然としないような、知識を持ち合わせていない希美はそんなにも生贄が必要なのかと内心疑問に思った。
「その話が本当かどうかは知らないわ。でも、上級魔法も高位精霊術も使いこなしてた彼女の事を崇める人は多いわね」
伝承でしかないならば事実は少し違うのかもしれないと自分を納得させた希美だったが、更に説明を重ねたアーニャの言葉にまた別の疑問が浮かぶ。
「……? 異世界の、人、なのに、魔法、とか、が、使える、んです、か?」
『……それは、どこの世界から来たかにもよるよ』
銅像を見据えたままカカが言う。
『魔法がある世界から来たなら使えて当然だし、魔法でも精霊術でもない力がある世界から来てもその力はそのまま使えるの。もちろん、この世界に来た異世界人にその力を扱える資質が無かったら意味はないんだけど』
つまり、魔法も精霊術もそれに類する力もない世界から来た何の力も持たない希美はこの世界の先人の異世界人と比べて最低ランクの存在という事だろうか。
何も出来ないし特殊能力の一つも持たない無力感を絶対なる天啓に追われた時痛感していた希美は内心激しく落ち込んだ。
『でも、そういった力を持っていない人でも、特別な力はもらえるの』
カカは希美を見上げて言った。
「え……? そう、なんです、か?」
『うん。今まで居た世界といろいろ違う世界に来るんだもん。その世界に早く順応できるようにって神様が一つだけお願い事を叶えてくれちゃうの』
初耳だった。
『ノゾミは、たぶん神様がいろいろ教えてくれる前にこの世界に引っ張られちゃったんじゃないかな?』
そういった情報は早く欲しかったと思ったが、確かにそれ以外の情報も微塵もないままこの世界に災禍の生贄として引っ張られてしまっている。
今まで大して気にしていなかった、文字や言葉が解るのはその神様の力とやらかもしれない。
「願い事が叶うなんていいじゃない。ノゾミ、今すぐその鈍臭さ諸々を何とかしてもらいなさいよ」
「ふえっ!?」
「冗談よ」
冗談に聞こえなかったのは希美自身がそう考えているからだろう。
鈍臭いところや人見知りなところ、口下手なところ、対人関係に恐怖を感じるところ等々、直せるのならばすぐにでも直したい自分の欠陥はいくらでも思いつく。
これらの欠陥を直してもらいたいのも事実だが、魔法や精霊術に魅力を感じているのもまた事実である。
――もし、魔法とかが使えたら、私は誰かの役に立てる人間になれるのかな……。
「ところで、カカ、だったわよね。あなた猫なのに結構物知りなのね」
『そ、それは……精霊が、教えてくれるもん』
「ふーん、そういうものなの……あたしは精霊術なんて使えないからよく分かんないわ」
聞くだけ聞くとアーニャは願い事について悩んでいる希美の服の裾を引っ張った。
「ほら、考え事も無駄話もここまで。さっさと買い物を済ませるわよ」
「え、あ、はいっ」




