かくして王都は崩壊す
某月某日、王都・貂国。
アレックは、学校を終えて家に向かっていた。
いつも通りの、朝と同じ道のり。
塀の落書きも、建っている家も、落ちている鋏も朝と同じ。
……いや、違う。鋏が落ちている点が違う。いや、確かに大したことじゃない。朝から今までの間に落とされたと考えればなんら気にする事じゃない。今すぐ通りすぎても今後の人生に何の影響も無いだろう。
しかしそれでも、まるでそれが当然であるかのように、自らの思考と異なる行動をとっていた。つまりは――気に留めていた。惹かれていた。そして鋏に手を伸ばしていた。手を伸ばして手に取ってポケットに滑り込ませていた。
・・・・・・
自室に戻ったアレックは右手に持ったそれ、つまりは鋏を眺めていた。
「……綺麗。」
それ以外表現のしようがないほど綺麗だった。素人目にも分かる程の美しさ。絵にも描けない美しさとはこういうことを言うのだろう。
――切りたい。何でもいいから切ってみたい。不意にそんな感情が湧いてきた。
刃を開いて、閉じて。断ち切り、裁ち切り、截ち切りたい。
一度湧いたこの衝動は満たされるまで治まらないらしい。
まるでアレックの生理的欲求に『切断欲』が加わったかのように、人が空腹に際し欲求を堪えられないように。アレックは机の上のノートを1ページ破りそれを切った。それを切り、重ねて、また切る。何枚も何枚も何枚も何枚もそれを繰り返してちょっとした、束のようにしても簡単に切れた。こうなると紙では満足出来なくなってくる。ダメ元で試したプラスチックでさえ切れた。
愉しい、面白い、もっと、もっと、色々な物を切りたい。まだ、満たされない。そう考えたアレックは雨雲の立ち込める外へと歩き出していた。
・・・・・・
数分後、アレックは廃工場に来ていた。
「さて、まずはこの石ころでも切ってみようかな。」
鋏が欠ける筈なのにジャキンという音と共に石が2つに分かれた。つまりは切れた。
今度は鉄屑。これもアッサリと。まるで豆腐でも切ったかのように力を入れずに切ることができた。
鋏を開いて、閉じるそれだけで何でも切れるような気がする。紙でも、プラスチックでも、石でも、鉄屑でも、そして恐らくは、金剛石でさえ切ることが出来るだろう。
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「次は何を切ってみようか?」
廃工場からの帰り道、アレックはあてもなく彷徨していた。
「この鋏に切れないのは運命の糸だけだろうな。」
我ながらなんてキザな独り言だと苦笑する。
そこに……一匹の黒猫が横切った。
この瞬間アレックは、天啓にうたれたような気がした。「何を切ってみようか?」という問いに天が答えたように感じられたのだ。
「そういえば遠く東の国では黒猫が横切るっていうのは不幸の象徴だったっけ?」
アレックは、そう独りごちながら右手に鋏を持ち、左手で黒猫を抱えた。
脚の皮を、肉を、骨を、一気に切る。例によって例の如くアッサリと切れた。
血、血、血、血、血。
腹に鋏を切ってみる。猫の毛がハラハラとコンクリートの地面に落ちる。次いで神経を断ちきる僅かな感覚。骨に当たる感覚が一瞬ある。しかし難なく切れる。内臓が出てきた。しかし、そこに有るのは恐怖感でも、罪悪感でもない。強いて言うなら……高揚感。愉悦を感じ、快楽を感じ、破顔する。もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、切りたい。あらゆる物を。あらゆる者を。目につくもの全てをバラバラにしてしまいたい……。
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この日、貂国中を恐怖に突き落とす過去最悪の切り裂き魔が誕生した。ひっそりと。静かに。空からひどく雨が降っていた。
残酷描写が苦手なのに書くという無謀な挑戦をしてみました。