第七話:「だ、大丈夫ですか?」
ギルドを出ると、外はもう夕暮れだった。
いつの間にそんなに時間が経ったのかと思ったが、細かい事は気にしないでおく。
さて、今夜はどうするか。
野宿でも良いのだが、やはり元日本人としては布団が恋しい。
だが、報酬があるとは言え、手持ちが寂しいのもまた事実である。
仕方ない。背に腹は代えられないが、ここは涙を呑んで———、宿に泊まるとしよう。
……日本人だもの、しょうがないよね。
という訳で、一旦ギルドに引き返す。
(安い)宿の場所を教えてもらうためである。
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「そういう事でしたら、大通りを出て少し行った所に、良い宿がありますよ。見た目はちょっとあれですが、内装や料理はきちっとしてますし」
受付の彼女はそう教えてくれた。
お礼を言ってギルドを出ると、教えてもらった宿屋を捜す。
近くまで行けばすぐに分かると言われたのだが……、あった。
あったのだが、酷い。相当に酷い。
何が酷いって、その外装だ。
建物は老朽化して、今にも崩れそうな程だ。寝ている間に倒壊したらどうするんだ。
おまけに看板は剥がれかけ、名前が読めないくらいに汚れている。
野宿の方がマシなんじゃないかと思えてきた。
あの人のセンスは大丈夫なんだろうか。
まぁ、ここは腹を括ろう。
僕は覚悟を決めて、扉を叩く。
……返事が無い、ただの廃墟のようだ。
人の気配が感じられない。本当に宿屋かと疑うレベルだ。
さて、別の宿を探すか。
そう判断し、踵を返す。
と。
ドン、と、僕の身体が何かに当たった。少しよろける。
「ん?」
「きゃっ」
こんな所に壁なんてあっただろうかと考えるが、それが当たった感覚は、僕の胸辺りまでしかなかった。
第一、壁ならこんな可愛い悲鳴を上げたりしない。
そう思って視線を下げると、
「うぅ〜、痛いです〜」
一〇歳くらいの女の子がこけていた。
「だ、大丈夫ですか?」
僕は反射的に声をかけた。
「ふぇ? ひゃ、ひゃい! 大丈夫でしゅ!」
……さすがに噛み過ぎだ。
手を差し伸べると、女の子はその小さな手でおずおずと握ってきた。
「あ、ありがとうございます。えへへ……」
少し照れながら、僕の手を支えに立ち上がり、服に付いた土を払う。
はにかんだ時のえくぼがとてもチャーミングだ。
「それで、どうしてあなたは私の家の前にいたんですか?」
「あぁそれは……」
純粋な瞳をこちらに向けてくる。
これは嘘をつけないな。いや、つく必要も無いんだけどね。
「この辺に宿屋があると聞いて……。って、『私の家』?」
「はい、そうですよ? ———もしかして、お客さんですか!?」
女の子がキラキラと目を輝かせ始める。
あ、これはまずい流れだ。
確かにさっきも今も、純粋な目である事に変わりはない。
変わりはないのだが……、先程とは、純粋のベクトルが違うと言うか……。
何と言うかこう、商売人の目なのだ。獲物を見つけた時の、肉食獣のような。
「ならぜひっ! 私の所に泊まると良いのですっ!」
「いや、でも……」
そう僕が否定しようとすると、途端にショボンとする。
「そうですか……」
これはずるい。
そんな事をされたら、断るに断れんじゃないか。
「あ、いや、じゃあ……、泊まろうかな、なんて———」
「ホントですかっ!」
僕が肯定すると、途端にテンションが上がる。
犬みたいだな、本当に。
「そうと決まれば早速行きましょー。善は急げですー」
「あ、ちょっと……」
僕が何かを言う前に、彼女は僕の手を引いて歩き出す。
今確信した。
この娘は、僕が歩んできた異世界人生の中でも、トップクラスの商売人だ。
何故なら、この娘は自分の武器を分かっている。
利用出来るものは何でも利用し、最大限の利益を引き出す。
幼いながらに、この娘は既に、商人として完成の域にある。
そう思う、夕暮れの僕だった。
戦闘シーン書きたいなぁ……。