第八話:「親バカですか」
「ささ、どうぞどうぞ〜」
進められるがままに連れられて、僕は建物の中に入っていた。
中も、外装程ではないにしろ、中々ボロい光景だった。
そして僕の目の前には、筋肉ムキムキのおっさん。この女の子の父親らしい。
どんな奥さんなら、この遺伝子を捩じ曲げてここまでの少女にできるのだろう。
「おう、嬢ちゃん。客か?」
ニカッと笑って、親父さんはそう言ってきた。
「見た目からして、酒場はまだ早えぇよな。って事は、宿の方か?」
とりあえず頷いておく。
親父さんの顔の迫力に押されて、気持ち数歩下がったのは内緒の話だ。
あと、『嬢ちゃん』は本当に止めてほしい。
「そうかそうか。宿の客は何日ぶりだ? 満足なもてなしはできねぇが、まぁゆっくりしてってくれや。ここも結構ギリギリの状態でやっててよ。ホントは酒場だけの予定だったんだが、母ちゃんがどうしても宿屋を入れるって聞かなくてな。おまけにその宿の方が全然儲からねえんだ。ウチの家計は火の車でな。酒場の経営の方で、なんとか持ってる状態なんだ」
面倒くさい事になりそうだなと感じた僕は、話を打ち切ろうと考えるが、
「あの、それで部屋の方は……」
「ん? あぁ、そうだな。悪いな、こんな話に付き合わせちまって。そんで、アイツに苦しい思いをさせちまってるんだがな」
終わりそうにないな、これ。
僕は諦めて、話を聞く事にした。
「同年代のガキ共と遊ばせてやりてえんだが、今は猫の手も借りたい程忙しくてな。アイツには、こんな商売人みたいな卑しい仕事じゃなくて、もっとちゃんとした職についてもらいてえんだよ。でもウチは貧乏でなぁ。他の職業を学ばせる時間も金も無くてな。親として、ホントに情けねぇ」
ついには、声が潤み始めていた。
あなたの娘さんの天職は商人ですよ。
そうツッコもうかとも思ったが、止めておいた。
すると、僕の横から女の子の声が発せられた。
「お父さん!」
「うん? 何だ、我が娘よ」
「私、全然苦しくなんか無いよ!」
「……いいんだ。苦しい時には苦しい、つらい時にはつらいと言えばいい。子供が我慢する必要なんて無いんだ」
「我慢なんかしてないよ! 確かにお友達はあんまりいないけど、でも私には、お父さんもお母さんもいるし、お客さんも私の事可愛がってくれるよ!」
「お前……、そんな事を……」
「私、お父さんとお母さんの事大好きだもん! 大きくなったら、絶対お父さん達みたいになるから!」
「……我が娘よ」
「お父さん!」
二人は駆け寄って抱き合い、大声で泣き始めた。
「い、痛いよ。お父さん」
「俺は、こんなに親孝行な娘を持って幸せだ!」
……何のコント?
なるべく視界に入れないように目を逸らす。
そう言えば、そのお母さんはどこだろう、と思っていると、
ゴンッ、という、何かがぶつかる音と、
「グハッ」という、親父さんの声がした。
何だ? とそちらを向くと、親父さんの後ろに誰かが立っていた。
その人物の足は、親父さんの頭の上にのせられており、踵落としをされたのだという事が推測出来る。
その人物は、怒りに肩を震わせていた。
「アンタ達……、お客さんをほったらかしにして何やってんだい?」
「か、母ちゃん……」
「お、お母さん……」
先程の感動的な空気はどこへやら、二人の顔は恐怖に染まっていた。
「お客様は神様だって、あたしは教えたはずだよねぇ?」
「「は、はい……」」
「じゃあアンタ達は、その神様を蔑ろにして何をやってんだい?」
「すいませんでしたっ!」
「ごめんなさい、お母さん!」
お母さんと呼ばれたその人は、鼻をフンと鳴らすと、
「酒場の方が混んできたから、そっちに周りなさい」
と言った。
その指示が出るや否や、二人は脱兎のごとく駆け出して、酒場の方へ向かった。
それを見届けると、彼女は僕の方に向き直って言う。
「見苦しいモンを見せちまったね、あたしはここのオーナーだよ。さっきの馬鹿亭主の嫁で、さっきの馬鹿娘の母親だ」
あぁ、やっぱりか。
年齢相応に老けてはいるが、若い頃は美人だったんだろうと推測できる。
けれどそれを差し引いても、あまり娘さんの容姿とは合っていないような気がした。
何と言うか、母親が綺麗系の美人なのに対して子供は可愛い系なのだ。
人体の神秘に思索を巡らそうかとも思ったが、恐らく答えは出ないので止めておいた。
「随分と仲の良い親子なんですね」
「甘やかして、それに甘えてるだけだよ」
「はぁ……、親バカですか」
「バカ親だよ」
そう言うと、溜息を吐いた。
「それで、アンタは何なんだい?」
「あぁ、僕は今夜泊めてもらおうと思ってきたのですが」
僕がそう言うと、途端に目を輝かせ、
「何だい。アンタ、宿の方の客かい。それを早く言いなさんな。それで、どの部屋が良いんだい?」
「あ、えっと、今持ち合わせが少ないので、なるべく安い部屋を———」
「そう遠慮するなよ。どうせ今日は、他に客はいないんだ。どうせなら一番でかい部屋を使っちゃいなさい。料金は普通の部屋の値段にしといてやるからさ」
「は、はぁ……」
彼女は一旦奥に引っ込み、一つの鍵を手にして戻ってきた。
「ほれ、部屋の鍵だ。ここと酒場をつないでる通路に階段があるから、そこを登ってすぐ右だ」
そう言って、鍵を手渡してきた。
「飯はどうする? 追加料金を払ってくれれば、こっちで用意するが」
「食事はあるので大丈夫です」
「そうかい。まぁ小腹が空いたら降りてくると良い。なんか作ってやるから」
「ありがとうございます」
僕は、お礼を言って階段に向かう。
去り際に様子を窺うと、満足そうな表情をしている女将さんがいた。




