第九話:「やらかしてると思うけどね」
部屋の中は、それほど酷くはなかった。
勿論、外装と比べてと言う話で、実際は平均的だと思うが、僕は充分満足だ。
部屋に入ってすぐの位置にベッドがあったので、とりあえず寝転がり、しばらくボーッとしていた。
異世界に来た日や後数日は、若干のホームシックに陥る事がある。今回も多分そうだ。
ベッドは、お世辞にも寝やすいとは言い難かったが、寝返りを打てるだけのスペースはあった。
フゥ、と息を吐くと、勢いをつけて体を起こす。
拳で空中を叩いてひびを入れると、その中に手を突っ込む。
そこから水を取り出して、一気にあおる。
「あ、無くなった」
どうやら、今のが前の世界で補給した最後の水だったらしい。
空になった水筒に向かって念じると、大きな火の手が上がる。
それを適当に放り投げると、床に落ちる前に燃え尽きて無くなる。
明日、どこかで水を補給するか、と考える。
水魔法を使うという手もあるにはあるが、あれは量の調節が難しく、使い勝手が悪い。
魔法は戦闘に使うに限る。
それを考えた所で、おなかがグゥ、と鳴る。
もうそんな時間かと外を見ると、既に日は落ちていた。
食べ物、と念じながら、ひびの中を探ると、何かを掴んだ。
取り出したのは、先程の猪の肉。
これでいいか、と思いながら、それにかぶりつく。
……うん、まぁ、食えない事も無い。
ちょっと硬いのと、獣臭いのが気になるが、そこはまぁ許容範囲内だ。
僕は食べ物の味など分からないので、食べられれば何でもいいタイプの人間だ。
加えて僕は小食なので、その一切れで満腹になる。
ご飯が欲しいなと思う。
食事を終えた僕は、再びベッドに寝転がり、今日あった事について整理する。
出だしとしては上々だろう。
ちょっと目立ってしまった感もあるが、これから大人しくしてれば問題無いだろう。(多分無理だが)
あとは、また知らないうちに何かやらかしていないかを祈るだけだ。
「十中八九、やらかしてると思うけどね」
異世界では、それが常なのだ。
瞼を閉じると、一気に眠気が襲ってくる。
いくら異世界に行くのに慣れていても、それはあくまで『慣れ』だ。『適応』では無い。
そして、『適応』していない以上、それ相応の疲労はある。
酒場の話し声が心地よい眠気を誘う。
いつの間にか、僕は眠りに落ちていた。
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———遡る事数時間前。
とある一つのパーティが、依頼を受けていた。
CランクとDランクの混成で、それなりにバランスは整っていた。
彼らが受けたのは、大猪の討伐。
彼らの実力なら、苦戦はするが、倒せない程強いと言う訳でもない。
彼らの内の一人が口を開く。
「にしても、こんな町の近くに魔物が発生するとはな」
それに続くように、他のメンバーも次々と口を開く。
「異常……と言う程ではないけれど、確かにちょっと変わってるわね」
「最近は、他の町や国でも同じようなことが起きてるらしいぜ」
「噂によると、近々魔族の侵攻があるらしいですよ。その影響で、魔物の活動も活発化してるとか」
「おいおいマジかよ。勘弁してくれってんだ」
その後も何言か話し合っていたが、不意に一人が異変に気付く。
「おいおいどうなってんだ? 一向に獲物が出てこねえじゃねえか」
「確かにそうね。かれこれ半刻は歩き続けてる。ヤツの生活圏内に引っかかってもおかしくはないのだけれど」
「ガセネタ掴まされたんじゃねえか?」
「いや、それは無いだろう。その証拠に……、見ろ」
一人が、ある一点を指差す。
そこには、よく目を凝らさないと分からない程度だが、獣の足跡が残されていた。
「これで、少なくとも情報がガセだという事は無くなった」
「じゃあ何で見つかんねえんだよ」
「分からん。とにかく、もう少し辺りを探索してみよう」
その言葉に、彼らは渋々従った。
暫くして、一人があるものを見つけた。
「おい、皆。ちょっと来てくれ」
その言葉に、パーティメンバーは彼の元に集まる。
そして、彼が示すものを見て、一同は一様に困惑する。
「何だ、これは?」
「焼け焦げた獣の毛皮みたいですけど……」
それは、木の枝に掛けられた大猪の毛皮だった。
それを見て、リーダー格らしき男は考える。
(どういう事だ。俺たちの他にも同じ依頼を受けた奴らが? いや、それは無いだろう。なら何だ? 考えられるとすれば、別の依頼を受けたヤツが、偶然遭遇し撃退したという事になるが……)
男は、更に思考の深みにはまる。
(この辺りである依頼と言えば、せいぜい薬草採取程度だ。そのレベルのヤツが、大猪を相手にでき、まして倒す事などあり得ない。しかしこれは、相当強力な火魔法。となれば、扱えるのは、かなり高位に位置する魔術師という事になる。だが———)
「……ーダー、リーダー、リーダー!」
呼びかける声にハッとなり、意識が現実に向く。
「どうします、リーダー?」
「一応、その毛皮は持ち帰ってギルドに報告だ。後の指示は、ギルドで仰ぐ」
了解、と、一同は声を揃えて返事をする。
それを聞きながら、男は再び黙考する。
(いずれにしろ、重要な事には違いあるまい。場合によっては……。いや、これはまだ早いか)
そう考えながら、男達は町に向かって歩き出した。




