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オーバードリーム  作者: 左ノ右
第一章 
2/14

1-1 迷子の少女

 IMPOSSIBLE――不可能な

 EVOLUTION―――進化を遂げた

 MUTANT――――――突然変異


 そう呼ばれる『特殊な能力』を持った人間――彼らがこの世界に現れたのは、わずか10年ほど前のことであった。


 人体には操ることが出来ない不可思議な力――。物理法則を無視した超常現象を起こすことが出来る人間。


 彼らは自らが突然授かった能力に何の疑問も持たずに、まるで自分の力を試すように暴れまわり、そして世界中で能力者たちによる暴力や支配が始まった。


 そして、なんの力も持たない普通の人間は、彼らを恐れ、そして排除するために行動を起こした。

 能力者たちのことを『IEM』という総称で呼び、持てる科学力の粋を尽くして戦争を仕掛けたのである。


 最初は強力な力によって人間達を圧倒していたIEMだったが、負けられない人間達の猛攻に徐々に疲弊してゆき、戦争は3年という短い年月で終結した。


 決して敗北したわけではないが、追い詰められたIEMは人間側に和平交渉を望み、また、戦争によって大打撃を受けていた人間側はそれを受諾した。


 とはいえ、恐るべき力を持ったIEMを野放しにするわけにはいかず、人間側は平和を望むIEM達に対して一つの提案をする。


 それは、IEM達を集めた島を作ろうというものであった。


 衣食住の全てを人間達が負担し、なおかつその島に居る間は完全なる安全を保証する。


 そういった盟約の元、IEM達が住む島『ユグドラシル』の建設が始まり、2年という異例のスピードでそれは完成した。


 建設には数多くのIEMが関わり、それを作る資金や技術は世界各国の経済発展都市が協力した。


 そして、その島が作られた場所は、今のところ主だった脅威が無く安全だと判断された日本という国だった。


 日本国内に存在するとはいえ、本土からは10キロ以上離れた場所にある人工島『ユグドラシル』

 ――その島は主に5つのブロックで構成されている。


 島内での食料、衣服、その他生活必需品を販売している『商業エリア』。


 住民の主な生活基盤となる『居住エリア』。


 IEMの能力をいかに活用するかを研究するエリアと、その為の教育を施すためのエリアの二つが合わさった『研究・教育エリア』。


 島内での犯罪行為をしたIEMを収監する目的で造られた『管理エリア』。


 4つのブロックの中心部に、まるで他のエリアの繋ぎ目のように設置されている『農業エリア』。


 各種発電・浄水施設などは省かれるが、概ねその5つによって島の機能は成り立っている。


 島内部の住人の生活は、現代社会における発展国と殆ど同じようなものであり、研究所に勤めているIEMは会社員のようにそこに毎日通い、商業エリアで店を開いているものは、定休日以外は休むことなく汗を流して働いている。


 他と違うところがあるとすれば、それはIEMだけが通う学校の制度である。


 まず、退学という概念が存在しない。その理由は、学校自体数が少なく、授業料も無償だからである。もちろん問題を起こした生徒に対する停学処分はあるが、時間をかければ誰でも学校を卒業できるようになっている。


 どうしてそのようなシステムになっているのか――それは、ふざけた話ではあるが『世界の治安』を少しでも良くする為である。


 10年前の戦争は、短絡的な思考のIEMが多かったという統計データが存在し、学校もまともに通っていない若者が無作為に暴れまわった結果、戦争が引き起こったのだと、一部の学者からはそう考えられていた。


 だから、歴史や数学、文学に関わって思考能力が上昇すれば、10年前のような馬鹿なことは起こさないのだろうという、それこそ短絡的な思考によってその制度は実装された。


 実際それは妄想や差別に近い決めつけなのだが、IEM側からすれば悪いことではないので、その状況を甘んじて受け入れている。


 他にも普通の学校とは色々と違うものはあるが、授業内容や授業時間はおおよそ先進国と変わるものでは無い。


 そしてそれは、篠森夢依が毎日通っている()()(もと)高等学校も同じことで、彼女はその学校に遅刻しないように全力疾走していた。


 居住エリアから教育エリアまでは電車が通っているので、エリア移動はそこまで時間がかからない。


 だが、電車も学校の前までは通っていないので、目的の学校にたどり着くまでにはそれなりの距離があるのである。


「はぁっ……はぁっ――。なんとか……間に合ったみたい………」


 なんとか学校までの道を走ってきた彼女は、息を切らしながら学校を見上げる。


 どうやら時間にはまだ余裕があるようで、これなら全力疾走してくるんじゃなかったと夢依は少し後悔した。


「うー……眠い………まぶたが重い………体もダルい」


 愚痴りながら校庭を歩いていると、夢依は前方に見知った顔を見つけた。


 だが、どうやら相手は夢依の存在には気づいていないようで、ゆっくりと静かに校庭を歩いていた。


「おーい………理恵ー……」


 仕方なく夢依が気だるげに声を掛けると、前方を歩いていた同じ年頃の少女が振り返る。


 夢依と同じ制服を見に纏ったその少女は、明るく活発な印象のある夢依に比べて、物静かでどこか気品のある知的な印象がある顔立ちをしていた。


 腰までの長い黒髪を持つ、大人びた雰囲気の彼女の名は水原(みずはら)理恵(りえ)――。夢依の同級生であり、親友とも呼べる間柄の少女であった。


 彼女は、普通ならばどこか冷たい印象を受ける三白眼を持っているのだが、その人柄からなのか、理恵の印象は優しく、穏やかなお姉さんのような雰囲気を漂わせていた。


 夢依の存在を感知した理恵は、一度立ち止まり、のんびり歩いてきた夢依と合流してから口を開く。


「おはよ。………どうしたの、その顔? あとその腕、大丈夫?」


 夢依のまぶたは今にも落ちそうに震え、足取りもフラフラとおぼつかない。


 その上、手首には昨日負った火傷痕を隠すために白い包帯が巻いてあるのだから、理恵が心配するのも無理はなかった。


 前日の疲れがまだ残っている夢依は、どこか生気のない顔を理恵に向けて。


「うん、昨日ちょっとね………ふぁああー、ダメだ全然眠い……なんで学校ってこんな朝が早いんだか……十二時くらいでもあたしは全然構わないのに………」


 そう不真面目極まりないことを言った。


 前日の戦闘から家に帰り、就寝したのが午前四時、故に実質三時間ほどしか寝ていないからこその発言なのだが、当然その経緯を知らない理恵は、少し困ったような、呆れたような表情を浮かべて言う。


「なにかしらの理由があったのはわかるけれど、今のままでいるのはあまりよろしくないわね。そんな状態じゃ今日のテストいい点取れないわよ」


「えっ! 数学の小テストって今日だっけっ!?」


 眠気で閉じかけていた眼を見開き、夢依が心底驚いたという表情をすると、理恵は少しイタズラッぽく微笑んで、


「そうよ。知らなかった――。ということは、昨日テスト勉強をしていた訳ではなさそうね」


「えぇー……ぜんっ…ぜん勉強してないよぉー……まいったなぁ、ただでさえ眠くて頭クラクラするのに……」


 頭を抱える夢依に、理恵は鞄から一本の水筒を取り出し、夢依に差し出す。


「――仕方ないわね。そんな貴女にコレをあげるわ。眠気覚ましのコーヒーよ」


「ホント? ありがとね」


 飛びつくように水筒を受け取った夢依は、それを一気に飲み干そうとし、


「――って甘っ!?」


 あまりの甘さに、夢依は受け取ったコーヒーを取り落としそうになるが、なんとか踏み止まって、


「ねぇ、これコーヒーだよね? なにか別の飲み物じゃないよね?」


 と自らの舌を疑うように理恵に聞いた。


 一方、言われた方の理恵は、小首を傾げながら、


「そんなに甘いかしら。それ私の特製のコーヒーなんだけど、疲れてるときや眠いときに飲むとスッキリするでしょう?」


 と自らの飲み物が甘過ぎることをまるで気にしていないような口調で言った。


 彼女は重度の甘党なので、それが異常であることに気が付いていないのである。


「うん………おかげで頭はすごいスッキリしてきたけど、これってコーヒー自体もかなり濃く出してない?」


「通常の二倍の濃度のコーヒーに砂糖をたっぷりと入れてあるから。カフェインで脳の覚醒効果、さらに糖分で脳を活性化することで、短時間だけれどかなり集中できるようにしてあるのよ。もちろん、飲み過ぎには注意だけれどね」


「ふーん………まぁともかく、眠気はどっかに吹っ飛んじゃったし、言われてみれば頭の回転も速くなってきた気がするし、これならテスト、いけるかもしれないっ!」


 そう言ってガッツポーズを決める夢依に、理恵は冷静に言葉を返す。


「だったらいいのだけれどね。テストって結局は知識の積み重ねがないと解けないものだから、脳を活性化させただけじゃいい点は取れないと思うわよ?」


「だーいじょうぶだって、今なら授業の内容を全部思い出せる気がするもん。よぉーしっ、やるぞぉーっ!」


 もはや夢依は理恵の言葉をまったく聞いておらず、どこか奇妙なテンションのまま、学校の中へ走って行ってしまう。


「………完全にカフェインの効果でハイになっているわね。まぁ元気がないよりはいいかしら」


 そう言って小さく溜息を吐いた理恵は、先ほどの夢依の姿を思い出してクスリと微笑み、ゆっくりと校舎の中へ入って行った。

 



 学校が終わり、生徒達がそれぞれの部活や帰宅をする中、夢依と理恵の二人が校舎から出てきた。


「はぁー……テスト全然ダメだったな………補習、ありえるかもしんない………」


 絶望した顔でトボトボと歩く夢依に対して、どうやらテストの結果は悪くはなかった様子の理恵が励ますように言う。


「まぁ、あまり気落ちしていても仕方がないわよ。そうだ、気分を変えるために甘いものでも食べに行きましょうか?」


「あっ、いいねソレ! 賛成サンセーッ!」


 先ほどまでの気落ちした様はどこへやら、夢依は嬉しそうな声で理恵に賛同する。


 理恵ほどではないが、夢依もまた甘党なのである。


 こうして、二人の放課後の予定は決まり、二人は学校エリアから商業エリアへと移動して、商業エリア内にあるショッピングモールを練り歩く。


 それぞれの店を冷やかして回る内に、時刻は5時を既に過ぎていたが、娯楽が少ない『ユグドラシル』の繁華街はまだ多くの人でごった返していた。


「むむ、新発売のマンゴーケーキにするか、それとも新しく出来たお店の新商品を食べに行くか……両方食べれるほどお金は無いしなぁ……」


「そうね。どちらにしたものかしら……ん?」


 悩む夢依の行く先を見て、理恵はなにかに気付く。そして、しばらくしてから――。


「――ちょっと待ってくれない?」


 と、未だにどちらにするかを悩んでいた夢依を引き留める。


「へ? なになに、どうしたの?」


 友人の真面目な声に、驚いた様子で夢依が聞き返すと、理恵はまっすぐ前を指差した。


「あの子。――随分と不安そうにしているけれど、もしかしたら迷子なんじゃないかしら?」


 理恵が指差す先には、辺りを不安そうな眼差しで見渡す一人の少女が居た。


 歳は十歳ほどの、宝石のような濃い青の髪をした、白いワンピースを着たその少女は、人混みを切り分けるようにポツンとその場に立っていた。


 少女は、周りから浮くほどに綺麗な顔立ちをしており、きめ細やかな白い肌をほんのりと薔薇色に染め、どこか浮世離れしたような美しい金色の眼で、人波を不安そうに見つめている。


 彼女の存在に気付いている人は他にもいるようだったが、誰もその少女に話しかける様子は無かった。


 いや、話しかけたくとも、気品あるまるで人形のような少女の前に立つと、何故か萎縮してしまい、結局話しかけられずに皆逃げてしまっているのである。


「あー……そうかもね。すごい不安そうにしてるし、どうする? 助けに行こうか?」


 少女に声を掛けようとする人々を代表するように夢依が言うと、


「まだ迷子と決まったわけじゃないわ。とりあえず、話を聞いてからどうするかを決めましょう――」


 理恵は冷静に状況を判断して、妥当な提案をした。


 そして、そうするとなったらすぐに行動するのが夢依であった。


 夢依は、大げさに左右に揺れながら、少女に向かって遠慮なく近づいてゆき、


「もしもーし、そこのお嬢ちゃーん? ちょっといいかな?」


 とびっきりの笑顔を浮かべながら、そう少女に話しかけた。


 すると、その少女は話しかけられるまで夢依の存在に気付いていなかったのか、かなり驚いたような表情で夢依を見た。


 理恵は、あからさまに怪しい態度の友人を諌めるように肩を叩いてから、


「なによそのナンパみたいな口調は……。――えっと、ごめんなさいねいきなり。私たちの勘違いだったら良いんだけれど、もしかしたら貴女なにか困りごとがあるんじゃないかしら?」


 と、優しい印象を受ける声で少女に話しかける。


 少女は、いきなり現れた二人を前にして、少し怖がっているような緊張した声で、


「えっと……その………」


 そう初めて言葉を発した。


 しかし、少し待ってもそれ以上少女は言葉を紡ごうとしないので、焦れた夢依が、


「理恵は逆に解りづらいんだって。子供相手には単刀直入が一番よ。――というわけでお嬢ちゃん。キミもしかしたら迷子さん?」


 と、まさに単刀直入な物言いで、ストレートに少女に聞く。


 すると、夢依の物怖じしない明け透けな物言いに誘導されたのか、


「あの………えっと。――はい、そうです」


 少しまだ緊張した声音だったが、しっかりとそう答えた。


 迷子であることを本人から聞き出した夢依は、そのままの勢いで少女に話しかける。


「あのさ、良かったらお姉ちゃん達がお家探すの手伝ってあげよっか?」


「え………ホントですか?」


 いきなりの夢依の提案に、戸惑う様子を見せる少女に、理恵は優しく言う。


「余計なお世話だったら断ってもいいのよ? ちょっと考えてみてくれないかしら?」


 理恵の言葉に、少女は少し悩むように下を向いていたが、しばらくしてから不意にその顔を上げ、


「その………えっと、そうですね。できれば………その、手伝って………ほしいです」


 たどたどしい口調だったが、しっかりと意志を伝えるような様子で、少女は協力を要請する。


「よしっ決まりね! それじゃ行こっか?」


 思い立ったらすぐ行動に移す夢依は、さっそく張り切った様子で少女に手を差し出す。


「………あの、この手はなんですか?」


 差し出された手を、ポカンとした様子で少女が眺めていると、


「あれ? 手ぇ繋ぐの嫌いだった? ごめんねーあたしそういうのどうもニブイもんで………」


 そう言って夢依は笑いながらポリポリと恥ずかしがるように頬を掻いた。


 そんな夢依を少女は一瞬眼を丸くして驚いたように見ていたが、


「いえ………いいんです。――じゃなくて……あの……その………」


 と急に体をもじもじと動かしながら、何かを言いたそうな雰囲気を出し始めた。


「んー?」


 夢依は、少女の次の言葉を促すように優しげな声音で首を傾げる。


 しばらく眼を泳がすように虚空を見ていた少女だったが、首を傾げたまま言葉を待っている夢依に気付くと、どこか焦ったような口調で、


「やっぱり……その………手を………あの、握ってくれませんか?」


 下から遠慮するような上目使いで見ながら、少女は夢依に懇願する。


「………」


 何故か夢依は、そんな少女を黙ってしばらく見つめていた。


「……あの?」


 いつまでも反応の無い夢依に不安を覚えて少女が聞くと、まるでそれが引き金だったかのように、夢依はいきなり少女に抱きついて、興奮した声で一気にまくし立てる。


「うわー………いいないいな、恥ずかしがっちゃってさ。こーいう妹ほしかったなぁっ!」


「わっ!? ……あの………どうしたんですか?」


 急に抱きついてきた夢依に驚いたのか、顔を赤くして困惑した様子で少女が叫ぶと、


「止めなさい、この子が困ってるじゃない。――ねぇ?」


 理恵が少女から夢依を引き剥がすように引っ張って、少女のことを助ける。


 呆れた様な笑顔で理恵にそう言われた少女は、


「えっ、いやっ……その………」


 同意するべきなのか、しないべきなのか迷うような様子で眼を泳がせる。


 一方、引き剥がされた夢依は、あっさりとした様子で、


「はーいはい、分かりましたよ。さて、スキンシップもこんぐらいにして、今度こそ行こっか?」


 と、今度こそ少女と手を繋ぐ為に、笑顔で再び右手を少女に差し出した。


 少女は再び抱き付いてこないか警戒するように、その手をしばらく見つめていたが、やがて、おそるおそると慎重に自分の手を伸ばしてゆき――


「よ、よろしくおねがいします………」


 かなり緊張したような、恥ずかしがっているような、どちらともとれる表情を浮かべながら、夢依の手を取った。



 

 それから三人はしばらくショッピングモールを歩いていたが、少女は、初めての相手に緊張してからなのか無言のままだった。


 すると、それを見かねたのか、不意に夢依が気さくな口調で少女に話しかける。


「それじゃあ、まずは自己紹介からしよっか? ――あたしは篠森夢依、見ての通り学生だね。学生証もあるよ? ホンモノだよ?」


「……そう、なんですか?」


 眼の前でヒラヒラと振られる学生証を物珍しそうに見ながら、少女はぼんやりとそう呟いた。


 学生証を揺らして遊んでいる夢依を、理恵は呆れた顔で見ながら、


「だれも疑ったりなんかしてないから学生証をしまいなさい。ああ、そうだ、今度は私の番ね。――私は水原理恵。その子と同じ学校に通っているわ」


 と、自分の自己紹介をする。


「あ、その、よろしくです……」


 そう言って律儀に礼をする少女に、理恵は彼女がしっかりした子なのだなという印象を受けながら、


「さ、次は貴女の名前を教えてくれるかしら?」


 今度は少女に、自己紹介の番を回した。


 少女は、多少言い詰まりながらも、丁寧な口調で、


「わ、わたしは。――わたしの名前は、璃々(りり)です。よろしくお願いします」


 深々と礼をしながら、そう名乗った。


「リリちゃん? いい名前だね。お父さんとお母さんどっちが付けてくれたの?」


「あっ……それはお父さ――じゃなくて……わたしを預かってくれている人が名付けてくれたんです」


「――預かってくれている人?」


 変な言葉の言い回しに、夢依が疑問を返すと、


「あ、えっと、それは………」


 言い辛そうに璃々は口ごもり、そのまま黙ってしまう。


 そんな璃々を見て、理恵は夢依だけに聞こえるように傍に寄って小声で、


「少し複雑そうな家庭だから、これ以上は入りこんだ質問は止めておきましょう。あまり詮索しすぎるのも良くないわ」


 やんわりと夢依に注意した。


 すると夢依は、自分の発言が軽率だったことに気付いたのか、


「う、うん。そうだね。――ごめんね、ヘンなこと聞いて。さ、行こっか?」


 片手を縦に立てて璃々に謝りながら、璃々の手を引いて先へと促した。




 それからしばらく歩き、夢依達は商業エリアから、農業エリアを通って、居住エリアに行こうとしていた。


 最初は各エリアに通っている電車を使おうとしていたのだが、璃々がお金を持っていないと言うので、徒歩でそこに向かおうとしているのであった。


 三人は広い公園となっている農業エリアを、雑談しながら歩いていたが、公園を半分ほど来た所で、不意に璃々が、


「あの……ここまでくればもう大丈夫です」


 急にそんな言葉を言って立ち止まった。


「えっ! ここでいいのっ!?」


 夢依は驚いて辺りを見回す。


 辺りにあるのは、大きな池と、芝生が広がる広場だけで、どこにも住居らしきものは見えない。


 璃々はそんな夢依に説明するように、その理由を語る。


「はい、ここからは道が分かりますから――」


「そう……なんだ………」


 家まで送る気でいた夢依は、拍子抜けしたようなポカンとした顔をしていた。


 璃々はそんな夢依と握っていた手を離すと、感謝の意を示すように深々とお辞儀をする。


「本当に助かりました。――ありがとうございます」


「いいってそんなかしこまらなくてもさ。この街に居るならまた会えるだろうし、今度会ったら遊ぼうね」


 その夢依の言葉に、璃々は驚いたように、


「…………今度、ですか?」


 まるで次に会うことはもう無いと思っていたかのようにそう答えた。


 『ユグドラシル』はそう広い都市ではない、ゆえにそこで知人が出来たのならば、再び会うのはそう難しいものではない。


 だというのに、璃々は次に会うことをまるで念頭に置いていなかったような、そんな表情を浮かべていた。


 理恵は、そんな璃々の態度を人見知りによるものだと解釈したのか、


「少し厚かましいかもしれないけれど、困ったことがあったらなんでも言ってね。私達が出来ることならなんだって手伝うわ」


 優しい笑顔を向けながらそう言った。


 璃々は、そんな理恵と夢依の二人を交互に見つめていたが、不意に思いきったような表情を浮かべると、


「………あの、最後に一つだけ質問していいですか?」


 と少し緊張した声音で切り出した。


「ん、なーに?」


 夢依は璃々の少し真剣味を帯びたその様子に気付かず。のんきな声でそう聞き返す。


 璃々は、質問を提案する前よりもさらに真剣な表情を浮かべながら、その質問を言う。


「どうして………どうしてこんな見ず知らずのわたしに良くしてくれるんですか? わたしが子供だからですか? それとも何か別の目的があるからですか?」


 少女の発言に、夢依と理恵はお互いに顔を見合わせてから――。一呼吸おいて同時に噴き出すように笑い出した。


「なにがおかしいんですか?」


 自分のことを笑われたと思った璃々は、若干ムッとした表情を浮かべて二人を問い詰めると、


「いや、ごめんごめん。しっかりしてるなって思ったのと、あからさまにあたし達不審者扱いされてるなぁーって思ったら急に可笑しくなっちゃって………」


 そう言って笑いながら謝る夢依。


 そんな夢依とは対照的に、既に表情から笑みを消した理恵は、


「貴女のことを笑ったわけじゃないから許してね。――たしかに私達は貴女に疑われても仕方のない行動をしているわ。でもね、世の中には悪意で人に優しくする人も居れば、その反対の善意で人に優しくする人が居るの。それだけは、知っておいてくれないかしら?」


 子供相手に言うような口調ではなく、先ほどの璃々のように真剣味を帯びたしっかりとした口調でそう言った。


「………」


 璃々は、その言われた理由を考えるように無言で口元に手を当てる。


 夢依は、未だ納得できていないという様子の璃々を見て、


「理恵……それってさぁ、ちょっと理屈っぽく過ぎない?」


 と異論を唱えた。


「え、そうかしら?」


「そうだよ。あたしはもっと単純な理由でいいと思うな。――たとえば友達だからとか、自分が助けたいと思ったからとかね」


 その夢依の言葉に、璃々が反応する。


「自分が助けたいと思ったから………ですか?」


 璃々の質問に、夢依はうん、と頷きながら、


「そう、人が人に優しくしたり行動したりする理由なんてさ……それぐらいでいいとあたしは思うんだ。変に理由を付けたり、説明しても分かってもらえないことは沢山あるけど、感情的に、つい――。なんとなくで動いたほうが相手にも、そして自分自身にも分かりやすいと思う」


 珍しく真剣な口調で、自分自身の思考を慎重に言葉に変換するようにそう言った。


「……つい――なんとなく……ですか………」


 璃々は、夢依の言葉の意味がまだよく分かっていないのか、聞き返すようにそう呟く。


「うん、ついだね。体が勝手に動いちゃいましたって言えば、誰だって納得してくれるとあたしは思う。少なくともあたしはそうだな。理屈じゃないんだよ、こういうのはさ……」


 淡々とした、それでいて冷たさを感じさせない口調で、夢依はそう璃々に言う。


「理屈じゃない……」


 璃々は、夢依の言葉をまだ完全には理解していなかったが、何かを感じ取ったように神妙な面持ちで考え込んでいた。


 一方夢依は、そんな真面目な雰囲気についに耐えられなくなったのか、照れたように笑いながら、


「あはは、なんかあたしの言葉も説教臭くなっちゃったね。それじゃ――、ここらへんでお別れしよっか? またね璃々ちゃん。ここらへん変な怪獣が出るから気をつけてねー」


 と、冗談を言いながら、逃げるようにその場から走り去ってしまった。


「ちょっと夢依――。ああもうあの子は……それじゃあ、また今度会いましょうね璃々ちゃん」


「ええ、さようなら――」


 理恵は、そう短い別れの挨拶を済ますと、夢依を追いかける為に公園を走って行った。


 璃々は、そんな慌ただしい二人を見送りながら、


「………」


 どこか達観したような、寂しそうな、どちらともとれるような表情を浮かべていた。




 璃々と別れた夢依と理恵は、元の商業エリアに戻るために来た道を戻っていた。


 璃々を送るときには夢依は気付いていなかったのだが、その公園内は、とてもその前日の夜に夢依が魔物と激しい戦いをしたとは思えないほどに平和で、のどかだった。


 その理由は、夢依が夜に戦った場所が既に立ち入り禁止となっているからである。


 戦いの傷痕さえ見えなければ、辺りは平和そのものといった光景が広がる公園なので、人々はそこで戦いがあったことすら気付かないのだ。


 騒ぎになっていないのは有難かったが、同時にあれほど大変な戦いだったのに、世間の扱いはそんなものなのかと思いながら、夢依が公園を見廻していると、――隣を普通に歩いていた理恵が急に、


「――ふふっ」


 なにかを思い出したようにそう笑った。


「ちょっと――なに笑ってんのさ?」


 理恵がなにを笑ったのか薄々気付いているのか、夢依が少し不機嫌そうな声で聞くと、


「いや、だって、いっつも不真面目な貴女がさっきは凄く真面目に語っていたなぁ、って思ったら急に可笑しくなっちゃって」


 そう言って理恵は再び笑い、その顔を隠すように口元を手で押さえる。


「あたしだって真面目になるときはなるってのっ! もー、さっきのは自分でもちょっと恥ずかしいなって思ってたのに蒸し返さないでよっ!」


 顔を少し赤くして、全身で憤りを表すように夢依は地団太を踏む。


「ごめんなさいね――でも……ふふっ、ちょっとだけカッコいいとも思ったわ」


「あーっ! あーっ! やめてホントにやめてそういうのっ! あああ、なんだか凄く恥ずかしくなってきたぁ………あんなコト言うんじゃなかったぁ」


 叫びながら夢依は完全に赤くなってきた顔を両手で覆い隠す。


 理恵は、そんな夢依を見ながら、少し意地悪そうな笑みを浮かべて、


「後悔しても今さら自分の発言は取り消せないわよ。それより素直に賞賛の言葉を受け止めてみるというのはどうかしら?」


「そんなコト出来るわけないじゃんっ!? あーもーニヤニヤしないでよっ! うう……恥ずい……すっげぇ恥ずい………」


 耳まで赤くして恥ずかしがる夢依を、理恵は微笑ましいといった様子で眺め続けるのだった。

 



 その日の夜――。


「ただいま帰還しました――」


 暗い闇の中からそう言って現れたのは、さきほどの迷子の少女。――璃々だった。


「ああ――。予定よりも少し時間が掛かったようだな。ともかく、まずは報告だな……(くだん)の人物とは接触が出来たのか?」


 そう言って璃々を迎えたのは、薄暗い室内に映える長い銀髪をした、歳の頃は20台半ばほどの長身の男。


 銀髪に映える青い眼をした男は、璃々に釣り合うほどの美形の男で、白いローブのような外套を身に付け、その上に装飾の施された白いマントを着込んでいた。


 おそらくは彼が璃々の言っていた保護者なのだろう――。


 だが、男のその言葉は同居人というより、まるで直属の部下に言うような言葉だった。


 しかし璃々は、男のその態度が当たり前だというように、素直に男の言葉に従う。


「はい……なんとか彼女と直に接触し、その能力を読み取った結果――間違いなく彼女が『特異点』であるということが分かりました………」


「そうか――。では貴重な手駒を無駄にしたというわけでもないようだな」


 璃々の報告を聞いて、男は意味深にそう呟いた。


 璃々はその男の態度を気にするように男の顔を見ながら、


「どうやらそのようです……それであの………『特異点』はどうなさるおつもりですか?」


 不安そうな声でそう聞いた。


「決まっている。予定通りに我々の計画に協力してもらうだけだ。アレがいなければ計画を始めることすら困難なのだからな」


 男の言葉に、璃々は少し残念そうな態度で、


「……。そうですか……」


 とだけ呟いた。


 璃々のその奇妙な態度に気付いた男は、璃々を責めるように、


「どうした? まさか、いまさら計画に異でも唱えようとするつもりではないだろうな?」


 男の偉そうな言葉に対し、璃々は刃向かう様子をまったく見せずに、


「いえ……そのようなつもりは………」


 男から眼を逸らしながら、少し悲しそうな声でそう言った。


 そんな璃々を見て、男は納得したのか、


「ならばいい――。では引き続き特異点の監視を行え」


 やはり横柄な態度で璃々に命令した。


「はい……了解しました………」


 男の言うことには逆らえないのか、璃々はなにも文句を言わずにそう言って頷く。


 そして、二人の会話はそれで終わったのか、璃々が男から離れようとしたその時、男が急に思いついたように、


「ああそうだ――。もし機会があれば特異点に恩を売っておけ、何かの役に立つかもしれんからな――」


 そんな追加の命令を璃々に出す。


「………はい、わかりました」


 璃々はそう言ってから一度男に対して礼をすると、再び闇の中へと消えた。




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