1-2 夢の中の図書館
翌日、夢依は特に何事も無く学校に通い、そして通常通りの授業を受けた。
そして迎えた放課後、帰り支度をする理恵に、夢依はいつものように話しかける。
「あー、ようやくも学校終わったし、今日こそ甘いものを食べに行こうよ!」
前日は璃々を送り届けてからすぐに帰ったため、今日こそはと意気込んで言う夢依に対し、
「残念だけれど、今日はダメね。だって今日は図書館に行かなくちゃいけないもの」
理恵は、そう素っ気なく言いながら、持ってきた教科書を鞄に詰めた。
それを聞いた夢依は、心底嫌そうに顔を歪めて、
「……そっかぁ、あー、今日はバイトの日だったっけ……ってコトは、あそこにいかなきゃだ……」
苦々しい声で、世の中の全てを怨むようにそう言った。
「そうね。図書館に行くってことは貴女にとっては別の意味でもあるものね」
夢依がそこへ行きたくない理由を知っているのか、理恵が少し同情するようにそう言うと、
「うう、ヤダなぁ………あいつキライなんだよなぁ………」
頭を抱えながら、実に嫌そうな声を上げる。
何故かバイト先に行くのを嫌がる夢依に対し、理恵は当たり前のことを確認するように、
「でも……行かなくちゃいけないんでしょう?」
さらっと夢依にそう言った。
「う……まぁそうなんだけどさ………はぁ、しかたない……行くかぁ……」
夢依はそう溜息を吐きながら、アルバイトに行くことを決意するのだった。
『アルバイト』――それは普通の学校ならば、休日の間であったり、なにか特別な事情がなければ、学生が自由に出来るものではない。
もし学生がバイトをしたいのならば、何らかの許可証を持っていたり、学校には内密でバイトをするかしかないだろう。
だが、夢依達の通う樹ノ下高等学校においては、そのアルバイトがまるで禁止されていなかった。
その理由は、校風が自由だからというのもあるが、主には金銭的な理由からである。
『ユグドラシル』に住むIEMは、その殆どが親から切り離され、自主的に一人暮らしをしている人が多い。
もちろん島に住むIEM達に対する援助金は各々に支払われるが、学生には学食と寮が無料で与えられる為か、それほど多く支給されておらず、思春期の子供達にはそれだけでは足りないこともままあった。
そこで、授業時間以外ならばアルバイトを可能にすることで、生活費を稼ぐことが出来る制度が作られたのであった。
無論全てのアルバイトが可能な訳ではないが、学校内で掲示板に募集の張り紙が貼られるほどには自由であり、夢依と理恵は、その数あるアルバイトの中から、教育・研究エリア内にある図書館を選択して、ほぼ一日おきにその場所へと足を運んでいた。
当然彼女たちは学生なので、バイト先に行くのは放課後になるが、学生を雇っている時点でそれはバイト先も理解している。
夢依達は、学校からほど近い場所にある図書館につくと、一般の客が入る場所とは違う従業員用の入口から図書館の中へと入った。
まずは、入ってすぐにある機械にタイムカードを差し込み、二人はカードに出勤記録を残す。
そして、すぐさま制服へと着替える為に更衣室に入り、手早く着替えを済ませてそこから出てくる。
「それじゃ、しばらくお願いね。理恵?」
「うん。すぐ済むんでしょ?」
「あー、うん。そっちでは10分くらいだと思うから、ちょっと遅れるって伝えといて?」
「分かったわ。それじゃ、頑張ってね」
二人だけに通じる意味の会話を交わして、夢依と理恵は別々の場所へと移動してゆく。
真っ直ぐに仕事先に行く理恵とは違い、足早に夢依が向かったのは仮眠室というプレートが刺さった扉の前だった。
夢依は、その扉をガラリと開けると、なんのためらいも無く、その部屋の一番奥のベットにいきなり寝転がった。
それは一見すれば、バイトに来た瞬間にいきなりサボるつもりに見える行為だが、彼女には別の目的があってその行為をしているのであった。
そして、夢依はすっと眼を閉じると――そのまま夢の世界へと入って行くのだった。
眠りの態勢に入ってから一秒もしない内に、夢依はその眼を開けた。
眼を開けてすぐに入ってきたのは、さきほどの仮眠室の光景。――ではなく、大きな扉の前だった。
しかも、眠っていたはずの夢依は、その扉の前で二本の足で立っており、図書館の制服を着ていた筈なのに、何故か学生服に戻っていた。
眠る前と、起きた後の状況が全てにおいて変化していた。
夢依は、その変化を特に気にする様子も無く、身体を馴らすように一度伸びをすると、すうっと息を大きく吸い込み、
「おらぁっ! 来てやったわよっ!」
そう叫びながら、大きな扉を勢い良く開けた。
扉を開けた先は、とても広い空間だった。
赤い金色の模様が入った高そうな絨毯が全ての床に敷き詰められ、上を見上げれば豪華なシャンデリアが煌々と部屋を照らす。
だが、何よりも目に付くのは、その部屋にある『本』の数だった。
きちんと整理されたその本は、100冊は入るのではないかという大きな本棚にびっしりと並べられており、その巨大な本棚は、50メートル先にまでズラリと置かれていた。
しかも、本棚はその階だけではなく、吹き抜けとなっているホールから見える二階から五階まで満遍なく立ち並んでおり、さながらそこは世界最大の図書館と言われる議会図書館のように広く、ありえないほどの膨大な貯蔵量を誇る図書館だった。
「おや――二日ぶりですね。ここに来たということは、この前の僕の依頼は終えたということですか」
急に聞こえたその声は、どうやら前方から聞こえたようであった。
広い図書館の真ん中にあたる場所、扉から真っ直ぐに絨毯が伸びる先に、カウンターのような場所が見える。
そして、そのカウンターがある方向から、どうやら声は聞こえたようである。
夢依は、無遠慮な動作でつかつかと絨毯を踏みしめながら、
「そうよっ! すっげぇ大変だったってのっ! 死ぬかと思ったしっ!」
鼻息荒く愚痴りながら、声のした方向へとズンズンと速足で歩いてゆく。
「ああ、そうですか。それはよかったです」
帰ってくる声は、どこか冷たい印象を受けるような声だった。
少年にも似た、広いホールに良く通るその声は、敬語だというにも関わらず、まるで芯の底から相手を小馬鹿にするような、そんな嘲りを込めたニュアンスが含まれている。
夢依はその声を聞きながら、だんだんと足の速度を速めてゆき、
「――アンタさぁ………もっとこう、なんていうの? 相手を労わるとかそういう気持ちは無いの?」
言いながら、ついにカウンターの前まで辿り着き、そのカウンターを力任せに叩いた。
そのカウンターには、一人の子供が座っていた。
歳の頃はまだ十に届かない、艶やかな黒髪をした、利発そうな、それでいてどこか人を見下したような表情をした、劇団の子役のように顔立ちの整ったその少年は、燕尾服を改造したような、子供の姿に似合っていない変わった服装をしていた。
しかも、その右眼には、竜の翼を模したような銀の眼帯が付けられており、その奇妙さをさらに増している。
その少年の名はアルヴァス、見た目こそ十にも満たない子供に見えるが、彼こそがこの図書館の『管理人』なのであった。
「『あれぐらい』の依頼で慰労をねぎらう必要があるんですか? 僕が貴女に『貸している』能力があれば、さほど難しいものではなかったと思いますが」
アルヴァスは、自分を睨みつける夢依に対し、毅然とした態度でそんな毒舌を吐いた。
「きーっ! そういう問題じゃないでしょうがっ! こちとらアンタの命令で戦ってきたんだから、ご苦労様の一言ぐらい言えって言ってんの、分かる?」
脅すように言う夢依の言葉に対し、アルヴァスは少し呆れたような表情を浮かべながら、
「当たり前にこなせる簡単な仕事を終えてきたくらいで、言う必要は無いと言っているんです。それに、まだ仕事は終わっていませんよ? まずは盗まれた物の『返却』を済ましてから言って下さいね」
部下の問題点を指摘する上司のように、夢依に上から目線でそう言った。
いや、正確に言うならば、彼は本当の意味で夢依の直属の上司なのだ。
とある理由があって夢依は、この傲岸不遜な物言いをする少年の下で働いており、二日前のキマイラとの戦いも、彼の指示によるものだったのである。
そのことで分かるように、彼が扱っているこの図書館は、只の図書館では無かった。
入館することにも奇妙な方法が必要なその図書館の名は――『ドリームライブラリ』。
その名が示す通り、その図書館は『夢の中』に存在するものであり、そこにある書物もまた普通のものではなかった。
「はいはい……わかったよ。返せばいいんでしょ返せば……」
夢依は、そう言いながらキマイラを倒した時に発生した光を、自分の中から取り出そうとする。
それは、魔具を使用する時と似たような感覚で、夢依が念じるだけでその光は身体の中からじわりと湧き出てきた。
そして、光が完全に夢依の身体から離れた瞬間――、その光は一冊の本へと姿を変えていた。
夢依が戦ったキマイラが表紙に描かれているその本は、一見すればただの本だが、その内に尋常ではない力を秘めている。
この本は、この夢の図書館の中でこそ只の本なのだが、ひとたび夢依が住む現実の世界へと持ち出すと、夢依が戦ったあのキマイラへと変貌してしまう恐ろしい本なのである。
夢依は、空中に浮いているその本をひょいと掴むと、それをカウンターの前に置いて、
「はい……これで、返却完了でしょ?」
「ええ、ありがとうございます。確かに、返却完了ですね」
素っ気なくそう言って本を掴んだアルヴァスに対して、夢依はどこか引きつった笑顔で、
「で? 労いの言葉は?」
額に青筋を立てながら、本気で本を手で押さえながらそう言った。
アルヴァスは、これは労いの言葉を掛けなければ本を離さないなと素早く判断し、
「はいはい……オツカレサンでした――これでいいですか?」
凄く嫌そうな顔をしながら、本気で嫌々ながらという風に、口調すら変えてそう言った。
夢依は、その態度にもう一度文句を言いたくなったが、一応の目的は達したので、
「……はぁ、もういいわ。――で? 次は何すればいいの?」
押さえていた本から手を退かしながら、そう言ってアルヴァスに話を促した。
そう――夢依がこの図書館に来た目的は、それを返却するだけはなかったのである。
「話が早くて助かりますね。今日は――、依頼というより、『解ってきたこと』の確認をしたいと思っています」
返却された本をどこかにしまい込みながら、アルヴァスは教卓に立つ教師のようにそう言った。
「は……? どういうこと?」
アルヴァスが言っていることの意味が分からない夢依は、思わずそう聞き返す。
「ここ連日僕が貴女に依頼してきた『魔獣』の討伐ですが……ここにきてようやくその原因が解ってきたということです。あれは明らかに作為的なものがありましたからね」
アルヴァスは、かなりかいつまんだ説明を夢依に話したが、やはりそれだけでは理解できない夢依は、
「えっと……つまり、どういうこと?」
そう言って首を傾げるばかりであった。
アルヴァスは、そんな夢依を見て大げさに溜息を吐くと、
「……どうやら結論から言っても理解できないようなので、まずは、状況の確認から始めたほうがよさそうですね」
そう言って、どこからともなくせり上がってきたホワイトボードを指差した。
「うう………なんかすっげぇ馬鹿にされてる気がする」
悔しがる夢依を無視するように、アルヴァスは手慣れた様子でホワイトボードに図書館の絵を描きながら、
「まず……この場所『ドリームライブラリ』についてを再確認しましょう。ここは、夢と現実が混ざりあった虚ろな空間です。そして、その空間の特性を利用して、この場所には様々な『世界』の物語が保管してあります。ここまでは、分かりますね?」
教師のように、知的な口調でそう言った。
夢依はそれに対して、とりあえず頷きながら自分が知っていることを答える。
「うん。――んで、その物語をアンタが管理してるんでしょ? そんなモン集めて何がしたいのか知らないけどさ」
「当然の疑問ですね。しかし、人と人が紡ぐ物語というものは、えてして人を惹きつけるものですよ。それを集めて保管したいという気持ちは、人間ならば少なからず持っていると思いますが?」
「そりゃー普通の本とかならいいんだけどさ。ココにあるのは『力を持った物語』ばっかりじゃん」
夢依は、図書館全体を示すように大きく両手を広げながら言う。
ちなみに彼女の言う『力を持った物語』とは、さきほどのキマイラの本のような物のことである。
「そうですね。この場所にある『物語』は、世界に影響を与えかねない力を持った物語ばかりです。まぁ、そういった性質を持つものしかこの図書館には保管できませんから、当たり前と言えば当たり前なんですが」
ボードの上に、本から何かが飛び出してくる絵を描きながら、アルヴァスが言うと、
「あたしが借りてるのも、元はここにあった物語のものだもんね。まぁあたしからしたら、押しつけられてるっていうか、迷惑以外の何物でもないけどね」
心底嫌そうな顔をしながら、夢依がそう答えた。
その言葉を聞いて、アルヴァスはボードに何かを描く手を止めて、
「おや。――それを貴女が言うんですか?」
少し含みがあるような口調で、夢依を咎めるように見つめながらそう言った。
「う……まぁ、そうなんだけどさ………」
なぜか夢依は、その言葉に図星を突かれたという風に黙り込んでしまう。
そして二人の間に、しばらく奇妙な沈黙が流れたが、すぐに気を取り直すようにアルヴァスが。
「少し脱線してしまいましたね。――話を元に戻しましょう」
そう言って、話を本題へと移す。
「さて、この事件の顛末は――この『ドリームライブラリ』から、『四つの本』が盗まれたことから始まります。盗まれた物語は、どれも魔獣に関するものばかり、しかも、そのどれもが強力な魔獣ばかりです」
ホワイトボードに四つの本を描きながら、アルヴァスは静かにそう言った。
「………」
夢依は、内心管理人であるアルヴァスに対して、いとも簡単に本を盗まれた不手際を指摘したくて仕方が無かったが、余計なことを言えばまたなにか言われそうなので、あえて黙っていた。
黙ったままの夢依に対し、アルヴァスは話を続ける。
「そして、ここ最近で起こっている『魔獣騒動』についてですが、その魔獣はこの『ドリームライブラリ』から盗まれたものに間違いありません。この世界にはあのような生物は存在しませんからね」
ホワイトボードに、キマイラと何か大きな鳥のような絵を描きながら、アルヴァスは言う。
実は、キマイラと夢依が戦う二日ほど前に、夢依は『グリフォン』という鳥の魔獣と戦っていた。キマイラほど苦戦せずにその魔獣は回収出来たのだが、アルヴァスはどうやらその事件と今回の事件を、同一犯によるものと考えているようなのであった。
ちなみにそのどちらの事件も夜に発生しており、その事件が起こっていることを知っているのは、夢依とアルヴァスだけだった。
夢依は、アルヴァスのその言葉に同意するように、何度か頷いた。
そしてアルヴァスは、そんな夢依を見ながら話を続ける。
「盗んだ相手がどのような方法でここから物語の魔獣を盗んだのかは判りませんが、どうやら盗むことが出来るのは『生物』に限られたもののようですね。そして、彼らは盗んだ魔獣を我々を挑発するかのように次々とに外に放っています。しかも、ご丁寧に一体ずつ」
その言葉に、夢依はふとした疑問を覚える。
「うん――ってあれ? それってなんか変じゃない? なんでワザワザ盗んだものを外に放ってんの? 取り返されちゃうかもしんないのに?」
夢依の疑問に、アルヴァスはその言葉を待っていたとばかりに言葉を返す。
「だから、作為的だと言っているんです。犯人はなんらかの目的を持って盗んだ魔獣をそちらの世界に放っている。それは確実です。――では、犯人はいったい何が目的でそんなことをしているんだと思いますか?」
アルヴァスの問いに、夢依は答えられずに、
「えっ? それは――。わかんないけどさ………」
そう言って言葉を濁すと、アルヴァスが答える。
「簡単なことですよ。どうやら犯人は僕たちがそちらの世界に干渉しているかを確認したかったようですね。野に放した魔獣をすぐに回収するものが現れたとしたら、それはつまり盗まれた相手だということですから」
アルヴァスのその理屈が分からない夢依は、
「うーん………なんかよくわかんないけどさ。つまりは盗んだやつはワザとあたし達に魔獣を回収させてるってこと?」
とりあえず、自分が分かる範囲でそう答える。
「ええ、そして――回収させると同時に、何か別の情報を得ようとしているとも考えられます。いずれにしろ、これから我々は少し慎重に行動しなければならないということですね」
話を締めるようにアルヴァスがそう言うと、夢依はなにかを閃いたような顔をしながら、
「そっかぁ。――ってことはこれからしばらくはあたし戦わなくて済むってことだよねっ!」
嬉しそうな声で、アルヴァスに詰め寄る。
そんな夢依に、アルヴァスは露骨に溜息を吐いてから、
「サボることに関しては異様に頭が働きますね。有り体に言えばそういうことです。僕からの指示があるまでは、自由に遊んでいてください」
「いちいち棘のある言い方だけど、まぁいいや。そんなことより――。やったっ! 休みだ休みだ、なにしよっかなぁー」
ピョンピョンと子供のようにその場で飛び跳ねながら喜びを表現する夢依に、アルヴァスは釘を刺すように言う。
「――浮かれるのは構いませんが、あまり気を抜き過ぎないようにしたほうがいいですよ。もしかしたら、貴女自身にも危険があるかもしれませんから」
「ちょ――。怖いこと言わないでよ……これから帰るってのに………」
「あくまで可能性を示唆しただけですよ。――それより、キマイラと戦った際に『魔具』を負傷させたようですね。ちょっと、それを見せて頂けませんか?」
アルヴァスのその言葉に、夢依はギクリとその身を一瞬震わせる。
そして、バツが悪そうな顔で、胸ポケットにしまっていたペンダントの一刀と、靴を模した風迅、ブレスレットの鋼玉を取り出すと、
「う……あー……――はい………」
あちこち傷ついたそれを、アルヴァスの前に差し出す。
アルヴァスは、カウンターの上に置かれた魔具を、しばらく調べるようにしげしげと眺めていたが、
「ほう――よくもまぁここまで魔具をボロボロに酷使出来るものですね。黒コゲの一刀はともかく、鋼玉は基礎金属に疲労が溜まり、風迅は無茶な使い方をしたせいで制御系に少し不具合が生じている」
まるで間違った問題の答え合わせをするかのように、問題点を次々に指摘してゆく。
「うう………」
夢依は、魔具を酷使したことを否定は出来ないので、申し訳なさそうにそう呻くことしか出来なかった。
だが、そんな夢依を庇ったのは、意外にも酷使された魔具であった。
「面目次第もござりませぬ。だが、これは自分が未熟であったが故に招いた事態ですので、夢依殿をあまり責めないで頂けないでしょうか?」
一番傷ついた状態の一刀の言葉に、アルヴァスはまるで同情せずに、
「それはおかしいですね。魔具とは――この図書館の物語の力を、僕が命を与えることで行使できるようにした、いわば魔法の武具です。その力は行使する人間によって変わり、そこらの果物ナイフとたいして変わらぬ威力であったり、ともなれば世界を滅ぼす武器にも成り得るものです。そんな代物が、使っている人物を責めないでくれ、――というのはどう考えても理に適っていないのでは?」
逆に矛盾点を指摘するようにそう言うアルヴァスに対し、プレッシャーに耐えきれなくなった夢依が吠える。
「あーもーっ! 悪かったわねっ! んなネチネチ言われなくたってあたしが原因だってのは分かってるよ! でも頑張ったってどうしようもないことだってあるでしょうがっ!」
そんな夢依の逆切れに近い言い訳に対し、アルヴァスは冷静に皮肉を返す。
「開き直りの上に、論点のすり替えですか………貴女よりも反省のマネが出来る猿のほうが利口なんじゃないですか?」
「ぐぬぬぬ………このガキンチョが………言ってくれんじゃないの」
だんだんと好戦的になってきた夢依に、それでもアルヴァスは、
「僕のことを外見で判断する時点で、貴女が短絡的で理論的にモノを考えられない人物なのだと自己紹介しているようなものですよ。まぁ怒ったらすぐに殴りかからないという所は、野生動物よりも秀でているといえるかもしれませんがね?」
あくまで冷静な声で、夢依を見下すように皮肉を言い続ける。
「――っ……アンタはどうしてそう人の神経を逆撫でするようなことを言うかな……」
「そう言われたくなければ、相手の言うことをきちんと理解して、そして文句を言われないように完璧に行動すればいいだけじゃないですか?」
アルヴァスの理路整然とした正論に、夢依は思わず呟いてしまう。
「あんねぇ……あたしに出来ると思う? それ?」
それは、自分は絶対にそれが出来ないと認めるような情けない発言だったが、逆に考えれば、潔い割り切った考え方とも言える。
そんな夢依に、アルヴァスは呆れるように肩をすくめ、
「まぁ……難しいでしょうね。ですが、少しくらいの努力なら出来るでしょう。今回の反省の意味も兼ね――貴女の魔具を全て預からせてもらいます。次に来たときに直した魔具をお返しするので、それまで短い休日をどうぞ楽しんでください」
どこか突き放すような態度でそう言った。
「皮肉たっぷりにどーも………あたしが危険だっていうのに魔具を取り上げるってどういう神経してんのよアンタは?」
「危険があるかもしれないというだけで、確定はしていませんから――。それに、いざとなればなんとでも出来る『力』を貴女は持っていますしね………」
冗談めかして言ったアルヴァスのその言葉に、夢依は異常なほど苛烈な反応をする。
「それはっ――アレを使うワケにはいかないでしょうが……アンタが一番分かってることだろそれ……」
顔をしかめながら、自身を睨みつける夢依に対し、アルヴァスはどこか冷たい声音で、
「貴女も、自分の立場が分かっているようで結構――。どうも最近の貴女は自分が『罪人』であるということを忘れているように見えましたのでね。先ほどの暴言は失言でした。許して下さい、大変失礼致しました」
まったく心の籠っていない、形だけの謝罪をした。
「………」
罪人という言葉に、深く心を傷つけられたように、夢依は押し黙ってアルヴァスを睨み続ける。
「――さて、今日の僕の用事はこれで終わりです。明日はこなくても構いませんが、何かあったら僕のところに顔を出してください」
話を無理矢理断ち切るように、投げやりな様子で言ったアルヴァスに、
「……出来ることなら、二度と来たくないわよ。こんなとこ――」
夢依は怒ったまま、ふてくされるようにそう言った。
アルヴァスは、そんな夢依をどこか他人事のような冷たい笑みを浮かべながら見て、
「それは残念です。それでは、また夢の中でお逢いしましょう――」
そう言って、夢依を夢の図書館から容赦なく追い出した。
次に夢依が眼を開けると、そこは至って普通の図書館のなんの変哲もない仮眠室だった。
恐ろしい力を持った本も、ましてや夢の中に存在する夢の図書館などどこにも存在しない。
いっそのこと先ほどの出来事が全て『夢』であればよかったと思う夢依だが、そうではないことを彼女自身が一番よく知っていた。
「あー……やっと終わったぁ………なんか話してるだけで疲れるんだよねアイツは……」
ベットから起き上がり、仮眠室のドアを開けながら夢依がそう言うと、
「お疲れ様。でもまだ終わっていないわよ。図書館の仕事が残っているんだから」
ドアを開けた先に、大量の本を抱えた理恵が立っていた。
「あう……そーですよねー………よしっ! もうひと踏ん張りするかっ! これが終わればあっちの仕事もしばらくないしっ!」
一度落胆した後に、気合を入れるように叫んだ夢依に対して理恵は、
「ああ、そうなんだ。じゃあ図書館の仕事が終わったら少し付き合ってくれない? ちょっと寄るところがあるんだけど、一人じゃちょっとね」
と、申し訳なさそうな声でそう言った。
夢依はその理恵の頼みに対し、二つ返事で快諾する。
「うん、いいよー」
「ありがと。それじゃ、仕事を速く終わらせるために頑張らないとね――」
頼みを聞いてくれたことが嬉しかったのか、理恵は笑顔で本を持ち直す――が、
「……ってアレ? これ、ちょっと重――」
持ち直した筈の本がグラグラと揺れて、理恵の姿勢が前に傾いてゆく。
そして、バランスを保つために理恵はどんどん前へと進んでゆき、
「うわわっ!? ちょ――理恵こっちこないでってばっ! わ…わわ……わぁああああっ!?」
前方に居た夢依にぶつかり、本をバラバラに落としながら、二人は崩れ落ちてしまうのだった。
勉強も出来て性格も良い理恵のたった一つの弱点は、運動神経があまり良くないことであった。




