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最終話 天文部の合唱部

秋だった。



 ユイがいなくなってから二ヶ月が過ぎていた。



 世界は何も変わらない。



 授業はある。


 朝は来る。


 夜も来る。



 人は死ぬ。



 それでも世界は続いていく。



 それが少しだけ腹立たしかった。




 放課後。



 私は屋上へ向かう。



 天文部の活動日だった。



 階段を上る。



 扉を開く。



 風が吹いた。



 少し冷たい。




「来たんだ」



 めぐるだった。



 望遠鏡を組み立てている。




「うん」



 それだけ答える。




 昔なら。



 もっと話した。



 もっと笑った。




 でも今は違う。



 何を話しても。



 最後にユイが浮かぶ。




 沈黙。



 空はまだ青い。




「手紙」



 めぐるが言う。



「読んだ?」




 私は頷く。




「そっか」




 それ以上は聞かない。



 優しい人だと思う。



 昔なら。



 きっと好きだった。




 でも今は違う。




 私はめぐるを見る。



 そして思う。



 私はこの人を見ていただろうか。




 違う。




 私は。



 理想を見ていた。




 顔が良くて。


 優しくて。


 人気者で。


 星が好きで。



 そういう。



 私が勝手に作っためぐるを。



 好きだった。




 それは。



 ユイが私にしていたことと。



 少しだけ似ている。




「ねえ」



 私は空を見上げる。




「歌ってもいい?」




 めぐるは少し驚いた。




「歌?」




「うん」




 しばらくして。



 小さく笑った。




「いいよ」




 風が吹く。




 夕暮れだった。



 群青色の空。



 まだ星は見えない。




 私は目を閉じる。




 思い出す。



 病室。



 白い天井。



 夕焼け。



 ユイ。




 そして。



 あの日の歌。




 息を吸う。




「この背中に鳥のように」



 声が震えた。




「白い翼つけてください」




 下手だった。



 昔よりずっと。




 歌っていなかったから。



 逃げたから。




 ユイから。



 歌から。



 自分から。




「この大空に翼を広げ」




 涙が落ちる。




「飛んで行きたいよ」




 ユイ。




 私はあなたを羨んでいた。




 可愛いから。



 歌が上手いから。



 みんなに愛されるから。




 でも違った。




 あなたは苦しんでいた。



 ずっと。




 私は何も知らなかった。




「悲しみのない自由な空へ」




 歌い終わる。



 静寂。




 空には一番星が浮かんでいた。




 私は笑う。



 少しだけ。




「変だよね」




 めぐるがこちらを見る。




「なにが?」




「私たち」




 空を見上げる。




「ユイは私になりたかった」




「私はユイになりたかった」




「結局」




 言葉を探す。




「誰も自分になりたくなかった」




 めぐるは何も言わない。




 それでよかった。




 答えなんてないから。




 星が光る。




 遠く。



 届かない場所で。




 私は思う。




 ユイ。




 あなたは私を見ていなかった。



 私はあなたを見ていなかった。




 それでも。



 好きだった。




 それだけは本当だ。




 風が吹く。



 歌声はもう残っていない。




 だけど。



 確かにそこにあった。




 私は空を見上げる。



 その隣でめぐるも空を見上げている。




 星は何も答えない。




 だから私は。



 もう一度だけ歌った。




「この大空に翼を広げ――」




 届かない誰かへ向けて。



 届かなかった想いへ向けて。




 夜空は静かだった。


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