最終話 天文部の合唱部
秋だった。
◇
ユイがいなくなってから二ヶ月が過ぎていた。
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世界は何も変わらない。
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授業はある。
朝は来る。
夜も来る。
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人は死ぬ。
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それでも世界は続いていく。
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それが少しだけ腹立たしかった。
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◇
放課後。
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私は屋上へ向かう。
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天文部の活動日だった。
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階段を上る。
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扉を開く。
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風が吹いた。
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少し冷たい。
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◇
「来たんだ」
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めぐるだった。
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望遠鏡を組み立てている。
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◇
「うん」
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それだけ答える。
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◇
昔なら。
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もっと話した。
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もっと笑った。
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◇
でも今は違う。
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何を話しても。
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最後にユイが浮かぶ。
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沈黙。
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空はまだ青い。
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◇
「手紙」
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めぐるが言う。
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「読んだ?」
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◇
私は頷く。
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「そっか」
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それ以上は聞かない。
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優しい人だと思う。
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昔なら。
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きっと好きだった。
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◇
でも今は違う。
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私はめぐるを見る。
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そして思う。
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私はこの人を見ていただろうか。
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◇
違う。
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◇
私は。
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理想を見ていた。
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顔が良くて。
優しくて。
人気者で。
星が好きで。
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そういう。
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私が勝手に作っためぐるを。
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好きだった。
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それは。
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ユイが私にしていたことと。
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少しだけ似ている。
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「ねえ」
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私は空を見上げる。
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「歌ってもいい?」
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めぐるは少し驚いた。
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◇
「歌?」
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「うん」
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しばらくして。
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小さく笑った。
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「いいよ」
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◇
風が吹く。
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夕暮れだった。
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群青色の空。
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まだ星は見えない。
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私は目を閉じる。
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思い出す。
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病室。
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白い天井。
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夕焼け。
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ユイ。
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◇
そして。
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あの日の歌。
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息を吸う。
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「この背中に鳥のように」
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声が震えた。
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「白い翼つけてください」
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下手だった。
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昔よりずっと。
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歌っていなかったから。
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逃げたから。
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◇
ユイから。
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歌から。
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自分から。
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「この大空に翼を広げ」
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涙が落ちる。
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「飛んで行きたいよ」
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ユイ。
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◇
私はあなたを羨んでいた。
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可愛いから。
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歌が上手いから。
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みんなに愛されるから。
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でも違った。
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あなたは苦しんでいた。
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ずっと。
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私は何も知らなかった。
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「悲しみのない自由な空へ」
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歌い終わる。
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静寂。
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空には一番星が浮かんでいた。
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私は笑う。
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少しだけ。
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「変だよね」
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めぐるがこちらを見る。
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「なにが?」
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◇
「私たち」
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空を見上げる。
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◇
「ユイは私になりたかった」
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◇
「私はユイになりたかった」
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◇
「結局」
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言葉を探す。
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「誰も自分になりたくなかった」
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めぐるは何も言わない。
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それでよかった。
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答えなんてないから。
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星が光る。
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◇
遠く。
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届かない場所で。
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◇
私は思う。
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◇
ユイ。
◇
◇
あなたは私を見ていなかった。
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私はあなたを見ていなかった。
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◇
それでも。
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好きだった。
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◇
それだけは本当だ。
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◇
風が吹く。
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歌声はもう残っていない。
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だけど。
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確かにそこにあった。
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私は空を見上げる。
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その隣でめぐるも空を見上げている。
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◇
星は何も答えない。
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◇
だから私は。
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もう一度だけ歌った。
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◇
「この大空に翼を広げ――」
◇
◇
届かない誰かへ向けて。
◇
届かなかった想いへ向けて。
◇
◇
夜空は静かだった。




