戦いの始まり
最終学年は、初日から目を回すような速さで、授業が進む。
寒い中素材集めに行っていて良かったと思うほどだった。
授業のレベルがぐっと跳ね上がったのだ。
覚悟していたし勉強もしていたので授業は理解できるが、駆け足で進むため授業ノートは購買で買って、先生の話をとにかく集中して聞くことにした。
分からなければ、今まで通りノートの端に記入する。
休み時間に図書館で借りた魔道書の辞典を広げ、その日の内にさっさと解決だ。
翌日に持ち越したくない。
分からないところが増えるだけだしな。
「ソルレイ様が、勉強なんて珍しいですね」
誰かから声をかけられたが、調べる用語を探しながら答える。
「うん、家ではやりたくないから学校で済ませたいんだ。休みも遊びたいから、今やっておくよ」
よし、これでお終いだ。
本を閉じてしまう。それと同時に隣から声がかかった。
「ソルレイ。悪いが、ここを聞いてもいいか?」
「ノエル様? 怒りますよ。いいに決まっています。そんな確認をとらないで下さい」
どこですか? と尋ねて席を詰める。手元を覗きこむと3つの複合魔法陣が重なり合うものだ。描く時間を短縮するために複雑になっている。
「ここだ。これは反転術式だろう? ここからこうなる。だが、ここにあると動かないのではないか?」
「反転術式であっています。でもこれはもう二つあります。効果付与の魔法陣が隠れているんです。ここを見てください。こことここ、そしてこれとこれ、これとこれですね。3つが合わさっているのですが、3つ書かずに省略して使いまわしています。これとこれとこれ。パズルみたいになっているんです」
紙に隠れている術式を3つ書いてノエルに魔法陣と照らし合わせて説明をする。使いまわしている部分を赤い色鉛筆でなぞった。
「そうか、なるほどな。よく分かった」
「よかったです」
説明に使った紙をノエルのノートに挟む。
「貰っていいのか」
「もちろんです。そのために書いたのですから差し上げます」
「ありがとう」
「どういたしまして。どの先生も進むのが早いって聞いていましたけど、思った以上ですね」
グッと指を組んで天井に伸ばす。ずっと下を向いていると肩が凝る。
「魔道具の授業が一度で30ページも進むとは思わなかった」
「俺もです。確率の授業で魔道具を作るからかもしれません」
そう言うとノエルに顔を見られる。
「練習か試験か?」
「授業中に作れるか作れないかで合否判定されるとか聞きましたけど、詳しくは分かりません。次が……魔道具の授業ですね。今日で教科書が終わりそうな勢いです」
「確かに。今日で終わるか」
「もしかしたら、もう1回あるかもしれませんが……」
時間割を出して確認をする。
「明日の朝に魔道具の授業があるから、ざっと復習して2限目の確率でいきなり魔道具作り? とかあるのかな?」
「担任の説明が薄すぎる」
初めて聞いたぞ、とため息を吐く。
「そうですね。さすがに確率の授業の初日でいきなりは、ないかもしれません」
「“かも”なんだな?」
「“あるかも”です」
眉根を寄せて頷く。
「昼に図書館に行ってからレストランに行く。席を取っておいてくれ」
「はい。今日は裏メニューがビーフシチューです。頼んでおくので早く来てください」
「ああ。お薦めの本はあるか?」
「お薦めの本は、冬休み前にカードを貸して下さいと言った時に予約しておきました」
「…………」
「ありがとうって言って下さい。今、行ってももうありません」
「助かった。ソルレイ、ありがとう」
「ふふ、はい。他国から来ている生徒は魔道具の材料は学校が用意するから、アインテール国の生徒よりは少し楽なはずです。1日は空きます。ただ、それは魔道具の授業の方だから……この確率の授業って先生によって授業内容が大きく変わるみたいです」
魔道具を授業中に作るのは共通みたいだけれど、正直、何回作るのかとか時期も分からないと伝えておく。
「冬休みに一冊でも渡したかったんですが、司書の人が言うには、他クラスの生徒が全部借りたみたいです。出遅れました」
どこのクラスかは分からないが、魔道具に関する本をクラスの全員が借りたらしいと話すと眉をしかめる。
腹が立ちながら必要な魔道具の本はノエルと俺とラウルのカードで予約した。
「いや、かまわない。今日借りられるのであれば、明日までに目を通す」
「明日は早く来ましょうか? 魔道具は魔法陣より得意なくらいです。分からないところは聞いて下さい」
「悪いな。そうしてくれるか?」
「はい。寮の方に行きますね」
「ああ」
クラスメイトが頭を抱えているが、情報は常に大事なのだ。教務課で人脈を作ってあるので、ある程度は教えてもらえる。
購買でノートも3年生の時に4年生の学年末まで購入済みだ。4年生になったら買えなくなるからな。それに沿って冬休みは勉強をしたのだ。効率は大事だ。
そして、次の時間の魔道具の授業で、魔道具の教本が終わり、明日の授業で大事なところをもう一度言ったら次の時間の確率で魔道具を仕上げてもらうと言われた。
その“仕上げてもらう”という言葉にひっかかりを覚えた。
「質問があります。確率もフェルメル先生が担当するのですか?」
「あれ? クライン先生から聞いていないかい?」
「はい」
嫌な予感がする。4年生になり先生は増えたが、紹介などはなく初日の授業で分かるのだ。
「そうか。私が担当するよ」
やっぱり。同じ先生が教えるから続き授業の形をとるつもりだったんだ。
「作る魔道具などの説明もありませんでしたが、何か伝達事項はありますか? 材料は先生が用意されるのですか?」
「冬休みに取って来るように伝言を頼んでおいたんだが。それも聞いていないかい?」
全員が怒るように『聞いていません!』と答えた。
「皆、落ち着いて。雪が降る場所が多いからね。そもそも冬に採りに行くのは厳しいよ」
「第一、国外生はどうする気だ? 一緒に行っていいのか? そんなもの許可が下りるわけないだろう。資源の情報が他国に漏れるぞ」
ノエルが教師に侮蔑の眼差しを送るので、見ないふりをしておく。
「そんな、どうしよう」
先生は唖然とした顔をした。
「フェルメル先生。今、知ったことが多すぎます。魔道具を“仕上げてもらう”と言いましたが、冬休みにある程度作っておくように。なんて話は聞いていません。最初から説明してもらえませんか?」
先生が言うには、冬休みに教本を一冊配って、それを参考に作っておいで、という指示が丸々飛んでいたようだ。
どうりで、さらっと終わらせると思った。
「確率の授業で皆の魔道具を助言して手直しをさせようと思っていたんだ」
「無理だ。そもそもその教本はどこにあるんだ?」
「あ。倉庫にあるのかな? 見て来るよ」
え? 先生、今からか?
そんなことよりどうするのかの方針を決めて欲しい。
扉を開けて出て行った先生を皆が見送り、ため息を吐く。
「ソルレイ。授業は潰れるだろう。今の内に図書館に行って来る」
「はい。時間が掛かりそうだしその方が良さそうです。先生の話は代わりに聞いておきます」
「すまないな」
「いえ、ここですることはありません。みんなー、先生が戻るまで自習時間だよ。次の授業の予習や復習をしておこう」
ノエルが図書館に向ったので俺も鞄から本を出して読むことにした。
しばらくすると先生が、戻って来て教本を配り始めた。
「クライン先生、どのクラスにも伝達してないみたいだ。沢山あったよ」
生徒側は先生の感想はスルーだ。
かくいう俺も一瞥して本を読むのに戻っている。
教本だけは、ノエルの分も貰った。
「あれ? ノエル様がいないね?」
「お手洗いです」
「そうか、分かった。ソルレイ様にお願いがあるんだけどいいかな?」
「お断りさせていただきます」
「え?」
「4年生は目まぐるしい一年で、自分のことで手一杯です。先生の助力をしていたら学業が疎かになります。手伝えそうにもありません」
どの授業も早いのだ。余裕はない。
「ああ、うん。そうだね。でも、少しだけ話を聞いてくれないかい?」
「申し訳ありませんが、結論は同じです」
頭を下げて断わったあとノートを広げて自習をする。
「うーん。そこをなんとかお願いできないかい?」
「先生がミスをしたのか、クライン先生がミスをしたのかは分かりかねますが、それを一生徒に協力をさせてなんとかしようと考えないで下さい。先生同士で解決策を模索して頂きたいです」
「私は新任だから、言い辛いんだ」
眉を下げるが、この手のタイプは一度引き受けると何度も言ってくる。
それに、俺やノエルのことが嫌いなのは初日に当てまくってきたことで分かっている。中途半端な敬語もそうだが、これも雑用を頼めるいい機会だくらいに思っていそうだ。
気づきたくない人の腹黒さが分かってしまい嫌な気分になる。指摘するか迷うくらいの微妙な匙加減は、こういうことへの慣れを思わせた。
「新任で他の先生には言い辛いけど、生徒には言えるのですか? 普通は逆ですよ。生徒に自分の失態を押し付けるのならあなたは教師失格ではないでしょうか」
俺が睨むと、怯んだ顔をして頭を掻く。
「ソルレイ様は優しいとクライン先生から聞いたんだけれどね」
「クライン先生には入学した初日に、手伝うとこちらから申し出たのですよ。それに、軽口で話しても本質的な部分で、礼儀を欠かれたことは一度もありません。生徒の学業優先の本分を侵してまでご自身の都合を優先するのであれば、正式に学校側に抗議を致します」
弱った顔をやめ、表情を消し教卓をトントンと指で叩く。その狂気じみた顔に頭の隅で警戒音が鳴る。
「君の頭が回るのはよく分かったけど、貴族社会でそういうのはどうなのかな?」
話の段階が変わったような。貴族社会の則で言うなら生徒でも階級がある以上、一定の敬意は必要だ。学校で教員が上の立場なのはそうだ。
でも、先生達も貴族としての矜持を持ち、生徒に粗暴な振る舞いも威圧的な態度もとらない。フェルメル先生の階級は子爵。劣等感でも持っているのだろうか。
「顔つきや言葉遣いが変わりましたが、今度は生徒の前で脅迫ですか。 授業の初日から疑問を持っていたのですが、あなたは本当に先生なのですか? たまに気味の悪い目で舐め回すように女子生徒を見ていますよね」
嗜虐的な笑みを浮かべ、『君は、人のことをよく見ているんだね』と言われぞっとする。
勘違いかもしれないと思っていたのに当たってしまったようだ。取り繕わないことから、開き直ったように見える。はっきり言って怖い。
さすがに、クラスメイトも先生の言動を注視している。
これは対応が後手に回るとまずいかもしれない。
とりあえず仲裁者が必要か。当事者のクライン先生に、時間割の関係上教務課の職員、魔道士学のマットン先生も呼んで、先輩教員として諌めてもらおう。
「シュレイン、ハルド! クライン先生を呼んで来てくれ。フォルマとマクベルは、教務課の職員を。ソルレイ・グルバーグが至急呼んでいると言ってくれ。ケイト嬢とソラ嬢はフロウクラスに行き、マットン先生を引っ張って来てくれ。急げ!」
全員がバッと立って後ろの扉から駆け出して行くと、魔法の効力を高める魔道具を取り出して魔法陣を描き出す。
おいおい、疚しいことがばれてキレたのか。
描くのがラウルより随分遅いなと感じながらも何の魔法陣かを知るために構成を見る。
あれは! 風と土の混成魔法の陣か!? まずい!
「攻撃の魔法陣だ! 全員魔道士教本の最終ページを広げろ! 描かれているのはウォールの魔法陣だ!」
先生達が来るまでに時間を稼がないと!
「君は本当に頭が回るんだね」
薄く微笑まれた。
「この先生はおかしい。手元を注視しろ。魔力付与が行われる前に魔法陣でウォールを展開する。教本の最終ページにありったけの魔力を込めろ! それで発動する!」
にやりと笑われたので、手元を注視するが動かない。
なんだ?
あ! 本!
本が光っているのを見て、俺は配られた本を投げつけた。
さすがにこれは予想外だったのか、本をまともにくらった。
そうすると光は収まった。




