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皆で集まる大切な時間

「ソルレイ様、おはようございます」

「おは、よう」


 ミーナの声で目が覚めた。カーテンを引かれ室内が一気に明るくなった。


「よくお眠りになられていましたね」

 久々に起すことができたと枕元までやってきて笑うと、容赦なく毛布を剥ぎ取られた。


 そう言われれば、起こされたことがあるのは数えるほどだ。制服を着た状態で、髪を梳いているくらいがミーナの起こしに来る時間だ。


「昨日は学校でも剣術の授業があったんだ。剣舞もあって、家に帰ってきたらカルムお兄ちゃんにも掴まちゃって……」

 

 うつ伏せから腕に力を入れて上体を持ち上げる。二の腕が痛い。張っているな。ベッドの上に座って肩を揉む。


 昨日は、剣術の練習をやりたくなくて、ラウルと学校帰りにお菓子を買いに行ったのだ。


 ラウル付きのハベルは制服で行くのはやめましょうと言ってきたが、ラウルが嫌がった。


「えー! お昼から行こうって約束してたの。楽しみにしてたから絶対行くからね!」


 ハベルが折れる形で買いに行った。家に帰ったら食べようと多めに買ったお菓子を手に、家の玄関を潜ると、カルムスが薄い笑みを浮かべて待っていた。


 練習から逃れようとしたことなどバレており、その指導で疲れ切ってしまった。

 お風呂に入るとそのままベッドで熟睡だった。


 部屋にある洗面所の前に行くと寝癖が酷い。洗面を済ませミーナになんとかなるか訊ねると、クスッと笑う声が聞こえた。


 先にお着替えをと言われてパジャマを脱いでいく。

「ミーナ、俺の剣術は頑張ってもへっぽこだって」

「へっぽこ、ですか?」

「うん、ゴロツキくらいにはなれるって言うんだ。なる予定もないからやらないでいいと思う」


 着せかけてくれた制服のシャツに腕を通し前釦をはめていく。

「そうですね、ソルレイ様には魔法陣がございますから。ですが、カルムス様は、アインテール国でも有名な剣士様ですわ。教えていただける間は教えていただくべきかと」

「やっぱり? こっそりダニーとロクスにも相談したらそう言われちゃった」


 椅子に座るように言われて従うと熱い湯に浸けた櫛で寝癖を直してくれた。


「ありがとう」

「とんでもございません。今日はできることが多くて楽しい朝でございました」

「アハハ、そうか」


 朝ごはんを食べるのは、だいたいが1階の食堂なのだが、天気がいいと2階のテラスの時もあるし、庭で食べることもある。


 今朝は2階のテラスで雪のまだ残る山を眺めながら食べることになったようだ。向かったテラスでは給仕がスープを並べるところだった。


「皆ごめん。遅れちゃった。お爺様、ごめんなさい」

「よいよい。今来たところだ」

 お爺様に寝坊をしたというと珍しいのうと笑われた。

「ここに遅れたのはメイドの問題だろう」


 そう言うカルムスは、朝からそれほどいらないからとコーヒーとフルーツが置かれている。舌が変になりそうな組み合わせだな。


「違うよ。強いて言うならカルムお兄ちゃんのせいだよ」

「はぁ。ソルレイ、庇うんじゃない」

「事実だよ。剣術の練習で疲れ切ったまま寝ちゃって、酷い寝癖がついてたんだ。ミーナは、油脂の多い木の櫛で丁寧に梳いてくれてたんだからね。カルムお兄ちゃん、俺の体力はね、ゴロツキの半分もないよ?」

「何を言っている」

「体力がないから加減してってこと」


 ロクスが俺の前に、春の菜と貝のスープと料理長自慢のクロワッサンを2つ皿にサーブしてくれた。


 これ美味しいんだよな。


 好きだと知っているから白パンではなく、こちらを入れてくれたのだろう。小声で礼を伝えた。


「昨日は、買ったお菓子を交換しようってお兄ちゃんと言ってたのに。部屋に行ったらミーナにもう寝たって言われたの」

「あ! ごめん、ごめん」


 ヘトヘトで約束を忘れていた。今日は、交換しようと約束をし直した。

「カルムスよ、ちと厳しいのではないか?」

 お爺様! もっと言って!


「師匠、お言葉ですが、第4騎士団の者が外部講師として来ております。一対一で負かすとなると、相当厳しくしないと勝てませんよ」


 え? 一対一って勝たないと駄目なのか? 

 だったらもうやめた方がいい気がする。時間の無駄だ。


「モルやベンより屈強だよ。勝てないよ」

「ソルレイ様、試験の順番が決まっていないのならば後半が宜しいです。騎士とて疲労は溜まります。クラスの騎士家を焚きつけ、先に戦わせるようにしてください」


 交渉に使えそうな弱みがないかこちらで調べておきますと言うのだ。残念なことに騎士家はクラスに一人だけだ。シュレインだな。手本を頼めるか言うだけ言おう。


「ダニーありがとう」

 運ばれてきた皿には、輪切り蕪にベーコンが巻かれソテーされたものをメインに果実のサラダが少しよそわれていた。


 剣より魔法陣より魔導具に嵌っているとは言えず、魔道具作りに必要な鉱石を集める計画は先延ばしだなと、ソテーを口に運んだ。


 ラウルが食べ終わるのに追いつき、家族に手を振ってテラスを出た。

「「行ってきまーす!」」

「もうそんな時間か。行っておいで」

「「うん!」」


 テラスを出るとカバンを持ったミーナとアリスがいた。

 受け取ろうとすると引っ込めてしまう。

 玄関まで来るようだ。


「今日は暖かいです。上着は必要ありませんわ」

「分かったよ」


 ラウルはアリスと並んで先に歩き出している。その後ろをのんびりと歩いた。

 学校で魔導具作りが始まるのは来年だ。アリアやメイがそう言っていたので間違いない。


 今までは魔道士学の中にあった歴史、魔道具、魔法陣の内、魔道具と魔法陣はもっと時間数が増えて実践に入っていく。魔道具も実際に作ることになるという話だ。


 魔道具の先生もマットン先生ではなく、新しい先生になると聞いた。マットン先生は魔道具の授業になると内容が濃くなり、教科書に載っていない話も偶に出る。


 前世でも、歴史の先生が自分の好きな時代になるとやたら細かい人物描写や、『実はこの偉人はーー』なんて、話をする人がいたな。


 アインテールでは、魔道具より魔法、魔法よりも魔法陣が当たり前だ。

 本当は、魔道具が好きだけれど隠しているのかな。最近そう思うようになった。


 来年になると歴史はなくなるから教えてもらえるのは、魔法陣だけか。今の内に聞いてみようかな。


「「行ってらっしゃいませ」」

「「行ってきます」」

 車に乗り込むと、カバンが膨らんでいることに気づいた。

「ん?」


 開けるとお菓子の袋が入っていた。授業で使う本を入れ替えた時に取り出したはずだ。ミーナか。


「ラウル、お兄ちゃんのカバンにはお菓子が入ってたよ。入ってる?」

「僕は昨日の夜にクッキーを食べちゃったよ?」


 そう言うがどう見てもカバンが……。

 視線に気づいたラウルも『あれ?』と言いながらカバンを開けた。出てきたのはお菓子の包みだ。


「あった!」

「ハハ。うん、あったな。学校で交換しようか。それまで先生には、ばれないようにな」

「うん!」


 ふふっと笑い合って、どこで食べるかを相談する楽しい時間となった。

 先生に見つからないには、やっぱり多目的室かな。スリルを求めるラウルのローズガーデンは、先生もよく行くので危ない。


 せめて中庭だと秘密の約束をするのだった。

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