向かない手
翌日からは一緒に通う。朝は俺の執事のロクスが送り、帰りは、ラウルの執事のハベルが迎えに来てくれた。
絶対に15時終わりはどの学年も一緒だからな。
図書館に行く時などは事前に言い合うようになった。
今日から始まった剣の授業はやはり大変そうだ。やる気になっているのは、剣の腕に覚えのある生徒だけだ。ちなみにノエルがそうだ。
「剣術の授業を任されました。ディック・オットムです。第4騎士団の副団長をしております。まずは気になる方の多い試験ですが、試験は4年生の後期試験で行います。2年の研鑽を積み、教員である私と模擬戦を一対一で行います」
見るからに強そうな人だな。軍では槍が推奨されるので剣は人気がないといった軽い話の後に、木剣を持っての練習になった。
実家に面倒ごとを半分押しつけることに成功したことで、やる気になったカルムスに、冬休みに猛特訓を受けたが、所詮は付け焼刃だ。
一緒にやると言ったラウルの方が上手いかもしれない。
とはいえ、やらないよりは良かったようでなんとかついていっている。
ノエルにもっとこうしろと言われて身体を直されると痛いので、泣きそうになりながら授業を受けている。
「思っていたよりはできているぞ」
「本当に? この授業辛いよ。もうやめたい」
普段使わない筋肉を使い、木剣が重く感じた。
「その内慣れる。まだ初日だ」
音を上げるには早すぎると真面目な顔で言われた。
「うぅ」
帰るとカルムスに毎日やらされるので、身体が辛い。
学校と家で2年続ければ、その辺のゴロツキくらいの腕前にはなれるというよく分からない人参をぶら下げられて、頑張っている。
脳内では、放課後にお菓子を買いに行くといった楽しいことを考えて痛みを誤魔化しているが、いつまで耐えられるか分からない。
ダンスが剣舞に変わったのは素直に喜べたのに。剣舞用の飾りのついた剣は持参で良かったのだ。材質など、どうでもいいのでとにかく軽いものにした。
女子を無理に誘わないでよくなったことも嬉しかった。
クライン先生から聞いた話では、ダンスは4年間あるのが基本だけれど、偶に問題が発生するとダンスが剣舞に変わるらしい。
同じ学年の王族同士に配慮する措置のようだが、ガーネルの学級崩壊でも適用された。
薄々、酷い状態だと話は回ってきていたので納得だ。
ノエルも先生とのダンスに抗議していたので当たり前か。
「では、今日はここまで!」
違うことを考え気を紛らわせていた剣術の授業が終わり、教室に戻ると、席で突っ伏した。
「ソルレイ様」
「うん?」
突っ伏したまま横を見るとファビルがいた。
「真偽の程は分からないんですが、シュレインが、偶数組の友人から聞いた話があります。一応耳に入れておいてください」
せっかく何かを言いに来てくれたのだから身を起こした。腕がだるいな。寝るのに曲げていたのがよくなかったか。
「ごめんな、腕が痛くて。……で、どんな話?」
「ガーネルがクラス対抗に出られないので、今年はやらないという話が出ています」
3年のクラス対抗と4年生になったらある茶話会も中止するかもしれないと、ファビルとシュレインがどこからか情報を集めてきたようだ。
「やらなくても問題ないだろう。放っておけ」
隣で聞いていたノエルが答えた。これもイベントで、3年生唯一のお楽しみではあった。文化祭も体育祭もないのが3年だ。
「クラス対抗って初日が全員参加の算術リレーで2日目が魔法だっけ?」
「はい」
「うちは騎士家なんです。アヴェリアフ家のノエル様ならお分かりでしょうが、将来軍属になると決まっています。アインテールでは、こういう成績も取り寄せて見られるんです」
シュレインが、騎士家に生まれた限りは、できればやりたいので教務課に一緒に行って欲しいと訴えた。
「おい、シュレイン。俺はそんなつもりでソルレイ様に声をかけたんじゃない。ガーネルがそのことで更に揉め、火の粉が飛んできた時のことを考えて、先に知らせておくことにしたんだ」
「うん、分かった。ファビルもシュレインもありがとう」
俺も引くように合図をした。ファビルは頷き、シュレインの腕を掴む。
「行くぞ」
「ノエル様。軍門派閥の長ならお分かりでしょう」
シュレインの言葉に対し、ノエルが、切り替えるようにゆっくり瞬きをした。
アヴェリアフ家のガンツはディハール国軍のトップだ。
ああ、クラスメイトとしてではなく、アヴェリアフ候爵家のノエルとして答えるのだと分かった。
「それがどうした。不確かな情報を元に動けというのか。おまえの成績のために」
「あ、いえ」
一線を越えたと気づいたが遅い。
ファビルがシュレインを見て、ため息を吐いた。
俺でもまずいと思ったくらいだ。何のためにファビルが俺に言ったか気づいていなかったようだ。間接的に知ってもらう程度に留めるべきだった。
「も、申し訳ありません!」
すぐに謝ったシュレインに、授業が始まるからもう戻るようにと言って逃がした。
ノエルも家名を出されたため、許すわけにいかなくなっただけだ。本気で、怒ったわけじゃない。
「ノエル様、出すぎた真似をして申し訳ありません」
「いや、あれでいい」
小さく悪かったなと呟いた。
口を挟んだことだろうか。ここはきちんと謝っておく。クラスにどちらに非があったかを認識させるために必要だ。
「ノエル様、アインテール国の貴族が失礼を致しました」
俺に素っ気なく頷いて終わった。
数学の先生が入って来て授業が始まったが、噂の話についてはこれと言って何もなかった。
秋までまだあるしな。検討中くらいなのだろう。
慣れないことをすると身体が悲鳴をあげるわけで、横笛を吹く時に筋肉痛が響く。
なんとか吹いていたが、引き攣れる痛みに音を外してしまった。家に教えに来てくれているシュミッツ先生が片眉を上げる。
「おや珍しいですね。ソルレイ様、今のところは伸びやかに吹きましょう。次の展開に繋がる大事な部分ですからね!」
「すみません。剣術の練習で腕が少々……」
「剣などに時間を割くことはないと思います」
シュミッツ先生は剣より音楽にしましょうと言う。私もそちらの方がいいけれど授業であるのです、と話した。今年は剣と剣舞があるので大変なのだと訴える。
「選択制なら絶対に音楽をとるのですが、こればかりはどうにもなりません」
「先生、みんな小さい時から練習するんだって。カルムお兄ちゃんに教えてもらってるんだよ。でもね、身体が柔らかい内にやっておかないと筋肉が痛くなるみたい」
ラウルが庇ってくれた。思わず痛い腕を伸ばして頭を撫でた。
「ふぅ。私も貴族の端くれなので分かっておりますとも。しかし、野蛮な授業などボイコットして音楽室に行っておりましたね」
「「ええ!?」」
先生がサボるなどと想像がつかない。
「どうせ落とす授業など出ても出なくても同じですからね」
なるほど。
音楽一筋な学生生活か。
でも、青春っぽくて羨ましい気がする。
「そうか。なんとか合格を取ろうとするから辛いのか」
いっそうのこと捨ててしまおうか。
「お兄ちゃんは、入学してからずっとどの科目も満点だから担任の先生に呼ばれるよ」
「指導かあ。それも厄介だな」
クライン先生に話したら、きっと笑う。
『ちゃんと受けなさい。じゃないと私が、他の先生に聞かれて困るじゃない』
こんな感じだろうな。
うーん、困ったぞ。
「音楽は好きなんだよな。シュミッツ先生やラウルツと新しい曲を演奏できるようになるのは嬉しい。とても楽しいこの時間は癒しだ。どうしたらいいんだろう」
眉間の皺を伸ばす俺とは対照的に先生は機嫌が良くなった。嬉しそうに笑う。
「教師冥利に尽きますね。ですが、音楽の授業の前日は止めていただきたいですね。音が変わります」
「分かりました。そう言ってみます。授業だけならここまで腕も傷まないと思います」
「先生、僕も気をつけるね」
「はい、ありがとう存じます」
笑うシュミッツ先生ともう一度皆で最初から曲を奏で、楽しい時間を過ごした。
その日の夜は、ハーブを大量に入れたお風呂で筋肉を揉みまくり、温めて眠った。
翌日は朝からカルムスに、横笛が持てずに音を外したと伝えた。先生からも前日は止めるように苦言を言われたと泣きつき、学校の授業の時と、シュミッツ先生が来てくれる週2日間。その前日は休みになった。
話している時に、ラウルも援護をしてくれたのだが……。
「お兄ちゃんの手は、料理やお菓子を作る手で剣を持つ手じゃないよ。向いてないもん」
その言い方は、酷いと怒って見せるべきだったかな。
まあ、いいか。
実際に、詩以上に興味がない科目になっているからな。




