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ハレの日

 短い冬休みは慌ただしく過ぎていき巡ってきた初春。

 今日は、ラウル10歳の入学式だ。


 中庭の壇上に立つ立派な姿を見守った。ただ、壇上からは丸見えだったらしく満面の笑みを向けられた。


 俺も応援の気持ちを乗せて、大きく手を振ると、ラウルも釣られて手を振り返す。


 あ。

 座っていた新入生の何人かが振り返るので、慌てて木の後ろに隠れた。


 気がそぞろになった同級生達をよそに、堂々と読み終えると壇上を下りた。無事に終わったことに胸をなで下ろす。


 背負ったリュックには、母と父、姉の遺品が入っている。

 この日を一緒に祝って欲しいと持って来た。


「有言実行だな。ラウルは強くなった」

 俺も一つ区切りをつけよう。母さんのように慈しむのも、父さんのように手を引いて歩くのも、姉の分も甘やかすのも。成長を見守るのは、お役御免だ。


 これからは、ただの兄に戻り一緒に成長をしていきたい。

 学校で沢山の人と出会って、自分に合う人を知って、大切に思える友人を作って欲しい。


 頑張れよ! ラウル!


 この後は、一緒にバイキングを食べようと約束しているが、校内の説明があったはずだ。時間を潰す為に図書館にでも向かおうか。


 本を一冊読めば来るだろうと、適当な席に着き、お爺様にもらった魔道具の本を読み始めた。


「お兄ちゃん!」

「あ。しっ。ラウル。図書館は静かにな」

「はーい」

 時計に目をやると、いつの間にか2時間が過ぎていた。


「ごめんな。夢中で読んでた」

「いいよ。バイキングを食べに行こう!」

 よほど楽しみにしていたらしい。

「ハハハ、うん」

「お兄ちゃん、しっ!」

 口元に指を置き、注意をされてしまい、誤魔化すために咳払いをした。


 今日は新入生だけの登校なのだが、晴れ姿を一目見ようと来た俺も一応制服だ。寮生組とはどこかで会うかもしれない。誰かに会ったら弟が入学したからよろしくと言っておくか。


「頑張ったね。上手く読めてたよ」

「でしょ!」

 笑いながらレストランの使い方を教えつつ、2階に向かう。


 カフェにある季節のジェラードの話をすると、僕もプレーンじゃ満足できなくなるかもと言うので頷いた。俺もそうなりつつある。


「女子は男子の前で沢山は食べ辛くなるらしいよ」

「そうなの? 大変だね」


 2年前の俺と全く同じ感想だ。

 食べればいいのに、と思ってしまったのを思い出す。


「二人でお代わりしよう」

「うん! オムレツも!」

「ふふ。そうそう。オムレツもだな」


 久しぶりの二人だけの食事だと懐かしみながら、食べて口元を汚すラウルの口を拭った。


「ラウル、登校はどうする? 別々にするか?」

 兄離れして『学校では話しかけないでくれ』と言われたら寂しかったが、そんなことはなかった。

「え? そのつもりだったよ」

 わざわざ聞いたことに頬を膨らませた。


「ごめん、ごめん。機嫌直して」

「お昼も一緒に食べられる時は食べたいよ。お兄ちゃんの作ってくれるお弁当も食べたい。二つ持って中庭で食べようよ」

「いいよ。あ。ノエルも一緒だ」

「うん、いいよ! あ! 食べるのはいいけど、お弁当は持参だからね!」

「アハハ、分かった」


 白服二人か。なかなかに目立ちそうだ。


「クラスに侯爵家の人とか王族の人とかはいたか?」

「大丈夫だったよ。よそのクラスにはいるみたいだけど、偶数組っぽい」

「そうか。良かった」


 見た目と異なる先生達の個性を話して盛り上がった。ラウルの担任もそんな感じらしい。見た目はしっかりした人に見えたけど、喋ると違う気がするの。という話をされた。


 いい意味で裏切られたことを言っていたんだけどな。逆にマイナスになる先生か。


「ラウル、先生の名前を教えてくれる?」

「うん、ノックス先生だよ」

「そうか、ありがとう」


 今度、教務課の人に確認をしておこう。

 バイキングを楽しんだラウルと片づけをする時に、オムレツを作る料理人が視界に入った。ふいにカルムスの言葉が頭をよぎった。


 “できる根回しをしろ”


 勝つための根回しか。クラスメイトには言いたくないからこっちにしておこう。


「ラウル。少し付き合って欲しい」

「うん、いいよ? どこに行くの?」

「体育祭の時にレストランを予約できるか知りたいんだ」


 急なことではあるが、1階の料理人に声をかけて会う約束を取りつけた。今日は作る量が少ないので会ってくれるというのだ。


 レストランの支配人に二人で会い、どうしても2年後の体育祭で勝ちたい。

 体育祭の全日の予約はできるかと日にちを言わずに尋ねると、パーティーの時間だけならお受けしましょうと言われた。


「それにしても2年後の予約をされた方は初めてですね」

「すみません。実は……」

 俺は学長と交わした約束を支配人に話した。

「なんとも楽しげな賭けですね。ご協力致しましょう」

「ありがとうございます。お願いします」


 日にち未定の体育祭の20時から0時の予約を取った。

「ラウルありがとう」

「勝つためには今から必要なんだね。僕もできることはするからね」

「二人で頑張ろう」

「うん! ノンに勝とう!」


 最後にずっと行きたいと言っていた図書館に併設されている司書の二人がいる書庫室に向かった。

 ソフィーもエルマもちゃんとラウルのことを覚えてくれていたようだ。白服姿を褒めてくれた。


 教員棟にいる顔をつないでおきたい先生達にも弟が入学したことを報告し終え、時計を見る。


 もうそろそろいいはずだ。


「帰ろうか」

「うん。ハベルが待ってるかも」

「じゃあ正門までーー」

「ダメー! 僕が一番だよ!」

 ダッと走り出したラウルを後ろから追いかけた。正門に行くと車は一つだけだ。新入生はもう帰ったようだ。


「ラウルツ様、お帰りなさいませ」

「アハハ。まだ家じゃないよ。それにお兄ちゃんもいるからね」


 ハベルに無言で頭を下げられたので、気にしてないよ、ただいまと返して乗りこんだ。


 今頃、屋敷はラウルを祝うための花で溢れているだろう。メイド達は朝から気合が入っていた。アイネに頼まれた時間稼ぎは十分かな。


 何も知らずに、『クラスは、女の子のほうが多かったから他クラスにも友達を作る!』と笑って話すので『うん、うん』相槌を打つ。


 これがカルムスの誤解の種か。

 俺には、“友達をいっぱい作るよ!”と、言っているようにしか聞こえない。

 すごく平和な言葉だ。

 貴族フィルターを通すと、何でも斜めから物事を見てしまうのだろう。


「ラウル、俺もお爺様も笑ってるラウルが大好きだ。だから伸び伸び育ってくれ」

 素直なままでいて欲しい。きれいな花を見たら綺麗だと言って欲しい。

 “だけど、この花はーー”というご託も、飾りつけの評価もいらない。

 そんな大人にならないで欲しい。


「それ、アインテール国に来てから言うようになったよね」

「うん、分かってるんだけどな。貴族ってーー」

 声を落としてラウルの耳元に手を当てコソッと伝える。


「偶に、“ええ!?”っていうのがあるだろう?」

「アハハハハ。うん! 僕には、貴族の振る舞いは無理そうだからやめとくよ」

 俺もできてないけど、何とかなってるからそれで大丈夫だと伝えた。


 できる限り環境よく過ごせるように、先生達や教務課といった、たとえ、どこかの国の王子が相手でも生徒に太刀打ちできる相手との関係は良好にしてあった。

 ラウルのことも力になってくれるはずだ。


 家に着くと、皆が祝いの飾りつけをして出迎えてくれたことに、にぱっと照れ笑いを浮かべるラウルの姿があった。


「おめでとうございます、ラウルツ様」

 アイネの言葉を皮切りに、おめでとうございますの大合唱が始まった。

「みんなありがとう!」


 家に入ると、今度はお爺様やカルムス、ダニエルが声をかける中、モルシエナがラウルを肩車した。


「アハハ!わあ!高い!」

「ラウルツ、おめでとう。学校は楽しんでこそじゃぞ」

「うん!」

「首席らしく明日からはクラスをーーーー」

「カルムお兄ちゃん、僕はそういうのいいの」

「ラウルツ様、おめでとうございます」

「ありがとう!」


 ベンツやアリサたちにも声をかけられ笑顔に満ちている。その顔がこちらを向いた。


「お兄ちゃん、僕は、のびのび育つよ!」

「アハハ。そうしてくれるとお兄ちゃんも嬉しいよ。おめでとう!」

 おめでとう、ラウル。頑張ったな。


「さあ! 祝いを始めようぞ!」

 お爺様の言葉を合図に、シュミッツ先生を始め、招かれた楽師達の音が響く。


 今日は、皆で祝うハレの日だ。

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