帰還
翌日、僕らは車で福島を出た。ゲートを使えば車に揺られなくてもすぐに本部に戻れるのだけれど、「ゲート」のことを報告する時間もなく、東京に戻ったらすぐに昨日の報告をするよう政府から召集されているようで、帰りの車内で木村さんに一部始終を報告することになった。車の運転はフクさんとラクさんが交互に行っていて、紗奈さんは今もぐったりとしていて銀次さんが面倒を見ている。
「で、昨日の件をまとめて話してくれるかい?」
車の後部座席で僕らは昨日の襲撃について一通り話をした。
「疑問に思うことがたくさんあります。僕とユキは眠らされていた。意識の中に閉じ込めたと言っていたけど、幻術でそんなことができるのでしょうか?銀次さんやフクさん、ラクさんが見ていたようなものが幻術というもので、眠らせるのは一種の「毒」みたいなものではないかと思います。クト本人の口から「幻術」だと聞きましたが、それが嘘という可能性もあります。捕まえられればメモリーでどういう属性なのか分かったのですが、結局逃げられました。それと、クトは明らかな殺意を持って僕を攻撃してきましたが、殺すならそもそも眠って動けない間に殺せばよかったですよね。それに、何度も背後に立って、殺すチャンスはいくらでもありました。」
「それは私も感じた。幻が物理的に攻撃できるなら私を攻撃するチャンスも何度もあった。」
「クトに殺す気はなかった、ということか。」
僕の出生を確認するための福島遠征だったが、思わぬ事態ばかり起こった。ネセロスの登場で、ラスボスはネセロスの弟ザクスということがわかり、ザクスには4人の臣下がいる。そのうちの二人がロザとクト。
「それに、暗雲と紫の雷はおそらく闇属性です。光属性の魔法が効きました。あの魔力の強さはクトじゃない。もう一人、ロザやクトよりもずっと強い敵が近くにいたのだと思います。」
「そいつはどこかで様子を見ていて、クトが捕らえられそうになったから手を出したわけか。そいつの存在は確認できなかったんだよな?」
「ええ。クトを回収して消えてしまったので、僕たちに攻撃をするわけでもなく姿を見せることもありませんでした。人型かどうかさえわかりません。」
「そうか。…それは問題だな。」
つまり、今回の福島遠征で、四人のうちの三人の臣下がいたことになる。三人の臣下がすでに人型になっているとすると、臣下たちは地上に出てきて人として生活をしていて、ザクスの復活を準備していると考えるべきか。ロザを埋められたのは幸運だったかもしれない。
「とりあえず、現状を報告することになる。ユキも一緒に来てもらうが、その間他のメンバーは好きにしてくれて構わない。連絡だけは取れるようにしておいてくれ。」
「…」
「コタロー、どうした?まだ気になることがあるか?」
ユキが気にして声を掛けてきた。実はもう一つ気になることがあった。
「いや、大丈夫だ…。」
(…ユキ。)
僕は精霊を通して、木村さんに聞こえないようにユキに声を掛けた。
(え?何?コタロー。)
(実はもう一つ気になることがあるんだけど、二人だけで話したい。今日戻ってから少し話せないか?)
(…わかった。時間取るようにする。)
「ん?どうした?二人とも黙り込んで…。」
「いえ、木村さんに報告が漏れていないか考えていました。大丈夫です。」
「そうか?まぁ、思い出したらまた報告してくれ。」
「そういえば、紗奈さん。あとで話したいことがあるって言ってませんでした?」
「あぁ。銀次さんが見ていた幻覚って何だったのかなって?」
「…あれは、昔やっていた『トレジャーディスカバリー』というゲームの幻覚でした。もうやらなくなってからしばらく経つのに、何で『ウェポンマスター』ではなく『トレジャーディスカバリー』の幻覚を見たのでしょうね。」
「…『昔やっていた』ね。うん。それだけ聞きたかったんだ。ありがとう。」
銀次さんはやっぱり銀ちゃんだ。まさか、銀ちゃんがゲームの中ではなく現実の世界で同じチームにいたとはね。
「『トレジャーディスカバリー』では、私の軽率な発言で大事な友人を傷つけてしまいました。その友人がもうゲームに来なくなってしまって、急にゲームがつまらなくなりました。毎日毎日その友人がログインしてこないかだけ気になり、ゲームのメインである宝集めが楽しくなくなってしまったんです。私が楽しんでいたのはゲームではなく友人とのやり取りだったのだなと気付かされました。できればもう一度会って謝りたいところですが、それができないのがネットゲームですよね。出会いは一期一会。もう私が彼女…いえ、彼と話をすることはできないでしょう。ゲームは楽しむものですが、『トレジャーディスカバリー』は悔しさだけ残ったゲームでした。…あれ?紗奈さん?」
俺は驚いて目を大きく開いて銀次さんを見ていた。銀次さんの言う「友人」とはおそらく俺のことだ。俺はゲームの中で銀ちゃんに振られて『トレジャーディスカバリー』をやめた。でも銀ちゃんはそれを自分の言葉で俺を傷つけたと思っている?
「いや、傷つけたのは俺のほうでしょ?ゲームの中で変なこと言い出したから…。」
「?何を言っているんですか?おかしなことを言っているのは今の紗奈さんですよ。」
銀次さんは俺がその友人であることに気付いていない。俺がそばにいたから『トレジャーディスカバリー』の幻覚を見たんだけどね。これはしばらく内緒にしておこう。
「ふふっ」
こんな運命があるとはね。俺は車の窓から外を見ながら笑った。
「変な紗奈さん。」
東京に到着すると、木村さんとユキはすぐに招集され国会議事堂へ向かった。またあの政治家どもに話をするのか。可哀そうに。
僕たちは「好きにしていい」と言われているので、しばらくの間自由な時間となる。
「シロ、クロ、ファー。」
三匹は福島を出た時から人型になっている。人型がすっかり馴染んでいるな。
「コタロー、どうした?」
僕はファーをじっと見る。やっぱり大きくなっている。どう見ても服が小さい。初めて人間の形になった時は小学校低学年くらいの大きさだったが、もう高学年どころか中学生くらいかもしれない。
「洋服を買いに行こう。シロ、ファーの服を選んでもらえるか?」
「いいよ。行こう、行こう。」
楽しそうだな。女の子はやっぱりショッピングとか楽しいのか?僕は自分の服も数枚しか持っていないくらいだから、こんなに頻繁に服を買いに行ったりしたことなかった。
「コタロー君はこれから何をするの?」
出がけにフクさんが声を掛けてきた。
「服を買いに行ってきます。ファーが大きくなったみたいなので。」
「ファーちゃん、大きくなるの早いねぇ。もうすぐシロちゃんに追いつくね。」
「うん。僕たち三つ子だから、お姉ちゃんに追いついたら大きさも落ち着くよ!」
「そろそろ『僕』やめて『私』にしたほうがいいと思うよ。こんなにかわいいんだからもったいないよ。年齢は落ち着くの?大きくなり続けないの?」
「僕たちは、ある程度の年齢で落ち着くんだよ。」
へー。初めて聞いた。そういえばシロとクロは見た目変わらないな。と言うことは、お年頃の弟、妹がいる感じになるのか。ファーはもう少し小さいままでいてくれてもいいけどなぁ。
「フクさんとラクさんはどうするんですか?」
「俺たちはちょっと実家を見て来るよ。ちゃんと仕事してるかなって。」
「ご実家は自営業でしたっけ。大変ですね」
「ん~まあねぇ。会社閉鎖しても良かったんだけど、親戚が残ってやってくれるって言うから、ちょっと様子を見て来るよ。」
「じゃあ、コタロー君もゆっくりしてね。」
そう言ってフクさんとラクさんは出かけて行った。僕たちも出かけよう。
「あ、そうだ。ファー。ちょっとお願いしたいことがあるんだ。買い物から帰ってきてから話すよ。」
「なになに?コタローがお願いとか珍しいね。」
「いや、魔法にしてもなんにしてもお願いしてばかりだろう?」
「コタローが魔法を使うときは僕たちの意思でもあるから、あまりお願いされている感じはしないよ。」
そうなのか。魔法を使う時は僕の意思に合わせてくれているんだと思っていた。僕の意思イコール彼らの意思になるのか。
僕らは四人で街に出た。そこで、衝撃の事態に出くわすことになる。
チリーン
「ありがとうございました。」
ちょうど美容室から出てきた男性と僕らはすれ違った。僕もそろそろ髪を切ろうかな。
「あれ、コタロー君?」
(あれ、コタロー君?)
呼ばれて僕らは揃って美容室から出てきた男性を見る。こんな人知らない…
「!紗奈さん?どうしたの?か、髪が…。」
紗奈さんの髪が茶髪から黒髪になっていた。
「チャラ男じゃない。」
「ナンパしてない。」
「真面目っぽく見える。」
「…シロちゃん、ファーちゃん、クロ君、君たち僕を何だと思っているの?」
「チャラ男」
「ナンパ男」
「不真面目」
……
「なんか、すみません、紗奈さん。ちょっと衝撃的で…。何かあったんですか?」
黒髪になった紗奈さんは、服装も落ち着いていて、本当に真面目な人に見える。
「いやぁ、昔に戻ってみただけだよ。」
昔に?一体どうしたんだ、紗奈さん。
「これから銀次さんと食事なんだ。昨日ずいぶん心配かけちゃったから、ご馳走してあげることにしたんだ。」
「銀次さんもびっくりするでしょうね…。」
見た目は真面目になった紗奈さんは、ご機嫌で去っていった。
「紗奈、キャラ崩壊…」
ファー、そんな言葉一体どこで覚えてきたんだ。しかし、真面目な紗奈さんとか、今まで想像したこと無かったな。僕らはしばらく無言で遠ざかる紗奈さんの背中を見ていた。
買い物を終え部屋に帰ると、クロは本を読み始め、女子二人は買ってきた服を並べてキャッキャと騒いでいる。僕は静かに部屋を抜けて、サーバールームへと向かった。
ここにあるのは、現在属性を管理しているサーバーと、過去に戻ってやり直すとき用の新しいサーバーだ。基本的にサーバーの中身は同じだが、現在のサーバーからAIは無くなり、新しいサーバーのAIはファーになるので、今はAIが入っていない。僕は現在のサーバーを確認する。属性を持つ人たちのバランスをきちんと保っている。ちゃんと機能しているな。
(ファー、ちょっと来られるか?頼みたいことがある。)
(はいよ。今行くね。)
(「ゲート」使っておいで。)
そう言うと、僕の近くに小さな黒い円ができて、ファーが出てきた。ほほう、精霊だけでも使えるんだな。
「で、コタローのお願いって何?」
「ああ、今回、木村さんが眠らされていることでリミッターが解除できなかっただろ?また同じ目に遭ったら大変だから、僕のほうでもリミッターの操作ができないかと思って。僕の権限だとそこまでのプログラムはいじれないのだけど、ファーならどうだ?」
ファーはプログラムそのものだ。内部を全部記憶している。
「できるよ。コタローのブレスレットでもリミッター解除できるようにしておくよ。」
「ただ、木村さんとか上部の人にわからないようにしてくれ。許可を取れだのうるさく言われたくないんだ。」
「ん。わかった。」
「…もう一つ頼みたいことがある。」
そう言うと、僕はファーにこっそり内容を伝えた。
「それはできるかわからないけど、やってみる。コタローのほうは大丈夫なの?」
「それを言われると、どうなるかわからない、と答えるしかないんだよな。まあ、大丈夫だろう。」
ファーはサーバーの前に座り、静かに目をつぶっている。消えたAIは、未来から戻ってきたファーと言うことになるけど、ずいぶんと大人な感じがした。今ここにいる幼いファーが、大人になってしまうのも間もなくなのだろうか。
ピコン
僕のブレスレットから音がした。新しい機能が増えている。みんなのリミッターを外す機能だ。仕事が早いな、ファー。
「もう一つのお願いもできそうだけど、コタローとリンクさせて大丈夫かな…」
「いざという時の為だ。やってみよう。」
ドサッ
ファーが操作すると間もなく僕は倒れて、ファーがゲートを使って、シロとクロが部屋まで運び込んでくれた。
「助かったよ、ファズ。」
「…遊びすぎだ、クト。私の存在を出すつもりはなかった。」
「でも予定通り、誰も殺さず、種も植えてこれたでしょ?」
「…」
「楽しかったな、コタロー。また遊びたいなぁ。」
<精霊会議>
夜も更け、みんなが寝静まったころ、コタローの部屋の居間には小さな精霊たちが集まっていた。
「コタローは、さっき倒れてよく眠っている。しばらくは起きないだろう。」
「今日は、私たちの考えた計画を、ぜひ君たち精霊諸君に実行してもらいたく、こうして主が寝ている間にこっそり集まってもらったのだ。その計画とは……」
「「人型になろう計画!」」
シロとファーが楽しそうに会議を始めると、小さな精霊たちは、不思議そうにお互いに顔を見合わせている。
「人型になれば、いろいろ楽しいぞ!」
「おいしいものもたくさん食べられるぞ!」
クロは眠そうに少し離れたところからみんなを見ている。
(またシロとファーが何かやり始めたな。エーワンメンバーの精霊まで巻き込んで。)
「どうやって人型になるんだ?って思っているな?」
「みんなの力になればと、こちらを用意しました!」
そこには大量の漫画本が置いてあった。
「この中から、自分のイメージに合ったキャラクターを見つけるんだ。」
「それで、こんな感じの人型になりたーいって強く思えば、きっとみんな人型になれるよ!」
嬉しそうにしている精霊と、疑った眼差しの精霊がいる。
「あ、疑っているな?」
「私たちも、コタローと同じ人型になりたいって強く思ったから、人型になれたんだよ。」
コタローの精霊が人型になれたのは、コタローの魔力が基本となり、精霊たちの想像力によるものなので、「こうなりたい!」という思いが強ければ、本当に人型になれるかもしれない。
精霊たちは、シロとファーの話に乗せられ、小さな体で漫画本を読み始めた。
黙々と読み続ける精霊たち。
そのうち、精霊たちは「人型になる」という当初の目的を忘れ、漫画本の魅力に取りつかれ、朝になっても読み続けていた。
「あれ、炎、ちょっと魔法使う時格好良くなってない?」
「うちのストームも、なんか決めポーズしているんだけど。」
まだ人型にはなれなかったけど、格好良く魔法を使うイメージはできたみたいです。
「人型になった姿を見せて、みんなをびっくりさせたかったな。」
「エーワンメンバーの魔力もだいぶ上がっているから、精霊のみんなが人型になるのももうすぐなんじゃないか?」
クロは優しくシロに話しかける。
「そうしたら、エーワンメンバーと精霊たちとみんなでパーッと飲みたいね!」
「お前……酒飲んだことないだろ?そもそも俺らは飲食を必要しないからな。」
クロはクールにツッコミを入れた。