クトVSユキ&コタロー
やってみる、と言ったものの、あの黒いドロドロをどうやって捕まえるかな。凍らせてみるか。
しかし、気配はするものの、まさかこのドロドロが奴の本体だとは気づかないだろう。コタローの情報と、さっき一瞬感じた殺気がなければ見つからなかったかもしれない。あの殺意は、戦闘中のコタローに向けられたものだろう。コタローが無事でよかった。
「ねえ、君何しているの?」
「!」
背後に金髪の男性が立っている。私は急いでそいつと距離を取った。幻術のせいなのか、あのドロドロの本体を気にしすぎていたせいか、全然気配を感じなかった。
「お前が紗奈を傷つけたのか?」
「紗奈って、あの植物の人か。弱いくせに、厄介なことしてくれたよ。いまだに僕の体が元の形に戻らないじゃないか。」
紗奈が今でも奴の体を戻さないように何かしているんだ。殺気を感じたが、コタローは生きている。こいつは幻の姿では攻撃できないんじゃないか?紗奈が本体の回復を足止めしている今なら、幻を無視してあのドロドロに攻撃するチャンスなのでは。
(コタロー!こいつ攻撃してきたか?)
(何度も背後に立つくせに、なかなか攻撃はしてこなかったけど、最後は殺そうとしてきたから、幻の姿でも攻撃はできるのだと思う。避けなければ殺されていたかもしれない。)
そうなのか。殺す気ならさっき背後に立たれたときに攻撃してきそうなものだが、確かに殺気を感じたのはさっきの1回だけだ。とりあえず、幻を避けつつ、本体を凍らせてみよう。
じっとしていると背後に立たれてしまうので、空を飛びつつドロドロを凍らせてみる。しかし、寝間着の浴衣だと動きづらいな。
「ダメだよねぇ。凍らせたら寒いじゃん。今ね、体を戻そうと頑張っているの。攻撃しないでくれる?」
金髪の青年は、私の背後から声を掛けてくる。その間にドロドロは氷を溶かし外へ出てくる。氷漬けは無理か…。ならば、食虫植物に食べさせるか?いや、出てこないように閉じ込め続けたら食虫植物に消化されてしまうか。何にせよ、琉ちゃんがリミッターを解除してくれないと強い魔法は使えない。捕獲は諦めて燃やしてしまうか。それだって燃やしきれるかどうか。そうこう考えている間も、しつこく金髪の青年は背後に立って話しかけてくる。
「あー本当に君は臭うね。たくさんの民の臭いがする。やだやだ。」
そんなこと言われても、困るよな。こいつのことをまだよく知らないけど、体全身が拒否しているような、心の底から嫌いなタイプだと思うのは、私の属性がそう思わせているのかもしれない。ネセロスの星でこいつ相当嫌われていたんじゃないか?
「気持ち悪いんだよ。背後に立つな!」
私はつい、幻のこいつに向かって火の球を放ってしまった。火の球はこいつの体を素通りし、海面に落ちてジュボっと燃え尽きた。やはりこいつに魔法は効かない。おそらく物理攻撃も効かない。狙うは本体だな。こうなったら、ちょっと近づいて金属で固めるか。より硬くて密度の高い氷で固めるか。どちらにしても幻から離れて直接本体に攻撃を入れたい。私はドロドロに向かって飛んで行った。
幻が本体に近づくことを邪魔してくる。やはり、ドロドロの本体は体を作りなおそうとしているところで、まだ攻撃はできない、注意するのは幻のほうだけ。
と、勝手に認識していた。
いや、そう思うように誘導されたのかもしれない。その勘違いで私はほんの少しだけ「ドロドロの本体は近づいても攻撃されない」と油断してしまった。ドロドロは私が近づいてくると、それを待っていたかのように私に向かって飛んできた。頭部にドロドロが直撃し、纏わりついてくる。剝がそうとするがなかなか離れない。ドロドロは私のカチューシャを外し、頭の中に入ってこようとする。
私のカチューシャは特別製だ。属性を与えた者の管理をするためでもあるが、私が政府に管理されるためのものでもある。数多の魔法が使える私も、政府にとっては危険な化け物なのだ。そのため、私の耳の上あたりには2つのプラグが埋め込んである。普段はそこにカチューシャがはまっていて、みんなの情報が送られてくるのと同時に、私の情報も送られ管理されている。カチューシャから送られてくる微弱な電波で、脳が刺激され、人より多くのことを同時に考えたり、処理できたりする。コタローがデータ化された属性を自動で管理するシステムを作るまでは、みんなの属性バランスを保つように私の脳が勝手に判断し管理していた。ちょっとしたサイボーグだな。私が規約に反したおかしな行動を取った時には制裁を受ける仕組みになっている。ちなみに、どんな制裁かと言うと、頭が死ぬほど痛くなる。
そのプラグからドロドロが入ってこようとする。ちゃんと防水加工になっているはずなのに、頭の中に直接何か入ってくる感じだ。いじられている感じがしてすごく気持ち悪い。必死に抵抗をしてみるが、自分に向かって魔法を使うこともできないし。周りが見えない。息ができない。
(コ、コタロー…)
「ユキ!」
僕がユキのところに到着したとき、ユキは黒いドロドロに覆われていた。もがいて抵抗するユキに近づいて剥がそうとするが、このドロドロ、剝がれない。
「あぁ!ちくしょう!どうすれば離れる?」
(コタロー君…)
(紗奈さん?大丈夫?)
(あぁ、魔力戻してくれてありがとう。そいつの中にはまだ俺が撒いた着床ランの種が付着している。何とか、人型に戻らないように頑張っていたんだけど、そろそろ限界…。)
クトの本体が戻らないのは紗奈さんが邪魔していたんだな。
(コタロー君…水、水を与えて。そうすれば残りの魔力でも根が生やせる…。)
(今ドロドロがユキにまとわりついていて攻撃できないんだ。根が生えればユキから剥がれるか?)
(たぶん、力を抑えることくらいならできると思う…。ちょっと邪魔するくらいにしかならないかもしれないけど…。)
(ありがとう!紗奈さん。水だね、任せて。)
僕は水の魔法で巨大な龍の形を作った。空に浮かぶ巨大な水の龍はシュウ君たちの目にも止まった。
(紗奈さん、見て!すごいよ!水でドラゴンができてる!)
(リミッター外さずにあれだけの魔法を使うとは…。コタロー君、すごいな。)
龍からこぼれた水が、あたりに雨を降らせる。
「あ、れ?紗奈さん?どうしたの?大丈夫ですか?」
混乱していた銀次さんが意識を取り戻す。
(あ、銀次さんが戻った。)
「…銀次さん、ちょっと話がしたいのだけど…、今はコタロー君のところ手伝っているから、あとでね。」
「『あとで』は、いいですけど、紗奈さん、ボロボロじゃないですか?」
「あぁ、ボロボロだけど怪我は治してもらったし、大丈夫だから。ずいぶん混乱していたみたいだから、戻ってよかった。」
(紗奈さん!水与えるから、お願いします!)
そう言うと、龍は大きな口を開けてドロドロをユキごと食らう。
(今だな!)
紗奈さんは、黒いドロドロから着床ランの根を生やさせた。根がユキとドロドロの間に隙間を作り、僕の水が隙間から入り込んで引き剝がした。急いで水の龍からユキを救出する。
「ごほっ、ごほっ」
ずっと息ができていなかったユキは、苦しそうに咳き込んでいる。
「大丈夫か、ユキ!」
「けほっ。だ、大丈夫。ありがとう。危なかった。プラグにドロドロが入った。気持ち悪い。」
プラグ?カチューシャが外れた耳の上あたりをユキが水の魔法で洗浄している。あんなところにプラグがあったのか。ロボットみたいだな。あとで詳しく聞いてみよう。
透けた水の龍の体の中で、ドロドロは、まだ着床ランの根と絡み合っているのが見える。今だ。
「氷結!」
僕はそのまま龍を凍らせた。水の龍は、見事な氷の龍へと変わり、とても美しい氷像となった。これで奴を確保できる。
「ユキ、捕まえたよ!」
その時だった。空に暗雲が立ち込める。あたり一帯暗くなり、空気が一変する。それは、よくゲームである「ラスボス」の登場シーンのような感じで、ただの雨雲ではないことはすぐにわかった。とてつもなく「嫌な」感じのする暗雲だ。この膨大な魔力量、体がピリピリする。ロザとかクトとかの比じゃない、ものすごく強い奴が近くにいる!
紫の雷が、僕の作った氷の龍へ直撃する。雷は龍を壊し、中からドロドロのまま固まったクトを取り出す。そのまま黒い靄に覆われ、クトは雲の中へ消えていく。
「逃げられてしまう!」
僕はとっさに火の魔法を空に向かって飛ばすが、空しく黒い雲の中へ消えていく。ならば、もう一度水の龍でクトを取り返す!
僕は水の龍を作り、クトが連れていかれたあたりの雲に突進させるが、龍は暗雲に取り込まれ消されてしまった。
「これは、闇の魔法か?」
ユキは、僕の抵抗を見ながら氷の龍の破片が地面に落ちる際に被害が出ないよう水に戻してくれていたが、空を睨みながら言った。
闇属性の魔法なら光属性の魔法が通用するかもしれない。光属性の使い方はまだよくわからないのだけど、僕は急いで光の魔法で矢を作り、思いっきり空に飛ばした。
矢が飛んで行った先の暗雲に、パッと穴が開く。効いている。やはり闇属性だ。それを確認すると、僕は無数の光の矢を作り、一斉に空へ向かって放った。数百本に及ぶ光の矢は、暗雲に穴をあけ、暗雲は次第に晴れていく。何も残らない暁の空は、クトに逃げられてしまったことを意味していた。
「コタロー、なかなか楽しかったよ。また遊んでね。」
クトの声が聞こえた。完全に逃げられた。あと少しだったのに、あの闇属性の魔法は何だったんだ?
「コタロー、ひとまず戻ろう。(全員、琉ちゃんのところに集合。)」
「なんだ、なんだ?何があったんだ?」
木村さんの前には、僕とユキ、紗奈さんを抱えたシュウ君、銀次さんがボロボロの浴衣姿で並んでいる。
「敵の襲撃があった。琉ちゃんは眠らされていたんだよ。」
「……すまない。俺がいないとリミッターが解除できなかったよな。やばかったか?」
「ちょっとね。今回はシュウ君が頑張ってくれたから、私とコタローが動けたんだ。」
「本当に助かったよ。ありがとう、シュウ君。」
今回のMVPは絶対にシュウ君だ。彼がいなければ僕とユキは目が覚めず、クトの思う壺だった。全滅していたかもしれない。
「木村さん、詳しい話は東京の本部に戻ってから話しましょう。とりあえず紗奈さんを休ませて、僕らは…風呂にでも入ってきます。」
トントン
部屋にドアのノック音が響く。
「はい?」
ドアを開けると、旅館の仲居さんがいた。
「あの…、向こうの浜辺でうちの浴衣を着た男性が二人爆睡しているって連絡が入ったのですが、お客様のお連れ様ではないでしょうか?」
「「あっ!」」
僕とユキは顔を見合わせた。すっかり忘れていた。フクさんとラクさんのこと。
「あー、あとで迎えに行ってきます。ご迷惑をお掛けしました。」
フクさんとラクさんを回収して、今日木村さんは、埋めたロザの件も含め、東北支部の人と話をしてくることになったので、僕らはもう一日旅館で休むことになった。
「ロザの管理は東北支部の人に任せることになる。何らかの装置を取り付けて見張る必要はあるが、大きな動きがなければ任せておいて大丈夫だろう。そうだ、虎太郎君も一緒に来るか。」
僕も本当は休んでおきたかったが、直接攻撃を受けた紗奈さんやユキに比べれば消費も少ない。
「わかりました。一緒に行きます。」
フクさんとラクさんは、部屋の隅に壁に向かって座っている。二人とも落ち込んでいるようだ。
「フクさん、ラクさん、僕ちょっと行ってくるので、みんなのことお願いします。」
「…いや、俺ら役立たずだし…。」
「ホント、ごめんね。今回なんの役にも立てなかった。」
この一角だけ空気がどんよりしている。二人はうちのチームの攻撃の要だからな。役に立てなかったのはショックだったみたいだな。
「今回は仕方ないでしょ。幻術解除できるのは、紗奈さんの属性だけだったし、動けなかったのは仕方ないですよ。」
「…そう?そう言ってくれる?」
「…次は頑張るから…」
僕は制服に着替え、木村さんと東北支部に向かった。
東北支部は本部よりもかなり小さかった。支部の中でもみんな制服を着ている。木村さんが東北支部の上の人と話している間、僕は待合室で待っていた。
「あぁ、あなたがネセロス様を受け継いでいる方ですね。」
一人の制服の人に話しかけられた。顔は見えないが声は女性だ。肩のラインは2本線。
「あなたはネセロスを知っているのですか?」
「私の属性は、いくらか記憶を持っていました。もうほとんど記憶は残っていないのですが、ネセロス様を慕う気持ちは残っています。あなたからはネセロス様の気配を感じます。」
属性が記憶を持っていることもあるのか。
「確かに、僕の中にはネセロスの魂があります。でも、今は力がなくて表にも出てこられない状態でして…」
「ええ。それでもあなたに会えたこと、非常に嬉しく思います。私の属性同様、私もあなたのことを決して裏切ることはありません。もしよろしければ、フードを取って顔を見せてもらえないでしょうか。」
そう言って、彼女は自分のフードを取った。思ったより若い女性だ。高校生くらいに見える。木村さんがいないのでフードを取っても良いのか判断できないが、この人からは悪い感じがしない。喜びの感情が伝わってくる。僕も静かにフードを取った。
「ありがとうございます。私の名前は、中園佑里と言います。私の属性は絶対にあなたのお役に立てます。ぜひ私の属性をメモリーしてください。」
メモリーのことも知っているのか。戦士同士でも、属性の公開はしていない。同じグループになってから属性を公開し共闘することになっているので、僕の属性のことを知っているのは、この人の属性の記憶か。
「僕は橋崎虎太郎と言います。あなたの属性は何なのですか?」
「私の属性は『ゲート』と呼ばれています。『入口』と『出口』の属性があり、自分の知っている場所や人のところへ瞬間移動できるようになります。」
飛ばなくても車で移動しなくても、僕の知っている場所や人の元へ移動できるのか。それば便利だな。
「じゃあ、遠慮なくメモリーさせてもらっても良いでしょうか?」
「ええ!ええ!喜んで!」
そう言うと彼女は僕の前に片膝を付いた。本当に忠誠を尽くす民といった感じだな。
「ファー。メモリー」
彼女の下に魔法陣が広がる。僕の中に『ゲート』の属性が入ってくる。
「終わりましたか。では試しに、私は部屋を移動しますから、私のところへ『ゲート』で移動してみてください。」
そう言って彼女は部屋を出て行った。僕はフードを被り、少し待った後で魔法を唱える。
「ゲート」
彼女の顔を思い浮かべる。そうすると目の前の空間に線が引かれる。ああ、よくアニメである空間移動の入口だ。線は丸くなり、黒い円が宙に浮いている。ここに入るのはなかなか勇気がいるな。僕はゆっくり黒い円の中に入った。
出た先には、彼女がいた。なるほど、こんな感じで移動できるのか。
「さすがです!どうですか?お役に立てそうですか?」
「そうだね。これは便利だ。」
嬉しそうな彼女に僕は微笑んだ。フードを被っているので表情は見えないはずだが、彼女の目からは大粒の涙が流れた。
「あ、す、すみません。属性も本当に嬉しがっていて…勝手に涙が…。」
ネセロスは本当に民に慕われていたのだな。
「ありがとう。東北支部は原発があるから大変だけど、気を付けてね。僕は待合室に戻るよ。」
再び「ゲート」を唱える。今度は人ではなく場所を思い浮かべる。思い浮かんだ先が確定するとゲートが開くようだ。僕はゆっくり円の中に入り待合室に戻った。
「あれ?虎太郎君?」
「あ、木村さん。終わりましたか?」
「う、うん。待たせたね。…今どこから現れた?」
「え?ずっと僕ここにいましたよ?」
「え?あ、そう?気づかなかっただけかな。まあいいか。旅館に戻ろう。」
フードを外して自己紹介したのを説明するのが面倒だったので、木村さんにはとぼけておいた。
僕らは車で旅館に戻った。そういえば、ゲートってほかの人も移動できるのだろうか。聞いておくのを忘れたから、今度フクさんあたりで試してみよう。




