第十四話「戻らない現実」
市場に戻ったとき、エルドは最初に“違い”ではなく“固定”を感じた。
変化ではない。
もう変わらないものだ。
「……確定したな」
隣のリリアが顔を上げる。
「何がですか」
エルドは短く答える。
「崩壊の段階だ」
市場は動いている。
人もいる。
だがその動きには、どこか“繰り返し”が混ざっている。
同じ仕草。
同じ会話。
同じ間違い。
エルドはその中心へ向かう。
パンの屋台。
ミアの場所。
そこにいたミアは、少し違っていた。
正確には、“昨日の続き”ではなかった。
「あ、おはようございます……」
声はある。
だが、どこか“遅れている”。
リクが言う。
「姉ちゃん、今日さ」
少し間を置く。
「昨日のこと、覚えてる?」
ミアは固まる。
「え……?」
その反応で、エルドは確信する。
(継続していない)
ミアの中で、時間が繋がっていない。
ルナが小さく言う。
「覚えてないの?」
ミアは慌てるように笑う。
「覚えてるよ、もちろん」
だが、その“間”が長い。
リリアが小声で言う。
「エルド様……これはもう記憶障害ではありません」
エルドは頷く。
「構造欠損だ」
その言葉にリリアが息を呑む。
市場の奥で商人が叫ぶ。
「昨日と同じ商品が違う!」
「いや、同じだ!」
その混乱は、もう止まらない。
エルドはそれを見ている。
(固定された崩壊)
変化ではなく、状態。
ミアがパンを並べる。
だがその動作は、昨日と微妙に違う。
同じ動きのはずなのに、結果が一致しない。
リクが呟く。
「なんか、ずっと今日みたいだな」
その一言に、ミアが止まる。
「今日……?」
その言葉を繰り返す。
エルドは静かに言う。
「時間の連続性が壊れている」
リリアが震える声で言う。
「じゃあ……昨日も今日も……」
エルドは答える。
「区別できない」
沈黙。
ミアが小さく言う。
「それって……私、ずっと同じことしてるってこと?」
誰も答えない。
その時だった。
――ゴォン。
鐘。
だが今回は、音ではない。
“記憶の奥”で鳴る。
リクが顔を押さえる。
「なんか……忘れていく」
ルナも同じように頭を押さえる。
ミアは震える声で言う。
「なにこれ……」
エルドは動かない。
(固定されている)
これはもう現象ではない。
“仕様”だ。
リリアが必死に言う。
「エルド様、これ戻せますか」
エルドは少し間を置く。
「戻す方法は分からない」
その言葉に空気が重くなる。
だが続ける。
「だが、触れる方法はある」
リリアが顔を上げる。
「触れる……?」
エルドは静かに言う。
「上位層に介入する」
その言葉で、ミアが反応する。
「危ないですよね、それ」
エルドは一瞬だけ止まる。
そして答える。
「危険ではない」
「不確定だ」
その言葉に、ミアは小さく笑う。
「それ、もっと怖いです」
だがその笑顔は弱い。
エルドはミアを見る。
(ここまで来たか)
もう“放置”はできない。
リクが言う。
「ねえ姉ちゃん」
ミアが振り向く。
「俺さ」
「うん」
「なんか、ずっと同じ日な気がする」
その瞬間。
ミアの表情が固まる。
エルドは見る。
(確定した)
リリアが震える声で言う。
「このままだと……本当に“残らなく”なります」
エルドは短く言う。
「だから行く」
ミアが驚く。
「どこにですか」
エルドは答える。
「鐘の中だ」
その言葉に、空気が止まる。
市場の音が遠くなる。
ミアが小さく言う。
「そんなところ、入れるんですか?」
エルドは視線を上げる。
「もう入っている」
その言葉で、すべてが繋がる。
この世界は壊れているのではない。
すでに“中にいる”。




