51:番外編5 あまあま新生活(メーナの幸せ編)
さあ、最終回です!
楽しんでいってくださいね♪
レオンハルトとフィロメーナが結婚してから、三回目の秋が巡って来た。
屋敷を囲む森の葉が綺麗に色付き、ひらひらと舞っている。
今日は結婚記念日ということで、屋敷では小さな祝宴が開かれていた。大広間はこれでもかというほど飾り付けられて、立派なパーティー会場に変身している。
これを準備してくれたのは、祝宴好きなソフィアと、それに巻き込まれたトビアスだ。
フィロメーナは会場の入り口に立ち、その華やかさに息を呑む。
「わあ、今回も気合いが入っているのです! キラキラなのですー!」
あまりの眩しさに目を細めていると、隣にレオンハルトがやって来た。フィロメーナの大好きな旦那様は、にこりと優しく微笑みかけてくる。
「祝宴はソフィアの趣味だからな。……さあ、行こうか」
今日は二人とも盛装をしている。
レオンハルトは白地に金の刺しゅうが施された衣装を身にまとっていた。いつもかっこいいけれど、こうして華やかに着飾っている時は更にイケメン度が増していてドキドキする。
フィロメーナもこの日のために新しいドレスを作り、それを着ていた。
黄色とオレンジ色のグラデーションが美しいドレス。大人っぽさが感じられるスレンダーなタイプのスカートがひらりと舞う。
レオンハルトが、すっと手を差し出してくる。フィロメーナは微笑みを浮かべ、その大きな手の上に自分の手を乗せた。
そうして歩きだすと、ライオンのあみぐるみと一歳になる女の子が追いかけてきた。
フィロメーナたちの真似をするかのように、仲良く手を繋いで、ぽてぽてと後ろをついてくる。
ライオンのあみぐるみは、言うまでもなくライ。では、女の子の方はというと。
レオンハルトにそっくりな赤い髪に、フィロメーナにそっくりの翠の瞳。天使のように愛らしいぷっくりとしたほっぺたは、ほんのりと桜色に染まっている。小さな手でぎゅっとライの手を握り、ご機嫌に笑うその子どもは――。
レオンハルトとフィロメーナの大切な娘。名前はアンジェリカ。
「ふふ、アンジェちゃんも一緒に行きたいみたいなのです!」
「しかたないな……ほら、おいでアンジェ」
レオンハルトがひょいと抱き上げてやると、アンジェリカはきゃっきゃっと笑い声を上げた。
会場の中にいるのは、親しい人ばかりだ。
まず、声をかけて来てくれたのは古の魔女。
「レオンハルト、フィロメーナ! 相変わらず二人は仲良しね!」
魔女はにこにこしながら、すっと目線を下げた。その目線の先にはライがいる。
そう、この魔女、いまだにライのことを狙っているのだ。
「ライちゃん、やっぱりすごく可愛いわね! ね、私のところに来ない?」
ライの小さなオレンジ色の手を取り、魔女が妖艶な誘いをかける。
ライはぷるぷると頭を振って、その誘いを拒否した。小刻みに震え、いやいやと体をねじる。
けれど、魔女は退かない。「ね、お願い」と更に畳みかけてきた。
困り果てたライを救ったのは――。
「らいちゃ!」
アンジェリカだった。小さな娘はレオンハルトの腕の中から飛び出すと、急いでライの元へ駆けつける。そして、ライをぎゅっと抱き締めて、魔女を涙目で見上げた。
「めっ!」
ライは渡さないというアンジェリカの必死な行動に、さすがの魔女もたじろいでしまう。
その様子を見ていた王子様が、爽やかに笑いながら近付いてきた。
「ライくん、もてもてだね! あはは、すごいなー」
王子様の隣には王子妃もいる。二人とも公務などで忙しいはずなのに、わざわざ時間を作ってここに来てくれた。
王子妃の腕の中には、フィロメーナが作ったくまのあみぐるみがいる。王子妃は小柄でふんわりとしたお人形みたいな女性だ。くまを抱いているのがとても良く似合う。
フィロメーナはくまのあみぐるみのおかげで、この王子妃ととても仲が良くなった。この世界で一番の友達と言っても良いくらいに。
そんな王子妃はふわりと微笑んで、王子様にぴったりと寄り添っている。
「あ、そういえばレオンハルトとフィロメーナちゃんに報告することがあるんだった」
王子様が王子妃の肩をそっと抱き、幸せそうな笑みを浮かべた。
「実は、僕たちのところにも子どもが来てくれるみたいで。夏のはじめくらいに生まれそうなんだ」
「え、そうなのですか! おめでとうございます!」
「あはは、ありがとう。それで、前に話したと思うんだけどさ。もしその子が男の子だったら……アンジェちゃん、婚約者にして良い?」
フィロメーナは思わず隣のレオンハルトを見上げた。レオンハルトはというと、ものすごく苦い顔をしている。
そう、レオンハルトは娘を溺愛しているのだ。
「……まだ男だと決まったわけではないだろう。それに、仮に男だったとしても、娘はやらない」
「え、意地悪しないでよ、レオンハルト」
「意地悪ではない。とにかく、アンジェはどこにもやらない!」
(レオン様、なんだか頑固親父さんみたいなのです! それに、なんだか兄様たちを思い出しますね……)
フィロメーナがぽかんとしていると、その「兄様たち」が傍に寄ってきた。
「愛らしくて素敵な僕の妹フィー。口が開きっぱなしだよ?」
「……口が開いていても、可愛い」
ベルヴィードもオルドレードも相変わらずのようだ。妹が可愛くてしかたないという顔で、フィロメーナの頭を撫でてくる。
「ああ、そうだ。お祝いに面白いものを持ってきたよ。……ほら、フィーは覚えているかい? 初めてこの屋敷に訪れる馬車の中で話してたこと。呪われたレオンハルト様がどんな姿だろうって、いろいろ想像したよね」
「……そうでしたっけ?」
「そうだよ! なに忘れてるの! フィーが過激な想像をしたアレだよ! 充血して飛び出した目がひとつとか、手のひらに歯が生えているとか、足が八本あるとか、言ってたでしょ!」
兄には申し訳ないけれど、全く覚えていない。なんだそれ、背筋がぞっとする。
「いや、そんな恐ろしいもの、この世にあってたまるかと思っていたんだけどね。でも、ひとつだけ条件に合うやつがあったんだよ……。それを、僕とオルは見つけてしまったんだよ……。そして、ここに持って来たんだよ……」
いや、なんで持ってきたし。そんな怪物、絶対見たくない。
と思ったのに、兄たちはそれが入った箱をずいっと差し出してきた。フィロメーナは「ひゃあ!」と叫んで、レオンハルトにしがみつく。
祝宴会場にいた人たちが、それを目にして凍りついた。「化け物」「気味が悪い」という言葉が飛び交い始める。
――けれど。フィロメーナは改めて、それをじっくりと見て、ぽつりと呟いてしまった。
「おいしそう、なのです」
「ええっ!」
フィロメーナの言葉に、会場全体が揺れた。でも、フィロメーナにしてみると、他の人たちの反応の方がおかしい。
だって、そこにいたのは。
足が八本ある――ただのタコさんだったのだから。
日本人ならみんな、これ、おいしそうって言うよね? 言っちゃうよね?
レオンハルトが真っ青な顔をして、フィロメーナを見つめてくる。
「メーナ、さすがにこれは、化け物だろう? しかも、おいしそうってなんだ、おいしそうって。食べる気なのか?」
「え、だってタコさんですよ? もちろん食べますよ! なんなら生でもいけますよ?」
「生!」
レオンハルトが悲痛な声をあげた。
いや、でも食べたらきっと考えを変えてくれると思う。タコさん、おいしいし。
会場はしばらくざわついていたけれど、どこかで小さく噴き出す音が聞こえ――そのまま笑いが溢れ始めた。
(笑いをとるつもりではなかったですのに! もう!)
フィロメーナは思わずぷくっと膨れたけれど、すぐに会場の雰囲気に釣られて笑ってしまった。
笑いながら、ふと思い出す。
前世の自分――芽衣菜の最期の望みを。
自分から幸せに手を伸ばしてみよう。幸せを掴む努力をするんだ。
そうやって、掴みたかった「幸せ」とは――。
家族みんなに愛されて、お金にだって困らない人生を送ること。
そして、たくさんの仲の良い友達に囲まれて、素敵な恋をすること、だった。
今、その望みは全て叶っている。
可愛い娘のアンジェリカ。可愛いあみぐるみのライ。
大好きな兄たちに、いつも仲良くしてくれる魔女や王子様、王子妃たち。
それから、愛する旦那様のレオンハルト。
みんな、みんな、傍にいてくれる。とても、とても、幸せだ。
これからもフィロメーナは、大切な前世の思い出を抱えて生きていく。
さっきみたいに、前世の知識に釣られて周囲の人を驚かせてしまうこともあるだろうけど――それすらも誇りを持って貫いていこう。
「本当に、ありがとうございます……」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いて、レオンハルトに擦り寄った。
レオンハルトはそんなフィロメーナを優しく抱き寄せて、額にキスを落としてくれる。
温かい手。大好きな温もり。柔らかな春風のような香り。
全部、全部、抱き締めて、フィロメーナは微笑んだ。
このお話は、これで完結です♪
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
みなさまに、少しでも幸せな気持ちをお届けできていたら良いなあ♪
ブックマーク、お星さまの応援が、本当に嬉しくてありがたかったです!
感想もたくさんもらえて、すごく幸せでした♪
どんなにお礼を言っても言い足りないくらいです!
こんなに楽しく物語を書くことができたのは、読んでくださったみなさまがずっと見守ってくださっていたからだと思います。
本当に、本当に、感謝しています!
ありがとうございました!




