2-14 神様になりました ②
おじ様の頭部を握りつぶした私が、指に付いた血肉を高速で振り飛ばすと、私の手にはおじ様の『魂』がしっかりと握られていた。
しっかりと言うよりちゃっかりと言う感じだけど、悪魔の身体速度でそれをしたので他の人に目には、私に近寄ってきたいおじ様の頭が、いきなり砕け散ったように見えたでしょう。
おじ様の魂は良い色合いですね。いい仕事をしています。
しん…と静まりかえる大広間の中で、それまで女神に出会ったようなお坊さん達の瞳が驚きに見開かれ、その顔が徐々に恐怖に歪んでいった。
「……な、なんだっ!?」
「うあ、あああああああああっ!?」
「お、お前がっ」
「僧正様ぁああああああああああああああああっ!?」
正体の知れない混乱と恐怖に、お坊さん達が騒ぎ出す。
一見無害に見える私の容姿と、目の前で起こった惨劇の内容が結びつかずに彼らの脳が拒絶反応を起こしているみたい。
慈円さん達も隅のほうで狼狽えていた。信じたい。信じられない。何が起きたのか分からない。私が『何』か分からない。……そんな顔をしていた。
私から慈円さん達に何かするつもりはない。でもいくらあなた達でも、そこから一歩でも前に踏み出せば保障はしないよ?
あなた達は、私の大事な大事な『お花畑』に汚れた足で立ち入ろうとした。
自分達がやろうとしていることの為なら、花の一輪や二輪、踏みつぶしても気にはしなかったのでしょ?
私もそうよ。私はあなた達を批難しない。
だから私も、私の花園を荒らす害虫を駆除するだけなのだから。
解放された魔力が煮えたぎる釜のように波立ち、大広間の空気をどろりとした何かに変質させる。
同時に私が身に纏っていた市販のコートやワンピースも、その空気に腐食されるようにボロボロに崩れ、肌が曝される寸前で黒銀のドレスが身を包むと、足下まで覆った裾が大輪の薔薇のように大きく広がった。
ここにいる彼らは、変質した空気にまともに呼吸することすら出来ず、金髪の小娘が放つ悪鬼のような威圧感に翻弄され、正常な思考も出来ずに絶望の叫びを上げていた。
阿鼻叫喚……今の状況を一言にするとそうなる。
カツン…カツン…と、私がわざとゆっくり歩むヒールの音を、泣き叫ぶ彼らの耳にもはっきりと聴かせてあげる。
「ひぃああああああああああああああああっ!?」
「だ、だれぇかぁ」
「嫌だ、いやだぁああああああああああっ!」
今更仏に祈っても慈悲はない。安楽な死さえ存在しない。
常識も信仰も覆された、信じられないようなモノを見るような視線の中で、私は静かに魔力の揺らめきを見せる右手を目線の高さまで持ち上げた。
「静まりなさいっ!!」
その時、不意に空気を振るわすような誰かの声が響いた。
一瞬静まった凍り付くような空気の中で、ただ一人その人物が静かに私に前に歩み出ると、あの会話に参加していなかったあの影の薄いおじさんは青い顔で私に跪き、深々とその頭を下げる。
「……どうか、お怒りをお収め下さい……『荒神』よ」
「…………」
そうきましたか。
荒神。荒ぶる神。私の不確かな知識では、仏様と言う概念が来る以前の、この国でもっとも古い神様だ。
仏のように慈悲を持って救いを与えるのではなく、大自然の『畏れ』の象徴として、人は贄を捧げて慈悲を請う。
ある意味、『私』と言う存在の本質に、最も近い表現かも知れない。
「それで…?」
私が威圧を収めることもせずにそう尋ねると、おじさんの背中が微かに震えた。
「……この老骨の命で収めていただけるのなら、何なりと」
「……いらないわ」
私は軽く呟いて、魔力と威圧を収めながらこっそり溜息を付く。
何か、すっかりやる気が削がれちゃった。……だって、おじさんって若く見えたけど結構お爺ちゃんだったから。
さすがにお年寄りに頭を下げさせるのって気分が良くない。
怒ってた時は悪魔的思考で動けたんだけど、怒りが過ぎるとすぐに人間的思考が心に溢れてくる。
「話を聞かせてくれますか?」
*
私とおじさんは、同じ階にあるホテルの応接室に移動した。
ちゃんと私達が素直に協力した場合に備えて、手打ち用の場も設けていたみたい。
「このモンブランをもう一つ下さい」
「は、はいっ」
そこで私は久しぶりに高級ケーキを堪能しています。
普段なら人間のお菓子なんて味気ないから食べないんだけど、ホテル内にあるスィーツパーラーのケーキは、ものの見事に『供物』化していた。
私からすると『魂』はお肉やご飯で、『供物』はおやつみたいな感じ。
前世の記憶にある味とほとんど変わらないケーキは本当に懐かしくて、思わず5個も食べてしまったけど、これ、身体が勝手に最適化する悪魔ボディじゃなかったら、ダイエット待ったなしの状況だね。
「神様っ、お代わりお持ちしましたっ」
他の人は怖がっていたので、私のケーキを持ってきてくれるのは慈円さんです。
さすがに『現実』が見えて離れていくかと思っていたんですが、まさかの『天女』から『神様』にランクアップですっ。
……悪魔的に良くない気がする。慈円さんもそれでいいの?
これはあれですか? 応援していた地元のアイドルが全国区のアイドルになったら、俺が育てた的な、嬉しくなっちゃうアレですか?
自分で言ってて良く分からない。
「……お話しをしても宜しいでしょうか?」
ジッと忍耐強く待っていたあのおじさんが、汗を拭きながらそんな言葉を口にした。ちょっと放置が長すぎましたかね?
「いきなりドームでコンサートですか?」
「何の話ですか……」
おっと、妄想が漏れてしまいました。
どうやらそこそこ大物だったおじさんも、あの威圧をした私と今の私とのギャップに戸惑っているようです。
「お話を伺いましょう」
私が口元を脱ぎながら話を振ると、おじさんも汗を拭いながらもう一度頭を下げた。
……あ、おじさんは剃ってるんじゃないんだね。
「我々はこの国を守護する総合宗派団体で、『御山』と呼ばれております。私は外界における実行部隊を取り仕切る『僧正』の一人で『示現』と申します。あなた様は何処かの名だたる『荒神』とお見受けしますが……」
「…そうね」
まったく勘違いでもないんで私は軽く頷いておく。そしてテカテカした頭皮が妙に気になります。
「それで……『私』に何を求めますか?」
このやり取りは『荒神』でも『悪魔』でも関係ない。求められたら『対価』次第では叶えてあげる。
ただ、その在り方は同じじゃない。私の主観だけど違うと思っている。
荒神が人の求めに対して、気まぐれに『救い』を与え、それに応じた『対価』を貪っていくが、悪魔は『契約』と『対価』で人の求めに真摯に応じる。
こう言うと悪魔のほうが誠実そうに聞こえるけど、悪魔が求める対価は荒神が求めるよりも大きく、逃げ道が存在しない。
その違いを理解できるかな…? 目の前で頭を下げている女の子の『正体』を見誤ると、とんでもないことになりますよ?
さぁ願いを言いなさい……。ハゲを治して欲しいとっ。
「この国は春頃に凶悪な『魔』の気配に曝されました。そして夏を境に障気溜まりが各地に発生し、西洋の伝説にあるような物の怪が姿を現し始めました。慈円より、あなたは魂を救う為に『悪魔』を追ってきたと聞いております」
「……そ、そうですね」
そっちでしたか。……あれ? なんだろう? 心の隅がちくちく痛いわ。
「あなた様のお怒りを買ったあの馬鹿者どものことはお詫びいたします。この未知の事態に、本来なら頭を下げて、あなたやあの『黒の勇者』に協力を求めるはずだったのです……。ですが、あの『黒の勇者』はあきらかにおかしかった。もしや、あなた様が言われた『悪魔』に憑かれたのかも知れません……」
「…そ、そうなのかしら」
確かに四十万くんは変なのに憑かれているみたいな感じだった。
でも、アレって悪魔って感じじゃなかったなぁ。悪魔だったら見ただけで分かると思うし、私の『祝福の宴』でダメージ無しなんて、大悪魔以上と言う事になる。
「お願いいたしますっ!」
突然、おじさんは席を立って、土下座して床に頭を擦りつけた。
「荒神よっ、どうか我らにお力をお貸し下さいっ! 我ら総出で相打ちに出来たとしても、それまでに多くの民が犠牲になるでしょう。是非とも邪悪なる物を倒す手助けを願いますっ! その為に『贄』を欲するのなら、我ら『御山』の僧、全員の、」
「待ちなさいっ!」
瞬時に解き放った私の『魔力』に、ホテル全体が軋み、歪な音を立てる。
おじさんも慈円さんも、心臓が止まるような衝撃を受けて顔を土気色に変えていた。
「あなたたち……自分の願いに、他の命を賭けるとは傲慢ですよ」
私が静かにそう呟くと、おじさんの顔からダラダラと汗が流れ始めた。
……あっぶなかったぁ。
あのままおじさんが言葉を続けていたら、何千人…もしかしたらこの国の、彼らに協力している人全員の魂と『悪魔の契約』をするところでした。
いや…、全員はないか。でもこのホテルにいる数百人は、確実に契約していたかも知れない。
………あれ?
思わず止めちゃったけど、楽して魂ゲットのチャンスを逃しましたか?
いやいやいや、やっぱり本人の意志を無視して契約したら拙いよね? するんだったら、さっきみたいに『魅了』したほうがよっぽどマシな状態の魂が手に入るんだよ。
直契約以外は管理が地味に面倒だし、多ければいいってものじゃない。
「も、もう訳ありませんっ、我々はただ…」
「あ~、うん、分かったから頭を上げてね。それでどうして欲しいの?」
色々と苛めたみたいになっちゃったけど、私としても四十万くんをあのまま放っておくつもりはなかったんだよ。
おじさんの思惑とは違っちゃうけど、私はあの力の元も何とかしなければいけないと思ってる。
私が日本を離れる前に、美紗や父ちゃんや琴美さんの憂いを残さない為にね。
「……は、はい。障気溜まりを調べました結果、その力がある一点に集中していることが判明しました。『悪魔』はおそらくその地に居ると思われるので、ご助力を…」
「分かりました……『贄』はまた後で決めましょう。で、その場所とは?」
「その場所は……東京です」
とりあえずハゲは治しておいた。




