1-14 黒猫さんの華麗な日常 ②
説明多めです。残酷な表現がございます。
こんにちは、ユールシアです。
美紗の同級生達と海に来て花火で遊んでいますが、リンネの姿が見えません。
まぁこっちの世界に来てから偶にふらっと出掛けちゃう時があるのですが、無事だと分かっていても少し心配になりますね。
魂の繋がりがあるから大体の方角は分かるのですが……、どうやら今まで行ったことのない所へ行っているみたい。
以前はあれほど帰ってこいとか、壊してでも連れて帰るとか、情熱的なことを言っていたのに、魂が繋がったら安心してほいほい出掛けちゃうのよねぇ。
「ユルちゃーん、お肉焼けたよーっ」
「はーい」
……あれ? 花火してたんじゃなかったの?
美紗の声に振り返ると花火は捨て置かれて、いつの間にか作られていたキャンプファイヤーで肉玉が豚の丸焼きを作っていた。
こんがり直火焼き、上手に焼けています。
……あの豚さん、結局別荘の管理人夫婦が捌けなくて肉玉くんがやったのか……無駄にスキルが高いな。
食肉会社の跡取りってそんなことも出来るの?
それはそうと、肉玉くんのお手伝いで美紗と四十万くんが働いているけど、四十万くんの雰囲気が柔らかくなった気がする。
どういう心境の変化なんでしょうねぇ……? ふふふ。
四十万くんは私の幼なじみである『勇者』と似た匂いがする。あれは『光』に愛された者特有の気配だ。似非勇者や自称勇者ではあの気配にならないから目立つけど、少し濁っているかな?
四十万くんみたいな存在がどうしてこの世界にいるのか分からないけど、この魔力の少ない世界で私が彼の隠した魔力に気付いたように、四十万くんも私の魔力に気付いたと考えるべきか。
……敵対するのかな? 少し厄介だね。彼が私の見立て通りなら、四十万くんはこの世界で唯一、私を傷つける能力を持っていることになる。
……ま、放置で良いか。
「天使様っ、お肉ですっ」
「……ありがと」
肉玉くんが焼けたお肉を持ってきてくれた。……うん、ちゃんと供物になっているから美味しい。リンネも食べればよいのに。
それにしても夜に外で、炎で豚を焼いて供物を悪魔に捧げるって…どこの悪魔崇拝ですか。
しかもちゃっかり私の中に力が溜まっているのですよ。これはあれかしら? 悪魔として何か願いを叶えてあげないといけない流れ?
仕方ないなぁ……私ってなんか期待を裏切れない性分だから。
それになんか気になっていたのよね。
最近認識できるようになったゴーストさん達なんだけど、私が海に入った瞬間に弱いのは消えて、……ほら、ここからも見えるけど、海の中から強い子だけがこっちを恨めしそうにみているわ。
なんかめっちゃ怯えられてんですけどー。恨みが強い子はそれどころじゃなく忙しいから怯えないんだけど、ほらほら怖くないよ? 私はただの悪魔ですよ?
そんな子達にプレゼントをあげましょう。
じわじわ……と、足下から魔力を海に流してあげる。撒き餌みたいな感じになっているけど、少しは喜んでくれるかしら。
この世界のゴーストは魔力が少なくて粗食をしているような状況だったから、魔力をあげると元気になってはしゃぎ回ってくれるのです。
***
リンネは常時ユールシアの側に居ることを止めた。
以前はあれ程側に居るように束縛していたが、魂が繋がった今は以前より身近に感じられて、側に居ないことへの焦りはなくなったからだ。
ユールシアに育てられて、ある意味魔改造された彼女の従者達は常にユールシアの側に居たがるが、同格以上の存在であるリンネは野良猫のように自由に散策を始めた。
『ふむ。……変わった世界だ』
数百キロを瞬く間に駆け抜け、ユールシアが前世を過ごしたこの国を見て回っていたが、知れば知れるほど奇妙な世界だった。
まず魔力がほとんど存在しない。
精霊界的な存在はゴーストのみで、そのゴーストも生物の生体エネルギーを吸い取って糧としているだけで、魔力で身体を構成する悪魔のような存在が居ないのだ。
魔力が少ない世界は歪だ。
魔力が少ないと言うことは精神界の住人が生きにくい世界で、死んだ魂を管理する精霊が居ないと言うことになる。
生物の魂は肉体が死ぬと霧散して世界に溶ける。溶けた魂は勝手に虫や微生物の魂となって復活するが、その中でも魂を研磨してレベルを上げるとその魂は次にもっと上位の生物として生まれ変わり、それを管理するのか精霊の役目だった。
誰が決めた訳でもない。虫が花粉を運んで受粉させるのと同じ事だ。
強いて言えば、生物が子孫を残すように『世界の理』が決めたことだった。
上位の魂が増えすぎれば下位の魂が減ることになる。
それを喰らうのが悪魔だ。悪魔が居なければ増えすぎた草食動物のように世界を食い尽くしてしまうだろう。
悪魔は上位の魂のレベル分を喰らい、残りを世界に捨てる。
上位の悪魔になるほど『業』の深い魂を求めるのは、世界の自浄作用かも知れない。
この世界にも精霊は居たはずだ。居なければここまで人間が増えることはない。
だが悪魔が居ない。
悪魔が居ないせいで人間だけが増えすぎて精霊の居場所さえも奪い、この世界は人間とゴーストだけが溢れた歪な世界になってしまった。
そのせいで上位の魂が溢れ、ユールシアのような柔軟で自我の強い魂はこの世界から弾き出されたのかも知れない。
リンネは【神】を見たことがない。会話をしたことのある【悪魔公】でさえも見たことはないと言っていた。
もし居たとしても人間達の考える神とはまったく違った存在だろう。
この世界に神が居るとしたら……もうこの世界を諦めているのかも知れない。
神が『神』と呼ばれるほどの力があるのなら、人間をこのままにしておく理由がないからだ。
この世界は詰み掛けている……。
せめて精霊と共存できていればまだ未来はあったのかも知れないが、上位の魂が増えないのなら、ゆっくりと衰退していくしかない。
だからこそ、異世界の高位悪魔であるリンネやユールシアが来ることが出来たのか。
だが答えは分からない。その答えは神しか知らないのだから。
『……この世界に本当にいたらの話だが』
精霊や悪魔の住みにくい世界。人間が増えすぎて自然を食い尽くし、魔力が異様に少なくなった世界。
今はまだ、人間から供物を貰っているから維持は出来ているが、本格的にこの世界で生きるのならば、数年ごとに街に住む人間の魂を丸ごと喰らわなければいけなくなる。
その時にユールシアはどうなるか?
数百万もの命が失われれば、人間も黙ってはいないだろう。
リンネはユールシアの為にこの世界に自然魔力に替わる魔力供給源を作ろうとしていた。それはリンネの目的にも使えるはずだ。
リンネはこの国の各地を巡り、時には海を越えて霊の溜まり場のような場所に悪魔の魔力を撃ち込んでいく。
ついでに……ユールシアが作った例のモノも埋め込んでおいた。
それらを核としてこの世界にも『魔』が根付いていくだろう。それが完全に根付いた時、この歪な世界にも『魔界』が生まれるのだ。
『……人間か』
関西方面の盆地に魔力を撃ち込んで状態を窺っていると、リンネはこの場に人間達が近づいてくることに気付いた。
一般人の服装をした年齢もまばらな男達。だが一様に鍛えられた身体と剃髪された頭は、とても一般人のようには見えなかった。
「なんだこれは……」
「…うっ、土が腐ってる……? なんて障気だ…」
壮年の男が驚いて呻くような声を漏らし、若い男が吐き気を抑えるように口元を押さえる。
「狼狽えるな。周囲に注意しろ。ここが観測班が感知した場所か?」
「は、はい…。我らが出立する寸前にも各地から報告が来ておりましたので、ここもその内の一つかと…」
「一体どうなっているっ!」
「付近の住人を退避させなくては…」
一人の男の発言に、最初に声を出した壮年の男が『ふんっ』と鼻を鳴らす。
「莫迦を言うな。一般人に我らの姿を見せるのか? どう説明するつもりだ?」
「ですが…」
「待て待て、この場所なら障気の風向きが変わっても数日寝込む程度で済むだろう。その原因が残っているのなら、我らでそれを除けばいい」
「………」
「まてっ、何か居るっ」
男達は訓練された兵士のように散らばり、胸元から消音器付きの拳銃を取り出した。ただ軍隊や兵士と違うのは、三人が銃を構えた背後で二人の男が古風な錫杖を構えて、全身に『氣』を張り巡らせた。
退魔師と呼ばれる者達の総本山『御山』の僧正達。
千年以上もこの国を守護し、政治の中枢とも繋がりのある彼らは、国家を守る使命はあっても民衆を守る為には動かない。
長い歴史の中で彼らは、数人の命を救うよりも、それを見捨ててでも早期解決して、万人の命を救う方が必要だと知っていた。
人としてはともかく組織としては正しい。
そして『御山』に所属する彼らは、地方での仕事を任せるフリーの拝み屋とは違い、全員が数十体の悪霊を始末し、魔を祓うことに絶大な自信を持っていた。
「気配はどこだ?」
「……その林の中だ。人ではないな…」
「包囲するぞ。……見つかったのが運の尽きと知れ」
彼らが感じた気配はとても小さなモノだった。
永い時を存在できた悪霊は知恵を持って気配を誤魔化すことはあるが、その経験があるからこそ、それを弱い悪霊かそれが憑依した存在だと思った。
……だが、彼らは失念していた。知識があるからこそ油断していた。
この地の障気を生み出した存在を……。
「…っ!?」
誰かが息を強く飲み込んだ。
林の中より現れた、夜の闇よりも暗い、トラックよりも巨大な漆黒の豹を目撃して、男達は一瞬頭の中が真っ白になる。
「ひっ…」
ボ…ッ!!
叩きつけられたのは黒豹の気配か、暴風か。何かが通り抜けた瞬間、錫杖を構えた壮年の男と中央にいた二人が引き裂かれて周辺の大地をどす黒い血で染めた。
「…………」
「……、」
同僚達の血肉で真っ赤に染められた両端の二人は、崩れ落ちるように尻餅をつきながら、自分達に何が起きたのか理解できなかった。
あと少し…1メートルも間隔が狭ければ全滅していただろう。
自分達が見つけたソレの通り道に自分達が居ただけだなんて信じられず、見つけさえしなければ死ぬこともなかったとは思いもしなかった。
その日、この国に巨大な邪悪がいることが確認され、『御山』から日本の各支部に最上級の退魔指令が発せられた。




