表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編集  作者: 朔良こお
92/92

予定より少し早まりましたが、もういいでしょう(後編)

 テーブルの上に並べられた請求書の束に、シェルトは眉間の皺を深めた。不機嫌そうな顔であるが、生まれた時から見ているので、執事長には彼が焦っているのだという事が判っていたりする。


「これがどうしたというのだ」


 冷淡な声音で問われたが、マリエッテも淡々とした口調で答える。


「こちらの請求書ですが、何故かわたくしが買った事になっているものですわ。身に覚えのない事で、大変困惑しておりますの。だって、ノルデン家から出されているわたくしの費用で買い物をした事が無いのに、わたくしの費用からこれらの代金が引かれているんですもの」

「覚えていないだけではないのか?」

「ありえませんわ。わたくし、その場で支払う主義ですもの。よほどの事がなければ、後払いなんていたしませんわ。勿論領収書はきちんと残してありますから、見せろと言うなら今すぐ見せますわよ」


 幼い頃からその日の事を書く習慣がマリエッテにはある。その為、いつどこへ誰と何をしに行って何を買ったのか等々……きちんと残されているのだ。そしてその時に買った物があれば、その支払い領収書をそこへ貼り付けるのだ。


「わたくしの名を語り、浪費をしている者がいるようですわ。ああ、違うわ。旦那様が、そうするように、あの方に、言っていたのよね」


 一瞬、シェルトの頬が引き攣った。マリエッテは持っていた扇子をパチリと閉じ、冷ややかな目でシェルトを見やった。


「あの方、あなたの妻だと言っているそうですわ。いつから愛人が正妻になったのでしょう? わたくし達、まだ離婚しておりませんのにね」


 パチンパチンと、閉じた扇子の先を反対側の掌に打ちつける。シェルトの目が忙しなく左右に動く。


「好きな物を好きなだけ買って良いと言われていると、ノルデン伯爵家の若奥様が言っていたと、宝飾店の店主が教えてくれましたわ。いい旦那様ですねーーですって」


 くすりと笑って、マリエッテは三つ折りにした紙をシェルトに差し出した。訝しげにそれを受け取ったシェルトは、折られたそれを開いて中に書いてある文章に目を落とす。それはマダム・クロエからのもので、カトリナがノルデン伯爵家次期当主の妻だと言って、請求書は伯爵家の執事長宛に送るように指示された事が書かれていた。


「それだけではありませんわ。最近送られてきた請求書の店に全て行き、確認し一筆書いてもらってまいりましたの。わたくしがシェルト様の妻だと言っても、最初は信じてくれず困りましたわ。紋章の刻まれた指輪を見せて、納得して貰いましたけれど」


 ふうっと大きく息を吐き、目の前で青褪めているシェルトに対し、カトリナをどうするのか問うた。


「ご自身でどうにかできないのなら、役所に突き出しましょうか?」

「ふざけるなっ! カトリナに何かしてみろ、お前を殺してやる‼︎」

「おお怖い。リーン、今の聞いた?」

「はい」

「わたくし、身の危険を感じるわ。怖くて怖くてここには居られない。シェルト様、わたくし、ここを出て行きますわね。あとの事は実家の弁護士に任せますから、ちゃんと対応してくださいませね?」


 領収書の束を素早く片付け、マリエッテはそれをハンネスに渡すと、サッとスカートの裾を翻し部屋から出て行った。荷物を纏めるために私室へ急ぐ。義父であるノルデン伯爵には、昨夜のうちに手紙を書いていつでも渡せるようにしてある。実家にも同じ物を用意し、昨夜のうちにリーンに持って行ってもらっていた。


 衣装櫃にドレスや靴や宝飾品等を入れていく。もちろん全てマリエッテが自分で支払った物や実家から持って来た物だけだ。一度に全ては無理なので、まずは必要最低限の物と値段が高い物だけを詰め込む。基本的にマリエッテは物を多く持つ性分ではないので、残っている物も大量なわけではない。盗まれる心配はしていないが、宝飾品だけは全て持っていく事にした。カトリナに物色される可能性を考えてである。ドレスと靴はサイズが違うので盗られる事はないだろうから、こちらは後から実家に送ってもらうので大丈夫だろう。


 使用人達に衣装櫃を全て運ばせ、ノルデン伯爵家所有の荷馬車へそれらを積み込ませた。数刻借りるだけだ。それくらいなら問題はないだろう。まあ、問題にもさせないが。


「あらまあ……」


 外套を羽織り帽子を被って下りていった玄関ホールには、ここの使用人達が並んで待っていた。ハンネスの姿はない。恐らく支払いの事で、シェルトとやり合っている最中なのだろう。


「奥様、お名残惜しゅうございますが、またお会い出来る日を使用人一同楽しみにしております」

「ありがとう。短い間でしたけれど、お世話になりました。機会があればいずれまた、ね」


 ふふふと笑って馬車に乗り込んだマリエッテは、深々と頭を下げる使用人達に見送られ、一年と数ヶ月暮らした婚家から去っていった。




 ************




 あの騒動から半年が過ぎた。

 マリエッテは離婚確定後、療養の名目で領地に行ったのだが、実はまだ居たりする。王都よりも、領地の方が過ごし易いからだ。


 シェルトとの離婚はすぐにできた。役人による周囲の聞き取り調査により、離婚の原因がシェルトにある事が認められたからなのだが、彼女がつけていた日記もそれに一役買っていた。そして本来離婚後一年経たなくては再婚でき決まりだが、マリエッテは結婚期間が短かった事と、夫婦であっても白い関係であったので、離婚後すぐに再婚できる事になったのだ。

 だが、それも相手がいればーーの話である。

 今はまだのんびりした生活を満喫したいので、再婚する気はこれっぽっちもない。実家には毎日、山のように結婚の申込書が届いているらしいが………。


 驚いた事にあの後、カトリナの使い込みが発覚した。しかも未払いの物が多くあり、店側から訴えを起こされたのだ。これにはノルデン伯爵も激怒し、シェルトを廃嫡し伯爵家から勘当してしまった。

 それでも息子は息子である。

 最後の情けとし、今まで使い込んだ家の金は払わなくて良いとした。

 だが、カトリナの作った借金は別である。それを伯爵家で返す義務はない。それらは全てシェルトに請求された。伯爵家の金で買った物を全て売り捌き、どうにか未払い分を半分以下に減らすことができたがそこで安心してはいけない。マリエッテへの慰謝料があるのだから。


 宝石やドレス等の高価な物を取り上げられ、着心地の良くない衣類を着なくてはならない事や、自分達で全てやらなくてはいけない事に、カトリナは度々癇癪をおこした。「ならばお前が働いて返せるのか? マリエッテに支払えるのか?」と怒鳴ると静かになり、寝室にこもって何時間も出てこなくなる。その繰り返しだ。そのうち言い争いが絶えないようになり、カトリナは家のことを何もせず、明るいうちから酒を飲むようになった。


 例え居心地が悪かろうとも、シェルトは王宮で働き続けなくてはならない。

 あれでも仕事はできる方であり、真面目に働いてさえいれば収入はちゃんと得られるのだ。それなりにお高い給料をいただいているので、残っている借金の返済もできるし、マリエッテへの慰謝料も五年以内に払い終えるだろう。


 散々甘い汁を吸っていたカトリナは、シェルトが何度言っても働きに行こうとはせず、ある日ふらりと出ていったままとなった。そのうち戻って来ると思っていたが、一ヶ月経っても三ヶ月経っても半年経っても帰ってこない。シェルトは心配になって、仕事が休みの日にはカトリナを探すようになった。


 金回りの良い男についてこの国を出て行ったとかいないとか……実はその男は人買いで、他国の娼館に売られたとかいないとか……カトリナが居なくなってから色々な噂が流れた。だが、彼女が死んだというものだけはなかった。きっとどこかで生きているのだろうーーと、シェルトは気持ちを切り替え、彼女を探す事を止めるのだが……これは離婚してから二年後の話である。




「お嬢様、三日後に旦那様がお客様を連れて、こちらにいらっしゃるそうです」

「あら、珍しい。どなたを連れてくるのかしら?」

「さあ? そこまでは書いてありませんでした」

「まあいいわ。そうだハンネス、お茶をお願いできるかしら」

「畏まりました。すぐにお持ちいたします」


 ささっと綺麗な礼をし、ハンネスは台所へと向かった。ノルデン伯爵家を出てから二ヶ月後に、ハンネスとリーン父娘は伯爵家からマリエッテの所へとやってきた。これは婚家を出る前に話し合っていた事で、ハンネスは成り手のいなかった領地の執事として、リーンはマリエッテの侍女として働いている。

 優秀な執事と侍女が手に入り、マリエッテもコーニング伯爵も大満足だ。


「失礼します。お茶をお持ちいたしました」

「ありがとう。そこに置いてくれる」

「はい」


 室内にあるソファーの前に置いてある、少し低めの楕円型のテーブルに、ハンネスはカップと焼き菓子の乗った小皿を置いた。この後仕事があるようで、彼は一礼して部屋から出て行った。

 マリエッテはイスから立ち上がると、バルコニーから室内へと移動する。ふわりとスカートを揺らしソファーに座り、濡らした手拭き布で両手を綺麗にすると、ソーサーごとカップを持ち上げた。紅茶の良い香りが、ふわりと優しく鼻をくすぐる。


「ねえリーン。わたくし次は絶対に、大恋愛の末に結ばれてみせるわ」

「でしたら社交に力を入れなくてはいけませんね」

「ええ。頑張るわよ」


 お互い顔を見合わせくすりと笑うと、マリエッテは紅茶を一口飲んで「美味しいわ」とリーンに微笑んだ。






題名が決まらなかったというのも、この話を放置していた理由だったりします。

いつも思います。題名って難しいって……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ