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短編集  作者: 朔良こお
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猫だと思ったら狼でした(中編)

 昨夜の雨が嘘のように、翌朝、空はすっきりとした青空であった。亜子は起きてすぐ、溜まっていた洗濯物を洗濯機に放り込み、柔軟剤入りの液体洗剤を流し入れてスイッチを押す。リビングで寝ている慎吾を起こさないよう何かをするのは至極難しく、まだ眠たいのだろう……とろんとした目を擦りながら慎吾が起き上がった。


「おはよう慎吾君。ごめんね、うるさかったかな?」

「おはよーございます……大丈夫です」


 所々ぴょこんと跳ねた髪をわしゃわしゃと掻き、慎吾は大きな欠伸を一つした。もしかして、昨夜はあまりよく眠れなかったのかと問えば、否定するように首を左右に振った。


「寝起き、悪いんです俺」

「あらそうなの? 低血圧?」

「測ったことないんで、分かりません」


 洗面所借りますますね――と、一言断りを入れて、慎吾は顔を洗うために洗面所へと向かった。その背中に向かって亜子は、棚にタオルがあるから使ってと声を掛ける。


 平日と違い休みの日の朝食は、昼食を兼ねて遅めの時間に食べるのだが、今朝は慎吾がいるのでちゃんと作ることにした。とはいっても、すでに九時前だ。特別早いわけではない。

 今から米を炊くのは時間がかかるので、亜子は冷凍庫から食パンを取り出しトースターに入れた。近所にある個人でやっているベーカーリーの食パンなのだが、これがとても美味しく、近隣からも買いに来るほどの人気商品なのである。いつも六枚切りの食パンを二斤買って、それを冷凍庫で保存している。これが最後の二枚で、後で買いに行かなくてはいけない。とにかく人気があるため、焼きあがり時間を狙って買いに行かなくては入手できないのが難点だ。

 スクランブルエッグとカリカリベーコンを作って、それを皿にのせたが何か物足りない。一昨日作ったポテトサラダがあるのを思い出し、それとフルーツトマトを添えた。


「あ、慎吾君。何飲む? 冷たいのはアイスコーヒーとアップルジュースしかないんだけど」

「アイスコーヒー下さい」

「りょーかい」


 慎吾用にアイスコーヒーを、自分用にアップルジュースをグラスに注ぎ、小さなローテーブルに二人分の朝食をのせ、向かい合って座って「いただきます」と声を揃えて食べ始めようとしたところ、亜子の部屋のインターフォンが鳴った。ドアスコープから外をのぞけば、管理人の顔が見えた。どうやら川野の部屋の鍵を持ってきてくれたようだ。


 管理人はここには常駐しておらず、すぐ近所に妻と住んでいる。高齢ではあるが、足腰はしっかりしていていつも元気だ。ただ、就寝時間が夫婦揃って早く、その分起きるのも早いときている。だから川野は昨夜、連絡を入れても出ないことを知っていたので、今朝になって管理人に電話をしたのだ。

 玄関先で二言三言言葉を交わし、慎吾は丁寧にお礼を言い管理人から部屋の鍵を受け取った。


「あ、そういえば慎吾君。きみ、どれくらいこっちにいるの?」

「んー……とりあえず明後日までです。火曜は学校あるから」

「学校?」


 ひょいっと、亜子は片眉を上げる。大学生ならばここは「講義があるから」とか、「ゼミがあるから」とか言うところだ。だが慎吾は「学校」といった。ということは………。


「もしかして、高校生なの?」

「はい」


 頷いて「高三です」と慎吾は言った。そしてこちらには大学の下見をしに来たことと、月曜は創立記念日で休みであることを亜子に話した。


 最初はビジネスホテルに泊まるつもりだった。だが、もしかしたら父親に会うチャンスかもしれないと思い、慎吾はこちらに泊めてもらおうと思いついた。住所は以前、母親が入浴中に手帳を盗み見て書き写してあったのだ。


 大学の下見を終え、適当に街中をぶらつき、そろそろ帰ってくる頃かなと思い電車に乗った。マンションの最寄り駅に付いた頃、大粒の雨が降りだしてきて慌ててマンションへと向かった。

 生憎と傘を持っておらず、しかも方向を間違えて引き返すというドジを踏んだ。それを聞き、彼がずぶ濡れだった事に合点がいった亜子である。


 引っ越していないことを祈って部屋の前まで行くと、表札に「川野」とありホッとした。ドキドキしながらインターフォンを押すが、反応は無く、すぐに帰ってくるだろうとドアの前に腰を下す。けれどいつまで経っても、父親は帰ってこない。待ちくたびれてうとうとし始めたところへ、亜子が慎吾に声を掛けてきたのだ。


「そうだったの。で、ちなみにどこの大学を受けるの?」

「えっと……」


 慎吾から出てきたのは、亜子が卒業した大学名だった。本命は国立の大学なのだが、模擬の判定がイマイチらしく、受かる可能性が低いのだと苦笑する。大学の費用を考えれば、私大より国立大の方が財布に優しい。慎吾は理系志望なので尚更だ。文系の何倍もかかるのだから。諦めムードの慎吾に亜子は、センター試験までまだあるのだから、頑張ればなんとかなるかもしれないわよと励ました。


「あ、そうだ。亜子さんから見て、父さんってどんな感じですか?」

「川野課長? そうねぇ……仕事のできる男よ。周囲からの信頼も篤いし。面倒見もいいし。それにもてるのよ、きみのお父さん。課長に憧れている女子社員、結構いるんだからね」


 川野がバツイチで独身なのを、社内の多くの者が知っている。高収入で出世間違いなしなだけでなく、川野は見た目も良いのだ。体も鍛えており、脱いだら凄いのだと男性社員が言っていた。これで狙うなと言う方が無理な話である。


「……亜子さんも?」

「は?」

「亜子さんも父さん狙い?」


一瞬、慎吾が言っている言葉の意味が分からなかった。


「は? え? やだ、違う違う。それ、絶対違うから」


 慌てて首を振る。確かに川野は魅力的だ。だが、亜子にとって彼は頼れる上司でしかなく、それ以上でも以下でもない。彼を男として意識したことは一度も無い――とは言えない。言えないが、やはり川野は上司でしかないのだ。


「そう。ならいいや。良かった」

「?」


 ふふっと笑った慎吾に、亜子は訝しげな目を向ける。だだ彼はそれ以上何も言わず、美味しそうに朝食を平らげ、亜子に礼を言って川野の部屋へと移動した。


 だが、五分もしないうちにインターフォンが鳴って、忘れ物をしたと言って慎吾が再び亜子の部屋へとやってきた。


「忘れ物?」

「ええ。忘れ物です」


 にっこりと笑った彼の笑顔にくらりとしながらも、亜子は平静を装って室内をきょろりと見渡した。それらしい物はない。首をかしげていると、くいっと左腕を引かれた。


「えっ!?」


 慎吾に抱き寄せられたと気がついた時には、唇が柔らかく重ねられた後だった。


私大の理系だと4年間で1000万は軽くかかると隣人から聞いた時、かなりの衝撃を受けました。文系でも300~400くらいだとか・・・。恐ろしい・・・。

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