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短編集  作者: 朔良こお
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侍女ではなくて(後編)

「お、お待ちください。王太子殿下と妃殿下の仲は睦まじく、側妃など必要は……」

「わたくしは子が生めぬ」

「……」


 ごくり――と、リーゼロッテの喉が小さくなった。同じ女性として、それを打ち明けるのに、どれほどの勇気がいるか……ユーディットの胸の内を考えるだけで、リーゼロッテは泣きそうになった。


「だが、あやつには……王太子であるラウレンツには、王家の血を絶やさないために子が必要だ。妃であるわたくしが生めぬのなら、側妃を持たねばならない。でもそれは、誰でも良いというわけではない。実家がでしゃばってきたり、兄弟や親戚が大きな顔をしたりしたら面倒だ。そこで内情を探り、人選に人選を重ね、その結果、貴女ならば大丈夫だろうということになった」

「で、ですが……」

「わたくしは貴女ならば良い。否、違う。わたくしは貴女が良い」


 妖艶な笑みを浮かべ、ユーディットはリーゼロッテの手を掬うようにして持ち上げると、華奢なその手の甲を優しくひと撫でした。


「実はここだけの話だが……可愛らしい貴女を、ラウレンツもわたくしも気にいっているのだよ。ふふ。夜会で何度か見かけ、その都度貴女を可愛いと思ったが……こうして間近に貴女を見れば見るほど、本当に貴女は可愛らしくて……とても美味しいそうだ」


 ちろりと上唇を舐め、ユーディットは双眸を細めた。


「ユ、ユーディット様?」

「小鳥の囀りのようなその声も、なんと可憐なことか……柔らかそうな唇はきっと、舌がとろけるほど甘いのであろうな」

「ひ、ひ、妃殿下。ユーディット様。おた、お戯れは……」


 戯れではないよ――と、ユーディットの指先がリーゼロッテの唇をなぞり、やんわりと朱鷺色を刷いた艶やかな唇が、動揺を隠せない彼女のそれに重ねられた。びくり――と大きく体を揺らしたリーゼロッテを宥めるように、ユーディットは彼女の唇の甘さと柔らかさを堪能しつつ、優しく背中を擦るように撫でる。あむあむと食むように軽く唇を動かして、少しずつ角度を変えているうちに、ユーディットの腕をきつく掴んでいたリーゼロッテの手から力が抜け、それを良いことに彼女を深く抱き込めば、そろりと背中に両手が回された。


 長い長い口付けから開放された時、リーゼロッテの頬は薔薇色に染まり、焦点の定まっていない深緑色の瞳はとろりとしていて、酷く欲情を掻き立てる。ユーディットは今この時ほど、一人では脱げないドレスを着せた侍女頭に感謝した。もしそうでなければ、今ここで、彼女を力づくでどうこうしていたかもしれない。


「可愛いリーゼ。どうかこの国の世継ぎを生んでほしい。男でも女でもかまわない。ここは第一子が王位を継ぐ決まりだから」


 そろりと頬を撫で、ユーディットは落ちてしまった小さな花飾りを拾って、自分を見上げる彼女の髪に挿す。


「そして何人か生んだ後、許されるのならば、わたくしは貴女にわたくしの子(・・・・・・)も生んでもらいたい」


 ふっと目もとを和らげて、ユーディットはそう言うと、ぎゅっと強くリーゼロッテを抱き締めた。


「まずいなぁ我慢できないかも……」


 頭の上で呟かれたそれは、なにやら物騒なもので……そこでようやく惚けていたリーゼロッテの意識がハッキリとした。そしてユーディットがそれの前に発言した言葉も、彼女を思い出したのだ。


「妃殿下っ、わた、わたくしの子って……」

「ん? ああ、言っただろう。わたくしは子は生めぬ――と。男になってしまったからね。子は生めないんだ」


 ぱくぱくと、唇を動かすだけで声の出ないリーゼロッテに、さらりと衝撃的な事を言ったユーディットは、そこで漸く彼女が自分の体の事を聞かされていないのに気がついた。


「忌々しい事に、わたくしは先祖返りというやつだよ。生まれた時は男もでも女でもなく、男でもあり女でもあり、ある程度の年齢がくると自然と性別が分かれるというやっかいなシロモノだ。大体は十歳前後には、性がどちらかになるのだけれど、どうもわたくしは遅くて……そのせいでこちらに嫁いで来た時には、まだ性別が確定されていなかった。とは言っても、どちらかといえば女性体にかなり近かったから、あやふやなままでもすぐに女性になるだろうと思われていた。わたくしも、そう思っていた。でも……」


 逆になってしまった。

 しかも挙式の前日に。

 何が切欠だったのか……何度思い出そうとしても、思い当るものは何もない。


「男であっても、閨では問題ないからね。それに見た目もわたくしはこれだし……だからラウレンツも、わたくしが男になったからといって、結婚を取りやめる事はなかったし、この先も離縁はしないと言ってくれた。わたくしを愛していると。でも、どうしても解決しなくてはいけない事が一つだけあったんだ」

「お世継ぎ……ですか?」

「そう。わたくしは男になってしまったからね。さすがに子は生めない。そこでさっき話したとおり、わたくし達は結婚後二~三年の間に、自分達の気に入った令嬢を見つけて側妃として迎えようと決めた。そして貴女を見つけたんだ、リーゼロッテ。わたくしもラウレンツも、一目で貴女が欲しいと思った。二人同時に同じ相手に恋をするなんてね……驚いたよ」


 だが、他にも数名の側妃候補がいた。

 大臣達が何時まで経っても子のできないのを理由に、勝手に候補者を選出してしまっていたのだ。

 面倒ではあったものの、彼らの面子を潰すわけにもいかないので、少々猶予を貰い徹底的に候補者達を調べ上げさせた。その結果、やはり側妃にはリーゼロッテしかいないとわかり、大臣達を説き伏せて彼女を側妃にする事を承諾させたのだ。


「嬉しくて、その夜二人で祝杯をあげたんだよ」

「しゅ、祝杯……」

「ああ」


 その時の事を思い出したのか、ユーディットは愉快げに喉をくつくつと鳴らした。


「さて、リーゼロッテ=アイヒベルク。わたくしの秘密を知った今、貴女はどうする?」


 さきほどの口付けは、嫌じゃなかったよね?――と、ユーディットの紫色の瞳が問いかける。リーゼロッテは己が体の一部から、熱い何かがじわりと溢れるのを感じ、青褪めていた顔色を一瞬で薄紅色へと変えた。それを見て、ユーディットは嬉しそうに微笑む。自分よりも小さく、儚げな彼女の手に手を合わせ、指を絡めるようにして握ると、額同士をくっつけて艶めいた声音で囁いた。


「可愛いリーゼ。わたくし達の愛しい小鳥。貴女を逃がしはしない。この腕に閉じ込めて、出られないようにしてしまおうね」


 わたくし達にはそれができるのだから――と、優しく囁いたユーディットはその言葉通り、リーゼロッテを実家に帰らせないまま王宮の一室――自分達夫婦の続き部屋へと彼女を押し込め、そのまま側妃にしてしまった。

 有言実行である。

 まさか妹がとんでもない事になっているとは知らないジルヴェスターは、夜になっても帰ってこないのを心配し王宮に使者を送った。だが、帰ってきたのは使者とリーゼロッテではなく、顔面蒼白なリュディガーだった。彼は王太子印の押された書簡を持っており、それを読んだジルヴェスターは「どうしてこうなったんだ!?」と弟の胸倉を掴む。リュディガーも詳しい事は知らされておらず、激昂する兄に「俺だって知るかよ!!」と怒鳴り返した。

 後日、アイヒベルク家の三兄弟が王宮内にある王太子宮に呼ばれ、ラウレンツとユーディットから事情を説明された。それならそうと、最初から言ってくれたら良いものを――と、三人とも思ったが、それは口に出さずに飲み込んだ。

 もちろん納得はできていない。

 大切な妹を、いきなり奪われたのだ。

 だが、すでにリーゼロッテは王太子の側妃としての役目を果たしており、他の誰かに嫁ぐことは不可能となってしまった。黙って現状を受けいるしか、彼等に道は残されていなかった。




 侍女ではなく側妃になったリーゼロッテではあったが、ラウレンツとユーディットは彼女のことをとても大切にし、でろんでろんに甘やかし、閨ではとことん可愛がった。その結果なのだろう……リーゼロッテは側妃となった翌年、王太子似の黒髪の第一王子を……その二年後には凛とした美しさのある黒髪の第一王女を……またその二年後には若葉のような瞳の、やはり黒髪の第二王子を生んだ。


 第二王子がよちよち歩きをする頃に、彼女は四度目の懐妊をした。

 お腹の出具合からいって今度もまた王子のようで、ユーディットはとても残念がったものの、日に日に大きく膨らむお腹を愛しげに撫でながら、今度はどちらに似るのだろうねと優しい笑みを浮かべる。そして時折、この子がわたくしに似ていたら嬉しいと、本音を呟くことがあった。

 実はこの頃にはもう、ユーディットが男性化してしまった事は公表され、広く皆に知られていた。けれどリーゼロッテが王太子妃になることはなく、今でもユーディットがその立場にいる。廃するような意見が誰からも出なかったこともあるのだが、ラウレンツ自身がユーディットと絶対に離縁しないと断言しているからだ。


 リーゼロッテが生んだ子供達は皆、確実にラウレンツの血を受け継いでいるのが見た目でわかり、父親が彼である事は誰が見ても明らかだった。

 もちろんそうなるように、気をつけていた結果だ。

 だが、今、彼女のお腹の中にいる子はどちらの種かわからない。三人もいるのだから、そろそろユーディットの子が見たいとラウレンツが言ったからだ。

 だが、ユーディットの子だった場合、その子に王位継承権はない。

 しかも成人の儀と同時に臣籍降下することになる。一緒にいられる時間は他の子供よりも短い。それでもラウレンツは、ユーディットの血を受け継いだ子が欲しかった。そしてそれは、リーゼロッテも同じであった。

 だから四人目のこの子は、ユーディットの種である可能性が高い。もちろんそうなるように(・・・・・・・)、していたからだ。


「リーゼ、リーゼ、わたくしの愛しい小鳥。夜風は身重の貴女には良くない。さあ、寝所に行って休もう」


 今宵、ラウレンツは不在である。王家直轄領の視察に行ってしまったからだ。本来ならば妃であるユーディットも同行するのだが……二人だけでいられる機会を逃すような馬鹿ではない。


 三人で眠っても充分広い寝台で背後から優しく包むようにリーゼロッテを抱きこんで、ユーディットは艶を十二分に含んだ声音で彼女への愛を囁く。それを聞き、薄っすらと頬を染めるリーゼロッテが可愛くて、ユーディットの口角がやんわりと持ち上がる。彼女を思う存分可愛がってあげたいが、あともう一月(ひとつき)で赤ん坊が生まれるので無理だ。非常に残念だ。だが、ラウレンツが不在の間はこうして彼女を独り占めできるのだから我慢するしかない。


 腕の中の柔らかく愛しい存在に、胸の奥がほんわりと温まる。艶やかで甘い香りのする彼女の髪を堪能していると、健やかな寝息が聞こえてきた。懐妊中はいつも以上に寝つきが良く、リーゼロッテはユーディットを置き去りにして、早々に夢の国の住人となってしまった。ちょっとばかり薄情じゃないかと拗ねたところで、彼女が目を覚ますわけではないので止めておく。頭を起こし寝顔を覗き込めば、既に子を三人も生んでいるとは思えないほど(いとけな)い。ユーディットはくふりと笑って、彼女の頬にそっと口付けを落とした。


「おやすみ、リーゼ。貴女に良い夢が訪れますように」


 わたくしの事を、夢に見てくれたら嬉しいよ――そう囁いて目を閉じて、リーゼロッテを追いかけるようにユーディットも夢の国へと向かった。




GLかと思わせて、実は違ったのであります(笑)

BL要素ありでしたが、そちらがメインではないで表記はしませんでした。

これ、最初考えたタイトルが「王太子妃の秘密」でしたが、他のお話と被っていたので却下となりました(汗)

何年経ってもタイトル付けが下手くそな朔良でございます。

あぁ、難しい・・・。

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