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探偵少女の異世界事件簿 【第1章 召喚師密室呪刻事件 完結】  作者: 風名拾
第2章 透明盗人(ファントムシーフ)を追って
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第30話 ダンジョン破りの謎

「召喚石強奪事件……ですって!?」


「ちょちょちょ! 声が大きいっすよ、カトリーヌさん」


「……ごめんなさい。取り乱してしまいましたわ」


 これは紛れもない、王国を揺るがす大事件だ。


 箝口令(かんこうれい)が敷かれ、執行官が派遣されてきたのも頷ける。



「詳細について、可能な限り聞かせてください」


 細く鋭い声を突き立てるユーリ。


 メグ執行官は、覚悟を決めた表情で語り始めた。


「事件があったのは10日前の夜。ミマスタラ洞窟遺跡で保管されていた召喚石が、丸ごと全部盜まれたんです」


「丸ごと全部って……いくつですか?」


「………………12個っす」


「ひええええぇっ!」


 悲鳴が漏れたまま、開いた口が塞がらない。


 慌てて私は、両手を口元に重ねて抑え込んだ。



 召喚石の価値については、お父様から何度も繰り返し教え込まれていた。


 規格外の異能を持った廻生者(リンカネイター)を、召喚することができる奇跡の結晶。


 その石ひとつで、世界を変える可能性を秘めている。


 事実、魔王を討ち滅ぼした勇者一行も、その半数が廻生者だったのだ。



 そんな宝物が、じゅ、じゅじゅ、12個も。


 流石に頭がクラクラしてくる。



「なぜそれが、透明盗人(ファントムシーフ)の犯行だと?」


「あの洞窟は、王国内でも特に警備が厳重な地下迷宮ダンジョンっす。そして獲物は王国の宝。ヤツにとって、これ以上の攻略対象(ターゲット)はない」


 確かにミマスタラ洞窟遺跡は、アスティオール王国の誇る四大迷宮の中で、人の目が行き届いている唯一の場所だ。


 魔王が根城としていたルナカージュ遺跡など、他の四大迷宮は未踏区域が多く、その危険度ゆえに立ち入りが禁止されている。


 貴重な宝が保管されており、かつ盗みの様子を誰かに見せびらかすことができる迷宮としては、ミマスタラ洞窟遺跡が最適解なのだ。



「加えて、あの洞窟から生きて帰れる盗人は、ヤツ以外に思い当たらない。――ってのが王国側の見解っす」


「ですが……それだけで容疑者扱いするには、情報が弱い気がします」


 ユーリの指摘に対して、メグ執行官がフォークを掲げて返答する。


「手がかりなら、もうひとつ。目撃証言があったんすよ。事件発生時、警備にあたっていた騎士団の中隊が襲撃を受けたんですが、運良く生き残った団員が1人いましてね」


 襲撃という単語に、ユーリの眉がピクリと跳ねた。


「彼が言うには、『宙に浮いた武器に斬りつけられて気を失った。あれは透明人間の仕業だ』って。相当恐ろしい目にあったみたいで、譫言のように繰り返してたっすよ」


「……それは妙ですね。これまでの犯行では、ヤツが人に危害を加えたといった話は聞きませんでしたけど」


 ユーリの言う通りだ。


 目撃者の殺害だなんて、透明盗人(ファントムシーフ)の犯人像からかけ離れている。


「それに、犯行時刻が夜というのも引っかかります。普通の盗人なら闇に紛れるでしょうが、ヤツは違う。過去の犯行は全て、盗みを見せつけるために白昼堂々行われていました」


 手口だけでなく犯罪心理も、人々から聞いた噂話とは大きく異なっている。



「本当に――透明盗人(ファントムシーフ)の仕業なのでしょうか?」



「……ユーリさんの意見はごもっともっす。ヤツが犯人という決定的な証拠は、今のところありません」


 ユーリの疑念を受けて、メグ執行官は口をモショモショさせた。


「でも逆に言えば、ヤツが犯人じゃないという証拠も、まだ見つかってないんすよ」


「いずれにしても情報不足、ということですわね……」


「ですから早く捕まえて、直接尋ねるつもりっす。あれこれ考えるよりも、その方が明快なんで」


 今考えても分からないことは、情報が揃うまで後回しにするという、メグ執行官らしい判断だ。



 しかしユーリは、思考を止めるつもりはない様子である。


 脳内に渦巻く疑問点を、少しでも解消しないと落ち着かないのだろう。


「ユーリ、何が気になりますの?」

透明盗人(ファントムシーフ)が犯人だと仮定しても、見張りを襲う理由が思いつかなくて……」


「そうそう。その理由については、騎士団がこんな話をしてたっすよ」


 メグ執行官は記憶を辿りながら、私たちに説明を聞かせてくれる。


「ミマスタラ洞窟遺跡の宝箱には、封印術式が施されてまして。開けた時点で、入口の見張りに情報が届くようになってたらしいっす」


「ダンジョントラップを利用した伝達魔術ですわね」


 迷宮内から抜け出す際には、徒歩に限らず転移魔術を使う場合でも、必ず入口に戻ることになるのだ。


 そこで待ち構える騎士団に、気付かれることなく逃走するのは、たとえ透明人間であっても困難を極めるだろう。


「迷宮には他にも、侵入者を排除する仕掛けが盛り沢山ですし。命がけで脱出した後に手練れに囲まれるのは、避けたかったんじゃないっすかね」


「逃げ道を確保するために、事前に見張りを片付けたと。うむむむむ……」


 執行官の主張を聞いて、ユーリは考え込んでしまった。


「――いくつか質問、よろしいでしょうか?」


「その表情(かお)を見て、ノーとは言えないっすよ」


「ありがとうございます。まず気になったのは、透明盗人(ファントムシーフ)の戦闘能力についてです」


 犯人の強さを確認するのは、この世界で重要であると、先の事件で骨身に染みたようだ。


「いくら透明盗人(ファントムシーフ)が姿を消せるとはいえ、騎士団の中隊を全滅させられるものでしょうか? 暗殺者としての経験があった、とかなら話は別ですけど……」


「現場に残された足跡によると、襲撃者はヤツを含め十数人いたようで。戦闘経験のある仲間を連れていたみたいっすね」


「その仲間について、目撃者は何か証言を?」


「それが、彼は襲撃を受けてすぐ意識を失ったようで……。宙を舞う武器以外には、何も見ていないとのことでした」


「足跡の他に、仲間による痕跡はあったのでしょうか」


「殺された騎士団員たちは皆、首に毒針で刺された痕があったとか。このトドメの刺し方は、暗殺者の手口と思われるっす」


「……目撃者の方は、よくぞご無事でいられましたわね」


「彼は毒への耐性が強い方でして。運良く命拾いしたってワケです」


 襲撃者の恐ろしい手口は分かったものの、犯人特定に至る手がかりはなさそうだ。


 ユーリは情報を食べ物と一緒に咀嚼して飲み込むと、次の質問を繰り出した。


「もうひとつ確認です。ミマスタラ洞窟遺跡からマケマトまで、どのくらい距離があるのでしょう?」


「うーんと、歩けば30日くらいの距離っすかね」


 ミマスタラ洞窟があるのは中央大陸の北部なので、東部に位置するマケマトからは結構遠い。


 さらに北部は山岳地帯となっているので、その道のりは険しいのだ。


 ユーリはメグ執行官の返答を聞いて、鋭い視線を投げかけた。


「強奪事件が10日前で、移動に30日かかるのなら、今マケマトにいる透明盗人(ファントムシーフ)には犯行は不可能では?」


 容疑者が現場にいなかったことを証明する、すなわちアリバイの確認。


 推理の基本として、ユーリから教わっていた考え方だ。



 ……だが、ユーリの今の推理には致命的な穴が存在する。


 この世界で暮らす人々であれば、その可能性を見落とすことはあり得ない。



「ハハハッ! いや~ユーリさん、冗談がお上手っすねぇ!」


 キョトンとしているユーリの横から、私はすかさず助け舟を出す。


「真面目な顔でビシッと言うものですから、驚きましたわよ」


「…………そんなにおかしかったですか?」


「ええ、それはもう。歩きで30日かかる距離でも、転移魔術なら一瞬なのですから」



 ――そう。この世界ガラシアには当然、魔法が存在する。


 離れた場所へ瞬時に移動できる「転移魔術」がある以上、透明盗人(ファントムシーフ)のアリバイは成立しないのだ。



「勿論です。そのツッコミを待ってたので」


 探偵少女は淀みなく、暗い笑みを浮かべるのだった。

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