第30話 ダンジョン破りの謎
「召喚石強奪事件……ですって!?」
「ちょちょちょ! 声が大きいっすよ、カトリーヌさん」
「……ごめんなさい。取り乱してしまいましたわ」
これは紛れもない、王国を揺るがす大事件だ。
箝口令が敷かれ、執行官が派遣されてきたのも頷ける。
「詳細について、可能な限り聞かせてください」
細く鋭い声を突き立てるユーリ。
メグ執行官は、覚悟を決めた表情で語り始めた。
「事件があったのは10日前の夜。ミマスタラ洞窟遺跡で保管されていた召喚石が、丸ごと全部盜まれたんです」
「丸ごと全部って……いくつですか?」
「………………12個っす」
「ひええええぇっ!」
悲鳴が漏れたまま、開いた口が塞がらない。
慌てて私は、両手を口元に重ねて抑え込んだ。
召喚石の価値については、お父様から何度も繰り返し教え込まれていた。
規格外の異能を持った廻生者を、召喚することができる奇跡の結晶。
その石ひとつで、世界を変える可能性を秘めている。
事実、魔王を討ち滅ぼした勇者一行も、その半数が廻生者だったのだ。
そんな宝物が、じゅ、じゅじゅ、12個も。
流石に頭がクラクラしてくる。
「なぜそれが、透明盗人の犯行だと?」
「あの洞窟は、王国内でも特に警備が厳重な地下迷宮っす。そして獲物は王国の宝。ヤツにとって、これ以上の攻略対象はない」
確かにミマスタラ洞窟遺跡は、アスティオール王国の誇る四大迷宮の中で、人の目が行き届いている唯一の場所だ。
魔王が根城としていたルナカージュ遺跡など、他の四大迷宮は未踏区域が多く、その危険度ゆえに立ち入りが禁止されている。
貴重な宝が保管されており、かつ盗みの様子を誰かに見せびらかすことができる迷宮としては、ミマスタラ洞窟遺跡が最適解なのだ。
「加えて、あの洞窟から生きて帰れる盗人は、ヤツ以外に思い当たらない。――ってのが王国側の見解っす」
「ですが……それだけで容疑者扱いするには、情報が弱い気がします」
ユーリの指摘に対して、メグ執行官がフォークを掲げて返答する。
「手がかりなら、もうひとつ。目撃証言があったんすよ。事件発生時、警備にあたっていた騎士団の中隊が襲撃を受けたんですが、運良く生き残った団員が1人いましてね」
襲撃という単語に、ユーリの眉がピクリと跳ねた。
「彼が言うには、『宙に浮いた武器に斬りつけられて気を失った。あれは透明人間の仕業だ』って。相当恐ろしい目にあったみたいで、譫言のように繰り返してたっすよ」
「……それは妙ですね。これまでの犯行では、ヤツが人に危害を加えたといった話は聞きませんでしたけど」
ユーリの言う通りだ。
目撃者の殺害だなんて、透明盗人の犯人像からかけ離れている。
「それに、犯行時刻が夜というのも引っかかります。普通の盗人なら闇に紛れるでしょうが、ヤツは違う。過去の犯行は全て、盗みを見せつけるために白昼堂々行われていました」
手口だけでなく犯罪心理も、人々から聞いた噂話とは大きく異なっている。
「本当に――透明盗人の仕業なのでしょうか?」
「……ユーリさんの意見はごもっともっす。ヤツが犯人という決定的な証拠は、今のところありません」
ユーリの疑念を受けて、メグ執行官は口をモショモショさせた。
「でも逆に言えば、ヤツが犯人じゃないという証拠も、まだ見つかってないんすよ」
「いずれにしても情報不足、ということですわね……」
「ですから早く捕まえて、直接尋ねるつもりっす。あれこれ考えるよりも、その方が明快なんで」
今考えても分からないことは、情報が揃うまで後回しにするという、メグ執行官らしい判断だ。
しかしユーリは、思考を止めるつもりはない様子である。
脳内に渦巻く疑問点を、少しでも解消しないと落ち着かないのだろう。
「ユーリ、何が気になりますの?」
「透明盗人が犯人だと仮定しても、見張りを襲う理由が思いつかなくて……」
「そうそう。その理由については、騎士団がこんな話をしてたっすよ」
メグ執行官は記憶を辿りながら、私たちに説明を聞かせてくれる。
「ミマスタラ洞窟遺跡の宝箱には、封印術式が施されてまして。開けた時点で、入口の見張りに情報が届くようになってたらしいっす」
「ダンジョントラップを利用した伝達魔術ですわね」
迷宮内から抜け出す際には、徒歩に限らず転移魔術を使う場合でも、必ず入口に戻ることになるのだ。
そこで待ち構える騎士団に、気付かれることなく逃走するのは、たとえ透明人間であっても困難を極めるだろう。
「迷宮には他にも、侵入者を排除する仕掛けが盛り沢山ですし。命がけで脱出した後に手練れに囲まれるのは、避けたかったんじゃないっすかね」
「逃げ道を確保するために、事前に見張りを片付けたと。うむむむむ……」
執行官の主張を聞いて、ユーリは考え込んでしまった。
「――いくつか質問、よろしいでしょうか?」
「その表情を見て、ノーとは言えないっすよ」
「ありがとうございます。まず気になったのは、透明盗人の戦闘能力についてです」
犯人の強さを確認するのは、この世界で重要であると、先の事件で骨身に染みたようだ。
「いくら透明盗人が姿を消せるとはいえ、騎士団の中隊を全滅させられるものでしょうか? 暗殺者としての経験があった、とかなら話は別ですけど……」
「現場に残された足跡によると、襲撃者はヤツを含め十数人いたようで。戦闘経験のある仲間を連れていたみたいっすね」
「その仲間について、目撃者は何か証言を?」
「それが、彼は襲撃を受けてすぐ意識を失ったようで……。宙を舞う武器以外には、何も見ていないとのことでした」
「足跡の他に、仲間による痕跡はあったのでしょうか」
「殺された騎士団員たちは皆、首に毒針で刺された痕があったとか。このトドメの刺し方は、暗殺者の手口と思われるっす」
「……目撃者の方は、よくぞご無事でいられましたわね」
「彼は毒への耐性が強い方でして。運良く命拾いしたってワケです」
襲撃者の恐ろしい手口は分かったものの、犯人特定に至る手がかりはなさそうだ。
ユーリは情報を食べ物と一緒に咀嚼して飲み込むと、次の質問を繰り出した。
「もうひとつ確認です。ミマスタラ洞窟遺跡からマケマトまで、どのくらい距離があるのでしょう?」
「うーんと、歩けば30日くらいの距離っすかね」
ミマスタラ洞窟があるのは中央大陸の北部なので、東部に位置するマケマトからは結構遠い。
さらに北部は山岳地帯となっているので、その道のりは険しいのだ。
ユーリはメグ執行官の返答を聞いて、鋭い視線を投げかけた。
「強奪事件が10日前で、移動に30日かかるのなら、今マケマトにいる透明盗人には犯行は不可能では?」
容疑者が現場にいなかったことを証明する、すなわちアリバイの確認。
推理の基本として、ユーリから教わっていた考え方だ。
……だが、ユーリの今の推理には致命的な穴が存在する。
この世界で暮らす人々であれば、その可能性を見落とすことはあり得ない。
「ハハハッ! いや~ユーリさん、冗談がお上手っすねぇ!」
キョトンとしているユーリの横から、私はすかさず助け舟を出す。
「真面目な顔でビシッと言うものですから、驚きましたわよ」
「…………そんなにおかしかったですか?」
「ええ、それはもう。歩きで30日かかる距離でも、転移魔術なら一瞬なのですから」
――そう。この世界には当然、魔法が存在する。
離れた場所へ瞬時に移動できる「転移魔術」がある以上、透明盗人のアリバイは成立しないのだ。
「勿論です。そのツッコミを待ってたので」
探偵少女は淀みなく、暗い笑みを浮かべるのだった。




