オルフェウス卿の正体
オーク戦役が終わって、セリオンとエスカローネには休暇が与えられた。
その期間は二週間であった。
セリオンとエスカローネはいつものように市街地を歩いていた。
セリオンはその場所で見覚えのある姿を目にした。
「あれは……クリスティーネじゃないか?」
「そうね。また教会に行くつもりなのかしら?」
「ほかにすることもないし、追ってみるか」
セリオンとエスカローネは教会に入った。
そこには祭壇の前でひざまずき、祈っていたクリスティーネがいた。
「クリスティーネ」
「クリスティーネさん」
「? あなたがたは……セリオン様にエスカローネ様」
「また会ったな」
「クリスティーネさんの祈りはすてきですね」
「そ、そうですか? そう、見えますか?」
クリスティーネはほおを赤く染めた。
「お二人は今日は休みなのですか?」
「ああ、オーク戦役が終わったから、休暇をもらったんだ」
「そうですか……私は仕事の合間にここに、ブルーメ教会にやってきています。ここに来ると自分のたましいの息吹を感じられそうな気がして……」
「たましいの息吹? クリスティーネさんは宗教的なの?」
「私は自分の宗教性やスピリチュアリティ―を高めていきたいと思っています。ところでお二人はこれから暇ですか?」
「ああ」
「何かあるの?」
セリオンとエスカローネは即答した。
「よろしかったら、お二人には同行してほしいんです。15歳までしか生きられなかった少女のところに……」
セリオン、エスカローネ、クリスティーネは公共墓地を訪れた。
シベリウス教のシンボルは〇に十字が付いた形「アンク」である。
これは同時に生命の象徴でもあった。
そのアンクが大量に立っていた。
風が三人に吹き付けた。
クリスティーネは花束を墓に捧げた。
そして、左手を丸め、右手を添えるポーズ、祈りのしぐさをした。
クリスティーネは祈った。
「ここは誰の墓なんだ? どれ……クリスティーナ?」
「ナとネが違うだけでクリスティーネさんと名前が似ているのね?」
このクリスティーナ様はある方の妹なのです。その方は妹をとても愛しておられました。家族の中では唯一の妹だったからです。クリスティーナ様は本が好きでした。特に宗教的な本や、歌、詩がお好きでした。その方はクリスティーナ様を救えなかった自分も、クリスティーナ様を失った神も、クリスティーナ様がいなくなった世界も憎みました。今でもその方は一人のままなのです」
「それは誰のことなんだ?」
「それは言えません……あくまでそういう不幸な方がいるということをお二人には知ってもらいたかったんです」
風がクリスティーネの髪をなびかせた。
「それでは寒くなってきましたし、帰りましょうか」
夕焼けが空の下に映っていた。
夜、オルフェウス卿は聖ミヒャエル教会を襲撃した。
目的一つ――それはゾハルを手に入れることだった。
オルフェウス卿は闇の探究者だった。
彼は生来探究心が旺盛だった。
オルフェウス卿は教会の司祭を斬殺して、その後地下の部屋に入った。
「おお……これぞ、本物のゾハル……まさか本当にシュヴェーデにあったとはな……進化の秘宝ゾハル! フフフ、ハハハ、ハーッハッハッハッハ! 笑いで口が裂けそうだ! すばらしい! この魔力! これで私は人間から悪魔へとトランスフォームできる! この私は超越者へと至るのだ!」
ティーネはテンペルを訪れていた。
ティーネは自らの罪をすべて告白したかったが……その前にセリオンにどうしても会いたかった。
ティーネは正門の前でセリオンを待っていた。
「待っているという人物はおまえか。おまえは確かオルフェウス卿の隣にいた女だな?」
セリオンが質問してただす。
「そうです。私はあなたにあの方を止めてほしいと思いここにやってきました。私についてきてほしいのです」
「それはなぜだ?」
「オルフェウス様は聖ミヒャエル教会を今夜襲撃するつもりです」
セリオンは考えた、罠の可能性を。
これは自分に向けられた陰謀ではないかと。
「セリオン様、あなたの力であの方を止めてほしいのです。あの方は力を求めています。それも悪魔に至る力を! それこそがあの方がゾハルを狙う理由なのです。ゾハルによって超越者へと至ること……それこそがあの方の目的なのです! どうか、セリオン様! あの方を止めてください!」
「それは俺にオルフェウスを殺せということか?」
「……そうです。その後は神のみがご存じです」
そうしてセリオンとティーネは聖ミヒャエル教会にやって来た。
入口では抵抗したのか、司祭が惨殺されていた。
セリオンは死体に近づき、血を調べる。
「これは……オルフェウスがやったのか……血がまだ乾いていない……オルフェウスはどこだ?」
これはまだオルフェウス卿の犯行が行われたばかりだということだ。
オルフェウス卿は間違いなくここにいる。
「おやおや、私をお探しかね、セリオン君?」
そこに祭壇の後ろの地下室からオルフェウス卿が姿を現した。
オルフェウス卿は何かを持っていた。
その手にあるのは光に輝くディスクだった。
「オルフェウス!」
「オルフェウス様!」
「フフフ、私は今最高に気分がいい。なにせゾハルを手に入れたからな」
「ゾハル?」
セリオンは聞きなれないキーワードを繰り返した。
おそらくオルフェウス卿は今愉快で笑っているだろう。
「オルフェウス様! もう、おやめください! これ以上ご自分を偽り、罪を重ねないでください!」
ティーネが必死に訴えた。
きっとティーネはもうオルフェウス卿のことが見てられなかったに違いない。
オルフェウス卿はフンと鼻を鳴らすと、失望したというようなまなざしを――仮面で見えなかったが――したように思えた。
「私は何も偽ってはいないとも。すべては私自身の野望だ。それにしても残念だな。おまえがセリオン・シベルスクの側につくとは。それは宗教心か? くだらん。そんなところだけはおまえもクリスティーナに似たな。おまえが裏切るとは思わなかった、そうだろう、クリスティーネ?」
「なんだと!?」
セリオンは驚愕した。
赤いローブの女がクリスティーネだったとは。
クリスティーネは仮面を捨て、フードを取った。
そこにはクリスティーネの紫の長い髪が現れた。
クリスティーネは目から涙を流していた。
「ほう……目から涙を。クックック、本当によくできているよ、クリスティーネ。おまえが人形とは思えない。誰もおまえをホムンクルスとは見抜けなかった。それはおまえが人間的だったからだろう。私はそれこそ、闇は真理と認識する根拠なのだがな」
「クリスティーネが……ホムンクルス!?」
セリオンは二重に驚いた。
だがセリオンは納得もできた。
たましいがあるかという問い、そして、教会での祈り、さらにクリスティーナの墓参り……。
セリオンの頭の中で一本の線が貫かれた。
「……それは事実です。私は人間ではないのです」
「ホムンクルス……ツヴェーデン法で禁じられている分野だぞ?」
「フフフ、そんなことは関係ない。それに法などというものは後で書き換えてしまえばいいのだ。私は超越者になる。すべての上に君臨し、闇によって世界の理を書き換えるのだ!」
「それがおまえの目的か、オルフェウス?」
「私は自分が罪を犯したとは思っていない。すべては私の野望のためだ」
「もうおやめください! これ以上罪を罪を重ねないでください! オルフェウス様! いえ、『ヒルデブラント』様!」
クリスティーネの目から涙がこぼれ落ち、輝いた。
それは衝撃の告白だった。
「ヒルデブラント!?」
「フッフッフ……」
青い仮面の男が笑う。
紺色のフードからはその顔をうかがい知ることはできない。
だが、確かに聞いた、セリオンは、ヒルデブラントの声を。
オルフェウス卿は青い仮面を無造作に投げ捨てた。
そしてフードを取った。
そこには銀色の髪をしたヒルデブラントの素顔があった。
「オルフェウスの正体がヒルデブラント!?」
「フフフ、その通りだよ」
「ヒルデブラント様! クリスティーナ様はあなたのようなことを望んではいません!」
「クリスティーナ? もしかしてクリスティーネが言っていたあの方とは……?」
「そうです。ヒルデブラント様はクリスティーナ様の兄です!」
クリスティーネがうなずき、断言した。
「ほう、クリスティーナのことまでおまえはしゃべったのか。さて、私はここでセリオン君と戦ってもいいのだが、戦いとはいつ、どこで、どのように戦うかという美学とは無縁ではない。そのため今はふさわしくない。リンドス(Lindos)島だ。リンドス島……地中海に浮かぶリンドス島で私はトランスフォームし、超越者になる。それではセリオン君。再び君と会えることを心から楽しみにしているよ、フフフフフ、フハハハハハハ!」
ヒルデブラントは哄笑と共に闇の渦に消えた。
後にはセリオンとクリスティーネが残された。
「セリオン様……」
「クリスティーネ、あとは俺に任せろ。俺が狂った彼を倒す」
「セリオン様……あの方を止めてください。もはや戦いしか道はありません。セリオン様、あの方を救ってください……あの方は自分を、無力だった自分を、クリスティーナ様を助けられなかった自分を憎んでいるのです……」
「わかった。その前に君の身柄をテンペルで預からせてもらう。君には聞きたいことがあるからな」




