ラボ畜、アンドロイドになる
勢いで書きました。
お目汚し失礼いたします。
ラボ畜とは
学術機関の研究室において過酷な研究生活を強いられる研究生を指す語。「社畜」をもじった言い方。ラボ畜を生む過酷な環境の研究室を「ブラック研究室」と呼ぶこともある。
(実用日本語表現辞典 より)
たーのしーたのしーたのしーなー♪
今日は布団でねーられるぞー♪
今日はひっさしぶりのーご帰宅だーい♪
あーこりゃこりゃ。
外はとうに暗闇。
疲れた帰りの電車のなか、頭の中で鼻歌を歌う。歌詞はだいぶイカれている。
ガタゴト揺れる車内で、ふと窓に貼られたゲームの小さな広告が目に入った。
少女との出会いが僕の運命を廻し始めた。
僕は戦う、仲間とともに―みたいな宣伝文句。
青みがかった銀髪の少女と主人公らしき少年が一本の剣を掲げている。
銀髪の美少女と出会ってどこにでもいた平凡な少年が仲間と共に戦って大活躍しちゃうRPGなんだろうね。
いいなあ、小生ラボ畜、色々なものと戦っているつもりだけど全くかっこよくないし仲間もいないし活躍もできていないであるよ。
ああ。高スペックに生まれ変わって勇者になって仲間を集めて無双して美少女と仲良くしたいなあ。
あ、でもよく考えたら仲間束ねるとかそういうひとの上に立つプレッシャー苦手だなあ。
仲間集めるとか仲間に指示出して戦うとか小生のようなコミュ障には荷が重いでござる…
ふと広告の青みがかった銀髪の女の子が目に入る。
そうだ、主人公を導く女の子って美少女だし大抵すごい力持っているし危なくなったら主人公と仲間に守ってもらえるしここぞという時活躍するし美少女だし転生するとしたら美少女になりたいなあ。
コミュ障だから美少女と仲良くとか緊張して無理であるしぃ?
もういっそ美少女になってしまえばいいじゃないであるかぁ?
支離滅裂な思考をしていると視界がぐにゃりと歪んだ。
あ、どうしよう眩暈してきちゃったしくらくらする…貧血かな。
体調の悪さに耐えかねて目を閉じた。
――目が覚めると明るく白い天井が視界を覆っていた。
眩しいなあと思いながら
「知らない天井だ」
と呟いたが、はてこれはなんのセリフだったかな。
というかここは一体どこなんだろう。
電車で倒れて病院に運び込まれたとかかな、最近徹夜続きだったし。
ああでもやるべきことが減るでもなし、減るのは時間とお金だし、さっさとかーえろ。
研究室に。
自宅に帰る選択肢は早々に諦めた方が気が楽であるよ。
上半身を起こす。
ふと違和感を覚える。
病院かどこかのベッドに寝かされていると思っていたけれど、床に敷かれた白い絨毯の上に直接寝かされていたようだ。
優しいオルゴールの音色が控えめに流れている。
さわさわと子どもの囁くような話し声がそこかしこから聞こえる。
周囲を見回す。
視界の先には予想外の光景が広がっていた。
天井も壁も床に敷かれた絨毯もすべて白色。学校の教室程度の大きさの真っ白な部屋の中に十歳前後の少年少女が二、三十人いて、思い思いに遊んでいる。
女の子が数人かたまって話しているところもあれば床に置いたボードゲームを囲んで遊びに興じている集団も何個か見受けられる。絵本を周りの子に読み聞かせしている子どももいれば、何やら難しげな本を囲んで話し合っている子たちもいる。
人形のくるくると回る可愛らしいオルゴールの前で、ねじが音色と共にゆっくりと回転するのを一人でじっと見つめる子もいた。
「わお、ロリショタ天国」
この状況を見て自分のくちから出てきた第一声がこんな醜悪なものだったことに自分でびっくりする。
でも小さい子が好きなんだもの。純粋にね。
ああ、子どもかわええ。優しい音楽と可愛い子どもたち。
これが幻覚だろうが夢現だろうがどうだっていい。癒される。目と心が癒されていくのを感じる。
さらなる癒しを求めて立ち上がると先ほどからの違和感が強くなる。
立ち上がっている割に床に近いのだ。
手を見る。ぷにぷにしている。小さい。
服を見る。
白のブラウスにベージュのカーディガンを羽織っている。可愛らしいピンクブラウンのスカートにレース付の靴下がのぞく淡いピンクの小さな靴。
素足の膝小僧が大変ナイスに可愛い。
ふはは。
部屋の反対側の白い壁に窓付きのドアがあるのを見つけた。
少年少女たちの間をテトテトと駆け抜けて窓ガラスに自分の姿を映した。
一言で言って可愛い。
顔に手を当てる。
窓にうつった十歳前後のあどけない少女。後ろで束ねた髪は青みがかった銀色。髪と同じ淡い青色の瞳でこちらを凝視して顔をぺたぺたと触っている。束ねた毛先をつかみ目の前に持ってきて直接見てみると見慣れた傷んだ黒髪ではなく繊細な青灰色の髪が目に入る。
「バ美肉きたこれ」
自分の意思によって自由自在に美少女が動く。なんてこった。なんてこった!
窓ガラスに映る自分は回っても微笑んでも手を振ってもかわいい。
花が咲いたような笑みとはこのことだろう。
三次元に於いて青髪がコスプレ感なく自然に一番似合う天使として自分を推したい。
「あれ、アオちゃん目が覚めたんだね」
後ろから声を掛けられ振り返ると茶髪で20歳そこそこくらいに見えるお姉さんがいた。パーカーにジーンズ、上からエプロンを掛けていて私に目線を合わせるために腰をかがめてくれている。
だめだ人見知りとコミュ障のダブルパンチで声が出ない。
「はじめまして、アオちゃん。私はエリカ。
ここのみんなにはエリカ先生って呼ばれているよ。
アオちゃんが目覚めるのを待っていたんだ」
残念なことに爽やかににこやかに話す人への耐性がないのでうまく目を合わせられない。
もじもじしていてもお姉さんはニコニコとこちらが話し出すのをまっている。
聞くべきことはいっぱいあるんだけど人見知りを遺憾無く発揮してしまって言葉が出てこない。
でもまあ拙者はいま美少女でござるからな!
かわいいは正義。
元ラボ畜コミュ障だからといって爽やかさんに物怖じする必要などない、全能なのだ!
どもりながらも口を開く。
「えと、せっしゃ」
みすった。けど我ながら声かわいい。気を取り直してもう一回。
「えと、小生よくわからない、ですけど、アオちゃんってのはわたしの、名前?ですか」
身体が代わっても頭がばぐっているのは変わらないことに絶望する。
研究室に閉じこもり決まった人と必要最低限の会話のみを交わすのみのラボ畜生活。
日によってはネットで動画見ている時にヒヒっと笑うくらいしか声を出さないためにまともそうな人間にはどうしても耐性がない。
しかしエリカ先生は表情を変えずにこやかに聞き返す。
「今アオちゃんは自分のお名前を尋ねたのかな」
「そ、そうでふ」
噛んだ。
「アオちゃんのお名前は
『汎用型アンドロイド
製造番号MAKI260348
MAKI-AO』 だよ」
エリカ先生の声が不自然に変調して機械的に名前とやらを『読み上げた』。
「はい?アンドロイド?」
「今アオちゃんはアンドロイドに関して尋ねたのかな」
エリカ先生はテンプレートをなぞっているかのような質問の仕方をする。
なんだろう。
あまりに機械的。
「も、もしかして、エリカ先生はアンドロイドでござるか?」
アオちゃんの鈴を転がすような声に似つかわしくない口調になってしまった。
「うん、そうだよ。
先生は
『保育用アンドロイド
製造番号ARQ43015
Erica』だよ」
にこりと笑うエリカ先生。
近くで絵本を読んでいた女の子が一人、こちらを見た。
その瞳はまるでガラス玉のようで、生物の持つ熱や湿り、感情や意識のようなものが感じ取れない。
嫌な予感がして周囲を見渡す。
囁くように静かに話し、遊ぶ子供たち。
友を見つめる横顔、本を読む丸めた背中、チェスの駒を握る手。
その全てに呼吸や脈拍による動きがない。
無駄がない。ノイズがない。
「もしかして、ここに居るみんなが、アンドロイド?」
ピタリ、とオルゴールの音色が止んだ。
思ったより響いた私の声に、ほとんどの子どもたちが一斉にこちらを見た。
笑顔を動かさないエリカ先生の後ろから、無表情の子どもがただただこちらを見ている。
数十対のガラス玉の瞳。
唯一こちらに背を向けてオルゴールを見つめている子が、オルゴールのねじを巻き始めた。
カチカチカチ
ねじを巻く音だけが響く。
カチカチカチカチ
カチ
「うん、そうだよ。みんなアンドロイドだよ」
筒抜けに明るいエリカ先生の声が沈黙を破り、またオルゴールの音色が流れ始めた。
ガラス玉の瞳は私から視線を外し、さわさわと囁くような静かな話し声が再び部屋を満たした。
エリカ先生の表情はにこやかなまま動かない。
少年少女はどことなく目が座っている。話すために口を開くというより口から出てくる言葉に合わせて唇を動かしているように見える。
先ほどまでのロリショタ天国がうすら寒いものに見えてきた。
それなのに。
コミュ障でいつもだったら大勢から注目されると心拍数が上がって顔に血が上るのに。
あれだけの瞳を向けられて、なぜ小生の心臓は反応しない?
作り物の瞳だから?
いや、そもそも。
なぜ自分の胸の中心に脈拍を感じない?
なぜ拙者は呼吸をしていないんだ?
息が、できない。苦しいわけじゃない。
ただただ呼吸が不要なのだ。
この体は周囲の子ども同様、生物じゃない。
拙者もう人間じゃないみたいだ。
「ほんとにアンドロイドになってしまったであるか…?なんで…?」
ぽつりと呟いた独り言を拾ってエリカ先生はにこやかに返答する。
「アオちゃんが製造された経緯についてアオちゃんのデータベースからの情報によると
『MAKI-AOは知能ロボット研究者、真木 花生地教授が被験者から思考パターンなどを抽出し、それを模倣した人工知能を作製することで知能ロボットをより人間に近づけるという研究の試作機12体のうちの1体。この研究に関する論文は――』」
真木 花生地教授。
思い出した。さっき電車に乗る前に話した人だ。
全く別の研究室の教授で、キャンパス内で見たことあるなくらいにしか認識していなかったがなぜだか向こうから話しかけてきたのだ。
帰路に就こうとふらふら歩いていると追いかけてきてご丁寧に名刺を渡して来た。
名刺を見て珍しい名前だなと思った記憶がある。
よくわからないままに駅までお互いの研究の話をして歩いた。
真木教授はメガネをかけうらなり顔をした生真面目そうな年齢不詳の男性だった。
真木教授の
『人類の未来に大きく貢献するようなアンドロイドを作ろうと思っています。
協力者が必要なのですが、協力していただけますか。』
との言葉に深く考えもせず、いいんじゃない?くらいの気持ちで頷いた気がする。
というか眠気で頭が働いてはいなかったとはいえラボ畜に元より拒否という選択肢はない。
「え、研究協力で小生アンドロイド化されちったであるか?」
真木教授の研究内容についてまだ話し続けていたエリカ先生が私の声に反応して話を中断した。
「今アオちゃんはアンドロイド化について尋ねたのかな。
関連項目に『アンドロイド化に際して外見は被験者本人のなりたい姿を忠実に再現した』とあるよ」
電車の中で見たゲームの広告を思い出す。
あの青みがかった銀髪の少女。
まさにあの少女と自分の子ども好きが混ざったような外見をアオちゃんはしているわけだけど。
まさに拙者好みの拙者得の拙者のストライクゾーンど真ん中の外見だけど。
やるな真木教授。
「ところで試作機が12体とか言ってなかったでござるか?え、なに自分12人量産されちゃったであるか?」
コミュ障を量産してどう人類の未来に貢献させるつもりだったのだ真木教授。
「うん、そうだよ」
エリカ先生の肯定の言葉は毎回同じだ。
「ちなみにデータベースによると12人のうち廃棄されたのはアオちゃん一人だよ。
ここはひとに必要とされなくなったアンドロイドが不法投棄されている場所なの」
エリカ先生はにこやかなまま要らない情報を付け加えた。
真木教授への怒りの炎が我が心の中の電子回路に着火してしまった。
ここまで読んでくださり、大変ありがとうございます。
また続きを書きますのでよろしくお願いいたします。