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「ねえ、本当だと思う?」
沙耶が聞いた。
のぞみと沙耶は、亜樹がバイトしていたスタバの店内に坐っていた。店のガラス越しに、亜樹の姿を描いた尋ね人の立て看板が見えた。制服を着た亜樹の脇に、通学カバンと黒いこうもり傘が描かれている。
あの日、亜樹が黒い傘をさして坂道を下っていく姿は、通りかかった数台の車に目撃されていた。
「何が?」
「亜樹がいなくなった時に持ってたのって、和泉先生の傘だって」
「えっ」
のぞみの顔がさっと青ざめた。あの傘が、先月自殺した和泉のものだったなんて。
「それ、ほんと?」
「わかんない。和泉先生が死んだ時、黒い傘が置いてあったって言ってたじゃない。だから亜樹が持ってたのはその傘なんじゃないかって噂になってるんだよね」
三ヶ月前、駅裏の駐車場で、小学二年生の女の子がいたずらされる事件が起こった。
その事件の犯人が、のぞみたちの高校の日本史の教師和泉浩之だという話がツイッターに書き込まれた。和泉は警察に呼ばれた。
しかし投稿は、根も葉もない噂、もしくは何者かによる嫌がらせらしいことが分かって、和泉はすぐに解放された。
「あんた、もしかしたら、自分の生徒に嫌われてんじゃないの」
刑事のずけずけとした物言いに、おとなしい和泉は言い返すこともせずに、ただうつむいていたという。
無実だったにもかかわらず、学校側は彼を無期限の休職扱いにした。書き込みにはセクハラされたという話もあって、和泉は否定したがそのことが問題視されたらしい。そして和泉は、ひと月後、学校の近くの山林で首を吊った。
その日もどしゃぶりの雨で、遺体の足元には、和泉がさしてきたらしい黒いこうもり傘が置かれていた。
「あいつさぁ、びっしゃびしゃになって木の枝からぼろ雑巾みたいにぶらさがってやんの」
「だいたい死ぬのにわざわざ傘持ってくのがダサいっつうの」
和泉が縊死した現場を見たという男子の、聞くに耐えない悪態に、いつもなら調子を合せて、甲高い声で笑い転げる亜樹もものぞみも、無言のままひきつった笑みを浮かべただけだった。
「和泉先生の呪い…だったりして」
「何馬鹿なこと言ってんのよ。そんなことあるわけないじゃん」
「じゃあ、なんで亜樹はいなくなったわけ?」
沙耶が詰め寄った。
「知らないよ」
のぞみは沙耶の顔から目をそらせた。
「ねえ、のぞみ、バレないよね」
「何が?」
「あの時、うちらがつぶやいたこと」
沙耶が声をひそめた。
「大丈夫よ。だいたい警察そんなことまで調べないし、アカウント変えてたし、誰がつぶやいたかなんて絶対わかんないって」
「亜樹、どこ行っちゃったんだろう」